2.悪魔が残すは熱と喝采【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
ダァン!!と、悪魔は掴んだ男の顔ごと手を大地に叩きつける。
まるで隕石が落ちたかのような轟音と振動が鳴り響く。
体がひっくり返り、頭が地に埋まった男は何の抵抗も許されなかった。
「スガ!?クソっ――」
青年が両手剣を構え、仲間を救出すべく再び悪魔に立ち向かう。
対してベアルは一度目の攻撃ならば受け入れる。それを流儀としているからだ。
その上で全てを捻じ伏せるのが悪魔の矜持である。
だが、二度目の攻撃を許すほど腑抜けでも寛容でもない。
反撃後の体勢――地面に手をついた状態から、片腕を軸に回転。
身を捻った状態から足技を繰り出す。一打目の右脚で両手剣を砕き、二打目の左脚で青年を打ち上げた。
「うぐァ!?」
「あちょっ、ブベェッ!!」
ズガンと豪快な音を奏でたフリップキック。
飛ばされた方向には少女が運悪く居合わせ、衝突。二人まとめて後方へ薙ぎ倒される。
あっという間に三人が崩れ、次の標的はローブの女性へと切り替わった。
これに慌てた様子で彼女は魔法を組み立てる。扱うのは水という属性を意のままに操る魔法。
間欠泉や高水圧のカッターを繰り出すも、ベアルは正面から走破。まるで飛沫が当たった程度のように、駆ける姿勢は微塵も揺るがない。
「【ヴォダ――ッゴハ!?」
距離を詰め、掌底を食らわす寸前。再度呪文を口ずさみ水源を召喚。
今度は円盤を形作り、攻撃との間に水のバリアを設置する。
だがそれでも悪魔の拳は止まらなかった。一瞬の均衡を経たのち、水は指向性を失い四方八方に発散。
威力は減衰するも、突き抜けて彼女へダメージを響かせる。
意識を刈り取られ沈むのを尻目に、最後の目標――戦慄した少年へ視線を移す。
敵の中でも最も小柄で、恐らく最年少。
手にクロスボウを持つものの、圧倒的な蹂躙を前に構えることを忘れてしまっていた。
悪魔はこれに悠然と接近。張り合いが無いとばかりに、無表情で心臓へ狙い澄まし――。
「――【イージス】!!」
「ムッ?」
プレイヤーを泡へと帰す瞬間、大盾を持った男が割り込んだ。
地中へ埋め込んだはずの彼は、自身の負傷よりも仲間を優先し、立ち上がる。
その身体と盾が、青く煌めくスキルが発動した刹那、激突。
その衝撃が伝播する中で、大海原を彷彿とさせる防御形態は――ベアルの拳を受け止めた。
「クハハハッ!!堅牢よッ!」
これまで悪魔の異常な膂力を凌ぐプレイヤーは居なかった。
しかし彼は真っ向から張り合い、完全に防いでみせた。
稀有な存在にベアルが愉快と口を歪める。
とはいえ、たかが一手だ。
正拳突きからの二手目――回し蹴りには対応が遅れる。
さらに三手目、流れるように空中二段蹴りへと繋ぎ、男は揺らぐ。
とどめに裏拳。蹴りの慣性を殺さずに穿たれた連携攻撃。これを喰らった彼の両足は、宙へと浮いてしまった。
「ガッ!?」
一瞬の内に繰り出された猛攻は、遂にスキルを以ってしても決壊を辿らせた。大盾は彼方へ弾かれ、男は尻餅を突いてしまう。
悪魔は先ほどよりも愉快と感情を滲ませながら、それでも殺意は一切変わりなく追撃を開始。
転倒の隙を刈り取るべく地を蹴った。
「だめぇっ!!」
同時に、焦燥に染まった叫びが響く。それは少女のものだった。
両手剣の男と共に吹き飛ばされた擦り傷を体中に追いながら、対峙する二人の元へ走る。
構えるのは、やはり妙な手印――カメラのように両手の指を形作り、シャッターを閉じれば今度は地面が隆起。岩石が勢いよく飛び出した。
出現した圧倒的な質量は、すぐさま重力に従って落下。小規模な岩雪崩が再現される。
常人なら対応しなければ押し潰されるだろう。が、ベアルは何気なく腕を振るいこれを一蹴。まるで蜘蛛の巣を払うかの如く、僅かな時間稼ぎにすらない。
横槍が入ったものの一瞬。眼前の男は尻餅状態のまま依然として無防備。
先ほどの攻撃で平衡感覚を揺さぶられたのか起き上がれない。
