1.貴方と出会うおんらいん【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「えぇーっとつまり、アタシに協力してくれるってわけ?」
「最初からそう言っておるではないか」
「わからんし、勝手に自分主体で盛り上がってただけじゃん」
白熱する男の機嫌が多少静まった頃、ようやくまともな会話が可能となった。
「絶対ウチの姉にアンタみたいな筋肉外国人の知り合い、いないハズなんだけどなぁ」
「吾の誤信であるならば仕方あるまい、再度探し求めるのみよ。しかし吾の目は節穴ではないぞ?それに加え吾の全ての感覚があの御方――」
「はいストップストップ、分かった。とりま分かったから、それ以上は話ややこしい」
結局流れに押されてしまった彼女は折れて、待ったをかける。語りを中断され不服な男を尻目に、改めて懸念を指で数えながら共に歩く。
「ってか百歩譲るとして、そのゲームは危険で法的にも危ないっての、ちゃんと分かってる?」
「ム?人間は法に従順ではないのか?何故違法とな?」
「アンタそこから分かってないの?ゲームない国の出身?」
会話を進める度、指を折って数える懸念が増えていく。
「時に妹君よ、この『ぶいあぁる』とやらはどう使用すれば世界を渡れるのだ?」
「あぁっここで開封しないのッ」
一つ、指を折り…。
「フム、微細なこれ一つに、どの様なカラクリが仕組まれておるのだっ…?まるで奇術よっ」
「それ電源必要だし今いじっても意味ないって。ってか室内でやるもんだし」
二つ、指を折り…。
「もうッ、それ頭に被るやつだからッ…手袋みたいに装着しない…!てか手の平デカすぎでしょ、頭くらいあんじゃん」
そろそろ懸念点が両手の指でも数えられなくなる頃、彼女はこの男に『完全初心者』という烙印を押す。右も左もどころか、全ての方向を分かっていない様子。これではゲームを始めるまでに機器が無事な保障もない。『何もしてないのに壊れた』状態にいつなってもおかしくないと彼女は警鐘を鳴らす。
――――――
――――
――
「遠っすぎでしょッここッ!!」
彼女がゼェゼェと息を荒げてツッコむのは、男の住居。
結局見てらんないと言わんばかりにゲーム機のセットアップを申し出た彼女は男の住居まで足を運んだ。
だが問題がその場所だ。街の外れに出るまで一時間、そこから山奥に入り、ボロボロの一軒家に辿り着くまでに二時間。ここは途中で投げ出さず最後まで着いてきた彼女を褒めるべきだろう。
「てかここッ廃墟じゃん!!家ですらないしッ!!」
さらに追加で声を荒げる。整備という文字とは程遠い環境。
当然、ゲームをプレイするのに向いているわけがない。
「絶対電気通ってないじゃんッ!よくこんなとこで暮らしてんねッ!?てかアンタッ、ちゃんと風呂入ってんの!?インフラ死んでんじゃんッ!?」
「行水か?いつ何時でも主君に恥じぬよう清めているものよッ。なにせあの御方は高潔。昔日、直々に身を清浄するよう仰せつかってから一度も欠かす事など――」
「前は風呂入ってなかったんかいッ!あーもう信じらんないッ!!」
文句を垂れながらも一応はゲーム機の準備を進めていく。生活の痕跡があり、想像よりも埃やゴミが溜まっていなかったのは彼女にとって幸いだっただろう。
「…コンセントに繋いだけど…これ引っ越さないと無理っしょ。水道も電気もない場所で――」
「水道とやらは繋いでおるぞ?」
「え?ガチ?」
ここでまさかの予想外、水道が通っているという生活水準の報告に彼女は目を丸くする。
ありえないとばかりに、台所らしき場所の蛇口を回してみると――
「…ガチじゃん。えっじゃあまさか――」
弾かれたようにVR機に視線を戻す。震える指で電源ユニットを起動してみると――
