表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
自殺しようとしたら先客がいた  作者: 都市ちゃん
1/1

8月1日、蝉が鳴くころ

序盤読んでて「全然ラブコメ始まらねえじゃん」と思ったそこのあなた・・・残念一話目ではラブコメのラの字も出てきません。男子大学生がただ昔の思い出を語る。そんな話になってます。


もし途中で飽きてしまったのなら「途中で飽きてしまった」と感想ください

「読む価値ねえよ」でもいいです。とにかく誰かに1mmでも読んでもらえるということが励みになります。そんな奴が書いた物語です。どうぞよろしくお願いします。

 第一話 生きる意味




 8月1日


 俺は橋の柵を超えようとしていた。


ここは水台橋。50年前に建てられた橋で、風見川という大きな川をまたいでいる。橋の色は赤を基調としていて、川からの高さは約50メートルになる。人はあまり通らず、1日に2,3人学生が自転車で通るくらい。車もあまり通らず、人気はほとんどない場所といっていいだろう。


 「暑、、、」


 今日はお天気キャスターによると今年一の暑さらしく、外はサウナ状態。


 額の汗が鼻筋を通り、アゴに達して、今にも地面に落ちようとしていた。



 ミーンミンミンミンミ-ン、ミーンミンミンミンミ-ン



 セミの鳴き声が頭の中で何度も反芻し、夏の暑さを増長させていた。


 そんな中、何度決めたかわからない覚悟を決め、スマホの録画ボタンを押し、カメラを自分のほうへ向けた。


 「はい、皆さんどうもこんにちは。」


 「唐突ですが、皆さんは本気で死にたいと思ったことはありますか」


 「ほとんどの人が”ない”と答えるでしょう」

 

