4.登り目指すは熱と喝采【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「【絶対零度】!」
エネミーを追うため、各々は独自の通路へ散開。
危険の低そうな道を選ぶ者、後進の為にあえて険しい道を選ぶ者、そもそも壁をぶち抜いて道も関係なく進む悪魔など多種多様。
沙多が選んだ道では時を置かず会敵。即座に捕獲を目的とした戦闘が始まる。
魔法を唱えれば、ダイヤモンドダストのような結晶が周囲に展開。
次の瞬間、散乱した礫は全方位からエネミーに纏わりつき氷結させてしまう。
どれだけ敵が燃え盛ろうと、即座に熱を奪い抵抗を許さない。
氷を砕くためのフィジカルも、本体が鉱石である以上存在しない。
「氷魔法セットしといてマジ正解」
占星術師の強みは状況に最適なスキルを予め用意できること。
火属性の敵に有効な捕獲技は既にセットしてきている。
十数分が経過する頃には二体目を捕獲。成果としてはまずまずと言えよう。
「にしても暑っ…真美さんに"加護"かけ直してもらお」
本来、火山洞窟など生身で臨めば蒸し焼き待ったなしの環境だ。
そこで、水の【属性術師】による耐火、耐熱性能を付与するスキルの恩恵にあずかり活動していた。彼女のスキルなくては攻略の前提が成り立たない。
だがそれでも気温が高く、精神は削られる。もし途中で加護が切れた時の事は考えたくない。
スキルの効果時間である三十分という制約を上書きするため、帰路へ着こうとすると――
「お、スガじゃん。奇遇だね」
「お疲れさん、見る限りボチボチってところやな」
「てかなにこれ?袋?」
偶然、菅原と再会。同じく彼の手にも二つの鉱石があった。
革袋に水を溜め、そこに詰めることで燃焼を防いでいる。
有用なのは水が蒸発するまでの短時間とはいえ、持ち運ぶには充分だろう
沙多は「アタシの分もよろー」と、追加でエネミーを投入。しれっと荷物持ちを押し付ける。
「ベルタには会わんかったか?あいつトラブルメーカーやから不安なんやけど」
「会ってないよ。スガが第一村人」
「もっとマシな村に住みたいんやけど」
菅原は心配が絶えない様子だが、ベルタの現状は分からず終い。
無事であることを祈るしかないと小言を残す。
「…てか思ったんだけど、スガってルタっちのこと好きなん?」
手の空いた沙多が周辺を警戒しつつ、抱いた疑念をぶつける。
天恵で願うほど焦がれた存在なのにもかかわらず、ベルタに対して一歩引いたような態度でいるのが腑に落ちないようだった。
その癖、菅原は突き放すわけでもなく今のように、常に彼女に気を配っている。
まるで行動が矛盾していた。
「…難儀な質問やなぁ」
「なんで?自分で呼び出したんでしょ?彼女欲しいって言って」
「…知ってたんか。せやねん、オレが無理やり呼び出してしまったんや」
***
それは半年以上も遡る。
まだギルドの誰とも知り合っておらず、一人で『ルシフェル・オンライン』をプレイしていた頃、菅原は一線を画す強敵と対峙した。
操られた土の人形が出現するエリアにて、明らかな異様――レンガで形作られたゴーレムがいた。
人工的な素材の、他のエネミーを従わせる行動を取るそれは一目でレアエネミーと判断するには充分だった。
そこから死闘を経て撃破すれば、声が頭の中に流れた。
――『世界の結び、その破壊を確認。望む天恵を聴取』
これが天恵なんか!と当時、彼は感動する。しかし、彼はとてつもなく疲弊していた。
頭が回らず、それらしい願いもパッと浮かんでこない。
というか死に体だった。
出血多量に、複数の骨折。体が動かず回復薬も自力で飲めそうもない。
今にも意識が刈り取られる寸前。走馬灯なのか、今日の出来事が脳裏にフラッシュバックする。
この日は散々だった。
気になっていたサークルの先輩に彼氏がいた事が発覚。
さらに高校時代に告白に失敗した女友達とも偶然出会い、その横には男がいて、イチャつき具合を見せられる。
挙句の果て、その事を友人からも煽られてしまう始末。
とにかく精神的に参っていた。レポートの提出期限も近いし酒の席では貧乏クジだし家の鍵は閉め忘れるしetc…。
――ここでふと、邪念が過ってしまう。
あと一歩で死ぬ今際の際、どうせ誰かの助けを借りねばゲームオーバーになる状況。
ならばと、フラフラな思考で――願望が暴走した。
「もういっそ彼女…紹介してくれや…」
――『承諾。天恵を付与。世界の中核へ接続…完了』
「えっ…?ホンマ?」
死の淵で叫んだそれは意外にも受け入れられ、『声』は淡々と何かの準備を始める。
いいんか?いけるんか!?と、生存本能によるものか、深夜テンションに似た喝采が胸中に渦巻く。
そうして待ち焦がれる中、突如目の前に光の柱が発生。
眩しさに目を細める数秒後、恐る恐る瞼を開けてみれば――そこには少女が居た。
「初めまして!貴方を好きになりにきたよッ」
水色のウルフカットに紅色の瞳が特徴的な彼女は、開口一番にそう言った。
「――って、うわっ!?ボロボロじゃん!早く治さないと!」
回復薬にて治療を受ける中、菅原 純樹は、一気に冷静になった。
癒えていく体の感覚とは逆に、血の気が引いた。
――きっと天恵は、こんな願いなど叶えてくれないだろう。
もし何かの間違いで通ったとしても、せいぜい可能性がある人の存在を示してくれる程度だろう。
そんな漠然とした考えがあった。が、これは違う。
これがAIや人工知能だったのならば、まだいい。納得はともかく理解はできる。
だが目の前の少女は――。
「嬢ちゃんって…れっきとした人間?新しく実装されたNPCとかっていうオチは…」
「…?ウチは人間だよ?」
分かっていた、このゲームにNPCは存在しない。人間とエネミーだけの世界だ。
従って、彼女も正真正銘の人間に他ならない。
(ウソやろ…人ひとりをまるごと用意しよった…?)
