2.敵地に降りて、ギルド崩し【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
絶妙に緊張が緩む行進だが、数分も続ければ開けた地下空間が顔を見せた。
光源として蝋燭が並び、木箱や武器、何らかの袋が乱雑に散らばっている無骨な石造りだ。
――しかし、何やら騒がしい。
何百メートルと離れた先から反響する怒号が耳元まで届いてくる。
「どうやら既に僕の仲間が暴れてるようですね。我々も気を引き締めていきましょうか」
「蓮、俺らは作戦通りでいいか?」
「えぇ、大物は君達に任せます。雑兵は沙多さんとベアルさん、そして僕が引き受けます」
連携が可能な場合は、無所属の彼らが攻撃手となり、それ以外が補佐。
作戦が伝令された当初、沙多はベアルが補助係であることに異を唱えたが、ベアルの持つ力の一片を見た者は彼女しかいないので無理もない。
そして何より、ベアル自身が役回りに口出しをしないので、そのまま決定となった。
「アタシらはいいとして、なして新堂もアシストなん?前線で戦えし」
「この中で尋問に最適なのは僕ですからねぇ。大将首を刈るのが勝利ではない。情報の引き抜きが優先ですよぉ」
不穏な空気を醸しながら、新堂は試験管に入る薬品をブラブラと周囲に見せつける。
その透明な液体は自白剤に似た効果を持つのだろう。
「僕が真っ先に死んだら、拷問の真似事でもして吐かせるしかない。しかしそれではあまりに効率が悪すぎる」
「そもそも正面から戦う必要が無いぞ。極端な話、不意打ちで薬をぶっかけて無力化できればそれでいい」
「だな、それにあのギルマスは痛めつけるだけじゃ白状しねえだろ」
無所属プレイヤーは同意とばかりに軽口を挟む。
新堂とは旧知の仲なのか、気負いは存在しない。
「――何話してんだァ?俺にも聞かせろよ」
だが彼らの空気を一瞬で硬直させる声が聞こえた。
愉快そうに、だが暗い地の底から這い上がってくるような残響。
細い通路の奥からコツコツと反響する足音。
やがて、そこには一人の男性が影から現れる。
やや大柄、しかし目立つような印象は無い。
どこにでもいるような社会人だ。
――『覚えておいてください。特徴はオールバックの黒い髪に、サラリーマンさながらのスーツを着崩しています。それが裏ギルドのマスター、近藤 正邦です』
そんな数分前に新堂から聞いた外見。
この魔法すら存在する世界にはとても似付かわしくない格好で、下卑た笑いを見せる男が居た。
「んで、テメエらはどこの誰――」
それを言い終わるよりも速く、無所属プレイヤーは眼前に接近していた。
一人は斧槍を、もう一人は短刀を男の喉元に突き出す――。
――よりも先に。
ドガァンッ、っと発生源の不明な爆発がパーティを無差別に吹き飛ばした。
衝撃に耐えられず天井は崩落。人など優に押しつぶす瓦礫が降り注ぐ。
「あの箱と袋の中身は火薬ですかねぇ?漏れなく生き埋めと圧死。これは手痛い」
だが積もった巨石の中からヒョコっと新堂が顔を出す。
「あ"ん?テメェは無事…ハンッ、お前――錬金術師か」
無傷で脱出した彼の周囲だけは綺麗に切り取られ、補強された穴があった。
そんな芸当が可能な職種は限られる。
「ってことは、新堂かッ。真正面から乗り込むなんてのはお前んトコくらいだよなァ?」
「おや、バレましたか。そちらも何故ここにいるんです?普通は裏口を警戒するでしょう」
「何言ってやがる、普通なんざこの世界に存在しねェよ」
二人の間には何重にも塞がれた残骸がある。
新堂は不安定かつ危険な足場に対し、近藤のいる通路側は強固に作られたのか無事だ。この不利な環境では問答にて様子を伺うのが限界だろう。
「ヌゥッ!」
「――ぷはッ。ありがと、ベル」
何メートルと積み重なった生き埋め状態。
そこから巨石を容易く押しのけ、膂力のみで復帰した悪魔が現れる。ついでにしがみ付いていた沙多も事なきを得た。
「――ぶははははッ、ヤベえなっバケモンかよテメェ!」
「ウヌが裏の『ぎるどますたぁ』とやらか、であれば『れあえねみぃ』の在り処を吾に示すがよいわッ!」
「おいおい、いきなりラスボスはつまんねぇだろッよ!」
言うが否や、近藤は一本道を撤退。より奥の通路へ引き下がる。
その瞬間、ベアル達の足元からピキキッと亀裂が広がった。
「ちゃんと道順を守って来てみろやッ、したら教えてやるかもなぁッ!?」
爆発と天井の墜落を引き金に、地下空間は完全に瓦解する。
一人崩壊を免れた近藤は、より深い階層へ落ちる彼らを見降ろしながら、そう笑って告げた。
――――――
――――
――
「痛ッつぅ…ぁぁ…」
ベアルを盾にして事無きを得たと思いきや、追加された転落に沙多は悶える。
打撲と切り傷を堪えながらインベントリから回復薬を取り出し、飲み干す。
