3. 少女が隠すは熱と喝采【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「じゃあアタシも学校ヤバイから落ちるね!」
「うん、またね。待ってるよ」
盛り上がった恋愛トークも収束。
三十分以上の長丁場。明日の学校は遅刻だろう沙多との別れも済まし、星々が淡く輝く中、ベルタは一人になった。
寂しさが表情に浮かぶ中、空を見上げれば、グゥ…と腹の音が鳴った。
「小腹空いた~、なんか食べよっ」
山腹から山麓にかけてはベルタの庭だ。
この場を拠点に活動する経験と、何度もこの道を往復した体験が盤石な歩みを作っている。
やがて緑が生存し、生い茂る環境まで山を下ると、大きな影――ベアルがいた。
「あれ、奇遇だね。こんなところにいたんだ」
現実で睡眠欲や食欲を満たし、ゲームに戻ればいい普通の人間と違い、彼女はこの世界で全てを満たさなければならない。
ガサガサと食べられる果実や植物を探し、口に放り込んでいく。
「もうサっちゃんはログアウトしたよ。一緒に外へ帰らなくてよかったの?」
「妹君と再び相まみえるのは明晩である。なれば往々に世界を渡る意味などあるまい」
「じゃあウチと同じでこの世界の住民だっ」
「それも異なるな。吾はどちらにも属さぬ」
対してベアルは蹂躙を繰り返していた。
無作為に練り歩き、エネミーをなぎ倒し、その繰り返し。
稀有ではあるが、『遭遇する敵がレアエネミーかもしれない』という可能性を孕んでいる以上、悪魔は止まることはない。
「通りでここに来るまでエネミーが少なかったんだな~」と、ベルタは納得する。
「ん~、だったら…――もう一つの世界?」
そして確信には至らないものの、少女は悟っていた。
悪魔が彼女の存在に違和感を覚えたように、逆もまた然り。
出身が『ルシフェル・オンライン』でも現実世界でもない、また別の異世界であることを。
「多分だけどサっちゃんは知らないでしょ。どうして内緒にしてるの?ウチと同じ理由?」
「伏せてなどないわ。妹君の興味が出自に向いておらぬだけよ」
ある種、ベアルにとって初の理解者だった。
沙多すら『どこかの珍しい外国人』と片付ける彼の出身を、彼女は見抜いた。
「だがウヌの知見は妙であるな。何処からそれを得た」
ここで初めて少女を見据え、悪魔は覇気を漲らせる。
ゲーム内の存在というには、少女は変な情報も合わせ持っていた。
『ルシフェル・オンライン』の知識に留まらず、外部である俗世の知識も有し、ベアルの慣れない横文字の単語すら知っていた。
おまけに悪魔の世界についても驚かず、受け止めている。
徐々に纏う覇気は変化を始める。
応答次第では、それが敵へ向けるものへと昇華されるのは想像に容易い。
「――ウヌは何処と繋がっている?まだ何かを伏せているなッ?」
「え~それあんま教えたくな――あ待って待っ!」
刹那、悪魔の姿が揺れ、急接近。
「【ロック・リザーッ――カホッ!?」
あまりに突然の事態。反射的に手を構え、何らかの技を発動しようとするも、それより早くベアルの手が少女の喉元を捉えた。
かろうじて力こそは籠められていないが、少しでも妙な動きがあれば一瞬で首を捩じ切るだろう。
「違うって~これ全部ママから貰ったの~ッ!」
弓なりに細めた目を見開くベルタ。両手を上げ、降参の意を示す。
巨躯な豪の化身に迫られるのは中々の恐怖体験なのか、死の予感を訴えながら赤裸々に話し始めた。
「ウチが生まれた時に持たされた記憶!二人の名前も、外の世界も、ウチ自身は何にも知らないんだからぁ!」
そこで悪魔が伸ばした手から解放される。
安堵を浮かべ呼吸を整える少女は、ジトッと目を向けた。
「一応これ気遣ってんだからね!?消えちゃう記憶ペラペラを喋って混乱させるわけにいかないんだからっ」
「――ム?人間の記憶とは、獣と違い容易く消えぬのであろう?」
彼の言葉を受け、やがて少女の口元が沈み、俯く。
にこやかな雰囲気から一転、何かの拍子に消えてしまいそうなほどに。
「…外の世界の人にとってさ、こっち側はどんな所だと思う?」
「人間が『VR』なる世渡りの奇術を用いた先の受け皿。死せども蘇る常世であろう?」
「そう、ここでは死んじゃっても大丈夫。お金は無くなっちゃうらしいけど、その対価が払えるなら大丈夫」
通常の人間はゲームから現実へ舞い戻るにはそんな代償が必要。
