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9/32

9:クラフトビール

※王子視点

 ここはカンデラアカデミーのとある一室。

 今日も、いつもの3人が集まっていた。


「テオ様がお仕事頑張ってますねぇ」

 リリィがソファに座って、紅茶を飲みながらつぶやいた。

「今日はほら、ルーナ様とのデートの日だから」

 レオンがリリィに向かってわざとらしくウインクする。


「あぁ〜! それは張り切ってお仕事終わらせなきゃですねぇ」

 リリィも少し大袈裟にリアクションしながら、言葉を続けた。

「とても楽しみにしてるんですねぇ」

「ねぇ」

 2人は目配せしてクスクス笑い出した。


「……別にとても楽しみってほどでは……」

 不貞腐(ふてくさ)れたくぐもった声が執務机の方から聞こえた。


 あれからルーナとテオは、仲の良い友人であり、早朝の鍛錬後の休憩に会ってしゃべることを続けていた。

 

 その鍛錬後のベンチで会話している時に

「また放課後一緒に出かけたいな」

 と言ってもルーナはキョトンとしていたが

「また一緒に飲みに行きたいな」

 と言うと、途端に目を輝かせ出した。


「次からはもう少し、お酒控えましょうね〜」

 ともニコニコ言っていた。

 生粋(きっすい)のお酒好きだった。

 

 テオはその時の様子を思い出して、フッと笑った。




「で、ルーナの放課後の行動についての報告は?」

 テオは仕事がひと段落したので、リリィに声をかけた。

 

 ルーナと仲良くなるにつれて気になったのだ。

 こんなに簡単に人と仲良くなりやすい彼女のことだ。

 テオ以外の人とも……男性ともお酒を飲んでるんじゃないか?って。


 リリィが報告を始めた。

「週に1回は飲みにいっている人、これはリンス先生ですねぇ」

「……古代語の?」

 リンス先生は確か若い女性だ。

 最近先生になった新人のはず。


「はいそうですぅ。ルーナ様は古代語の専攻なので、リンス先生と仲良いですねぇ。よくリンス先生の教員室にも遊びに行っていますぅ。生徒と先生というより友人同士って感じですねぇ」

「ふーん……」


「先生と言えばロベルト先生とも、たまーに飲みに行きますねぇ」

「魔術学の先生?」

 ロベルト先生は20代後半の男性だ。

「魔術学もルーナ様の専攻ですねぇ。ちなみにロベルト先生の教員室にもよく遊びに行っていますぅ。ルーナ様、年上好きですもんねぇ。ロベルト先生カッコいいですしぃ」

 リリィがニヤニヤしながらテオを見てきた。


「…………」

 テオは不機嫌に頬杖をつきなから、リリィの次の言葉をまった。

 リリィがテオを、わざとからかっているのは分かっていた。


「でも安心して下さい〜。ちゃんと何でかまで調べましたよぉ。実はルーナ様にはマクシミリア領の魔法研究室で働いている、ファーレ様というお兄様がいらっしゃるのですぅ。そのファーレ様とロベルト先生が友人らしく、たまに来たファーレ様と、ロベルト先生と、ルーナ様の3人で飲みに行ってますねぇ」

 リリィが胸を張って自慢げに話す。


「実はロベルト先生の教員室にはリンス先生もいますぅ。あ、たまにリンス先生とロベルト先生とルーナ様でも飲みに行ってますねぇ」

 それまで話を大人しく聞いていたレオンが、テオと視線を合わせた。

「良かったね」

 そう言って爽やかな笑顔でレオンがテオを見てきた。

「……」

 テオはジト目で返す。


 リリィもニヤニヤしながらテオを見て、報告を続けた。

「あとはライターの女性とも飲みに行ってますねぇ」

「ライター?」

「はい。グルメ雑誌に、美味しいお店の記事を書いている方ですねぇ。ルーナ様の美味しいお酒の店情報は、この方から仕入れてるっぽいですねぇ」

「ふーん……」


「あとルーナ様は、マクシミリア領で自身の飲食店と、ワイン工場を設立しており、経営者になってますねぇ。そこの飲食店の方々との打ち合わせと称した飲み会や、ワイン工場の新作の試飲と称した飲み会も、たま〜に行ってますねぇ」

