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ルーナは15歳になったある日、葡萄農園に来ていた。
「このブドウがいいかな? さすがトムさん! どれも立派なブドウだねぇ」
ルーナは【ルーナ】ワインのために葡萄を選んでいた。
マクシミリア家では、子供が成人する時にその子の名前にちなんだワインを発売するのがならわしだ。
「ルーナ様は見る目がありますね。これはいいワインになりますよ」
葡萄栽培からワイン作りまで、こだわりを持って作業しているトムがそう褒めてくれた。
「ワインが出来るのが楽しみ!」
ルーナは満面の笑みを浮かべた。
魔法ばかり勉強するのに飽きたころ、ルーナはこの世界の料理や食べ物を調べることにした。
初めは、この世界にはどんなお酒があるのかな?という好奇心からだったが、そこから美味しい料理を調べるのにハマった。
ある土地は、海が広く豊かで、漁業が発達しており、海産物がとてもおいしい!だとか、
ある土地は、珍しい食べ物がたくさんあり、その食べ物にちなんだ料理がたくさんある!だとか。
たくさん知っていくに連れて、いつか食べてみたいなと夢を膨らませていた。
そして、せっかく新しい人生なんだから、世界各地を旅してまわりたい……
貿易商なんかの男性と結婚したいなぁと、ぼんやり考えていたりもした。
「貿易商の旦那様の役に立つためには、やっぱり外国語も勉強しなくちゃね!」
「ある程度、貿易商として成功してる人がいいかな〜 年上の人なら、お酒も一緒に楽しく飲んでくれるかな。エヘヘー」
ルーナは自分の野望のために、たくさん勉強をしていた。
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数日後、いつものように外で遊んで家に帰ってくると、執事に声をかけられた。
「ルーナ様、ご主人様からお話しがあるそうですよ」
「お父様が? 何かな?」
ルーナは〝何か悪いこと最近したかな?〟と考えながら、お父様のいる執務室へ向かった。
ルーナは行動力がありすぎるので、よくお父様から小言をもらっていたのだ。
もう少し淑女らしく落ち着くように……と。
「お父様、ルーナです」
ルーナが執務室の前でノックをしてそう呼びかけると、部屋の中から返事があった。
ルーナはそっと扉を開けた。
「……」
中には少しだけ難しい顔をしたお父様が、椅子に座っていた。
ルーナは近くまでしずしずと歩いて行き、大きな執務机を挟んで対面する。
するとお父様がゆっくりと口を開いた。
「ルーナ、お前にカンデラアカデミーからの推薦状が来た」
「カンデラアカデミー……王都にある貴族が通う学園ですよね。推薦……とは?」
ルーナは嫌な予感がしながらも尋ねた。
「ルーナが世界史や外国語の勉強に打ち込んでいるのが、口伝えで王都にも伝わったのか、ぜひカンデラアカデミーで学んでみないかと言われている。王家からのお達しなので断ることは出来ない」
お父様が重々しくそう言った。
「えーーーーーーー!!!???」
ルーナは淑女らしくない大声を出して驚いた。
「いつから?」
「1ヶ月後だ」
「中途半端な時期ですね」
「2年生からの編入になるらしい」
親子の掛け合いが続いた。
「せっかく……せっかくお酒が堂々と飲める歳になるのに!? アカデミーは規律も厳しいと聞きます!」
「いいじゃないか。アカデミーで勉強できるなんてマクシミリア家では長男のフェニス以来だぞ?」
お父様が、ルーナの発言に苦笑していた。
「……うーん。ではお願いがあります」
ルーナは、王都のカンデラアカデミーに行くことと引き換えに、いろいろ条件を出した。
学生のうちに一度他国へ旅行に行くこと。
卒業したらマクシミリア領で市民として暮らすこと。
卒業したらルーナの希望に合うようなお婿さんを斡旋してくれること。
「……まぁ、いいだろう。ルーナもお嫁さんに行く歳かぁ……パパ寂しいなぁ」
話がひと段落したので、お父様は威厳ある領主の顔から、ルーナのお父さんの顔になった。
「パパ……出来ればルーナよりお酒が強い人で」
ルーナもそれに合わせて、甘えん坊の八姫に変身する。
「……それはちょっと無理じゃない?」
お父様はフッと苦笑を浮かべた。
マクシミリア家は、みんなお酒にめっぽう強いのだ。
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「あの子はどうだった?」
ルーナが去った執務室に、ルーナの母が入ってきた。
「ちょっと嫌がってたけど勉強するのは好きみたいだから、最後には行くと言ってたよ」
ルーナの父は目を細めて笑った。
ルーナは特別な子だった。
ファーレから魔法を学び、自分でも家にある古い本から学び、ルーナ独自の魔法を編み出した。
おそらく国に知られれば、研究機関に閉じ込められると考えていた。
また、他国のことを学びだしたかと思えば食材などを輸入しだした。
そして食材の流通のコツをつかむと、今度はマクシミリア領の食材を輸出しだした。
それだけではなく、もともとマクシミリア領にあった収穫祭を一大イベントにし、観光客をたくさん呼び寄せた。
収穫祭ではマクシミリア領特産のワインが振る舞われ、屋台もたくさん出店する。
自分がこっそりと飲み食い出来るようにしたかったらしい。
全ての理由が美味しい食べ物か、お酒のためだった。
今では異国料理の飲食店を運営している。
ワイン工場も設立した。
マクシミリア領は、他の兄姉たちも頑張っているが、ルーナのおかげで豊かになった部分は大きい。
このまま一市民にしてしまうのは勿体無いが、世界を周りたいと本人が言うように、どんな立場でも大きく羽ばたいていくだろう。
今回のアカデミーの件も、ルーナにとって沢山のことをもたらしてくれると良いのだが……
ルーナの父が物思いにふけっていると、母がおもむろに喋り出した。
「……ルーナには話したのですか? 王太子のあの件を」
「いいや。おそらくルーナは違うだろうし、もしそうだったとしても、淑女教育を受けてないあの子は落とされるんじゃないかな?」
この国の王太子の結婚相手を決めるのに、カンデラアカデミーが関与していた。
候補となる貴族の女性をアカデミーに集め、成績の上位者から王太子自らが選ぶというものだった。
ルーナの行くアカデミーが、今まさにそうだと言われていた。
しかし肝心の王太子は通っておらず、確信がもてないまま貴族同士で噂しあっているぐらいだった。
まさか、こんな田舎の貴族の八女が候補に選ばれる可能性は低く、本当に勤勉だから推薦状が来たのだろうと考えていた。
アカデミーは毎年何名かの優秀な者に、推薦状を送り、学ぶ機会を提供していた。
アカデミーは推薦状が来れば、無償で通うことが出来る。
それは貴族も平民も同じであり名誉なことであった。
「それよりルーナはお転婆だからなぁ。問題を起こさないように祈っているが……」
「そうですねぇ、心づもりはしておかないと、いけないかもしれませんねぇ」
ルーナの父と母は思わず苦笑しながらお互いを見つめた。