無論、この隙を咎めないベアルではなかった。片脚を高く掲げ、踵落としを頭蓋に叩き込み――
――寸前、少女が悪魔との間に割って入る。
両手を広げ、身を挺して庇う姿がベアルの目に映った。
そこに、スキルやアイテムなどという打算は何もない。
痛みも恐怖も、全て覚悟し呑み込んだ、ただひたすらに献身な表情のみがあった。
しかし、ベアルは止まらない。
たとえ一人が挟まろうとも所詮は肉の壁一枚。
振り下ろされる豪脚は軽々と二人をまとめて粉砕するだろう。
そしてなにより、悪魔に攻撃を緩める意思など微塵もない。
「――ベルッ!!待って!!」
唯一、消える命を救う手段を持つのは沙多だけだった。
ようやく回復魔法で麻痺を解除した彼女は、ベアルの背後から叫ぶ。
結果、迫る脚は眼前で静止。紙一重で風圧だけが舞い、被害はゼロに終わった。
「…多分だけどさ、敵じゃない説ない?これ」
事情を理解できずポカンとする敵であったはずの相手を前に、沙多はそう言い放った。
――――――
――――
――
「え~ッ、違うの!?」
結論から言えば、勘違いから始まった戦闘だった。
とある組織の仲間だと思い込み、襲撃に至ったようだ。潔白の身であると証明した後、『スガ』と呼ばれるリーダーらしき大盾の男から深々と謝罪を頂いた。
「でもあんちゃん、メッチャ悪そうな顔してるじゃん」
「おいそれシンプル無礼やろ。ウチのが申し訳ないな」
食い下がる少女に暴君然とした装いを指摘される。
確かにファンタジーに馴染む服装でもなく、尖りまくった革ジャンとジーンズ、おまけに悪人相。チンピラと誤解されても仕方ない風貌だろう。
関西訛りで彼がツッコみと謝罪を兼ねる。
しかし、当人のベアルに気にした様子などない。
それどころか興味深そうに眼前の少女をまじまじと見つめていた。
二メートルを越す悪魔と小柄な少女の身長差では、つむじしか見えないはずだが、それでも凝視している。
「どったのベル、そんなガン見して」
両手剣を持つ青年と、ローブ姿の女性への手当てを回復魔法にて終えた沙多が会話に加わる。
荒々しい顔つきと巨躯からなる威圧感は相当だ。通常なら怖気づいても仕方ない。
だが睨まれる少女は、能天気に口元を緩めていた。
「にしてもよく止めようと思ったねっ?勘だったんじゃないの?間違ってたら逆にピンチだよ」
「なんていうか、アタシ麻痺って見てることしか出来んかったけどさ、ヤな感じがしなかったんよ。ほら、嫌な奴って目つきがやらしいじゃん?陰湿だし」
振り返れば戦闘の引き金となった罠も麻痺だけだった。敵を仕留めるだけならば、猛毒の矢を射るだけで良い。
彼らパーティの攻撃も、敵を殺すことではなく無力化することを注視していた。
そうでないと刃を潰した武器などは持ち込む理由がない。
言わば、殺意が圧倒的に足りないのだ。
「てかなしてピリピリしてたん?ここら辺で捕まえたい人でもいるの?」
この環境は火山地帯。街中ならば勢力競争にも納得であるが、ここら一帯には人の介入した影などない。
現に道中はエネミーとの遭遇のみで、人との接触は彼らが初めてだった。
「なんかな、最近オレらの拠点近くをうろつく怪しい奴がおってん」
「あれ絶対クロだよね!裏ギルドの輩だよっ」
「裏かはさて置き、そいつらが来てから近所の様子がおかしんや。挙句の果てに、この前は山が噴火までしよった」
「あっ…スゥ――」
そして沙多は大体察した。
本来、彼女の目的はレアエネミー。
当然、この情報の前任者は、近藤が率いる裏ギルドだ。
ならば噴火を引き起こした犯人との因果は――。
(ワンチャン関係ある寄りかもなぁ、アタシら)
沙多はそっと口を噤んだ。
罠とか戦法に殺意が無いってのは、捕まえるの優先だからもそうだけど、殺したら業値が高くなっちゃうからかもしれない
業値マイナスじゃない普通の人でも、一回死んだら三十~五十万飛びます。
みんな金欠。特に大盾を持ってた男の人。今日の昼飯はパンの耳にマヨネーズだったらしい。こんなゲームしとる場合か