――天恵によって本物の人間が何処からか召喚された。
それが菅原の見解だった。
果たして、彼女の素性は同じく『ルシフェル・オンライン』にログインしていたプレイヤーなのか、別の全く関係ないVRゲームのユーザーか、もしくは――。
兎にも角にも、彼女からすれば傍迷惑も良い所だろう。都合も一切関係なく、強制的に菅原の元へ飛ばされたのだから。
(いや、何よりアカンのは――)
そして何より、彼の願い通りに、好意的だった。
『前から元々気があった』、『偶然出会った今、一目惚れした』。そんな楽観的な考えは抱かない、抱けるわけもない。
――少女は言った。貴方を好きになりに来たと。
この状況で『好きになりにきた』など、絶対にあってはならない言葉だ。それは明らかに意識を操作されている。
(つまり…オレは…)
やがて菅原は一説に至る。
もし、このゲームに拉致された少女が感情を植え付けられ、ここに召喚されたのだとしたら――
――菅原純貴は一つの人生を捻じ曲げてしまった。
***
「…やからこのまま向き合うべきか分らんのや。オレが決めてもうた願いやから、ベルタは逆らえないかもしれん。本人の気持ち関係なくな」
そんなベルタが今日、レアエネミーを倒すと言った時は様々な意見がギルド内で飛び交った。
だが最初に賛成の意を示したのは菅原だ。
何らかの願いを叶えたいと知り、沙多に真っ先に頭を下げたのも彼だった。
「んでベルタが天恵欲しがったんも、その枷を断ち切るためやと思ってん。ならオレは死ぬ気で協力せなアカン」
それは贖罪の意思に他ならない。
勝手に呼んで、勝手に好きにならせてしまった落とし前として、菅原はこの身を捧げる覚悟でいる。
「――んなワケないしょ、バカなん?だからモテないんよ?」
「めっちゃ辛辣やん」
しかし沙多はこれを一蹴。菅原を呆れた視線で刺す。
ベルタはゲームに拉致などもされていない、無理やり意識を上書きされてもいない。
そもそもゲームの中の人間なのだ。
とはいえ、誤解も仕方ないと沙多は思った。
例えば仲の良い友人が、実は異世界の出身だと疑う人間はいるだろうか?
少なくとも、沙多はそんな想像すらもしない。
ならば同様に、ベルタがゲームの中の人間だと分かるはずが無い。
(でもルタっちから口止めされてるしなぁ…)
沙多は口を挟みたい気持ちで一杯だったが、約束に従う。
代わりに、嘘偽りないベルタの想いを肯定した。
「他所から貰った気持ちなんて長く続くわけないじゃん。ほら、ビジュ目当てで彼氏作ってもすぐ飽きるっしょ?知らんけど」
「いやマジで知らんわっ、オレにその例えは悪意あるやろ」
「逆にスガはどうなん?ルタっちが居て嬉しくないの?」
彼女の問いを聞き、菅原は純粋なベルタの笑顔を思い出さずにはいられない。
「…だからこそ困っとるんや。…あ~、ほんまダサいわオレ」
やがて狭い通路を歩く二人を、出口が迎えた。
コイツら馴れ初めと惚気に一話も使いやがった。
サクサク話を進めたいのに恋バナが邪魔しやがる
光平【重戦士】――文字通り重装に身を包み、大柄な武器を扱う職。
大剣やハンマーなど、大振りな武器はまとめてここにカテゴライズされる。光平は両手剣。
破壊力と防御力に優れたスキルが多く、扱いやすいので人気度が上の下くらいある。
剣捌きや立ち回りなど諸々は、菅原から教わっている。光平の師匠。
鎧って地味に高額。なので彼が身に着けるプレートアーマーやガントレットは、全部が菅原のお下がり。
だから現在の菅原の装備はスカスカ。




