1.貴方と出会うおんらいん【前編】
誤字脱字はお知らせください。泣いて喜びます。
人が行き交う雑多の街、その一角に「彼」はいた。
「――ク…ッハハハハハ!!遂にっ!吾の手中に収めたぞッ!!」
高笑いはそれに似合うビルの屋上でも、剣呑とした路地裏でもなく、とある家電ショップの一間に響いていた。
「これが『ぶいあある』という代物かっ!こやつを以って遂に本懐へ至るというものよッ!」
ガハハと豪快に、周囲の目を微塵も気に留めず精悍な男は感情を高ぶらせる。その様子に煩わしく思う者や、好奇心を抱く者、奇異の目を寄せる者は多い。
しかし、誰一人として「彼」に口を挟む事はない。――いや、出来なかった。
その男の体躯は異常なほどに大きく、二mをも超える。
加えて圧倒的な筋肉量。ボディービルダーもが羨望し、纏いたいであろうはずの筋骨隆々の鉄壁だ。
だが、雄大な身長と相まって『スマートな体系』に区分されてしまう異質さがあった。
そして彼の皮膚は灰赤の聳える大樹を彷彿とさせ、所々に地獄の業火を彷彿とさせる紋様が迸っている。
まるで鬼が顕現したかのような風貌。注意など誰が出来ようものか。
しかし当の本人は、とあるゲームハードに夢中だ。
背中まで伸びた山吹色から、深緑である鉄色へグラデーションした髪を靡かせる様は上機嫌そのもの。
毛先をそれぞれ束ねる七つの水晶らしき髪留めが暴れて少々危ない事に目をつぶれば、欲しいオモチャを買ってもらった純粋な子供のように見えるかもしれない。――もっとも放つオーラが違いすぎるが。
「これより馳せ参じるっ!暫し待たれよ吾が主君!!」
あまり常用はしない言葉遣いに尚の事衆目が集まるが、彼の容姿が容姿だ。「特殊な経緯で言葉を学んだ外国人」という不自然さも受け入れてしまう多様性があった。身に着けている廃棄寸前のズタズタな焦げ茶色の革ジャンとジーンズですら、そういうファッションだと思ってしまう。
確かに男の郷土はこの地ではない。――いや、この世界ですらない。
「再び相まみえた暁には…――この地を統べるのも一興よ」
静かに野心を漲らせる彼は人外。異なる世界から訪れた魔を連ねる者――魔族だ。
あらゆる種族と敵対し、同族すらも糧として葬ってきた猛悪の悪魔が、何故か家電量販店に出没していた。
「お、お客様…そちらの商品は…」
「ムッ、金貨の要求か?ならば受け取るがよい商人よ」
「お、お支払いはあちらで…おっお願いし、ます…」
ガクブルと震える新人バイトとのやり取りを最後に、男は店を後にした。
***
彼は悪魔である。その事実に狂いはない。
だが、最新ゲーム機を抱えて街中を大股で歩く動向を見るに、無作為に人類に仇なす様子はなかった。むしろ、しきりにすれ違う通行人を観察し、人間社会を学習する意欲があった。
幸いな点があるとすれば、彼の風体が他を委縮させることだ。これのおかげで不良に絡まれる機会がまるでなく、粗暴な態度は社会的に不利であると学ばせていた。
――とはいえ、身に降りかかる火の粉があった場合、男の暴虐性を垣間見ることになる。
「ちょっと離せや、ガチきしょいんだけど」
「なぁ聞けって。別に取って食うわけじゃないんだからさぁ」
「そうそう、ちょっと聞きたいことがあってさ~」
揉める声が横手から沸き上がる。そこには派手目の若い女性一人と、同年代かやや上の男性二人がいた。たまらずカフェから飛び出してきた彼女を、二人が逃がしてくれず付きまとわれている様子だ。
「ホンットしつこいッ、迷惑ッ!」
「いいから聞けって!」
「ちょっ――」
悶着が白熱し、やがて男が手首を強引に掴む。不意にバランスを崩した彼女は足を絡ませて倒れこんだ。
一方、悪魔である彼は無関心だ。助ける気など微塵もなく、常人なら意識を奪われる場面を気にも留めず帰途につく。――いや、帰途につく予定だった。彼女が彼の背中に倒れなければ。
「ムッ?」
まさに豪傑という二文字の体現者である悪魔。人に寄りかかられたとて、その体幹は僅かにも揺れない。
だが現在その手には彼が労働を対価に手に入れたゲーム機があった。悪魔にとって、それの破損は看破できない不利益だ。
――瞬間、振り向いた深紅の眼光には微かな敵意が宿っていた。
「ヒィッ!!」
「す、すいませんでしたぁッ!!」
幾千の争いと暴虐を繰り返してきた悪魔の視線を受けて、耐えられる人間はいない。
視線に晒される時間が一秒にも満たない内に、二人の男は瞬く間に震えあがり逃走。それどころか周囲の人間すらも自分は無関係と主張するように距離をとって流れていく。
「…抜かったわ、吾の意識が漏れ出たか」
自身の精神抑制の未熟さを反省しつつ、これ以上注目を集めまいと歩を進める。彼の背中に倒れこんだ女性のことも既に忘れている。いや、記憶に残してすらもいなかった。
「あ、ありがとう…」
――彼女の声を聴くまでは。
瞬間、悪魔である男は瞠目する。自分ですらも理解出来ない事象に襲われた。
(――吾は…なにをしている!?)
驚愕する思考と、打ち震える感情の慟哭が、悪魔の中で渦巻いて止まらなくなっていく。
(――何故、吾は…伏しているッ!?)