 「大半の人が死にたいと思っても、家族が悲しむとか、来月好きなゲームソフトが発売されるとかいう理由で踏みとどまると思うんだ」


「それにいつか必ず夢は叶うと信じてるから生きてられる」



 「・・・・」


 何を話そうか考えが止まる。


 夏の暑さで頭がうまく回らない。


 地面に置いておいた、ジュースを拾い上げ口の中に含み少しでも暑さを紛らわそうとした。


 「ぬっる」


 長い時間放置していたレモンジュースは、その爽やかさを消し何とも言えない味になっていた。


 そうだ、自殺の動機を話すんだった


 「でも、自分はこの世界に生きる意味を見いだせなくなってしまった」


 「まあ、両親はバリバリ生きてるんだけどね」


 「こっからは、俺が自殺をする至った理由を話していくことにする」


 「理由は・・・・たくさんあるな」


 その理由を言語化するには、かなり難しい・・・そうだなグダってもいいからゆっくり話していこう。


 開いた口に、汗が入り込んできて気持ち悪い。


 「はぁ、なんでこんな日に死ぬって決めたんだろ」


 自殺するということに後悔はないが、明らかにそのタイミングは間違えていた。


 まあ、仕方ない。


 「じゃあまず一つ目は、学校がツラいってところ」


 「大学の苦痛ポイントその一、勉強についていけない」


 「就職活動につぶしがきく法学部にに入ったはいいものの・・・まっっっったくついていけない!」


 「何だあれ難しすぎる!高校とレベルが段違い!!」


 「覚えることがおおすぎるんだよ!」


 若干切れかかった表情で言うと、次から次へと怒りの言葉がわいてくる。


 「最初はさあ!必死についていこうとしたよ!でも無理!」


 「脳みそがパンクして泣いちゃったよ!」


 泣いたというのは比喩表現でもなんでもなく事実だ。


 何とか振り落とされないようにと、日常のほとんどを勉強に費やした。


 高校生の頃は、テスト二週間前には勉強をしてそれ以外を遊んでいた人間だったため、毎日勉強をするというのは自分にとってキツ過ぎた。


 読みたかった漫画が読めない。


 見たいアニメ、映画が見れない。


 ずっと好きだったゲームの最新作ができない。


 娯楽に人生を支えられてきた自分にとって、それは耐え難いことである。


 勉強漬けだったある日、何のきっかけがあったわけでもないが、つもりに積もった苦しみが爆発して涙がこぼれた。


 それと同時に今まで味わったことのない気持ちわるさが、全体に駆け巡った。


 嗚咽が止まらない。


 頭を掻きむしり、奇声を上げ、「しんどい、しんどい」と何度も唱えていた。


 たぶん勉強ノイローゼというヤツだろう。


 「いやーほんと意識の高い大学には入るもんじゃないね」


 主観的にはそうとらえているが自分が入った大学は世間一般から見ると中堅私立。


 自分が平均以下だということはかなりメンタルに来る。


 怒りはまだ止まらない。


 「あと、教授がうぜえんだよ!!」


 「なんなんだよあれ!、これはできて当たり前です。そんなこともしらないの?」


 「うるせえええええええええええええええええええええええええええええええ」


 ふつふつと湧いて出てきた怒りは言葉となって一気に爆発した。


 大学では知ってることは当たり前、知ってて当然、自分には理解できない常識だった。


 教授、いや、あのクソ野郎の高圧的な態度は最初から本当に気に入らなかった。


 (2時間予習して2時間復習しましょう。いやー大学生は忙しいですねー)


 (は?)


 いってる意味がわからなかった。


 もちろん、これは全体の予習復習時間を表しているのではなく、ひと科目に対しての勉強時間だ。


 講義の時間も合わせたら高校の一日の授業時間を超えていた。


 (大学生になって遊べると思ったでしょ?遊べないから。はっはははははははは)


 この言動を聞いた瞬間、自分はこの人が生理的に受け付けないと思ったし、死ねと思った。


 しかし、ヤツの言っていることは正しく、そうでもしなければ期末のテストに間に合わない。


目の前に現れた、絶対に避けることのできない絶望。


 「ほんとうに、ふざけてる・・・」


 口に出して少しは怒りが収まり、続けて話す。


 「あと、たぶん、これが大学で一番つらい!」


 「友達がいない!」


 「これが一番堪える!」


 友達のいないということを恥ずかしげもなく明るく言った。


 大学に一人も友達がいない、知り合いすらいない。


 これには原因がある。


 それは、高校時代一人も友達がいなかったことに関係していた。


 そう、高校のころに友達がいなかった奴が大学で友達作りなどできるはずがないのだ。


 でも努力はしたと思う。


 入学式、高校の二の舞にはならないぞと勇気を振り絞って隣の人に話かることに成功したのだ。


 以外にも会話は弾み、、、連絡先を交換することもできた!!


 大学生活の不安は、一気に消え去り安堵し、お昼でも誘ってみようかと考えていたところ。


 (高校の友達と会ってくるから、またね)


 安堵は不安へと逆戻りした。


 高校三年間の絆の輪に入っていけるわけがない。それは、どんなにも固い友情である。


 しかし希望を捨ててはいけないと思い、その高校の友達とも仲良くなってやると意気込んだが、それは無理だった。


 遠目から見ると、彼が5人くらいの仲間と楽しく会話をしているのが見えた。


 そんな中に友達ゼロの人間が入れるわけもなかった。


 その日のお昼は一人悲しくコンビニのおにぎりをほおばった記憶が今でも鮮明に残っている。


 それ以来、彼とは話すこともなかったし、連絡を取り合うこともなかった。


 「それからも努力はしたよ、サークルに入ったり、選択授業が同じ人に話しかけたりさ」


 「けど、入学式の時点でグループは出来上がっていて、その中に入るのは無理だった」


 それからは話しかけようと頭のなかで考えていても体が動かない、輪の中に入っていけない。


 本当に・・・自分が惨めで悲しくなる。


 「高校の頃は気を使ってしゃべりかけてくれる人がいたから、何とか気持ちを保つことができた」

 