 

 ルーナの大好きな美味しい食べ物と、美味しいお酒にまつわるものだ。


「これは10人前後の男女で行われており、みなさんアカデミーの門限を知っているので『お酒を飲み足りないから帰りたく無い』とわがままを言うルーナ様を帰宅させるのに、手を焼いていましたねぇ。あ、私見てきたんでぇ」

 リリィは最近行われたであろう飲み会に潜入して、見てきたらしい。




「ルーナ様いろいろ手広くやってるね」

 レオンが驚いていた。

「それが全部お酒につながるのがルーナらしいというか……」

 テオも驚きながらルーナの言葉を思い出していた。


〝王都の皆さんにお酒飲むのが大好きだと言ったら、引かれるんですよね〟

 

 いやぁ、これは王都の人がとか関係なく、さすがに引かれるんじゃない……

 テオは思わず遠い目をした。




「ちなみに生徒と飲みに出掛けるっていうのは、無いようですねぇ。でもCクラスの男子たちの中に、ルーナ様狙いの人、何名かいますねぇ。ルーナ様自身が卒業後は市民になるつもりと宣言しているので、低位貴族から一般市民の方まで、地位の差関係なくチャンスがあると思われているようですぅ。特にあれですね、サロンで行われているお茶会、それに度々ルーナ様好みのお菓子を持ってきている男子が数名いますねぇ」

 

 リリィは一旦紅茶を飲んだ。

 たくさん喋って喉が渇く。


「でもルーナ様自身の酒好き発言、海外を飛び回りたい発言から、尻込みしている男子ばかりですねぇ。だから皆さん卒業後にルーナ様に良い人が現れなかったら……と思ってるみたいですぅ」

「……」

 テオは不機嫌そうにリリィの報告の続きを待った。


「ちなみにルーナ様をあまり知らないBクラスの人の中にも、ルーナ様狙いの人が数名いますねぇ。ルーナ様は成績上位者、高位貴族、それに学園生活での大人しいスタイルにグッときている層がいますぅ」


