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私の姉は、きれいなクズ  作者: 水上栞
第六章 タワマンとシャンパンコール
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5・サービス業には向かない女

 

2014年2月26日(水曜日)



 結局、しばらく安ホテルを泊まり歩いた挙句、絢華はどうしようもなくなって実家の母に泣きついた。しかし、母も突然舞い戻ってきた娘に戸惑い、事情を聞いてパニックになった。そして結局、いつものように母方の本家から伯父がやってきた。絢華も母の祥子も、自分の不幸を嘆くのは得意だが、問題解決能力が全くないのである。


 伯父は絢華に過去最大級の雷を落とすと、相手方の弁護士の所へ出向いた。絢華も殴られたので、慰謝料の相殺をしてくれという交渉だ。しかし、帰ってきた伯父の表情は渋かった。



「被害届を出したらどうかと言われたよ」



 慰謝料の減額には応じない、殴られて悔しいなら警察に被害届を出せばいい、というのが向こうのスタンスらしい。裁判をすれば多少の減額は叶うだろうが、表沙汰になれば今度は相手方の妻から不倫の慰謝料を請求されるリスクがある。



「それでもいいのでしたら、裁判で構いません。時間もお金もかかりますが、そちらのご判断に任せます」



 ケンカ慣れしている相手に、丸腰で立ち向かっても勝ち目はない。世間に恥をさらし、長期間にわたる精神戦を強いられるよりは、金で解決した方が賢いと伯父は判断した。ただし、絢華には貯えなどない。そこで、伯父が絢華の支払いを肩代わりする代わりに、実家の土地家屋を譲り受けることになった。


 夫が遺した財産を愚かな娘のために失った祥子は、恨み言を言いながら泣き続けていたが、当の絢華は取りあえず金の心配がなくなって晴れ晴れとしていた。育て方を間違った親の末路は、失敗作のモンスターに喰い潰されるのが定めである。こうして再び社会不適合者母娘の同居生活が始まったのだが、今度は以前のように絢華に甘い環境ではなかった。



「いいか、あの1000万円は本来お前が払うべきものを立て替えただけなんだから、きっちり稼いで返せ。クレジットカードは預かっておく。銀行の口座もチェックするからな」



 そう言って伯父は、絢華の監視を始めた。家事手伝いという名の居候でのんびり暮らす予定だった絢華は、それが鬱陶しくて仕方がなかった。もちろん金を返す気など、さらさらない。親が子の責任を取るのは当たり前なのに、なぜ返済などせねばならないのか。しかし取りあえずは働かねば、小遣いさえままならない状況である。



 綺羅の行方も探してみた。二人で楽しんだツケを自分に被せて逃げたことは許しがたい。しかし絢華は彼の私生活を全く知らず、店に行っても出禁で門前払いされてしまった。たぶん綺羅から事情を聞いたナツキがチクったのだろう。彼女なら綺羅の居場所を知っていそうだが、あの事件の直後「死ね」とLINEが来て、それ以降はブロックされている。




「事務員の給料って、こんなもんだったっけ。やっす!」



 パソコンで求人情報を検索しながら、絢華はため息をついた。本業だったはずのモデルは、もはや開店休業状態である。地味な仕事を断っているうち、クライアントからもマネージャーからも相手にされなくなったのだ。


 体の関係と引き換えに小遣いをくれていた男たちも、泣きついて以来さっぱりお声がかからない。新しい男を出会い系で探そうとしても、大手のサイトは絢華に騙された男たちが通報したらしく、どこもブラックリスト入りで登録さえできない。行き詰まった絢華は、手っ取り早く金を稼ぐ手段として、いつか綺羅と交わした会話を思い出した。



