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私の姉は、きれいなクズ  作者: 水上栞
第三章 エロスと犯罪のテーマパーク
18/49

6・そのお嬢さま女子大生、サークラにつき


2001年4月26日(木曜日)



 絢華は無事に高校から大学へ内部進学し、花の女子大生になった。ステージママだった祥子も、ようやく娘をスターにするのは諦めたようで、その代わり今度はセレブとの結婚を夢見るようになった。カテゴリーが変わっただけで、娘に夢を丸投げする考えは全く変わっていないらしい。



 一方、女子大生になって絢華の生活は一変した。まず、古臭い女子高の制服から解放された。大学にも「勉学の場に相応しい服装」という決まりはあるが、よほど奇抜であったり露出が多くなければ注意されない。おさげヘアを解いてナチュラルメイクを施し、清楚であざといファッションに身を包んだ絢華は、たちまち近隣の男子大学生の間で噂になった。


 高校在学中はNGだったアルバイトも解禁となり、絢華は休職していたモデル事務所に返り咲いた。女性誌の読者モデルや、地場企業のイメージガール、イベントなども積極的にこなし、しばらく不足気味だった「ちやほやされる」感覚を存分に味わっている。




 ただ、残念だったのは柳瀬の所属するインカレサークルだ。今年も去年と同じく誰でも参加OKの新人歓迎バーベキューがあったので、絢華は「彼氏が欲しい!」と叫んでいたギャル系のクラスメイトを(もちろん引き立て役として)誘ってみたのだが、会場には柳瀬の姿が見当たらなかった。


 未成年の絢華にしつこくビールをすすめる男に聞いてみると、江藤と別れた後は柳瀬もサークルから足が遠のいているらしい。それではわざわざ来た意味がない。絢華はビール男と盛り上がっているギャルを残して早々に会場を後にした。






 ──大学生活、楽しそうですね


 ──まあそれなりに



 暇人とのやり取りは、頻繁ではないが今も続いている。最近はサロンのパソコンではなく、もっぱら携帯メールだ。この頃はデジタル端末の機能が恐ろしいスピードで進化し、絢華にとってもケータイはもはや生活必需品になっていた。



 ──ところで来週の金曜、パーティーに出席して欲しいんです



 ある日、暇人が怪しげな頼みを持ちかけてきた。お坊ちゃん大学のサークルが主宰するパーティーに参加して欲しいというのだ。一等地にある隠れ家風のバーを貸し切って行われるゴージャスな会合らしい。とは言え知人がいないパーティーなど、居心地が悪いに決まっている。


 絢華としては全く気乗りがしなかったが、売春や放尿写真など弱みを握られているので、断るとまずいのではないかと逡巡した。その気配を察知したのか、暇人は「手伝ってくれたらバッグをプレゼントしますよ」と、絢華の鼻先に餌をぶら下げた。


 女子大では通学に高級ブランドのバッグを使う生徒が多く、絢華もエルメスのバッグが欲しいと思っていた。しかし、いくらエロスを換金している絢華でも、50万円以上するような高級品、しかも滅多に店頭に出ない幻のアイテムが買える身分ではない。暇人はそれを見透かしていたのだろう。結局、絢華はバッグ欲しさに頼みを聞き入れた。




「彼女、ひとりなの?」



 パーティーで絢華のような美人が一人でいると、大抵は男がすかさず飛んでくる。とりわけ今夜は飢えた狼だらけだ。暇人が絢華を送り込んだこのパーティーは、いわゆる「ヤリサー」の主催である。表向きはテニスやスノボなど健全な交流を掲げているが、その実は飲み会ばかり。要は出会いを求める男女の集まりなのだ。


 その中に「幹部」と呼ばれる、有名大学の遊び人軍団がいる。彼らは非常にタチが悪く、サークルの集まりに可愛い女子がいれば、泥酔させて強姦や輪姦に及ぶこともしばしばであった。しかし、彼らの実家は警察や法曹界に太いパイプを持っており、ほとんどの場合は示談か被害者の泣き寝入りになってしまう。



「友だちが来るのを待ってるの。モデルなんだけど、撮影が長引いてるみたいで」



 男の目がきらりと光る。これだけ極上レベルの女とモデルの友人、まとめて二人をVIPルームに連れていけば、幹部たちの覚えがめでたくなるはずだ。実家が太くない学生が官公庁や一流企業に就職の斡旋をしてもらうためには、幹部への上納が欠かせない。男は店の奥を指さして、絢華を誘った。



