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日差しが少し暑くなり、早朝のランニング後になかなか汗をかくシーズンになってきた。
「……あっつ」
ルーナは、日課である寮の裏手にある森でのランニングを終えて、いつもの井戸にやってきた。
暑くなってくると、井戸でキンキンに冷やした飲み物がとっても美味しい。
首にひっかけていたタオルで顔の汗を拭きつつ、井戸から水筒を取り出した。
今日はちょっと甘めのお茶を用意している。
そのお茶をゴクゴク飲んでいると、誰かからの目線を感じた。
ベンチの所に誰かが座っている……
背の高いほっそりした男の子が、ベンチで休憩していた。
ルーナの方を驚いた顔で見ていたので、思わず目があってしまう。
「……おはようございます」
ルーナも驚いた顔をして挨拶した。
誰かしら?
今までランニングしてて初めて人にあったかも。
「おはよう。ごめんごめん、井戸から何かを取り出して飲み始めたから、ちょっとビックリして」
長いサラサラの黒髪を揺らしながら男の子は笑った。
「君があらかじめ、用意していた飲み物だったんだね」
あぁ、なるほど。
彼は、ルーナがいきなり井戸にある、得体のしれない飲み物を飲み出したように見えたのだった。
確かに、高位貴族様は井戸で飲み物を持参して冷やす、なんてことはしないだろうなぁ。
ルーナがそんなことを思っていると、男の子が口を開いた。
「初めまして。僕はBクラスのテオ・アルザイック。剣術の朝練をしていて、休憩しに来たんだ」
「私はCクラスのルーナ・マクシミリアです。……あぁ! 世界史で一緒の方ですね。しかも毎回成績上位者に載っていますよね」
「……あれ?世界史一緒だっけ??」
「あー……」
今は髪型も違うし、メガネもかけて無いからなぁ……
ルーナは心の中でそう思った。
ランニングする時、ルーナはポニーテールにメガネ無しだった。
いつものステルスモードとは違うので、彼からしたら分からないかもしれない。
「とりあえず座れば?」
優しげな眼差しをした彼は、自然な流れでベンチをすすめてきた。
ルーナは少し距離を空けて座った。
テオ様の名前を聞いて確定した。
Bクラスだけど、高位貴族にあたるアルザイック家のお方だ。
男女2人でいる所を、万が一他の人に見られたら困るかもしれないので、ちょっと距離をあける。
というか、高位貴族の友達いないから、接し方の正解が分からない……
「すみません。私、テオ様のような高位な方とあまり接した事ないので、間違うことがあるかもしれません。何か不愉快でしたら、遠慮なくおっしゃって下さい」
ルーナはニコニコ笑顔で言った。
自分が判断出来ないことは正直に伝えて、相手に丸投げ作戦だ!
優しそうな人だし、怒らないだろう。
「自分も高位貴族なのに?」
彼はちょっと驚いた表情をした。
メガネの奥に、澄んだ青空のような青い瞳が見えた。
よく見ると、おっそろしく整った顔をしている!
長めの髪とメガネで分かりにくいけど。
「私は8番目の子供なので家を継ぎませんし、どこの名家にも嫁がない予定です。卒業後は一般市民になる予定なので、人脈作りもしてないんです」
「そうなんだ」
田舎の、子沢山領地の子供には良くあることなので、テオ様も特段驚いたりはしなかった。
「それで、何で走ってたの?」
「えぇっと……私、食べることが好きなんですよね。それで太らないように……」
ダイエットと無縁そうなテオ様の前で言うのは、何故かちょっと恥ずかしくって、照れてしまった。
思わず目を泳がせて俯いてしまう。
編入当初はプクッとしてたけど、今では元に戻ってほっそりしたから!
「飲み物も特別なものなの?」
テオ様が私の水筒を指さして尋ねる。
「これはセリーム地方のお茶っ葉を取り寄せて、自分で淹れてるんです。友達の商会の子に、取り寄せてもらってるんですよねー」
その日はテオ様と他愛のない会話をした。
私の好きなお茶の話から、セリーム地方に隣接する国の話になり、お互い世界史選考なこともあって、話が盛り上がって楽しかった。
テオ様は優しく頷きながら、話を穏やかに聞いてくれて、私も緊張せずにしゃべれて良かった。
そろそろ登校の準備を……ということで、その日はそれでお互いさよならをした。