「そりゃ、女が稼ぐならソープだろ」


「でもそれだとお店に稼ぎを取られちゃうでしょ。自分でお客さんをつかまえるほうが儲からない?」


「数の問題だよ。自分で持ってる客だと、週にいくらになる?」


「そうねぇ……、1回5万円もらったとして週3回で15万円くらい? でもケチな人は2~3万円だから、実際は週に10万円くらいかな」


「だろ? ソープだと売れっ子の嬢なら日に何本もこなすから、高級店でバックが高い店だと1日で20万、安い店でも頑張りゃ10万くらいは稼げるぜ」



 それを聞いて絢華が目を輝かせた。生理日や休日を除いた稼働日が15日前後として、店から請求される諸経費を差し引いても100万円を超えるに違いない。



「そんなに?」


「ああ、しかもオッサンと面倒なやり取りしなくていいし、ヤバい客は店側でカタを付けてくれる。女が安全に稼ごうと思えば、ソープは悪い選択肢じゃない。ただ、体力はけっこう消耗するけどな」



 その話がとても印象深かったので、絢華は風俗専用の求人サイトでソープランドの情報を集めてみた。どこも似たような文言だったので、絢華はその中で最も高級な店に面接に行くことにした。風俗は初めてだが、特に抵抗はない。いつものように男と寝て金をもらうだけである。しかし絢華のその考えは、面接開始10分で打ち砕かれた。






「すいませんが、お引き取り下さい。虚偽のプロフィールは、NGです」



 電話で面接を取りつけ、案内された店の事務所。高級そうなオフィス家具が備えられた小部屋で、絢華は最初にエントリーシートの記入を求められた。履歴書のかわりになる書類で、名前や住所などの基本情報のほか、スリーサイズや風俗の経験、タトゥーの有無、可能なサービスの範囲や男性経験など、体だけでなくセックスに関する突っ込んだ質問もいくつかあった。


 このシートをチェックして問題なければ、女性の担当者による身体検査へと進む。ちなみに最近では、新人の実技指導も女性の教官が行う店が多いそうで、昔の映画やマンガのように男性の店長が行うエロい面接を想像していた絢華には、それが少し意外だった。社会保険にも加入するそうなので、まるで普通の会社のようである。



「問題は、年齢だよね。やっぱり20代の方がいいでしょ」



 絢華は年齢の項目に「26歳」と記入した。5歳サバを読んだのだ。見た目年齢でバレないと高を括っていたのだが、店長から写真付きの身分証明書を提示するよう言われて狼狽えた。そしてとうとうごまかし切れなくなり、実年齢は31歳であることを白状した。



「あのねえ、山下さん。この仕事を甘く見ているのかもしれませんが、個室にお客さまをお迎えするんですから、信用が第一です。店の決まりだって守ってもらわなくちゃ、商売になりません。嘘を吐くような人を雇えないんですよ」



 実際、絢華は風俗を甘く見ていた。女の体を持ってさえいれば務まる仕事で、お金や時間にルーズな女の受け皿だと決めつけていたのだ。そしてそんな中で、自分のような美人は高く売れると己惚れていた。その思い上がりをバッサリとやられ、絢華はしょんぼりと店を後にした。



 とは言え、他に金を稼ぐあてもない。気を取り直した絢華は、先日より少しランクの下がる店にチャレンジしてみることにした。内心で舌打ちをしながらプライドを捨て、正直に、愛想よく、まじめな応募者を演じたのだ。その甲斐あって、何とかその店では採用してもらえることになり、当面の小遣いのアテができた。親には「テレアポの派遣に採用された」と言ってある。



 やがて絢華は実技研修を終え、目元だけぼかしを入れたパネル写真も撮り、風俗デビューの日を迎えた。源氏名は「華凛(かりん)」。歌劇団に入ったら使おうと思っていた芸名である。室内用のセクシードレスが自腹なのは納得できなかったが、売れっ子になるためには必要な経費と割り切った。



 しかし絢華は半年もたたずにその店を辞めた。全く指名が入らず、お払い箱になったのだ。その理由はシンプルである。顔は確かに美人だが、絢華にはサービス精神が全くなかった。


 実技指導で習ったことは一通りやるが、それぞれの客が求めるものを察知する機転もなければ、喜んでもらおうと努力する真心もない。そのため絢華にはリピート客が付かず、ひどい場合は「愛想がない」とクレームが入ることもあった。当然、客の数が増えないので絢華の売り上げも伸びない。お茶引き状態で日がなスマホを見ている嬢を雇い続けるほど、店も悠長に構えていられないのだ。こうして再び絢華は、無職の文無しに逆戻りしてしまった。





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