「……Bクラスの誰?」

 テオが眉をひそめて低い声を出した。


「全員を特定出来てないですぅ。詳しく調べますかぁ?」

「……いいや。名前聞いたら嫌いになりそうだし」

 テオがプイと顔を横にそむけた。


「嫉妬?」

「嫉妬ですねぇ」

 レオンとリリィがニヤニヤ笑う。

 仲良く主君をからかってくる2人を、テオはジト目で見つめ返した。



**===========**


「テオ! こっちだよ〜」

 放課後、ルーナとテオは街の時計台で待ち合わせしていた。

 さすがに、カンデラアカデミーから2人揃って出ていくのは目立つかも。というルーナの心配からだった。


 ルーナは今日も髪を巻いて着飾っていた。

 この前よりは可愛いテイストに感じる。


「今日は暑くなってきたのもあって、ビールという珍しいお酒を飲みに行くよ」

 好奇心旺盛な緑の瞳がキラキラ輝く。

 ルーナの軽やかな動きに合わせて、銀色の髪もフワフワ揺れていた。


「ビール? あんまり知らないなぁ」

 そう言いながらテオはルーナの横に並んで、腕を差し出した。


「他国のお酒の一種だからね。あんまり有名じゃないの」

 ルーナは、エスコートとして差し出された腕に、何も躊躇せずに自分の手を絡める。

 前も今回もお酒の話に夢中だからか、その慣れた様子にテオは少しモヤっとしてしまう。


「そのビールの中でも、個性的なビールを取り扱ってる店があってね、私は勝手にクラフトビールって呼んでるんだけど、美味しいんだよ」

 ルーナは味を思い出してるのか、ニヨニヨしていた。


「そのビールには、やっぱりガツンとお肉系があう感じでね、男性に喜ばれる鉄板コースだね!」

 ルーナが横からテオの顔を覗きこみながら、力説していた。


「……誰かと行ったことあるの?」

「1番上のフェニスお兄様と、4番目のソイルお兄様とだったかなー? 確か一軒目でクラフトビールの話しになって、二件目で行ったんだったかな?」

「二件目? 時間は大丈夫なの?」

「門限のこと? 休日にがっちり飲んだ日かな。お兄様がいると安心して沢山飲んじゃうよね。一応お兄様たちの方が、私よりお酒強いから」


「僕とは安心して飲めない?」

「テオはすぐ酔っちゃうから、私がしっかりして送ってあげなきゃ」

 ルーナはフフッと思わずという感じで、手で口元を隠しながら笑った。


「テオは、食事会とか社交で普通のワインは良く飲むだろうから、変わってる方が楽しいかなって思って。口に合わなかったらごめんね」

 眉を下げた表情のルーナがテオを見上げた。

 

 ルーナはこうやってよく相手のことを気遣ってくれる。

 僕に基本好意的なんだけど、それを押し付けようとしない対応が心地良かった。



 **===========**


「かんぱ〜い!」

 

 お店に入ると、今日はテーブルにイスの2人席に通され、向かい合う形で座った。

 店全体は薄暗く、席がある部分だけライトアップされており、周りのガヤガヤ感がボヤけるように配慮されていた。


「あー美味しい!! この華やかな香りと、まろやかな口当たり。苦味の余韻まで美味しい」

 ルーナが本当に美味しそうにビールを飲んでいる。


「……美味しい」

 テオも美味しさに驚きながら飲むと、その反応が嬉しいのか、ルーナがますます笑顔になる。

「でしょー」

 変わったスパイスを使った肉料理も、繊細な味付けでビールととても合った。

 

 ルーナが紹介してくれる料理はいつも美味しい。

 ルーナとのおしゃべりも楽しくって、ついついお酒と料理が進んでいく。

 

 ルーナの話は、言葉は、どこか優しくっていつまでも聞いていたくなる。

 なぜか少し達観した考え方を持つ彼女に、思わず悩み事を話したくなる。

 

 ルーナと飲みに行きたがる人の気持ちが良く分かった。


 そしてルーナはそんな人の話を、お酒のお供にするのが1番好きだった。

 

 嬉しさも悲しみも、その人が一生懸命生きてる証だと言うように、悩み事を決してバカにせず穏やかに聞いてくれる。

 ルーナのその慈悲深い明るさが好きだった。




「そういえば、今日はメガネかけてないんだね?」

 ルーナが首を傾げながら尋ねた。


「僕もルーナと同じで、メガネが無くても視力はいいから大丈夫なんだ。せっかくルーナと居るから外そうと思って」

「そうなんだ……テオ、めちゃくちゃカッコいいから、向かいに座られると照れるぅ」

 ルーナがそう言いながらニヘラッと笑った。


「あれ? いい具合に酔ってる?」

「あー……この期間限定のビール相性がいいみたい。相性がいいお酒はよく酔うのですぅ。珍しいー」

 ルーナがヘラ〜と笑ったまま喋った。


「ふーん……」

 テオも少し酔っていたが、まだ冷静に考えられる余裕はあった。


「僕の顔カッコいい?」

「うんうん」

 ルーナがコクコク頷く。

「タイプ?」

「えへへーどっちかって言うとー」

 ルーナが照れながらコクコク頷く。

「好き?」

「うん! お酒を一緒に楽しく飲んでくれるからー!!」

 

 ルーナはそう言うと、ビールが入ったグラスを高くかかげてゴクゴク飲んだ。

「えー、そこもお酒ベースなんだ……」

 テオは聞こえてないであろう独り言を呟いて、照れ隠しのように自分もビールを飲んだ。




**===========**


「ごめん。本当にごめん。私あのぐらいの酔いじゃすぐ冷めるんだ」

 お店からの帰り道、だいぶ酔いが覚めたルーナが、今日もいい具合に酔ったテオと手を繋いで引っ張りながら謝った。


「私がいつもよりたくさん飲んだから、テオも飲んじゃうよね」

「んー、大丈夫。いい気分なだけだしぃ」

 フニャっとしているテオが答えた。

 

