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テオ様と朝のランニングの時に会った数日後、世界史の授業が始まる前に、教室内で彼に会った。
「えっ? ……ルーナ?」
呼ばれたルーナはハッとして、教室をキョロキョロ見渡してから、『しー!』とテオ様にジェスチャーをした。
この世界史では、シャーロット様たちと同じでもあるのだ。
毎回出来るだけ遠くに座って、シャーロット様の視界に入らないようにしている。
おそらく、あの編入後の接触以降シャーロット様は、ルーナという人物に対して全く興味を失っているハズだ。
このまま卒業まで見つからずにいきたい。
そんな慌てたルーナの不審な様子を見ても、テオ様はそれ以上何も言わずに、そっと隣の席に座った。
「……目の色、緑じゃなかったっけ?」
授業が始まる前、まだ教室内は生徒たちが談笑しておりガヤガヤしてた。
そんな中、テオ様は少し小さな声で話しかけてきた。
「メガネで色を変えてるんです」
ルーナもコソッとしゃべって、テオ様の方を向きメガネを下にずらして素の瞳を見せた。
「なんで??」
すると突然、テオ様の向こう側からキラキラした人が顔を覗かせて、会話に入ってきた。
何!?
この派手なオーラの人!?
目立つんですけど!!!
「かっ……隠れてるんで……出来るだけ地味にして、目立たないようにしてるんです」
ひーん。テオ様のお連れの方なのかしら?
金髪のイケメンだ!
「……おしゃべりは、そろそろやめようか?」
少し怯えていたルーナを見て、テオ様が優しく微笑みながら会話を中断してくれた。
そう言ったテオ様は、教室の前に視線をむけていた。
ルーナも前を向くと、先生がきており授業が始まりそうだった。
こうして世界史の授業が始まった。
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「……すみません。私が落ち着ける所がここしかなくて……」
ルーナとテオ様とレオン様の3人は、サロンの一角でソファに座っていた。
ここは普通のサロンで、カンデラアカデミー内には、高位貴族向けの高級サロンが別にあった。
テオ様たちが来ることは無い方のサロンだが、シャーロット様やカトリーヌ様から隠れて生活しているルーナは、ここでしか安心してしゃべれなかった。
「さっきも移動中に説明した通り、シャーロット様とカトリーヌ様から目をつけられ無いように、目立たないように学園生活を過ごしているんです」
ルーナが必死に説明していると、遠くから呼びかけられた。
「あれ〜? ルーナ? 今日は早く来てるねぇ」
授業が終わって、ゆっくり向かってきたであろうサッシャが声をかけてきた。
隣には同じ授業を受けていたのか、エマもいる。
サッシャはルーナの向かい側にいる2人をチラリと見ると、ルーナに耳打ちをした。
「めっちゃ美形を連れてきたね! でかした! ルーナ」
そう言って、ちゃっかりルーナの隣に座った。
「レオン様だ! 何で? 何で?」
エマもコソッと耳打ちして、サッシャとは違う方のルーナの隣に座った。
エマは学園内のカッコいい貴族が大好きだ。
いわゆるミーハーってやつで、恋愛したいなぁとかでは無いらしい。
「……私の友達のサッシャとエマです。こちらはBクラスのテオ様とレオン様です」
「よろしくね」
レオン様がさっそく爽やかなスマイル攻撃をしている。
ルーナの両サイドから黄色い悲鳴があがる。
「「なになに〜」」
ルーナたちの楽しそうな雰囲気をキャッチした、他のCクラスの女の子たちが寄ってきた。
みんなワイワイしながら、物珍しい高位貴族の人たちと挨拶をしておしゃべりしだした。
「友人たちよ。ありがとう。もっと寄ってきて私を隠して!」
目立つ人たち、特にレオン様と一緒にいたくない私は、Cクラスの女の子たちのキャッキャッ具合に感謝した。
「そんなに目立ちたくないの?」
ルーナの様子を見ていたテオ様が苦笑しながら聞いてきた。
女の子たちの相手は、爽やかイケメンのレオン様に任せているようだ。
「この子、目立ちたくないからって、試験も一位にならないように手を抜いてるんですよ」
サッシャがルーナのほっぺを指さして、からかうように言った。
「だって、一位になったら、絶対シャーロット様とカトリーヌ様から呼び出されるよ。そんなの怖すぎる!」
ルーナが指さされてるほっぺを膨らませながら答えた。
「せっかくの学園生活なのに……地味なままじゃ勿体ないよ」
ちょくちょくレオン様をポーっと見ているエマが、会話に入ってきた。
「うーん……でも高位貴族様に恨まれでもしたら、市民になった後の生活困りそうだしなぁ。未来の旦那様の迷惑にもなりたく無いし……」
「婚約者がいるの?」
テオ様が首をかしげながら聞いてきた。
「いえ、いないん…」
「テオ様、聞いて下さいよ! ルーナったらめちゃくちゃ未来の旦那様に、理想をえがいてるんですよ」
ルーナのセリフが終わらないうちに、サッシャが身を乗り出して喋り出した。
「えーっと、世界中の国を周る生活をしてる人がよくってぇ」
「貿易商とかね」
サッシャの台詞にルーナが具体的な説明を付け足している。
「年上の人がいいのよね?」
次はエマがしゃべった。
「ダンディな、ちょっとオジ様でもいいわよ」
またルーナが詳細を付け足す。
「アハハ、なんで年上?」
女子3人の掛け合いが楽しいのか、テオ様が笑っていた。
