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ルーナたちはお目当ての店についた。
街の高台にあるその店の2階には、ガラス越しにカウンターが設置されており、2人で並んで座りながら外の風景を見ることが出来た。
街がなかなか遠くまで一望でき、向こうの方に夕日が見える。
ルーナが言ったように綺麗な景色だった。
「夕日とサングリア最高! かんぱ〜い!!」
ルーナはテオ様が持っているグラスに自分のグラスをカチンと当てた。
店につくまでに、テオ様から敬語を無しにして欲しいと頼まれた。
街の雰囲気を壊さないため、市民に少しでも溶け込むためらしい。
ルーナは、学校の外なら……とオーケーした。
「あぁ〜いつ飲んでもやっぱり美味しい!」
ルーナがサングリアを一口飲んで、蕩けるような笑顔を浮かべている。
「本当だ、美味しい」
テオ様も美味しさにビックリしたようで、ニコニコ微笑んでいた。
所作がっ!所作が美しすぎるっ!!
ルーナはグビッと飲んでプハーという雰囲気だが、テオ様はお酒を飲む動作一つでも流れるように美しかった。
サロンでお茶会した時も、めっちゃ美しい所作だったのよねぇ。
ルーナは目の保養だわぁ〜と思いながらサングリアをまた一口飲んだ。
「ルーナはよくお酒を飲みに出掛けてるの?」
テオ様がその流れるような所作で、食べ物を口に運びながら、ルーナに聞いてきた。
「そうね、美味しいものを食べることも好きだけど、実は1番好きなのはお酒を飲むことなの。カンデラアカデミーに編入で来たんだけど、半分は王都でお酒を飲むのが目的かな〜」
「そんなに好きなんだね」
テオ様が少し呆れたようにフフッと笑う。
「出掛けない時も、寮の庭でワインを飲んでるよ」
「毎日飲んでる?」
「うん。お酒大好きだからなぁ」
ルーナは照れた表情をした。
「てか、みんなは夕方から夜まで何してるんだろ?」
ルーナはグラスに口をつけた。
この世界にはテレビやパソコンが無い。
みんな青春時代なのに外に出ずに何してるんだろ?読書?手紙を書くこと?
そう思いながらテオ様を見ると、困った顔をしていた。
「……アカデミーの学生だから、勉強してるんじゃない?」
半分、呆れながら言われた気がする。
「あ、あぁそっか! 勉強……」
そう言えばそうだ!
「ルーナはいつ勉強してるの? 朝も早くから走ってるし……」
「私は試験前くらいしか勉強しないかな〜? あとは授業中? 授業後? ……??」
実は専攻授業の先生の所に、放課後入り浸っていたりする日もあるのだが、それは勉強に入るのかな?とか考え出すと答えにつまった。
「テオはいつもは何してるの? この時間帯」
「僕は……領主である父の仕事の手伝いをすることが多いかな。父みたいに上手くいかずに、困ることも多いけど……」
テオ様が俯きがちに答えた。
「んー? 失礼なこと言うけど、今のお父様と比べるのは違うんじゃないかなー? もし比べるなら18歳のお父様とじゃない?? みんな何事も初めから全て上手に出来る人なんかいないし、テオの方が18歳のお父様と比べると上手に出来てる部分もあるハズだよ! テオが今から何十年もかけて今のお父様みたいになればいいんだよ」
ルーナが柔らかく微笑みながら言った。
「……とまぁ何も分かってない部外者の意見だから、不愉快になったらごめんね」
「……ううん、ありがとう」
テオ様はキョトンとしていたが、何か納得できた部分もあるのか優しく笑ってくれた。
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「私に合わせて追加で飲まなくて良かったのに……」
ルーナとテオ様は、学校の門限に間に合うようにお店を出た。
門限が9時なため、帰る時間も合わせて早めに出なくてはいけない。
「大丈夫だよ。このぐらいー」
テオ様はいい具合に酔っていた。
もともと伏し目がちな目が、ますますトロンとしている。常にニコっとしておりホワ〜と少しだけお花が飛んでそうだ。
この人の酔い方可愛いなー!!
わぁー!! 何これ何これ??
いつもちょっとアンニュイな感じのあるテオがトロ〜ンとちょっと溶けてる!?