「点いた…!?うっそマジありえなッ!?」
なんとブウゥゥンと、高い起動音を奏でて稼働を開始した。
「ほう、電気とやらはここで役立つのかっ。今までそやつの意義を理解していなかったな」
現代人にしては不自然な内容を話す悪魔だが、彼女はゲーム起動に興奮気味で聞いていない。手際よく遊ぶための設定を操作し、ゲームソフトをインストールしていく。
「…待って。これログイン出来てもゲーム内での操作すら怪しい説ない?」
ようやく幕引きかと思えば、新たな可能性が発覚し、戦々恐々とする彼女。「始めの街は…」「チュートリアル…」「現実反映…」と一人でブツブツなにかを呟くと、次には諦めの冷笑を浮かべ、メモに何かを走り書きしていく。
「まだ何かあるのか?」
「アンタ絶対初期設定とか分からないでしょ!メモ書いたげるからじっとしてて!!」
「ムッ、それは漢字とやらか。吾はまだその文字を理解出来ぬ。ひらがなとかたかなを求むぞ」
「あ”あ”ぁ”もうッ、侍みたいな喋りする癖して読めんのかい」
そうして手取り足取り、一から十までのマニュアルを走り書きして完成間近となった所で、重要な項目を思い出す。
「アレは…後でいいとして…アンタ、名前は何ていうの?」
「おっと、まだ名乗っておらぬかッ。ならばとくと吾が名を告げようぞッ!吾はベアル・ゼブル!!ル・シフェル様の右腕にして歴戦の益荒男よッ!!」
周囲の木々を震わすほどの痛快な名乗り。彼女から不満の声が上がったが、それでも必要事項だとメモに名前を書き込んでいく。
「声うるっさ!ベ…アル・ゼブ…ルね、りょーかい。呼びにくいから『ベル』って呼ぶよ?」
「ッ…!?」
それは彼女にとって何気ない、呼びやすい名を口にしただけだろう。
――『そう、じゃあお前を「ベル」と私は呼ぼうか』
だが男に取っては大きく意味があり、郷愁を喚起させた。主から貰い受けた愛称を久方ぶりに耳にしたのだ。
(やはり…似ておるッ!)
「…!?なんでまた跪いてん…?ほら戻って戻って」
感極まったように震える悪魔の姿勢に驚愕した彼女だが、これでマニュアルが完成したようだ。
「とりあえず、協力してくれるってんなら、このメモをちゃんと守ってログインしてよ?ゲームの世界に入れたらその街から動かないでよっ?アタシが迎えに行くから。いい!?その場でじっとしてるのッ!!」
「承知したっ、礼を言うぞ妹君。吾のみでは相応の時を要したであろう。対価としてこれを持つがよい」
「なにこの…水晶玉?いらないんだけど。アンタの国の名産品?」
半ば強引に球体の結晶を押し付けられる。
男は同じものを七つ、後ろ髪の毛先を分け束ねる髪留めとして使っているが、彼女に渡ってみれば片手が余裕で埋まる大きさだ。
「これ売れるのかなぁ?」と思考の片隅に浮かぶほどに綺麗な物だった。
「それで、いつゲーム始めるの?」
「では即刻始め――」
「限度ってもんがあるでしょッ、それにもし今日やるとしても…アタシ夜しか空いてないし…」
「ムゥ…仕方あるまい。ならば今宵、ウヌの余暇まで待つとしよう」
出鼻を挫かれ、ややしょんぼりとした悪魔。それでも何とか予定をすり合わせ、合流時間が決まった。
「じゃあ決まりっ。アタシは『明野 沙多』、この名前でプレイしてっから。まあベルなら名前教えなくても分かりそうな気がするけど…」
「アケノ…サタ、か。しかと記憶したぞッ。生涯吾は忘れることなどないだろう!」
「…大袈裟すぎん?」
このやり取りを最後に、彼女は悪魔の根城を後にした。
そして帰り道を歩き始めて五分。彼女は一人ポツリと溢す。
「え…冷静に考えて帰り道きっっつ…」
テスト勉強する予定だったので彼女は夜しか空いてません。
帰り道くっそ長いので勉強の時間は潰れたけど。