 「大学に行って、誰とも話さず、授業だけ聞いて帰る・・・これは、結構つらい」


 「この動画を見ている人のほとんどは、友達を持っているだろうから、この苦しみは伝わらないと思う」


 「でもさ、みんなにも孤独を感じるときあるだろ?」


 「自分が誘われていない遊びの話を友達から聞いたり、仲のいい友達にもっと仲のいい友達がいるってことに気づいときとか」


 「俺はそれをずぅぅぅぅぅっと感じてる」


 「これがボッチってやつの生態です」


 「伝わるといいな」


 「ははっそれを知るすべはないんだけどね」


 伝わるかどうか、この後自殺する人間の言葉でないことに気づき、作り笑いをした。


 誰が見ているわけでもないのに・・・なんていうか心が浮足立っている。


 俺はそのまま次の話題へと移ることにした。


 「2つ目は家族に迷惑をかけたこと」


 「子は親に迷惑をかけるものだというけれど、かけないことにこしたことはない」


 「俺はそう思う」


 「うちの家は貧乏ってわけでもないけど金持ちってわけでもない」


 「本当に普通の家」


 「う~ん普通じゃないところといえば、親がどっちも教師だってこと」


 「ちな、これは俺が自殺する原因じゃない」


 母は、よく勉強をしなさいというが、本当につらい時はダラダラしてもいいのだと口癖のように言う。


 かくいう母も「あー今日疲れた」「日曜日って最高!」と口にしているのをよく聞く


 父は、ゲームだってするし、アニメだって見る。


 子供の趣味をわかってくれる父親というものはとても素晴らしいと思う。


 「本当にいい両親に恵まれたと思う」


「そんな両親に俺は迷惑をかけてしまった」


 「私立の大学の費用というものは、とても金がかかる」


 「調べてみると全国平均、初年度は約368万円らしい。4年通えば約1000万円」


 俺は自分が学ぶことにに親がどれくらいかけると調べるため 自分の大学 費用 で検索にかけようと思った。でも手が止まった。なぜか?それは、責任が押しかかる気がして勉学に集中できないと考えたからだ。


 でもそれは本当の理由じゃない。


 本当は親がどれくらい苦労しているのか知りたくなかったのだ。


 いつも明るい両親が裏ではこんなにもつらい思いをしているのだと知ってしまったら、今まで感じていた家の雰囲気が大きく変わってしまう気がして嫌だった。




 しかしそれは、いやでも感じることになってしまった。




 母は9時以降は寝ている人間だった。夕飯を作り、家族そろって食べ終わると風呂にも入らず、泥のように寝てしまう人なのだ。仕事もやって家事もこなしているのだからそれは当然のことだと思っていた。


 けれどある日の夜、母は珍しく起きていた。


 俺はその日、大学で計400分の講義を受けていたため疲れに疲れ切っていた。片道1時間半の電車に揺られながら家に帰る。自分の部屋でダラダラとスマホを見ていると、いつの間にか眠りついてしまった。それから起きたのは多分日付が変わるか変わらないかぐらいのころだと思う。


 「あー寝てしまった」とベッドの上でゴロゴロしながらつぶやき、のどが乾ききっていることに気づく。冷蔵庫に向かおうと足を床につけると、居間からひそひそと声が聞こえてくる。父と母だろうか。


 「ねえ、正弘のことどうする、、、」


 「どうしようも何も、あいつが行く気がないんだからどうしようもないだろ」


 母の不安が混じった質問に、父は少し怒り気味に答える


 「そうだけど、、、」


 俺はすぐさまに弟のことを話しているのだということに気が付いた。


 弟は不登校だった。


 



 不登校の原因は”いじめ”だった。





 最初の異変は正弘が学校の行事で東京行った時に起きた。この行事は弟が中学二年生になり、クラス替えが行われたときに行われた。初めてあった人と親睦を深めようというやつだろう。俺は、自分が中学のころにはなかった東京に行くという行事をすこしうらやましく思っていた。


 弟が東京から帰ってくると、その表情は嬉々としたものではなかった。


 俺は「何かあったのか?」と聞こうと思ったが、行動に移すことはなかった。その頃俺は弟とあまりしゃべらなくなっていた。仲が悪くなったわけではない、弟は中学二年生、俺は高校二年生、知らないうちに謎の壁ができていたのだ。いつの間にかに会話を交わすことがなくなったという兄弟、姉妹も多いだろう。弟と喋らなくなって、寂しいとかいう感情は沸いてこなかった。俺は勝手に弟も同じ気持ちだろうと思っていた。


 「どう?東京楽しかった?」


 母は、野菜を切りながら明るい声で弟に聞いた。


 「楽しくなかった」


 その返答はあまりにも意外で、母が「どうして」と聞くと、弟は黙って部屋に向かっていく。


 「ちょっと!」


 母は野菜を切るのをやめ弟を追いかけ、扉の前に立ち、「何があったの」と心配そうに聞く。数十秒くらい沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは弟の怒りが混じった声だった。


 「お昼が食べられなかった」


 「え?」


 「みんな、食べ歩きですませて食べられなかったの!」


 「どういうこと?」


 母は弟の言葉の意味がわかっていないようだが、俺はそれがすぐにわかった。弟はもともと説明が得意ではなかった。何かを説明しようとすると「なんて言ったらいいんだろう」というのが口癖だ。それでも、俺は弟の話を黙って聞き、結論に至るまで待った。普通の人だったら口下手の説明なんて聞きたくないはずだ。その時間が無駄だし、早く論点だけを聞きたいと思う。それでも弟の話を黙って聞くのには理由があった。