ルーナはちょっとドキドキした。
2人は並んで歩いた。
もう夜なので空は真っ暗だが、歩いている道は街頭で明るく、人通りもまだある。
テオはいい感じに酔っているから、ちょっとだけフラフラ歩いていた。
「テオ、酔ってるねー」
「ルーナは僕より飲んだのに全然だねー」
テオ様がフニャっと笑う。
「次の日学校だし、寮に門限内に帰らなきゃだから、あれでもセーブしてるんだよ。いい気分になるぐらいは酔うんだけどね」
ルーナはそう答えながら、腕時計をチラッと見た。
「……テオは婚約者とか恋人がいる?」
「え、いないけどぉ??」
「じゃぁ失礼しまーす」
ルーナはテオ様と手を繋いだ。
「時間が厳しいかもだから、ちょっと急ごうね」
そう言ってルーナは、テオ様がフラフラしないように繋いだ手を引っ張りながらズンズン歩いた。
「僕に恋人がいるかとか、何で確認したの?」
「もし知り合いに見られて噂になってしまったら、婚約者や恋人がいれば悲しむでしょ?」
2人で歩いているだけなら、偶然会って喋ってるだけにも見えるが、手を繋いで歩いていたら、有る事無い事言われるだろう。
テオ様が楽しそうに聞いてくる。
「いればどーするつもりだったの?」
「……背中を押す……」
前を歩くルーナの背中に楽しそうな笑い声がぶつかった。
「ちょっと押してみてよ」
テオがまだ笑いながら言った。
「……よーし!」
ルーナが一旦手を離してテオの後ろに周り、両手で背中を押す。
「……? あれ? 全然進まない……って、テオわざとでしょ? 動かないの!」
必死に押しているルーナを、意地悪な笑みを浮かべたテオ様が振り向きながら見ていた。
目が合った2人は、思わず笑い合った。
ルーナも見た目は変わらないが酔っているので、いつもよりテンションが高い2人だった。
「背中を押しても進まないから、やっぱり手を繋いでよぉ」
テオ様がトロ〜ンとした笑顔で、手を差し出してくる。
あー、その笑顔には弱いなぁ……
とルーナは思いながら、再び手を繋いだ。
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2人は無事に、時間内に学園の門をくぐった。
寮の門限だが、基本的に学園内にいればよかったので、門さえくぐればセーフだった。
ここから酔ったテオ様をどうしようか?とルーナは考えていたが、門の近くのベンチにレオン様がいた。
「そこの酔っ払いは僕が引き取るよ」
「あー良かった! どーすればいいか困っていたんです」
ルーナはレオン様の隣にテオ様を座らせた。
「僕は酔っ払ってないよ」
「いやいや、一目瞭然だよ」
レオン様は呆れた表情をテオ様に向けていた。
「今日はありがとうございました」
ルーナがテオ様に向かって一礼する。
「で、私の疑いは晴れましたか?」
「「えっ?」」
レオン様とテオ様が驚く。
「だって、あらかじめテオ様が私と出掛ける予定だったんですよね? 私が何してるか調べるつもりだったんですよね? そうでなきゃ、レオン様がここで待ち構えてるハズがありません」
「まぁそうだね」
レオン様が答えた。
「そして、私が門限近くに帰ってくるということまで知っている……レオン様たちが、最近委員会を立ち上げたと噂を聞きました。風紀委員会みたいなもので、私のことを調べてたんじゃないですか??」
ルーナはレオン様をしっかりと見据えた。
「へぇ。委員会を立ち上げたことを、もう知ってるんだね」
「私の情報網を舐めないで下さい」
ルーナはレオン様に向かって不敵な笑みを浮かべた。
情報網=レオン様のミーハー、エマからの情報だ!
エマのミーハー力を舐めてはいけない。
「確かに、ルーナ様のことを調べていたよ。悪い事してるんじゃないかって」
「やっぱりそうなんですね。じゃぁ悪い事はしてなかったと、テオ様から聞いて下さいね」
いい具合に酔っているテオ様は「してなかったよ」と無邪気にレオン様に報告していた。
ルーナは自分でも知っていた。
放課後に学園を抜け出して飲みに行っていることが、一部で悪く言われていることを。
でも、校則を破っているわけでもなく、ただ大好きなお酒を飲みに行っているだけだ。
そして、あんなに連続でテオ様に会うのはおかしい。
ルーナは、今日テオ様に会った時から不信感を持っていた。
……でも、今日でただお酒を飲みに行ってるだけと分かってもらったから、無罪釈放かな。
「では失礼します。テオ様、飲みに行くのは楽しかったので、また機会があれば一緒に行きましょうね」
ルーナはニコっと笑って一礼してから足早に去っていった。