24:ホットワイン
※王子視点
カリカリカリカリ……
カンデラアカデミーのとある一室にひたすらペンを動かしている音が響く。
今の時期は王太子としての執務が多くて忙しいのだ。
最近忙しすぎて、テオはルーナに会えてなかった。
「……ふぅ」
執務がひと段落してテオはため息をついた。
ルーナは今何をしてるだろう。
「大変ですぅ!」
リリィが慌ただしく部屋に入ってきた。
「ルーナ様がぁ!」
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「……これのどこが大変なの……」
リリィに言われて来てみると、防寒着をきてモコモコしたルーナが自分の寮の庭でお酒を飲む準備をしていた。
「あ! いいところに!!」
ルーナは嬉しそうに笑った。
「やっと出来たんです!【ルーナ】ワイン!」
「ルーナ様が美味しそうなワインを飲もうとしていたんでぇ、風紀委員としてチェックしなきゃと思いましてぇ」
リリィがわざとらしく胸を張った。
「……飲みたかったんだね……」
テオは呆れた目線を投げかけた。
「かんぱーい」
ルーナがテオとリリィにお酒を振る舞ってくれた。
ルーナの寮は一階の端っこのすみで、他の寮生の部屋から見えない所の庭を勝手に改装して庭飲みに使っていた。
外用の机や肘掛けがないシンプルな椅子が並べられている。
テオとリリィは執務の途中で飛び出して来たので外にいるには薄着だった。
ルーナがフカフカのブランケットと、現代魔法で灯したランタンをテオとリリィの両サイドにおいてくれた。
魔法で灯すとランタンからの光がじんわり暖めてくれる生活魔法の一種だ。
「美味しいですぅ」
ルーナの向こうからリリィの声が聞こえる。
テオ、ルーナ、リリィという順番で庭に向かって座っていた。
「良かった。テオ様は?」
「……美味しい。飲みやすいね」
「ワインを飲み慣れてない女性や若い人が、ワインの美味しさに気付くキッカケになればいいなって思って、なめらかな甘みの飲みやすいワインにしたんです」
ルーナが嬉しそうにワインを口に含んだ。
「甘くてじんわり優しくって本当に君みたいなお酒だね」
テオ様はワイングラスを少しかかげて、ワインの色合いを見つめながら穏やかな笑みを浮かべた。
ルーナは頬を赤くした。
お酒好きだからか、美味しいお酒に例えられると妙に嬉しかった。
ルーナが一生懸命作ったワインなら尚更だった。
「【ルーナ】ワインをホットワインにしてみました。どうぞ召し上がれ」
リリィがわぁ!と感嘆の声を上げて受け取る。
「はぁ。これも美味しいぃ! あったかくって体にしみますねぇ」
「……うん。美味しい」
テオも椅子に深く腰掛け、ゆったり微笑んでいた。
ちょっと酔ってきているのかも。
「最近忙しそうですね」
ルーナが尋ねる。
「そうだね。この時期は執務と社交が忙しいんだ」
テオは学園で少し目立ってきたルーナに目が向かないように、社交の場でシャーロットやカトリーヌ、たまにクラリスの相手をしていた。
彼女たちは仲を深められてると思っているだろう。
テオは楽しくもないダンスにお喋り、王太子スマイルを浮かべ過激なお誘いをスマートに断る、どれも本当に面倒だった。
※※ーーーールーナ視点
「……社交……」
ルーナはハッとした顔をした。
私、淑女教育受けてなかった……
貴族の令嬢として基本がそもそも出来てない。
テオ様は賢いからバレてるだろうし、そりゃぁ伯爵様の伴侶には無理だよねぇ。
ルーナはちょっと酔っている頭の中で考えていた。
「寂しい?」
ボーっとしているルーナにテオ様がニヤッとしながら尋ねる。
「そりゃ寂しいですよぉー! テオ様がいないから、Aクラスのジーク様がルーナ様にアプローチかけてますよぉ」
隣からリリィのプンスカ怒っている様子が伝わる。
「ジーク?? ……決勝で戦ったやつ? 何されたの?」
テオ様が不機嫌オーラを発しながらルーナに問い詰める。
「別に、サロンでサッシャとエマも含めておしゃべりしてるだけですよぉ」
ほろ酔いルーナがへへっと笑う。
「何話してるの?」
テオ様がルーナにバレないようにリリィを睨んだ。
リリィからの報告に無かったからだ。
リリィは涼しい顔でワインを飲んでいる。
「人生相談ですかねぇ。ジーク様の第二夫人として誘われていますし」
ルーナはへへっと笑ったまま言った。
チラッとテオ様を見ながら。
「なっ! 酷いやつだな。もう近づいちゃダメだよ」
テオ様がルーナの目を見て力強く言う。
「大丈夫ですよぉ。ジーク様、最近はサッシャに会いに来てそうです。2人はよく言い合いをするんですけど、ケンカするほど仲がいいってやつですねぇ〜」
ルーナは嫉妬してもらえたことが嬉しくって微笑んだ。
「あー、勤務時間終了時刻を過ぎていましたぁ。私はそろそろ帰りますぅ」
リリィが気を遣ってか椅子から立ち上がって帰ろうとした。
「もうそんな時間なんだね」
ルーナも椅子から立ち上がり、帰っていくリリィを見送った。
「テオ様は時間大丈夫ですか?」
ルーナはさっきまで座っていた椅子に再び腰掛けようとして、テオ様に止められた。
すると椅子をテオ様の真横にピッタリくっつくように移動される。
そこに座るように促されて素直に従うと、横からむぎゅむぎゅ抱きしめられた。
「まだ帰りたくないなぁー」
不貞腐れながらしゃべるテオ様の声が頭の上から聞こえた。
ほろ酔いテオ様だ。
ちょっと目がトロ〜ンとしてる。
「執務がまだあるんですかぁ?」
駄々っ子みたいだと笑いながらルーナが答える。
ヨシヨシをした方がいいのだろうか?