――では、彼女がゲームからゲームの世界へ生き返るには何が必要か。
「でもウチはお金じゃなくて記憶が消えてくの。死んだ時に抜け落ちちゃうのかなぁ?」
ベルタは何度か死を経験し、古い思い出はとうに消え失せている。
菅原と最初に出会った記憶も既に曖昧。自身が生まれた経緯などは辛うじて覚えているものの、創造主から譲り受けた知識は穴抜けの状態だった。
「だから二人の事も名前だけしかハッキリと覚えてないんだよ?会ってからだって、これがその二人だって気付くのに時間かかったしねっ」
ベルタは「大した事覚えてなくてごめんね」と、切り株に座る。
一方、ベアルは少女を覗き込み、笑った。
全ての違和感が解消されたらしい。
「クハハハハッ、合点がいったぞ。ウヌは天恵より生れ落ちたッ!」
「そ、そうなるけど…それがどうしたの?」
「ならばウヌの根源は吾が主君ッ、ル・シファル様と通じておるなっ?」
「え、誰それ…ってかウチのデリケートな問題打ち明けたのにノータッチ!?」
もし話す相手がまともならば、心中を察するに余りあるだろう。
だが悪魔にとっては些細な問題。己の野望が最優先である。
これにパチパチと目を見開くベルタ。普段の少女を知る者なら、今日は珍しい顔が多いと感嘆するほどだ。
「ちょっと~!同情して優しくしてくれてもいいんじゃないの!?ウチのデスペナルティ、地味にきついんだよ!?あんちゃんの言う人どころか、ママのことだって殆ど覚えてないのに――」
「『ですぺなるてぃ』とやらは知らぬが、超越すればよいだけよッ。天恵は天恵にて統べるのみであるッ!」
「天恵で…超越…?」
「その為の『れあえねみぃ』であろう?」
そこで少女は悪魔が言わんとしている事を理解した。
レアエネミーを倒し、天恵を行使して記憶と取り戻せ、と。
「でもレアエネミーって二人が倒したいんでしょ?ウチが貰っちゃったら…」
「宿願は吾が主君と相まみえる事のみ。『れあえねみぃ』はその足掛かりに過ぎぬ」
再開が目的で、討伐は手段に過ぎない。
悪魔が睨んだ通りであれば、記憶が修復された際に、ル・シファルなる人物の情報も復元されるだろう。
レアエネミーを闇雲に探し回るよりも、その主君と関わりを持つ少女から得る情報に価値があると断じた。
ならば悪魔は惜しみなく、願いを叶える権利など譲渡する。
「サっちゃんは納得してくれるかなぁ…?」
「ウヌの克服が為の工程であろう?ならば妹君は異論など唱えまい」
「だけどウチの記憶の事は誰にも秘密で…あんちゃんには無理やり言わされたけど…」
確かに話し合えば沙多は納得するだろう。彼女にも姉との再会という目的があるのだから。
しかし、今回は話し合いが成立しない。説得の理由、記憶の件をベルタは伏せたがっている。
「でもいつか話さないとなぁ…」
少女は胸に手を当て、重く息を吐く。
打ち明けた末の変化、今の関係が壊れる事を恐れていた。
しかしこのまま黙秘しても、死亡が重なれば記憶は失われる一方。
そのままいつか自らを構成する大事な記憶が欠ければ、どちらにせよ周囲との関係は瓦解する。
時間の問題だった。今すぐ自らの手で関係を崩すか、真綿でじわじわと首を絞められて崩れるか。
「――話す必要などなかろう?」
だが悪魔は彼女の懸念を一蹴する。
「必要だよ絶対っ、だって何でも願いが叶うチャンスなんだよ!?理由も無しに天恵をちょうだいなんて…」
ベルタが天恵にて生まれたからこそ、その価値は彼女自身が最も理解していた。
文字通り、金や命を容易く生み出す天恵。それを事情も知らずに他人へ渡すなどいっそ狂気だ。
「吾と志を同じくする者であるッ。妹君は指針は懐が広く、傲慢、そして強欲であるぞ?――クハハハハッ!」
「え、えぇ…?」
沙多の振る舞いを悪魔は説く。
そして、誰か――最も敬う主君を想起し、その既視感に高笑う。
会話はそれが最後だった。ベルタの困惑も受け付けずに背を見せる。
気分が優れたらしい悪魔は周辺のモンスターを狩りを続行。闇夜に消え、エネミーの悲鳴だけが響き始めた。
「答えになって…なくない…?」
一人ポツンと取り残されたベルタはギルドの自室へ戻って就寝。
別れた二人は、どちらもゲームの中の世界で夜を明かした。
多分ベルタは意味不明の答えに二時間くらい寝れなかった。寝坊した
沙多もベルタの正体を聞いて二時間くらい寝れなかった。寝坊した
菅原はぐっすり寝た。一限目から元気だった




