4.王手をかける、ギルド崩し【後編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
互いの視線が交差する。
近藤は二丁の銃をインベントリに戻し、拳を構え直した。
触手の対応で銃弾を殆ど使い切ったようだ。
弾を再装填すれば使えるだろうが、そんな隙など沙多は与えない。
一方、銃と違い沙多に予備動作は不要。ちゃっかりと発動一歩手前の状態まで準備を整えていた。
「占星術師つったら四つだろッ、テメェの手札はもう全部見てんぞ!」
だが近藤は見切ったとばかりに小細工無しに突き進む。
職種の占星術師には、任意のスキルを自由に扱える特性が存在する。
扱えるスキルの数は最大四つ。
それはかつて、『ルシフェル・オンライン』の黎明期では強い職の一つとして注目される程だった。
しかしプレイヤーの練度が上がるにつれ『使えるスキルの数が少なくて戦えない』と、所謂ハズレ枠の太鼓判を押される。
今の環境における占星術師は絶滅危惧種と言っても差し支えない。
【重力鈍化】と【フレア】は見てから躱せる、【火炎弾】は拳の風圧で打ち消し、回復魔法を許さず一撃の質で勝負する。
四つだけの魔法。これに関する立ち回りを徹底すれば余程の何かがない限り敗北は無い。言葉通り、沙多は手数に乏しいのだ。
――しかし。
(…さっきから違和感がデケェな)
胴へと打ち込んだはずの拳撃は正確に往なされた。
足払いを仕掛けるも、一線を画す反応速度で飛び上がる。
反撃に頭上から振り下ろされた杖は、両腕でガードしても尚、近藤に膝をつかせた。
(やっぱ接近戦が本命か?いや違うな、ならあン時にわざわざ競り負けてやる必要が無ェ)
想起するのは沙多が毒の刃にて倒れる切っ掛けを作った一悶着。
それは確かな感触を近藤に告げている。――眼前の魔法使いは、接近されると弱い例に漏れない、と。
事実、回復魔法という手札に加え、占星術師という職まで沙多は晒してしまった。あの場面で出し惜しみする理由など存在しない。
(って事ァ今、何かしやがったな。一体何を…いや――)
現在では絶滅危惧の職種だからこそ、殆どのプレイヤーは気付けない。
だが近藤は遅ればせながらも、違和感に辿り着く。
その正体に、思考を突き破り口を衝いて出る。
「――【完全強化付与】まで使ってやがんのか!」
沙多の体には、ほのかに散らばる燐光。
目を凝らして発見できる極小のそれに、近藤は見覚えがあった。
「そりゃ俺の技だろうが!占星術師の分際でよォ!?」
「別にアンタだけのもんじゃないでしょが!」
準備に手間がかかるが、発動さえできれば無類の強さを誇る。
時間が経ち、恩恵が薄れつつある近藤に比べ、沙多は今しがたの発動。身体能力の差は並ぼうとしていた。
距離が少しでも開けば魔法での牽制を許し、接近戦では一撃で仕留めきれない。
(だがこのガキの強さは今だけだ。必衰だけは免れねェ!ってこたァ――)
意表を突かれたまま傷を増やしていく近藤にとって苦しい状況。だが沙多もチェックメイトとまでは行かない。
時間が過ぎれば彼女の【完全強化付与】も効果が減少する。そうなれば純粋な能力値で劣る占星術師に勝機はない。
故に沙多が狙うのは短期決戦。
逆に近藤が狙うべきは――。
「――時間稼ぎ、じゃァつまんねェよなァ!?」
しかし一切守りに入らず、彼はあえて攻撃を続行。
付与術と重力操作で補佐された足技には同じく蹴りを返し、打ち込まれる魔法はイベントリから銃を召、銃身に命中させ身代わりに。
止まらない追撃。顔面を狙った杖での打撲は、ベアルさながらに頭突きで相殺。
僅かに崩れた沙多へ透かさず二丁目の銃を召喚。弾切れのそれを飛び道具として投げつけた。
「大抵のもんは投げられると痛ェだろッ?」
「ちょッあぶなッ!」
杖で防がせた瞬間、近藤は接近。威力を優先した発勁を押し付けるが――命中することなく空を切った。
僅差で回避した沙多。バックステップしながら隙ありと魔法を放つ。
超近距離で【フレア】を発射。大振りの攻撃が外れた今ならば食らってしまう決定打。
――だが近藤に届く寸前、彼は笑った。
ダンッと音が響きスキルは不発。一歩手前で爆発が起こる。
「ッ!…やばっ――」
「――遅ェなァ!」
それが発砲によるものだと気づいた刹那、一つの鉛玉が爆炎の中を潜り抜け――沙多の右腿を穿った。
「あッ――っつアアア"ァ"ッッ!!」
脚力を失い倒れる沙多。大きく絶叫を上げ、次には痛みのあまり断片的に呻き声を零す。
回復薬はもう無い、新堂に使ったものが最後だ。
治癒魔法も唱えようとした瞬間に近藤は息の根を止めるだろう。意識を沙多から外す愚行など、二度とあり得ない。
「油断したな、テメェの負けだ」
彼がクルクルと回すのは、隠し札である三丁目の銃。予め銃弾が装填してあるものを手に握っている。