「ねぇ、聞いて」
テオ様が少し離れてルーナの顔を覗き込む。
ルーナもテオ様を見つめて言葉を待った。
「もうすぐある卒業パーティの時にルーナをダンスに誘うから一緒に踊って欲しいんだ」
テオ様は穏やかな目をして柔らかく微笑んだ。
「ダンス? いいですよぉ」
社交場でのダンスは一応出来るので、ルーナはニヘラっと答えた。
それを聞いたテオ様は花が綻ぶように微笑んだ。
ルーナは思わず頬を染めて見惚れた。
「それと聞きたいんだけど……」
「?」
「前にマクシミリア領に行った時にファーレに連れられてルーナの部屋をちょっと見せて貰ったんだ。ルーナの子供の時の話しになってね」
「!! 何か恥ずかしいことファーレお兄様言ってませんでしたか?」
ルーナは顔を真っ赤にした。
その様子を見てテオ様がアハハと笑う。
「んー? 勉強熱心でお転婆だった話しは聞いたよ」
「わー! 詳しく聞きたくないやつだ!」
お転婆というキーワードは本人にとって恥ずかしいやつだ。
「元々ルーナの魔法について知りたくてね」
テオ様はルーナが魔法を使用した後に眠っているのを心配していた。
古代語の魔法は何かを代償にする必要があるからだ。
昔には自分の生命力、命を削った魔導士もいた。
ルーナは代償として体力を削っているようなもので疲れて寝てしまうのだった。
幼いころから賢かったルーナは削れても回復できるものを代償にしていた。
けれど代償の話しはテオ様に前にも説明したことがある……
もしかして、テオ様は……
ルーナはテオ様の次の言葉を待った。
「……その時にルーナの部屋で知らない言葉を見たんだ。丸っこい形の。外国語? ……僕は知らない」
テオ様が笑うのをやめて真剣な眼差しで見て来た。
「……」
ルーナの表情からも笑みが消えた。
「……それはおそらく日本語を見たんじゃないでしょうか?」
ルーナはゆっくりとしゃべった。
懐かしい文字。丸っこいひらがな。
「……ニホンゴ? それはルーナがいた国? いつかはそこに帰っちゃうの?」
テオ様が悲しげに首を傾げた。
「フフフッ。帰りませんよぉ。……帰れません」
ルーナはそっとテオ様から体を離しゆったり前を向いて遠くを見ながらワインを一口飲んだ。
いつかは話そうと思っていたこと。
誰かに聞いて欲しかったこと。
ルーナは少し覚悟を決めて口を開いた。
「私には、前世の記憶があります。ここじゃない世界の」
ルーナは前を向いたまま、ゆっくり語り出した。
「私はそこで……とても幸せでした。たくさんの笑顔に、大事な人にかこまれて、おばあちゃんになって死にました。ハッキリ全てを覚えている訳じゃありません。でも物心ついた幼いルーナが抱えていたのは、どうしようもない喪失感でした」
ルーナの頬を音もなく一雫の涙が伝った。
「気付いたら前の人生で大事だった人が誰もいないんです」
涙が次から次へと溢れた。
そんなルーナを見て、テオも心が苦しくなった。
例えば今テオが死んでしまって、全く違う所で記憶を持ったまま生を受けたとしたら、それまで当たり前にいた家族・友人・愛しい人といった大事な人が誰もいない……
テオはルーナを優しく抱きしめた。
「それで魔法を自分で学んだの?」
「……」
テオ様の腕の中でルーナがコクンとうなずく。
「私みたいに転生してるかもしれない……と思って魔法で探しました。もちろん、上手くいきませんでした」
テオ様がマクシミリア領のルーナの部屋で見た手帳の水の跡……幼いルーナが魔法が上手くいかず人知れず泣いていたのだ。
「……けど、だんだんとルーナの大事な人が増えていきました」
ルーナは顔をあげて涙を拭いながら弱々しく笑った。
「私は……今の人生を大切にすることにしました」
ルーナが泣き笑いをする。
ルーナが慈悲深い明るさを持っている理由だった。
生まれた時からいっぱい傷付いてたから……他の人が傷付かなくていいように、どこまでも優しく無償の愛を与えようとする。
「だから甘えん坊の八姫なの?」
テオ様はフフッと優しく笑いながら尋ねた。
「そうかもしれないですね」
ルーナも幼かったころを思い出して笑う。
「僕にも甘えていいよ。寂しい時はそばにいる」
テオ様のそのどこまでも優しい声が、心にじんわり広がって心地いい。
ーー私の1番大事な人は、きっと今までもこれからもテオ様ですーー
ルーナは心の中で熱い告白をした。
そのうち終わりが来てしまっても……
「寂しい時は、かっ拐ってもいいですか?」
ルーナがテオの腕の中から見上げて言う。
テオ様はルーナが大好きなフニャっとした顔をしてアハハと笑った。
「ルーナになら、いつでもいいよ」