 それは、弟が楽しそうな表情で好きなものを語るからだ。


 「友達とこういう遊びをしたんだよ!」「兄ちゃんこのアニメここが面白いんだよ!」


 自分にものを語るときはいつでも楽しそうだった。本人の前では言えないが、それがかわいくてたまらなかったのだ。だから、弟の話はゆっくり聞くし、弟の満足がいくまで待つことにしている。それを繰り返しているせいか、弟が一言二言いうだけで何を伝えたいのかすぐに理解できるようになっていた。


 そのため、今弟が発した言葉を瞬時に理解することができた。


 弟は気楽な両親とは反対で結構まじめな性格だった。多分食べ歩きなどせず、ちゃんとしたお店で食事を済ませたかったのだろう。でも、班のみんなは買い食いで満腹になり弟は昼食のタイミングを見逃したってとこだ。そう理解すると弟らしいと思うと同時に、少し可哀そうだとも思った。


 この時、俺は母に弟がどういう気持ちなのか説明することもせず自分の部屋に戻っていった。この状況で自分が弟にできることなど何もなかったし、もう少し周りと合わせられないものなのかと思った。


 これが最初の異変。この時は異変だとも気づかなかった。


 後から考えると、弟は明らかに変だった。その日から、家に帰るとすぐに勉強を始めたり、大好きだったアニメも見なくなり、ゲームもしなくなった。


 ストイック。


 その時の、弟を一言で表すならばそれに尽きた。


 その次に異変が起きたのは三学期。


 その日は高校のテスト週間の初日で俺は少しナーバスな気持ちになりながら家に帰った。


 玄関で靴を脱いでいると、大きな声が聞こえる。しかしその内容は聞こえなかった。居間の扉を開けると声がより鮮明になっていく。


 「上履きを隠された!どういうことよそれ!」


 母のヒステリックな声が聞こえる。


 「だからそのまんまだって!」


 弟はそれに強く返す。


 「あ、おかえりなさい」


 母が俺に気づいたのか、いつものようにおかえりという。


 「ただいま、何かあったの?」




 「それがね・・・正弘、いじめられてるっぽいのよ」




 「は?」


 「最近、上履き隠されたり、陰で悪口言われたりしてるらしいのよ」


 最初は意味が分からなかった。弟がいじめられている。ありえない、弟が、は?


 頭の中で結論に至ろうとするも、それは、いつまでたってもたどり着かない。


 そうなるのには訳があった。


 弟にはたくさんの友達がいた。外で弟を見るときはいつも友達と仲良さそうに自転車をこいでいた。家に友達がいることもあり、何度か遊んだこともある。幼いころの友達関係なんて簡単に壊れるというが、ここまで如実に現れるだろうか。けど、この憶測は正しくなかった。


 「そんなことしたヤツ誰なのよ!」


 「クラスの●●●ってやつ」


 聞いたことがない名前だった。弟は友達のことをよく話すため、ある程度の人間関係はわかっている。


 「それって小学校からの友達?」


 俺は少し勇気を出して聞いた。




 「違う、クラス替えで同じになった人」




 クラス替え。人によっては最悪のシステムだといっていいだろう。1年間で作った人間関係をすべてぶち壊し、生徒に不安をもたらす。自分も中学生の頃は1年生の友達といっしょのクラスになれるか、新学期の前日不安で不安で仕方がなかった記憶がある。


 どうやらクラス替えは弟に最悪の結果をもたらしたらしい。


 「先生には言ったの?」


 母は優しく聞いた。


 「いや、言ってない。一応明日言うつもり」


 「そう・・・」


 内心、弟にそんなことをしたやつに対して怒りを覚えていた。目の前にソイツがいたのならぶん殴ってしまいたかった。しかし、この時は、弟のことが他人事のように聞こえた。テスト期間だったせいもあるのか、「こんな時に面倒くさいことを」とも思ってしまった。とりあえず弟の報告を待つことにしよう。まぁ、何とかなるだろう。そんな楽観的なことを考えていた。


 翌日ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 


 

