7:サングリア
※前半、王子視点
カンデラアカデミーのとある一室で、テオが机の上で書類を広げていた。
「結局、仕事部屋じゃないか」
テオが不貞腐れながら手を動かしている。
「王太子としての執務もありますからね」
レオンは出来上がった書類をチェックしながら答えた。
そこにリリィが部屋の扉を開けて入ってきた。
「わぁ、お仕事大変そうですねぇ」
「そう思うなら手伝ってくれ」
テオが書類に目を向けたまま答える。
「えー、無理ですぅ。そういえばこの前からの、ルーナ様との接触はいかがでしたぁ?」
そう聞かれたテオは顔をあげ、リリィを見た。
「……普通の元気な女の子って感じだったね。貴族らしさが無くって一般市民みたい」
「そうですねぇ、ルーナ様は1番喋りやすいですぅ」
それを聞いたレオンも会話に入ってきた。
「リリィも喋ったことあるの?」
「ありますよぉ。けどルーナ様は鋭くって、私がどこのクラスにも所属してないことを気付きそうになるので、あんまり喋りすぎることも出来ないんですぅ」
そんなリリィの言葉を聞きながら、テオは軽く握った手をあごに当てて考え込んだ。
「ふーん……この前も思ったけど、普通なら高位貴族と縁が出来ると喜ぶ人が多いけど、あの3人はちょっと裏があるんじゃないかって疑ってたね。慎重派なのか、悪いことをしてるのか……」
「悪いことと言えばぁ、噂されてた夜遊びですが、確かに毎日のように夕方から夜にかけて出掛けてますねぇ。でも寮の門限までには戻ってきてますねぇ。まぁ門限を守らなければ、今ごろアカデミーには居ないんですけどぉ」
リリィがおっとりと報告した。
「1人で出かけてるの?」
テオがリリィを見た。
「……たまに2人? 複数? 1人の時もありますぅ。どこに行っているか、相手が誰かまで調べましょうかぁ?」
リリィはあくまでも、候補者たちの学園生活の中のことだけを調べてもらっている。
テオが頼んだら範囲を広げる感じだ。
「うーん…‥今度1人で出かけそうになったら報告して。街で偶然会ったことにして、僕が直接聞き出してみるよ。ルーナ嬢は秘密が多そうだし」
テオはニヤッと笑うと、視線を書類に戻して仕事の続きをはじめた。
リリィはレオンの方を向いて小声でしゃべった。
「絶対、楽しんでますよねぇ! ルーナ様に会うのぉ」
「そうだね。でもいい傾向なんじゃない?」
レオンは頬杖をつきながらフッと笑った。
そして2人して、素直じゃない主君を見つめた。
※※ーーーールーナ視点
「フンフーン♪」
ルーナは鼻歌を歌いながら、夕暮れどきの街を1人歩いていた。
今日は久しぶりに、あの店のサングリアを飲みに行こう!
ルーナの心は踊っていた。
そのお店のサングリアは、サイコロ状に切ったフルーツを赤ワインなどで漬け込んでおり、今まで飲んだ中で1番美味しい味だった。
飲んだらもちろん美味しいけれど、漬け込んだフルーツが絶品なんだよなぁ。
ルーナはふと、目の前のお店の大きなガラスにうつる自分を見た。
お酒を飲みに行く日は、大人っぽい格好を心がけている。
服装はもちろん、髪も緩く巻いておろしていた。
メガネは無しでお化粧もバッチリ。
よしよし、今日もいい感じに仕上がってる!
ルーナはウキウキしながら再び歩き出した。
「あれ? ルーナじゃない?」
店に向かっていたルーナは誰かに呼び止められた。
声の方を見ると、制服とは違いラフな格好をしているけれど、高貴なオーラがちょっぴり漂っているテオ様がいた。
「?? こんな所で何してるんですか?」
ルーナが、テオ様の近くに連れが見当たらないのを怪しみながら尋ねる。
「街に買い物に来ていたんだ。あそこに専門書の店があってね、自分で見て選びたいからたまに足を運ぶんだ」
テオ様は「今日はいいのが無かったから買ってないけどね」と肩をすくめた。
「従者も護衛も付けずにですか??」
ルーナは思わずジト目でテオ様を見た。
本当は見えない所に護衛がたくさん待機していたが、ルーナは気付いてなかった。
「君も1人じゃないか」
「私はいいんです。学校に誰も従者を連れてきてませんし、卒業後は一般市民と同じですから」
「でも夜の女性の1人歩きは、一般市民でも危ないでしょ?」
「そのときは……っ何でもないです」
ルーナは思わず魔法を使うと答えそうになった。
いけない、魔法が使えることはあんまり喋っちゃいけないんだった。
ファーレお兄様が授業以外で使うな、珍しい魔法が使えることを言うなって言うんだよなぁ。
まぁ、いいつけを守ってない時もあるんだけどね。
「とにかく1人は危ないよ。そんな綺麗な格好してどこに行こうとしてるの? 誰かに会うの?」
「…………サングリアを……」
「??」
「……お酒を1人で飲みに行くんです!」
ルーナは顔を真っ赤にして言い切った。
テオ様は目を見開いて驚いた顔をしていた。
「あーだから言いたくなかったんです。王都の皆さんにお酒飲むのが大好きだと言ったら、引かれるんですよね」
ルーナは両手で顔を覆った。
「あはははは!!」
ルーナが顔を覆っていた手をどけると、めちゃくちゃ笑っているテオ様がいた。
「お酒を飲みに行ってるんだ。僕はいいと思うよ。でも1人は危ないから僕もご一緒していい?」
テオ様はそう言って、ルーナの隣に立って自身の片腕を曲げた。
「いいんですか!?」
ルーナは目をキラキラさせて、思わず断りなくテオ様から差し出された腕をつかんだ。
そして男性からのエスコートなのに、グイグイ引っ張った。
「お店はあっちです。夕日が沈む前に行きましょう! 風景も綺麗なんです!」
テオ様は勢いのよさに苦笑しながらも、朗らかに笑っていた。
ルーナは1人で飲むのも、誰かと飲むのも、大勢で飲むのも大好きだった。