 テオは、ルーナに手を引っ張ってもらうこの時間が好きだった。

 

 王太子としてみんなを引っ張っていく立場であり、物心ついた時から、こんな風に誰かに手を繋いでもらって、引っ張られながら歩くことはなかった。

 

 誰かが前を歩いてくれると、周りの景色を楽しみながら歩く余裕も出来る。

 ふと空を見上げると星が出ていた。


「星がきれいだねぇー」

 フニャフニャなテオが言った。

「本当だ」

 ルーナも立ち止まって空を見上げた。


「今日は門限までちょっとゆとりがあるから、星が綺麗な所に寄ってから帰ろっか」

 ルーナはテオを見上げてそう言った。




「……すごいね」

 テオは大きな川の橋の上にいた。

 

 あまり街灯などの人工的な光が無く、橋からその先の海へと広がっていく川に、満点の星空がうつっていた。

 川の揺らぎによって、空の星より光が(またた)いて見える。


「喜んでもらえて良かった」

 隣には嬉しそうに笑うルーナがいた。

 月明かりの下、ルーナの銀髪が柔らかく輝いて見える。

 この国では銀髪の美しい女性を、神話にちなんで月の女神に例えてアプローチすることがある。

 

 まさか自分がそんな言葉を言いたくなってるなんて……

 テオは心の中で苦笑した。


「……本当に綺麗だね」

 ルーナに向かってその言葉を贈った。

 ルーナはもちろん景色のことだと思っているから、ただただ嬉しそうに微笑んだ。

 テオは思わず、繋いでるルーナの手をギュッと握った。



**===========**


「ただいま戻りましたー」

「おかえりー」

 カンデラアカデミーの門をくぐり、前のようにベンチで待っているレオンにルーナが挨拶をした。


「今日はそんなに酔ってないよ」

 テオがレオンの横に座りながら言う。

「酔い醒ましに散歩しましたからね」

 ルーナがフフフっと笑った。


「レオン様も待ってるだけじゃ、つまらないでしょうから、今度ご一緒しませんか?」

 ルーナが優しさで聞いているんだろうと分かっていたけど、テオは少しだけ不機嫌オーラを発した。

 馴染みの深い者だけが分かる変化だったが。


「お誘いありがとう。けど僕はお酒苦手なんで」

 レオンが、そんなテオをチラリと見て、苦笑しながら答えた。

「そうなんですね。残念です」

 ルーナは残念そうに肩を落とした。


「テオ様、今日もありがとうございました。とっても楽しかったです。じゃぁテオ様もレオン様もまた明日」

 ルーナはペコペコ2人に礼をして、手を振りながら去っていった。




「……多分僕たちは特別寮じゃなく、自分の家に帰る組だってルーナにはバレてると思う」

 テオがレオンに向かって喋り出した。


「ルーナ様賢いからね」

「だから、放課後出掛けた後の解散場所が、学園じゃなくてもいいって言い出すかもしれない……」

「そうだね。学園で待つの僕手間だし。王宮に1人で帰ってよ」

 レオンが少し迷惑そうな顔で言った。


「もし言い出されても断って。学園までルーナが1人だと心配だし」

 テオのその発言を聞いて、レオンはニヤッと笑った。


「じゃぁ店の前で馬車に乗って、ルーナ様を学園まで送ればいいんじゃ?」

「それじゃダメ」


「……素直に言えばいいのに、手を繋いで帰ってくるのも、楽しいんでしょ?」

 レオンがニヤニヤしながら聞いた。

「……うん」

 テオが珍しく素直に答えた。

「やっぱりまだ酔ってるね」

 レオンが心底迷惑そうな顔をした。

 


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