 「先生はなんていってたの?」 


 「無視しろだってさ」


 「なんだそれ?先生は何もしなかったのか?」


 状況は何も変わらなかった。昨日とは違った現実をとらえきれていないフワフワした感情ではなかったため、本気ではらわたが煮えくり返った。


 「いや、、、うん」


 「おい、何か、」


 続けて質問しようと思ったが、弟の表情から察するにあまりこのことを話したくなかったようだ。俺は喋るのをやめ、少し落ち着くことにした。


 「まあ、もしまた何かあったら、言いなさい」


 「うん」


 母の言葉でこの話は、終わった。


 弟はこの様子だし、この選択が一番正しいそう思った。


 何か自分にできることはないだろうか、学校の先生に電話してみるか?それともそのいじめてる奴に直接会いに行くか?いろんな案が頭の中に浮かんだが、それはどれも現実的なものではなかった。高校生にできることなんてたかが知れていたのだ。


 弟をどうすることもできない・・・そう思うと無力感に苛まれ、やるせなかった。




 それから、弟が”いじめ”について話すことは”1度”もなかった。




 もう一度口を開いたのは、弟が学校に行かなくなってからだった。


 3年生の二学期、夏休みが終わった初日。弟は学校に行かなかった。


 その次の日も


 そのまた次の日も


 弟は学校に行かなかった。


 母が毎日理由を尋ねるが、弟はそれに答えない。


 こういうことは、母に任せきりの父もさすがに心配になり弟に話しかけた。


 弟は、父の質問には答えた。なぜだろうと考えたが、それは母親の性格によるものだった。母は基本的には楽観的な人だが、心配事があるとそのことしか考えられなくなる人だった。一度、母がたの祖母が軽い病気にかかったときの母の姿は見ていられなかった。いつもの明るさが失われ、その期間は明らかに家全体が暗くなっていたと思う。自分もその時は学校で一人ぼっちで辛い状況にあったため、家に帰っても暗い空気だったのは非常に嫌だった。そして俺はある結論に至った。



 弟は母を心配させたくはなかったのではないだろうか。

 


 十分にあり得ることだった。弟は母のことが大好きだ。俺が弟をマザコンだといじるくらいには母のことを愛していたと思う。そんな母をあの時のように苦しませたくなかった。弟は、15歳というまだ精神的にも不安定な歳に母のことを考えて沈黙を貫いていたのだ。俺はそう解釈した。


 弟からこぼれる言葉は、どれも悲しいものだった。


 弟は泣きながら話す。


 最初の校外学習の日、ヤツとおんなじ班だったこと。



 それから目をつけられたこと。



 休み時間中読書をしていると、後ろで笑われていること。



 ヤツがクラスの中で人気者のせいで、誰も自分に話しかけてくれないこと。



 暴力を振るわれること。



 だから、学校がツラくてツラくて行きたくないということ



 弟から発せられるつたない言葉は、どれも重たく胸が締め付けられた。


 弟はこんなつらいことを約1年間も黙っていたのか、そう考えるともっと自分にできることがあったのではないかと後悔の念が押し寄せる。弟を遊びに誘えばよかったのではないか、そうしたらもっと早く相談できたのではないだろうか、何か、何か。


 できなかったことだけが頭の中をグルグルと駆け回る。


 話し終わると、弟はダムが決壊したかのように「ヒック、ヒック」と嗚咽をはきながら涙を流していた。


 両親は「大丈夫だよ」とどこまでも優しい言葉をかけ、弟を抱きしめた。


 「さっ、ご飯にしましょ!」


 母の明るい声が頼もしい


 「そうだな、とりあえず食べて元気出そう」

 

 父の呑気な声が重い雰囲気を軽くしてゆく。


 「う゛ん゛、、、う゛ん゛、、、」


 弟の声が少し明るくなる。


 よかった、よかった、心の底からそう思った。


 


 でも弟はそれから学校に行ってない。


 イヤ、正確には一度行ったのだが校門前で帰ってきたらしい。


 当然だ。嫌いな奴が教室という閉鎖的な空間の中にいるというのは、耐え難いことだと思う。


 しかし、弟は中学3年生。受験年だ。


 両親はつらくても、学校に行ってほしいというのが本音だった。


 俺の意見は逆。高校に向かうため家から出るとき、俺はいつも弟に漫画本を渡した。いつもなら自分が弟に漫画を貸すことなんてなかった。弟から「貸して」と言われても「俺が自分の金で買ったんだから俺のものだ」そういう理論で弟をかわし続けていた。でも弟が不登校で暇をするようになり、漫画を貸そうと思った。学校に行かなくてもいいのだということを形で伝えたかったし、何より俺は弟にやさしくしたかった。




 それに、弟の「ありがとう」の言葉がたまらなくうれしかったりもする。




 前述通り弟は学校に行くことはなかった。しかし、弟はなんとか家で勉強をして、そこそこの私立に入ることができた!


