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私の姉は、きれいなクズ  作者: 水上栞
第五章 魔界から来た毒の花嫁
35/49

番外編/妹です、ちょっと叫ばせてください④

 まあね、あの姉がまともな主婦になんかなれないことは予想できた。それでも、母から「絢華ちゃんが結婚するの」と報せが来たときは、彼女も年貢を納めたのかと喜んだものだ。ちょうど私が大学入試のころに結婚式があって、こんな時期に迷惑だなと内心で思いながら出席したことを覚えている。


 当時の私は既に家から出て高校の寮に入っており、夫の悟さんとは婚約が決まった後に両家で会食をした程度の面識だったが、とても理知的な常識人で「姉にはもったいない」という印象だった。


 確かに、お姑さんはちょっと意地悪だったかもしれないけれど、ちゃんと夫が防波堤になってくれたし、そのお陰で嫁姑のバトルでは姉に軍配が上がった。見た目以外に何の取り柄もない姉にとっては、これ以上ないほど良い嫁ぎ先だっただろうに。


 小遣い欲しさに不特定多数の男に体を売るなんて、あまりの倫理観の欠如と考えの浅はかさに頭が痛くなる。彼女が離婚したころ私は大学生で他県に住んでいたため、詳しい離婚理由は聞かされていなかったが、そういう事情だったのか。


 結局、悟さんは姉の美しさに目が眩んで誑かされたんだろう。どうか次の結婚では、身持ちの固い良い人に巡り合えますようにと祈るばかりだ。




 ところで、暇人の正体には驚いた。ネットの海には様々な闇が潜んでいるというが、よく10代の姉がそんな特殊な人物と知り合ったものだと思う。さらに、暇人の手先だった謎の男。ちゃっかり体の関係を持っていたところが姉らしいが、はっきりと「お前は女として値打ちがない」と言ってくれてよかった。


 それで姉が現実を見たかというと、そうでもないんだけど、もう顔がいいだけでは生きていけないことに薄々ながら気づいたと思いたい。離婚したとき、既に姉は28歳。大人の女として、社会が甘えさせてくれなくなる年代である。



 それにしても「慰謝料は私がもらえるお金」には大笑いだ。まるで「伝説の92(※)」じゃないか。姉は頭の回転は悪くないと思うが、あまりに世間が狭すぎるきらいがある。自分が見たいものしか見ないのだ。もっと言えば、自分に都合のいいことしか受け入れようとしない。それは彼女を甘やかした母親とそっくりで、いかに山下絢華という人格が、毒母によって歪められたかを物語っている。




 なお、姉のノートはここで終わっていた。離婚のゴタゴタで書く気が失われたのかもしれない。正直、私はほっとした。うっかり手を出してここまで読み解いてきたものの、気の狂いそうなクセ字と、句読点の一切ない読み辛さ。そして吐き気がするような内容に、精神に相当なダメージを受けていたからだ。


 どうせ離婚後も、姉のことだから心を入れ替えて実直に生きるなんてことはせず、他人に依存しながら自堕落に暮らしていたんだろう。最初は離婚してかわいそうだと甘やかしていた母も、最近は姉に関わるのを避けていたようだった。若くして死んだのは気の毒だと思うけど、実のところ家族は安堵している。冷たいことを言うようだが、彼女は山下家のお荷物であった。




 しかし、そんな安らぎの日々も束の間。私はあることに気づいてしまった。警察から返却された姉の私物の中にあった、スマートフォン。一応、中身を確かめてはみたが、それと言って特別なものはなかった。ただ、いくつか姉には関係のなさそうなアプリが入っており、その中に「My Diary」というものがあった。



「ダイヤリー……、まさか」



 警察でも一応は全てチェックはしたのだが、そのアプリには何も書かれていなかった。たぶんダウンロードしたものの、使わないままになっていたのだろうと思っていたが、スマートフォンを起動させて確認してみると、アプリのメニューの中にシークレットモードというものがあった。


 恐る恐るタップしてみると、パスワードを求められた。一瞬どうしようか迷ったが、ここまで来たらやるしかない。私は姉の誕生日を4桁の数字にして入力した。これでだめならさっさと忘れよう、できればエラーになってくれ。


 しかしそんな私の祈りは神に届かず、手の中の液晶画面に「絢華のひとりごと」という題名の日記が表示された。姉はノートからデジタルにツールを変え、日記を継続していたのだ。ああ、またうんざりする日々が始まると思いつつも、私は毒の味を知ってしまった中毒患者のように、夥しい文字列の淵へと埋入して行った。




(※)「伝説の92」とは、かつて「2ちゃんねる」のスレで、自分の浮気が原因で離婚する際、慰謝料を夫からもらえると思い込んでいた人物。





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― 新着の感想 ―
[良い点] 何から何まで絢華らしいwwwww [一言] まったく年貢を納めませんでしたね。 この後どうなるか気になるぅ〜。
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