番外編/妹です、ちょっと叫ばせてください③
姉が就職したのは知っていた。そしてすぐに辞めたというのも聞いていた。そのころ私は受験で忙しかったので、あまり詳しい事情は知らされていなかったのだが、そんなとんでもないことを仕出かしていたとは。ドン引きもドン引き、1㎞くらい離れて「こっち来んな」と叫びたいレベルだ。
コネ入社した職場で、妻子ある上司に手を出してクビになったなんて、とんでもない恥さらしじゃないか。お父さんもショックだっただろう。頑張って出来損ないの娘を就職させたのに、仲介してくれた人に一生顔向けできない。しかし、傍から眺めている分には痛快な結末だった。見事な「ざまあ」だ。
さすがの姉も「20歳を超えたら、美人なだけでは世の中思い通りにはならない」と学習したはずだ。まず、柳瀬くんにバッサリ振られ、起死回生の望みを託した学園祭にも来てもらえなかった。彼にとって山下絢華はその程度の存在でしかないのだが、どうやら異様にポジティブな姉の脳はそれを受け入れなかったようだ。柳瀬くんには申し訳ないが、無事に逃げ切ってくれと祈るしかない。
しかし、達川雅之さんに関しては立派な犯罪だ。相手が裁判になるのを嫌がってお金で処理しようとしたから闇に葬られたものの、濡れ衣を着せて慰謝料を巻き上げたんだから、立派な詐欺として立件されてもいい悪行だ。
それにしても、雅之さんに振られたのは姉にとって痛恨のミスである。ちょっと実家は厳しそうだけど、ステイタス重視の姉にとっては最高の結婚相手だったと思う。学歴が高く品のいい次男坊で、理想とする専業主婦にもまっしぐらだったし、うまくやれば幸せな一生が送れたかもしれないのに。
そんな雅之さんが、たまらず逃げ出すほどの「重たい女」攻撃を姉は仕掛けた。そのパワーはどこから来るのか。待ち合わせ場所に交際相手がペアルックでサプライズ登場したら、私だって知らない人のふりをするだろう。ましてや良識ある三十路間近の男なら、そのデートの最中に別れを決心しても無理はない。
姉はきっと、自分がどうしたいかしか考えないから、相手の嫌がることが思いやれないのだ。だから振られると勝手に被害者になってしまう。その腹いせに復讐だなんて、逆恨みもいいところだ。
そしてぞっとしたのが、その方法である。自分の頭を割ってまで彼を罪人にしたかったとか、どれだけ怨念がえぐいんだと恐ろしくなる。あと、不気味な暇人の仲間。いったい誰なのよ、その男は。名前も知らない相手に頭を殴らせるなんて、下手したら打ちどころが悪くて死んでいたかもしれないのに。
きっと父母も、自分の娘が血まみれで倒れていると聞いてびっくりしただろう。しかも、殴ったのが(姉の狂言ではあるが)結婚相手として激推ししていた雅之さんだ。気の毒だったのが、ちょうどこの頃は父にがんが見つかった時期で、体調が思わしくなかった。そんな中、姉はこの後も次々とトラブルを起こす。父が早逝したのは、娘に関する心労も大きかったのではないかと今になって思う。
最後に出てきた沢渡さんは、完膚なきまでに姉の鼻っ柱をへし折ってくれた。本当にモテる男は、地雷を避けて歩けるんだよね。ちなみに沢渡さん本人もだが、奥さまがかっこいい方だったと思う。姉は恐らく、おとなしい専業主婦だと舐めてかかっていたに違いない。
しかし沢渡夫人は夫を信じ、妻として勇敢に家庭を守った。同じお嬢さま学校の卒業者だが、姉が逆立ちしたって適わない胆力だ。これで女としてだけでなく、人間としても敗北を喫した姉は、しばらく自暴自棄になったらしい。私はその当時、高校の寮で生活しており、母からの「絢華ちゃんが引きこもって大変なの」という愚痴の電話にうんざりしたことを覚えている。
暇人にも「やめとけ」と言われていたのに、身の程知らずな勝負を仕掛けて大負けなんて、バカにも程がある。姉なんて顔しか取り柄がないんだから(言い切った!)大人になるほど武器の切れ味は落ちてくるのだ。それを真摯に受け止め精進できるかどうかで、その後の人生は大きく変わる。
しかし、姉はまたやらかした。「美人無罪」のチートが、一生エンドレスだと信じて疑わなかった。そんな女がどうなるか、ちょっと想像しただけでもわかりそうなものじゃないか。つくづく姉と疎遠にして来てよかったと思う。彼女の近くにいると、飛んでくる火の粉で大やけどを負ってしまいそうだ。