 

 ヤツともおさらばし、弟は新たな生活を踏み出せる!そう考えていた。



 高校の入学式の日。


 


 帰ってきた弟の表情は嬉々としたものではなかった。




 「誰にも話しかけられなかった」と弟は語った。


 弟は人間不信に陥っていたのだ。


 初めて会った人しかいないのにもかかわらず、自分の悪口を言っているように聞こえる。

 

 ずっと誰かに見られている気がする。


 他人とうまく話すことができない。


 中学の頃に植え付けられたトラウマが、消えていたと思っていた影が弟に牙をむいてきた。しかし弟はそれに耐え学校に通い続けようとした。それでも、ある日弟は限界を迎えた。


 それは、スポーツテストの日だった。


 「自由にペアを組んで回れー」


 自由にペアを組んで、これは最悪な言葉である。当然弟は人に話しかけることができないため一人でスポーツテストをこなすことになった。


 「あいつ、一人だぜ」


 「誰か話しかけてやれよ」


 「嫌だよ、あいつ何考えてるかわかんねーもん」



 今までは思い込みだと思っていた言葉が、現実となって現れる。ヤツの顔が嫌でも頭の中に浮かんだ。


 (みんな自分の悪口を言っている)


 (なんで、どうして、、、)


 (なんも悪いことしてないのに、、、、)


 それから、弟は学校に行ってない。


 予兆はあった。父と通学定期を買いに行ったとき弟はそれを渋った。学校に行けず定期のお金を無駄にしてしまうと考えたのだろう。入学前の弟を見ていると高校生活に目を輝かせており、俺はそれがうらやましかった。でもそれは違った。友達はできるのか、またいじめられはしないか本当は心配だったのだ。


 弟をこんなことにしたのはだれか、それはヤツだ。でも今ソイツはどこかで呑気に暮らしている。そう思うと虫唾が走る。ふざけるな、なんでマジメに生きてないやつが、真面目に生きている弟の人生を壊すんだ!怒りは止まらなかった。


 丁度そのころ自分の大学生活もスタートし、弟に比べればそうではないものの苦しんでいた。


 弟は、今までため込んだものが爆発したように娯楽に時間を注いだ。昼間はずっとゲームをして、俺が家に帰るとアニメを見ていた。完全に堕落しきっている。深夜に寝て昼に起きるそんなことを繰り返しているせいか、さすがに両親に注意されたが、弟はそれに逆切れした。


 「今まで我慢してきたんだからいいじゃん!!」


 それは正論だが、間違っていた。確かに弟はいじめを我慢しストイックな生活をし続けていた。それの反動で遊びたくなるのもわかる。でも腐ってはいけないと思う。生きる希望を見いだせず、ダラダラと自堕落に暮らす。それは絶対にいけないことだ。



 このころから弟はニート一直線の道を歩んでいた。



 ダラダラして飯食って寝る。ダラダラして飯食って寝る。ダラダラして飯食って寝る。



 そんな生活を繰り返している弟に俺は嫌気がさしていた。毎日つらい思いをして大学に行っているのに、なんでこいつは楽して生きているのだろう。少し、うらやましいという気持ちもあった。いじめられて弟はこの家にいるのに、そんなことを思ってしまう。弟がいじめられていた時と今の弟に対する感情は大きく変わっていた。


 話はあの日の夜へと戻る。


 「どうしようも何も、あいつが行く気がないんだからどうしようもないだろ」


 「そうだけど、、、学費だって無駄になってるのよ、ただでさえお兄ちゃんの費用だってかさんでるのに、、、」


 自分の話になり、心臓がビクンとなる。


 「まさか、あんなにかかるとはな」


 「定期だって10万円もしたのよ」


 「仕方ないだろ、場所が東京なんだから」


 「・・・・」


 「あいつには頑張ってもらわなくちゃな」


 「そうね」


 この時はとにかく嫌だった。弟の分まで責任を押し付けられているようでキツかった。しかし、俺は覚悟を決めた。立ち直れなくなった弟の分まで勉強をして親を楽させてやるんだ。その時は、今では考えられないくらいやる気に満ちていたと思う。