二つの銃を捨て、"もう手持ちは無い"というポーズを見せつけた近藤が一歩上を行った。
もし錬金術師であれば、瞬時に損傷を治せた。
もし格闘家の類なら、ある程度の傷も無視して動けた。
もし武器を扱う職だったら、最後まで油断はできない。
だが沙多は占星術師。
床から立ち上がれず、上体を起こすことで精一杯。
杖を支えに掴まらなければそれすらも困難。
身動きが取れないまま、瞳を滲ませながら近藤を睨む。
そんな視線を受け彼は、ほくそ笑んだ。
近藤は、この瞬間が大好物だ。生きがいと称しても過言で無いほどに。
窮地に追い込まれた人間がどんな言葉を吐くか、それが楽しみで仕方がない。
痛みを怒りに変えて罵倒を浴びせるか、苦しみのあまり許しを請うか、或いは死を恐れない物言わぬ狂人か。
「――ガキにしちゃ面白ェ奴だ、遺言くらいは聞いてやるぜ?」
近藤の勘に過ぎないが、沙多はどれにも当て嵌まらないように見えた。
彼女には普遍的なプレイヤーには存在しない――死を正常に恐れ、それでも止まらないような異質性がある。
故にギリギリまで銃口を向けたままにする。
この引き金で終わらせる前に、その正体を聞きたいと近藤は思ってしまった。
荒々しく息を吐き、肩を揺らす沙多。
死期を悟ったのか、震える唇が徐々に開き――。
――再び強く噛み締める。
次の瞬間、沙多は握りしめている星の杖を放り投げた。
支えを失い、ベチャッと床に倒れる沙多。
先端はモーニングスター然とした形状。無抵抗で食らえば少なくないダメージ。
近藤は首を傾け、投擲を躱す。
「テメェっ…」
――諦めが悪ィな。そう近藤が口にしようとした刹那、彼の眼は虚空へ手を伸ばす沙多を映した。
それはプレイヤーなら見慣れ、何度も繰り返した行動。
インベントリから道具を召喚する際の仕草だ。
(まだ足掻くつもりかッ!!)
近藤の口角はさらに上がる。もはや引き攣るほどに。
言葉は無く、ひたすらに勝利を模索する沙多を前に、執行猶予を取り消す。
「ヤメだッ!すぐさま屠るッ!」
油断も隙も生み出してならない。全身全霊で逆転の芽を摘むためにスキルまで発動する。
それを這いつくばる沙多の頭へ目掛け――引き金を引いた。
「【ヴァルカン・バースト】ォッ!!」
長い装填を要する代わりに、絶大な威力を誇る銃撃。
着弾点から扇状に広がる爆撃の連鎖。
それは最初の突入時、出合いがしらに彼女らを奈落へ崩落させた攻撃スキルでもあった。
沙多がインベントリから何かを掴んだ気配を見せるが、間に合わない。
それを召喚する前に、確実に辺り一帯は灰塵になる。そして――。
「――頼みましたよぉ?」
幾度と転機に響く、新堂の声が聞こえた。
近藤と沙多、二人の間に飛び込む影は――顔が兜で隠れた無所属プレイヤー。
新堂と友人である彼は満身創痍の状態で、それでも背を押されて「メシ奢れよッ!?」と、託されて前に出る。
「【イージス】ッ!!」
青く、深い海のように輝く体。そこに盾を構えて銃弾を真っ向から受け止める。
僅かに拮抗した後、鉛玉は盾を貫通。だが威力が衰えたそれを、次は生身で男は受け止めた。
ドガァンッと全てが彼の中で爆発。
それでも男の背後には一つの被害も出すことなく切り札を受け止めた。
当然、沙多も無事だ。
音を立てて近藤の眼前で倒れる無所属プレイヤー。
彼の身体は推して知るべく泡へと変貌し――そこで止まった。
問答無用で泡となり、霧散していくはずのゲームオーバー。
しかし彼は泡沫化の途中で状態が止まり、近藤を足を掴んで離さない。
振り解くべく銃弾を何度も打ち込むが、怯む様子もなく、体に穴が開こうとその手は緩まない。
まるで痛みを感じぬ不死兵のようだ。
「新堂ォッ、何しやがったァッ!?」
「ちょいと死亡を先送りにする薬をですね…――それよりいいんですかぁ?彼女、撃てますよぉ?」
ハッと視線を戻す先、沙多は横座りの状態から――両手で銃を構えていた。
「銃ッ!?オイオイ何個目のスキルだそりゃァ――ッ!」
近藤にはバレてない【棒術】。
補助に必須の【完全強化付与】と【回復魔法】。
メインウエポンである【火炎弾】に【フレア】、【重力魔法】
――そして、沙多は七つ目のスキルを発動する。
近藤と同じ回転式拳銃。
ただ、彼の銃とは決定的に違う点が一つある。
「【マギア・バースト】ッ!!」
実弾を必要としない魔道銃。
代わりに沙多の全魔力を注いで決死の一手を放つ。
近藤も対抗して再びトリガーを引くが――カチッと軽い音がした。
(…弾切れかッ)
迎撃は失敗。
沙多の切り札をその一身に受け、近藤は魔力の渦に飲まれた。
銃の名前とか種類の表記は素人なので間違ってたら指摘下さい。
この世界の住民は昂ってたら技名を叫ぶ習性でもあるんですかね。
あと無所属の人はやっぱり出番あって良かったね、しれっと惨いくらい攻撃されてっけど。