――だが安息の時間はない。
「…ッヤバ!」
鈍痛が消えた刹那、シュッと沙多の頬を暗器が襲う。
身を捻りギリギリで躱し、投擲された方向を見ると、裏ギルドに集まる狂人たちは既に獲物を見定めていた。
「ベル!?――…居ないッ、一人でやるっきゃない!」
周囲を見渡すが誰も近くには居なかった。
――すなわち、孤立無援の一対多数。
すぐさま星屑を模る杖を召喚し、臨戦態勢に入る――と同時に、沙多はその切っ先から無数の火炎弾を扇形に発射する。
対峙する相手は四人。騒ぎを聞きつけた増援が来る前に切り抜けなければならない。
出し惜しむ余裕などはない。一度打ち終えた魔法を再び発射し――さらに二度、三度と重ねて連射。
圧倒的な数の燃え上がる弾幕を四方八方に巻き散らす。
「魔法職かッ!」
一拍も置かずの反撃に敵は、虚を突かれたと声を上げる。
武器で砲撃を防ぐ者や、軽い身のこなしで避ける者がいる中、被弾して右足が焼け爛れた者から狙いを定める。
「――まず一人ッ!」
「…ガァッ!!」
動きが鈍化した敵へ、プラズマ弾で追撃。
着弾した胸部を中心にパンッとフラッシュが起こり、瞬く間に一人が爆ぜて消える。
残る敵は、その際の隙を突いて三方向から囲んで叩く――が、沙多はそれを許さない。
魔法が使えない接近戦、にも関わらず彼女はその星屑の杖を自在に操り防ぐ。
「チッ、魔導士専門の動きじゃねえな」
「棒術もかじったタイプ、或いは別の職種だ」
相手は間合いの短いダガーに、双剣と徒手空拳。
リーチだけで言えば沙多が勝る。身の丈ほどある長杖を前に、容易には近づけない。
「そこッ」
「…なっ!?」
再び距離を確保し、今度は杖の切っ先を下げる。
すると一人のプレイヤーを囲う円環が地面に出現する。
これを喰らった敵は、武器を落とし、膝をつき、やがて全身が地に伏せた。
「重力魔法ッ!コイツっ祈祷師の技も――」
それが男の遺言だった。まともに身動きがとれない状態で、沙多は頭上から杖を一閃。
振り下ろす力と、展開した重力強化の相乗効果。モーニングスター状の先端によって、鈍い音を響かせ男の頭を砕く。
「…あと二人」
泡沫となって消えるプレイヤーを確認した後、残りの敵を見据えた。
***
「――クハハハハッ!!それでは吾に届かぬぞォッ!」
「なんだ…コイツ!?」
「誰か止めろォッ!!」
崩壊から三十分。
各々が単独での攻城戦を強いられている中、ベアルは相変わらず無双していた。
暗闇からの奇襲、数の暴力、決死の特攻をプレイヤーがけし掛けるが、悪魔相手にはどれも児戯に等しい。
プレイヤーの顔面を鷲掴みにし、球技のように投げ飛ばして数人が巻き込まれる。
背後や物陰からの不意打ちも、視線すら送らずの回し蹴りによって壁へ打ち付ける。
「――ム、残らず潰えたか」
そして気づけば全ての敵が泡となって何一つ残らなくなっていた。
数えるのも飽きるほどの一騎当千。殲滅しては地下空間を移動し、また繰り返す。
――とは言え一つ問題がある。
「しかしアヤツの言う道順とはどれを指すのだ?」
近藤が去り際に言った『道順』。
ラスボスの前に中ボス、中ボスの前に雑魚敵と、ゲームに触れていれば内容を簡単に理解できる比喩表現。
だがゲームに無縁な悪魔は、それを『隠された正しい通路』が存在すると解釈した。
通常ならば、敵の用意した策や切り札は避けて通るべきだ。
しかしこの悪魔はそれら全てを真正面から受け止め、その上で捻じ伏せるという行為を好む。
結果、ベアルの習性と知識の不足が合わさり、近藤のもとへ真っ直ぐ向かえば良いだけのはずが、ありもしない道を探していた。
探索で適当に部屋を練り歩けば、必然と会敵の回数も増える。
そんなこんなで遭遇した敵との戦闘に没頭し、自分の現在地が分からない状態へ。
端的に言うと迷子になっていた。
――そんな彼の元に、とある衝撃が接近する。
ドゴォンっと石壁が大破し、何かが通り過ぎたような風穴が生まれた。
「いてててて…」
「ムゥ?ウヌは…」
激しく木箱に衝突し、ようやく勢いを止めた穿孔の正体。それは新堂だった。
決して軽くない挫傷。彼の白衣は破け、上下ピッチリとした黒のインナーウェアが露出している。
重症の彼と、人一人通れる穴をベアルは交互に見て、やがて察した。
「理解したぞッ、これが正しい道筋かッ!」
「…その前に、僕の心配して…くれませんかぁ?」
ズカズカと穴の中を進むベアルに新堂は瀕死でツッコむ。
色んな技を自由には使えず、選択した職種に対応した技のみ使用できるタイプのゲーム。
後から職種を変更するのはめっちゃ大変なので、職を選択するとき大抵のプレイヤーはドチャクソ悩む。
地味に沙多は職種選びに失敗してるので、この話題を振ると不機嫌になる。
もちろんベアルはこの概念を理解していない。そもそも職を選択してすらいない。無職。