 その責任は自分が想像していたよりも重い、重いものだった。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー




 「暑いなぁ、家でとるべきだったなこの動画」


 再びこんな暑い日に長喋りをしようと思ったことに後悔する。


 「最初に言った通り俺は、勉強についていくことができなかった。」


 「なので、当然留年した。」


 「俺は、この時大学で学ぶ意味を見いだせなかったし、進級できても2年生、3年生とまた留年するんじゃねえかそう思ってたんだよ」


 「だから、自主退学という選択をした」


 「指定校推薦で大学に入ったから、母校に迷惑がかかる・・・なんてことは考えなかった。」


 「正直通っていた高校にいい思い出なんてないし、そんなことはどうでもよかった」


 「最初に思い付いたのは親に迷惑をかける・・・それに尽きた」


 父は俺がこの選択をしたとき、優しい言葉をかけてくれた。



 「お前ならどこだってやっていけるさ」



 父のその言葉はとてもやさしくなんの嘘もなかった。しかし、自分にはきつかった。父のやさしさがツラかった。「あいつにはがんばってもらわないとな」そう言った父の言葉が頭から離れない。本当は、辞めてほしくなかったんじゃないのか。せっかくお金をかけたのにとか思ってるんじゃないのか。普通だったらそう考えるはずだ、それでも父は気楽そうに「お前には都会が合わなかったんだよ」と俺を励ますように声をかけてくれる。そんな父の期待を裏切った俺は、申し訳ない気持ちでいっぱいになった。


 それから逃げるように俺は家を出た。


 俺は親に苦労を掛けたくないという体で、一人暮らしをすることにした。結局は家賃や仕送りなどで親に迷惑をかけることになるのだが、とにかく俺は家から出たかった。


 「最初は、バイトしながら勉強して楽な大学に入りなおすか考えた。けどやっぱりやめた」


 「勉強はできるかもしれないが、絶対に友達ができないそういう確信があった」


 「だって偏差値が低ければ低いほど、陽キャしかいないぜ!」


 「そんな中に入っていけるわけありませーーーーん」


 大きな声を上げ、暑さで下がったテンションを無理やり上げる。


 「そんな中で無為に4年間を過ごすのは嫌でーーーーす!」


 「はぁ、そんなわけで俺は、バイトをしながら次の将来について考えることにした」


 「こっからは俺の自慢話」


 「けど最悪の話。俺はずっとこうしたことを後悔してる。毎日、毎日な」


 暗くなった気持ちが体に現れたのか首が下に下がる。そんな気持ちを蹴り飛ばすように再び顔をカメラのほうに向ける。


 「俺は自分が天才だと思っていた」


 「うん、我ながらキモい」


 「一番最初に自分が天才だなと思った瞬間は小学生の頃。


 「みんな小学生のころにお楽しみ会みたいなのあったろ」


 「俺はそこで天才ぶりを発揮した」


  小学生のころは、何もかもが楽しかった。友達と遊び、家に帰って母の作ってくれたおいしいご飯を食べ、寝る。授業だって楽しかった。頭のいい友達に勉強を教えてもらったり、おしゃべりをして先生に怒られたり。本当に何もかもがキラキラしていて美しかった。


 そんな楽しかった日々にもっと楽しいことが起きた。


 確か小学4年生、夏休みに入る少し前の帰りの会だったろうか。



 「来週の金曜日、お楽しみ会をやりまーす」


 「「わーーーーーーーーーーーーーーーーい」」


 小学生たちのわくわくした声が教室中に響き渡る。


 先生から発せられた甲高い声。最初はそれが何なのかわからなかった。けどお楽しみ会という言葉からきっと楽しいものなのだろうと子供ながらに推理する。


 「先生何すんのー?」


 目をキラキラと輝かせた少年が先生に質問をする。


 「もう今から言うのよ、リョウ君。」


 「ごめんなさーい!」


 少年は明るく謝る。


 「お楽しみ会ではとにかく楽しいことをします!ドッジボールをやったり、トランプをやったり!来週の金曜日は1日中おもしろいことだけをする!授業は一切やりません!」


 「えええええええええええええええええええええええええ」


 「授業なし!どういうこと!」


 「先生それ本当!?」


 「やばくなーい!」


 「楽しみー!」


 「やったーーーー!」


 小学生たちの温まりに温まったワクワクがポップコーンみたいに弾け飛ぶ。楽しみすぎて席から立ち、騒ぐ男子。冷静を装いつつも、喜びが抑えきれていない女子。クラス全体が盛り上がっていた。かくいう自分も喜びすぎて「いえええええええええええい」と叫んでいたと思う。


