1.心を焦がすは熱と喝采【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
『ルシフェル・オンライン』専用の掲示板サイトは、今日も書き込みが絶えない。
外部からの接続は出来ず、ゲームにログインしている間のみ閲覧が可能。
そんな秘匿性の高さ故に、玉石混淆である情報の中から、いち早く宝石を掴もうと、熱心なプレイヤーは欠かさずゲームにログインし、掲示板サイトを漁る。
064.maj大宜都市-阿波井区>
多分事実だわ。確認したけどギルド潰れてる。
094.dre鈿女市-大田区>
【グロウ】って名前の裏ギルドだろ?そこのマスター誰だっけ
143.kor八上市-出雲区>
近藤 正邦って奴。バトル系譜のギルドだわ
154.yea稲荷市-竹駒区>
地味にあのギルド、色んな奴らの集会所じみてて厄介だったから消えてくれて助かるわ
175.sug弁天市-東海区>
バトル専門の奴らに喧嘩売って勝ったってこと?倒した奴相当つえーじゃん。ってことはトップランカーの誰かとか?
201.ggr多福市-中央区>
↑まあ誰がやったかは時間の問題だろ。どうせタレコミあんだろうし
やり取りされる中には、沙多やベアルが参加した裏ギルド掃討の話題があった。
情報の鮮度は高ければ高いほど、生まれる価値も大きい。
ギルド崩しを達成した数時間後には様々なプレイヤーが関与し、中にはギルドという組織すらも参入して、一連の詳細を探り始めていた。
241.nni瀬織津市-速川区>
ギルド崩しの目的何なんだろうな、裏の奴らは迷惑だけどバトルギルド相手にするのは割に合わんだろ
280.ome乙姫市-北区>
なら考えうるのは天恵の類じゃないですかねぇ
301.syn鈿女市-千代区>
↑ってことは、そいつらと取引すればレアエネミーの情報手に入るじゃん
324.jkr豊受市-大谷区>
しかも強いんだろ?天恵絡みじゃなくても普通に同盟とか結べたらアドじゃね?
380.鹿屋野市-中央区>
倒した奴らがトップ帯のギルドだったらどうすんだよ。【タマモ】とか【パラダイム】のギルドだったら取り付く島もないだろ。
401.jkr豊受市-大谷区>
だよなぁ、あいつらに協力とか必要ないしな…。頼むから大手のギルド以外であって欲しいわ
さらに数時間後、リークによりギルド崩しを成したのが新堂のギルド――【アルケー】であることが判明。
この新しい情報により、掲示板は一段と賑わった。
521.drd八上市-出雲区>
てかこいつ誰だ?外国人?珍しいな
密告された情報の中には一段と目立つ――ベアル・ゼブルの名があった。
姿も名前も一切変更できないこのゲームにおいて、プレイヤーネームはそのまま本名になる。
その為、横文字の名前はどうしても目立ってしまう。
575.srn八上市-中山区>
前に【アルケー】のギルド覗いたことあるけど外国人っぽい奴はいなかったぞ。多分無所属とかじゃねえの?
606.onn多福市-東区>
てか珍しいって言えば、そのギルドに女子いなかった?しかもめっちゃ若くて学生くらいの
614.mjd大宜都市-一宮区>
マジで!?超レアじゃん。このゲーム変な奴しかいねぇのに
629.瀬織津市-小野区>
ちょっと俺そのギルド加入してくるわ
645.onz鈿女市-荒立区>
女…?このゲームに女子がいるのか…?
678.iyd弁天市-大盛区>
↑お前こわ。今お前と同じゲームしてるって考えると嫌なんだけど
異色の存在であるベアルはもちろん、沙多も違う方向で注目が集まっていった。
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――
「う~ん、悩ましいですねぇ…」
現実の夜十時、『ルシフェル・オンライン』内の時間軸で表せば昼下がりとなる頃。
新堂は自身のギルド内で唸っていた。
白衣を身に着け、パーマのかかった緑髪を指でクルクルと回す。そんな彼はとあるメモ用紙を見つめている。
そこには裏のバトルギルド、そのマスターである近藤 正邦から奪い取ったレアエネミーの情報が書かれてた。
元々は暗号で書かれた情報。だが新堂は既に解析を終わらせ、全容を明らかにしている。
では何故、彼は悩んでいるのかといえば――。
「マスタ~、暗号分かったー?」
ノックもせず、彼の書斎にズカズカと踏み込む少女こと沙多が訪れる。
現実とは打って変わって髪はインナーカラーの紫紺を目立たせたハーフアップ。
後ろには悪魔ことベアルが同伴。対する彼は、なんら装いに変化が無い。
沙多は現実での身バレを懸念しての変化だが、悪魔には関係ないのだろう。現実と全く同じボロボロの革ジャンにジーンズだ。
それを着こなす巨体は、ドアを収める上枠に頭でヒビを入れながら入室していく。
「…ええ、判明しましたよぉ?」
「ガチ?すごいじゃん。じゃ、教えて」