「じゃあ、その子が来るまでVIPルームで待ってなよ」






 有名大学の学生が起こした「強姦・麻薬パーティー事件」がテレビのワイドショーを賑わしたのは、その翌週のことだ。逮捕されたのは、いずれも企業の重役や政治家を父に持つ21歳から26歳の男6名で、大学生だけでなくサークルOBの社会人も含まれていた。卒業後も女を漁りに来ていたのだろう。彼らはバーで婦女暴行をはたらき、さらに3名は違法薬物を持っていた。



 ──強姦だけなら親告罪(※)だから検察も動かないんですが、麻薬が絡むと御曹司でも逃げるのは難しいんですよね




 もちろん、メディアに密告したのは暇人だ。お偉いさんのパパたちがドラ息子の犯罪もみ消しに奔走したはずだが、暇人は彼らの失脚を狙う対抗勢力に情報を流したようで、あれよという間に事件は公になってしまった。その証拠を集めたのが、他でもない絢華だ。



 あの日VIPルームで絢華は、隠しカメラと盗聴器を仕込んだ化粧ポーチをソファの数か所に置いた。絢華の他にも何人か女が連れ込まれていたので、男たちは女性の持ち物だと思って気にも留めなかったようだ。暇人はそのポーチを介してリモート撮影と録音を行い、翌日使いの者に「VIPルームに忘れ物をした」と店から回収させた。



 さらに絢華は、体を触りに来た男のポケットに薬物入りの小袋を滑り込ませてやった。そして男たちの目つきが怪しくなった頃合いで携帯の着メロを鳴らし、「モデルの友だちが来たので連れてくるね」と言ってVIPルームを抜け出したのである。


 そこから絢華は脱兎のごとく店内を駆け抜け、バーの前に横付けされた黒塗りの車に飛び乗った。暇人が手配しておいた運転手つきの車だ。いつ押し倒されるかというスリル満点の体験に、さすがの絢華も冷や汗びっしょりだったが、後部座席には約束通りエルメスのショッパーが置かれていた。本日のギャラである。





 ──けっこう楽しかったでしょう。絢華さん、才能ありますよ


 ──勘弁してください



 翌日、暇人からそう揶揄われて、ぶっきらぼうに答えた絢華だが、何とも言い難い刺激に興奮したのは事実だった。万引きをするときの、ぴりっとした緊張感に似ているかもしれない。そう言う意味では、絢華は危ない綱渡りに向いていると言えるだろう。



 そしてあのパーティーをきっかけに、絢華はまた良からぬ遊びを楽しむようになっていた。それが「別れさせ屋ごっこ」である。名の通り、カップル成立直前、または付き合いたての男女を狙って、男を誘惑する遊びである。なんとも悪趣味に尽きる。


 あの夜バーに集まった男女は、皆ギラギラとした目つきをしていた。女は着飾り、男は見栄を張り、下心を隠そうともせずにセックスの相手を物色している。常に選ばれる側だった絢華にとって、そのアグレッシブさは実に興味深いものだった。


 同時に、たった今まで傍らの女を熱っぽく口説いていた男が、絢華と目が合った瞬間にテンションを失い、チラチラと絢華の方を盗み見するのも面白かった。あの夜は重大なミッションがあったので大人しくしていたが、絢華の体の中では持ち前の狩猟本能が疼いて仕方がなかった。



 それからというもの、絢華は方々のイベントサークルに紛れ込み、「友だちを待ってるんです」と言いながら、そこら中の男を狩りまくった。とは言っても、にこにこしながら「すごいですね」「初めて知りました」を連発していただけである。それだけで男たちは列をなして絢華とお近づきになろうとした。まさに、無双である。


 お陰で絢華の承認欲求は大いに満たされたが、面白くないのは、サークルの女たちだ。ある時、気の強い女が絢華をトイレに呼び出し、二度と顔出しするなと詰めたのだが、絢華のケータイが「偶然に誤作動して」サークルの幹部につながってしまった。


 その結果、一部始終を聞いてトイレに駆け付けた幹部連中から、絢華を虐めた女たちが出禁にされるという大騒ぎに発展した。当の絢華は目を潤ませて「私のせいでごめんなさい」と言えば許されるのだが、中にはそれが原因で解散してしまったサークルもあり、そういう意味では悪質なサークルクラッシャーである。



 こうして絢華の大学生活は、本人にとっては楽しいものであったが、周囲にいる者にとっては、迷惑なことも少なくなかった。当然、心を開いて付き合える同性の友人もおらず、それがますます絢華の自己中心的思想に拍車をかけていった。




 ※この当時は親告罪で、非親告罪になったのは2017年





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[良い点] スリル感じちゃったか〜(~_~;) [気になる点] 暇人にも暇潰し以外の目的がありそうですね?
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