それは騎士が忠誠を誓うように、男はその女性の前で拝跪の構えを取り、一切崩さなかった。
「えっ?…エッ!?」
眼前の彼女が狼狽するのも無理はない、なにより悪魔自身が混乱している。
(ありえんッ!吾が崇拝するはただ一人ッ、あの御方以外には――)
「とりあえずその体制やめて…くれない?」
律儀に姿勢の解除を促されるまで男は微動だにしなかった。そして悪魔の顔が徐々に上がり、彼女の顔を拝んだことで、初めて男は言葉を漏らす。
「――ル・シファル…様…!?」
***
「いや、ちゃうけど…絶対それアタシじゃない」
この緊張を打ち破ったのは彼女からだった。彼の言動を両断する。
「この威風はまさしくル・シファル様…。だが…違う…?いやしかし魂が…」
「人違いだって、だいたいアタシとその誰か、そんなに似てるん?」
男はまじまじと彼女を見つめる。
スラっとした手足に、気の強さを思わせる眉目。左右に分かれた桃色のウェーブがかった長い髪。インナーカラーとして、裏は紫紺色で深く染められていた。制服を着ていることから、どこかの学生だ。
「ウム、面影は感じるが容姿はまるで似ておらぬな」
「ウム、じゃないよ。似てないなら何で跪いたし」
彼女のツッコミを受け、男はやがて納得したのか開き直る。
「すまぬな御仁よ、ウヌの存在が探し求めてる主君だと吾の魂が叫んだまでよ」
「えぇ…怖っ」
悪魔が無意識に御仁と表敬しているのにも気づけぬまま、彼はサッパリと別れを切り出した。
「ではさらばだ、吾はこの『ぶいあぁる』という代物に用があるのでな!こやつで吾が主君を探し続けるのみよッ」
「まぁうん…一応ありがとね…ってエ?VRで人探しするの?」
だが、今度は彼女の方から男の足を引き留めた。
「ムッ、何か不服か?」
「不服じゃないけど…それってゲームの中で一人一人会って確かめるってことっしょ?砂漠で砂一粒探す並みにしんどくない?あと遊ぶゲームの種類にも数が…」
「なぁに構わんッ!『げぇむ』だの種類だの煩雑なことは知らぬが、吾が往くべき世界はとうに決まっておるッ」
VRもゲームも、理解がまだ及んでいない様子の悪魔だが、なんと人探しの手段を確立しているらしい。これまで微妙な目で見ていた彼女も好奇心が目に宿った。
「ヘェ、じゃあどのゲームで探すわけ?」
「るしふぇるおんらいんとやらの世界よッ!」
「はァッ!?ルシフェル・オンライン!?」
一層高い声が響いた。これまで呆れれて頬に汗を浮かべていた彼女が、呆れではなく、狼狽の意味で再び発汗していた。
「アンタッそれガチで言って…いやそもそもどういうゲームか分かってんの!?なんでそれを選んでんの!?」
「細々とした事など知らぬわっ、吾が主君と名の響きがうり二つ!!それだけでも侵略する価値など十分よッ」
「選び方超雑ッッつ!?あれは普通のゲームじゃないんだってば!あれは違法の…」
「ウヌよ、小言を並べるには有識よな。もしやそのげぇむに造詣が深いのか?」
と、彼女が口を尖らせていた中で男が振り返る。その眼には疑問が浮かんでいた。
その指摘に、言葉が詰まってしまう。
――なにせ、応か否かで聞かれれば肯定せざるを得ないからだ。
「…そう…だけど?何か文句でもあるわけ?」
「文句ではあるまい。だが毛嫌いをするも、自らは身を投じる。あまりに矛盾しておるぞ」
「ゥ……」
彼女は顔を伏せる。核心が晒されたような気分だった。
この男を呼び止めた理由、更に今こうして、かのゲームについて注意を促す理由でもあるからだ。
「…アタシも同じ理由よ」
「ヌゥ?」
「アタシもっ、ゲームで人を――お姉ちゃんを探してるっ!それで探すのに使っているゲームがそのルシフェル・オンラインだから!その…」
悪魔は合点がいった。人探しという、同一の目的を、同一の手段で果たそうとしている。
(得てして人間は仲間意識が他の種族より強固だったか。それ故であろう)
同族意識から打ち明けたのだろうと推測。そして納得すると同時に、引っかかりを覚えた。
(この小娘は姉と言ったか…)
その思考を始めた瞬間、彼の脳内で一つの線が結ばれたような身震いが彼を襲った。
可能性を考えれば考えるほど、理由は浮かび上がる。
(吾の魂が喝采した存在ッ、それは誤りなどではなかったッ!!そしてなにより――)
誰もが恐れ、畏怖を集めてきた猛悪と暴虐の悪魔。
通行人など既に委縮し、人の気がすっからかんになったこの目抜き通り。
――彼女は唯一人、平然と悪魔に向かい合っている。
「――ク…ッハハハハハッ!!なるほどッ!――妹君かッ!!」
「…はぁ?」
「失敬した妹君よッ、此度の世界は吾一人で臨むべくと思ったがまさに僥倖!!ウヌも供に往こうぞッ!!」
「えっ?何々どしたん怖いんだけど…」
「吾らは同志となったッ。ならば吾もそのげぇむに身を投じぬわけには尚更いかぬわッ!――クハハハハハッ!!」
悪魔は勝手な様子で盛り上がっていた。
書いてる途中で、この悪魔ガノンド〇フとブ〇リーと足して2で割った細マッチョみたいだなって思った。