これこそが新堂の悩みの種だ。
結論から言えば、新堂はレアエネミーの情報を惜しんでいる。
レアエネミー、すなわち天恵を握っている。というアドバンテージを手放したくない。
その優位性だけでも他者との交渉では手札となる。
加えて、裏ギルドを解散させて入手したという実績の証拠にもなり、牽制にも使える。
「その場所へ、もう向かわれるんですか?」
「もち。何のためにアタシらが協力したと思ってんの」
ベアルはともかく、沙多は戦闘用の衣装――丈を短く切り詰めた白黒の修道服を纏っている。加えて手に握るのは周辺情報が記載された地図。
それが意味するのは、すぐさま天恵を得るために行動を開始するということ。
――つまり、この二人にレアエネミーの情報を明け渡し、何かの間違いで即討伐されようものなら、新堂の持つアドバンテージは消えるということだ。
「君の行動力には感心しますねぇ」
とはいえ最終的には、彼女らに情報を開示するだろう。
口約束ではあったが反故にすると信用を失う。それは新堂にとって、金銭と同列に死守したいものだ。
信頼されなくとも、裏切らないと判断される程度の信用は必要。故に開示せざるをえない。
「教えるのは構いませんが、このメモに書かれた座標は厄介です。不明瞭な要素も多い。我々の精査が完了するまでは、この情報を保証はできませんよ?」
それは嘘ではなく事実だ。暗号が分かったとはいえ、まだ検証段階。
居場所以外にも確認したい項目など山ほどある。
そもそも暗号の中に偽情報が混ざっている場合もある。
「なので徒労に終わる可能性も充分に高い。もう少々待たれては?お待たせする分、損はさせませんよ」
これも本心だ。
彼は損得に従事する性格。その言葉を出した以上、役割を全うする矜持があり、実際に調査も怠ってはいない。
――だがしかし、彼も人間。
「どうせなら甘い蜜を長く啜りたいですねぇ」というのも、また本心だ。
まだこの情報を他所に振りかざしていたい、と彼の欲が叫んでいる。
なんならギルド崩しという注目の種。既に彼は情報の一部をリークして懐を潤している。
故に、なるべく相互利益がある点を妥協点として示す。
「ん~別にいいかな、とりま行ってから考えるから」
しかし、彼女の目的は金銭ではなく姉との再会。損得勘定から離れたプレイヤーだ。
一刻も早く辿り着きたいという気持ちは依然変わらない。
頭で考えるタイプではなく、とりあえず動くという気質が合わさり、行動力が並ではなかった。
「何故そこまで逸るのです?天恵を狙うのなら万全の体制で――」
「多弁であるな縮れ緑よ。吾らの宿願に足踏みは不要であるぞッ」
ここで今まで大人しかったベアルは、動いた。まるで沙多を支持するように。
緑髪の天パこと縮れ緑の新堂に詰め寄り――そこで悪魔はふと思い至る。
「或いは『れあえねみぃ』とやらの所有をウヌが画するというのか?」
ベアルも同じく、主君との再会を心から望んでいる。さらに一刻一秒に対する想いは沙多よりも重い。
「ならば改め、雌雄を決しようぞッ」
人間が悪魔に示す論理的な思考など、止まる理由にすらならなかった。
今一度、レアエネミーの主導権がどちらにあるのか明確にするため、戦闘の意思を見せる。
それはともすればギルド崩しの再来だ。圧倒的な暴威を今度は新堂のギルドへ向けるという。
(――…沙多さんは…我関せず、ですか)
新堂が尻目に伺うも、沙多は能天気だ。
ベアルが負ける可能性など微塵にも考えておらず、「話し合いまだ~?」とハーフアップの髪をセットし直している。
「――いいえ、君らがそこまで言うのならば否定しません。分かる範囲の事を伝えましょう」
そこで新堂は、我欲を出しすぎたと自らに釘を刺す。
必要経費と腹をくくり、レアエネミーが速攻で倒された場合の交渉シナリオを組み立てていく。
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――
「理解しましたか?あの周辺には街が無い。支援も補給も限られていますよ」
「おけ、多分だいじょぶ。んじゃ、行ってくるね~」
「…はい、些か不安ですがお気をつけて」
ヒラヒラと手を振って緩い雰囲気で部屋を出る少女と、扉を破壊していく悪魔。
ようやく静寂が訪れた彼の書斎。一人になったところで新堂が呟く。
「――…縮れ緑って、僕のことですかねぇ?」
どうでもいい疑問だけがその場に残った。
しれっとマッチポンプで自分の情報を売っている新堂。
ベアルは人間の見分けというか判別が出来ないので、殆どテキトウな呼び方。
主君であるル・シファルと、沙多以外の名前を覚えてない。
ってかゲームの『ルシフェル・オンライン』と主君の『ル・シファル』って似てて紛らわしい。
ルシフェルとルシファルって一文字しか違わんし、現に過去の話で誤字ってたぞ。
報告くれた方には感謝