「私、世界中の美味しい食べ物が食べたいんです! そうすると、ある程度仕事で成功している世界で活躍している人を、旦那様にするのが1番かなって思って。美味しい食べ物の勉強もしていますが、やっぱり詳しい人に紹介してもらいたい気持ちもありますし〜」
ルーナは目をキラキラさせて語った。
「それで、世界史と外国語を選考してるの?」
テオ様がルーナの勢いに笑いながらも質問した。
「はい。そうです! 将来の旦那様に役に立てるようにですね! ……あれ? テオ様に外国語の……」
外国語の選考してるって伝えましたっけ?と言葉になる前に誰かに話しかけられた。
「ルーナ、約束していたお菓子持ってきたよ」
Cクラスの女の子が、箱の包みをかかえて持ってきてくれていた。
約束していたお菓子とは、彼女の領地の特産品で作ったお菓子だった。
それを食べてみたいと、ルーナは頼んでいたのだった。
「あ、オレもちょうど持ってきたよ」
いつの間にか、Cクラスの男の子たちもチラホラ集まっており、その中の1人が、こちらも前にルーナが頼んでいた珍しい紅茶を持ってきてくれていた。
「わぁ! ありがとう! 楽しみにしてたんだー! せっかくだから、みんなでいただこう!」
ルーナは本当に嬉しそうに笑った。
サロンの隣には給仕をしてくれる人の厨房があり、そこに頼むとその珍しい紅茶を淹れてくれた。
お菓子もきちんと準備され、集まっていたテーブルの近くにビュッフェスタイルで提供された。
「はーい、どうぞー」
自然な流れで、ルーナがテオ様とレオン様の前に紅茶とお菓子を配った。
「僕たちも、いただいていいの?」
テオ様が聞いてきた。
「?? いいですよ。ここのサロンでは、みんなで美味しい物を味わうのは、いつもの風景です」
ルーナが穏やかに微笑んで言った。
ルーナはたくさんの人たちと、美味しい物を食べるのも大好きだった。
「Cクラスのみんなは最高なんですよ! こうやって美味しい物を持ってきて、分け合ってくれるんです」
ルーナは嬉しそうにお菓子を頬張った。
※※ーーーーーー王子視点
ルーナはお菓子と紅茶をいただいた後、持ってきてくれた人たちにお礼を言いに席を外していた。
それを何となしに目で追っていたテオに、エマが声をかけた。
「ルーナはああやって、美味しい物を食べてるだけに見えますが、あの子のおかげで、Cクラスのみんなは学園生活を楽しく過ごせています。Cクラスはその……地位の低い者が多いですから、他のクラスの人たちに見下されたり……嫌がらせをたまに受けたりします」
「……そんなことが?」
テオはそう返事しながらも、シャーロットやカトリーヌに自身もされたことを思い出していた。
「……はい。高位貴族であるルーナがCクラスが好きだ、過ごしやすいと言ってくれるので、みんなは嬉しいし自信になるんです。1年生の時は、やっぱりCクラスが1番成績が悪かったのですが、ルーナが勉強をみんなに教えてくれたりして、他のクラスに負けないように頑張る人も増えて…… 知ってますか? 今ではCクラスの総合点はBクラスに並ぶんです」
エマはちょっとだけ自慢げに語った。
そこにサッシャも話に加わった。
「それに、ああやって食べ物の話を引き出すために、まずは相手の領地のこと、市民相手なら住み暮らした土地の話をルーナはします。そこから良いものを見つけてくれるので、社交の場での貴族同士の話に、何を話せばいいのかを教えてくれてもいるんですよ」
そしてエマとサッシャが真剣な表情でテオたちの方を見た。
「……だから、ルーナが何かしでかしたとしても」
「お咎め無しにして下さい!」
彼女たちは、そう言って頭を下げた。
テオとレオンは驚いて、思わずお互いの顔を見合わせた。
どうゆうこと?
ちょうどそこにルーナが戻ってきた。
「私は何もしてないよ」
ルーナは少し呆れながらも、頭を下げたままの2人の肩に手を置いて、頭を上げることを促した。
「……まだ何もしてない?」
顔を上げたサッシャがルーナに聞いた。
「まだしてない」
ルーナがうんうんと頷いた。
「……いつか、しでかしそう?」
今度はエマが聞いた。
「このまま大人しく卒業しますぅ」
ルーナがちょっとだけプンプン怒った。
そしてハッとしてテオたちの方を見る。
「いや、本当に、何もしませんよ! トラブルとか起こさないように気を付けているんで!」
ルーナが首をブンブン横にふった。
エマとサッシャは、いきなりルーナが2人の高位貴族を連れてきたので、それはそれで何か目をつけられたのだと疑っているのだ。
まぁある意味、候補者として目をつけたから合ってるんだけど……
テオは彼女たちの様子を見て、リリィが言っていたCクラスの人たちに慕われているという情報に納得した。
サロンでのちょっとしたお茶会がお開きになり、テオとレオンも帰ろうかと出口の扉に向かっていた。
するとルーナに呼び止められた。
「今日はCクラスのみんなに、付き合って下さってありがとうございました。みんなテオ様とレオン様と話せて楽しそうでした。良かったらまた、こちらのサロンに遊びに来て下さい」
そう言ってルーナは、ペコリとお辞儀をした。
「毎日、お茶会してるの?」
テオが首をかしげて聞く。
「うーん、ほぼ毎日かもですね……」
ルーナの返事を聞いたテオは、少しだけルーナに近づいて耳打ちした。
「……ほぼ毎日美味しいお菓子食べてたら、しっかりランニングしなきゃだね」
そう言ってフフッと笑った。
「ーー!! い、いじわるですね」
ルーナが顔を赤くさせて答える。
テオは楽しそうに笑い、じゃあねと手を振りながらサロンを後にした。