交わる夢想の兆しには【幕間-前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
「…大丈夫かなぁ、ベル」
早朝から歩を急いで進める少女がいた。
学生やサラリーマンが登校、出社する時間帯。
住宅地から、活気ある街へ向かう電車に乗るのが彼らの日常。
だが早歩きする少女こと明野 沙多は、皆と反対方向へ進む。
左右に分かれて靡く桃色の髪が一同の目を引く中、彼女は――郊外へ進む電車に乗る。
もちろん彼女も今日は学校へ行かねばならない。
だが遅刻確定の現状を呑み込んでまで、そうしなければならない理由があった。
「ゲーム機、壊してなければいいなぁ…」
それが悪魔――ベアル・ゼブルの住処へ赴くことだ。
近藤が率いる裏バトルギルドとの騒動。
レアエネミーの所在が書かれた暗号用紙を入手したその後、『ルシフェル・オンライン』からログアウトした沙多はどっと疲れが湧いて眠ってしまい、目が覚めたのは三時間後の朝六時。すっかり朝だった。
あの戦いでベアルは突如として回線不良のログアウト。
その後は一切音沙汰が無い。
ネットが普及したのかも未だ不明。スマホも所持していないようで、連絡手段は無い。
なのでこうして直に赴くしかない。
幸い、彼の住所は覚えた。
前回の徒歩のみの移動と違い、最寄りの駅を彼女は導き出している。
「っても、この山道はキツすぎない…?」
それでも駅から山へ、そして麓から悪魔の根城まで一時間以上を余裕で必要とした。
***
「ベル!いる!?」
鍵すら掛かっていない扉を開ける。
最低限、靴をある程度揃えて脱ぎ、居間へ突撃すると――そこには悪魔がいた。
だが様子がおかしい。
――ムッ、妹君かっ!
いつもならばそう言って出迎えるであろうベアル。
だが今回は寡黙。一言も喋らず畳に座していた。
彼が行っているのは胡坐をかいて目をつぶった瞑想。呼びかけても一切意識を崩さない極度の集中だった。
そんな彼を囲って、黒い水晶のようなものが床に配置してある。
「やっぱ髪留め…違うやつ?」
開戦前、地下通路では見間違いだと思ったアクセサリー。イメチェンの範疇として片付けた違和感の正体。
だが山吹色の長髪を束ねるそれは、朝日に照らされた今でも濁っていた。
「――ハァッ!!」
刹那、ベアルが意識を開放する。
ヒュンッ、と風が渦巻いたような気がして制服のスカートを抑えるが、錯覚だったようだ。
「え、すごっ」
それよりも沙多は、眼下の水晶に釘付けだった。
今の今まで黒く濁った髪留め。だがベアルの一喝で、それが澄んだ透明色へといつの間にか変化していた。
「なにそれッ?手品!?アタシにも出来るやつ!?」
「ムッ、妹君かっ!好都合であるぞ、ウヌに問わねばならぬ事象があるっ」
不意に声をかけられ、悪魔はようやく沙多の存在を認める。
見たところゲーム機は損傷もなく無事。ベアル本人も依然と変わらない様子だった。
――――――
――――
――
「あれっ?どこにも異常ないんだけど…?」
ベアルが尋ねる内容は、当然VR機器の接続についてだ。
だが沙多が確認するも、どこにも異常は見つからなかった。
故障もなく、回線も良好。今すぐ『ルシフェル・オンライン』を再開できる状態。
「…もしかして、電気代払ったん?」
「ウム、電気とやらは吾の手によって蘇ったわっ」
「蘇ったのは電力会社のおかげでしょ」
会話に齟齬があるが、まさか悪魔の持つ魔力をそのまま電力に変換したとは夢にも思うまい。
沙多は滞納金を払ったと解釈し、納得した。
「とりあえず、これでまたゲームできるよ?」
「クハハハッ、礼を言うぞ妹君よっ。では早急に余した半日を埋めに行かねばッ!」
「え、もうやるん?…てかちゃんと休めてる?」
「吾は休息など要さぬっ。進むべき道が示されている中で、立ち止まるなどありえぬわッ」
『ルシフェル・オンライン』にて敬服する人物を探し求める。
それは悪魔の宿願だ。僅かな時間すらも惜しいだろう。
確かにベアルの活気は溢れんばかりだ。もはや常人ならば気圧され、恐怖を掻き立てられるほどに。
「…まさか、あの日からずっとゲームしてたの?」
しかし沙多は目を逸らさず、怯えるどころか心配の表情を浮かべる。
彼女が問うのは数日前の、ベアルが初となるログインをした日だ。
レアエネミーを討伐し、沙多にとっても姉への道が示された転機。
あれから沙多はテストの追試やら、友人との付き合いやらで時間が空いた。
一方、その頃ベアルは何をしていたのかと言うと――。
「当然であろう?吾が主君と相まみえるまで全てを捧ぐのみよッ」
悪魔はずっとゲームに投じていた。
四六時中なんてレベルではない。あの日から、強制終了されるまでの一週間弱の期間全てだ。
「はぁ!?ちゃんとご飯食べてんの?それに寝ないとヤバイよ!?」
「食事も睡眠も必要とせぬ、吾には意味のない行為よっ」
「いやそれガチで死ぬって!!」
彼は人間とは違う存在、人外の悪魔だ。
極論、魔力さえあれば存在を保てるが、沙多はそんな事情を知るわけもない。
バタバタとベアルの家にある冷蔵庫を開けるが、もぬけの殻。一度も使用された形跡はなく、食材一つ入っていない。
「ベル!今からご飯食べに行くよ!!ゲームは後ッ!」
「ムゥ、しかし妹君よ――」
「いいから!!」
沙多の必死な形相に圧され、ベアルは渋々従った。
書いてる途中でベアルの灰赤色ってイメージしにくいなって思った。
あずきバー色です。色薄めのやつ。そう考えると可愛いなって思った。
尺が微妙なので続きは後編として分けます。