 「はーい、みんな静かにー!」


 先生が、盛り上がった声を抑えにかかる。


 「おい、一日中授業なしってマジかよ!」


 「やばいな!」


 「金曜の算数なしになるの!」


 「お前バカ、算数どころか国語も社会も理科だってねえよ!」


 「マジかよ!」


 先生の声に女子たちは耳を傾け、静かにしていたが、男子の叫びはなかなか止まらなかった。


 「おい!みんな静かにしようぜ!先生まだ何か話すつもりだ!」


 そんな中先生の言葉を聞き取ったリョウは自分の喜びを抑え、男子たちをまとめ上げた。


 「はい、ありがとねリョウ君。」


 「お楽しみ会はただ遊ぶだけでなく、みんなで作ってもらいます!」


 「例えば、オリジナルのゲームを作ったり、マジックを披露したり!みんなが盛り上がれるものを一人一つづつ作ってもらいます!」


 「ええー何それおもしろそう!」


 「何しようかなー」


 「私マジックできるよー」


 みんな喜びを落ち着かせ、先生から言われたことを飲み込み友達と話し合っている。



 しかし今だったら、なんでそんなことしなくちゃいけないんだと愚痴を吐いていたと思う。要は一発芸を披露しろってことだ。もし盛り上がらなかったら最悪だし、考えてきたことが全て無意味と化す。最悪の企画だと先生を恨んでいたとだろう。でも小学生の頃は全てが綺麗に見えた。先生に言われたことを聞き、頭の中で何をしようかと思考を張り巡らせる。そのことを考えているだけで楽しかったのだ。




 「もし一人でやるのが難しいって人は、友達と組んでやったりしてもいいよー!」


 「じゃあ、来週の金曜日までになんか考えてきてねー!今日号令係の人ー」


 「きりつ、きょうつけーれい」


 生徒たちが一斉に立ち、先生に向かって礼をする。


 「「さよーならーーー」」


 「はい、さようなら。また明日ねー」



 「おい●●帰ろうぜー」


 リョウから自分の名前が呼ばれる。


 「おう、帰ろうぜー」


 いつものように、一緒に帰る約束をし教室を出る。


 「なあ●●俺と漫才しねえか!」


 「は?マンザイ?」


 漫才とは、テレビでお笑い芸人がやっているあの漫才だろうか。それをリョウとやる?その瞬間はまだリョウの話の全貌をつかめずにいた。


 「だからお楽しみ会で俺とコンビを組んで漫才をするんだよ!」


 リョウは俺のはてな顔を察し、具体的に話した。


 「先生が行ってたろ盛り上がれるもの作れって」


 「そうだけど漫才?俺たちにできるのか」


 「大丈夫だって俺に任せときな!」



  小学生の頃の友達リョウ。彼は小学生にしては大人びていてクラスの男子をまとめるリーダーシップがあった。彼は何でも知っている。面白い漫画アニメゲーム、娯楽に関することなら何でも知っているやつで彼から勧められるものはなんでも面白かった。一度海外のヒーローコミックを実写化した映画をリョウの家で一緒に観たことがあり、そこでは今まで見たことのない世界が繰り広げられていた。日曜に見る戦隊ものとは違い、その映像美にハチャメチャ驚いていた。多分その映画で初めて人が死ぬシーンを見て、子どもの時にはわからない謎の感情に包まれていたことを覚えている。「これ2もあるんだけど、今見たやつの100倍面白いぜ」とリョウが言ってくる。この時から、リョウは自分よりも何か一歩先に行っていて、自分よりも年上の人間なのではないか、そう疑うほどには俺は彼に憧れた。


 そんな彼と友達だっというのが今でも信じられない。


 けど夢ではなく現実で、彼と友達だったということを大人になっても誇りに思っている。


 リョウがクラスのみんなに漫才を披露しようと誘ってきたその翌日、俺は彼の家に訪れていた。


 ピンポーン


 「●●でーす。リョウ君いますかー」


 ガチャ


 「おうきたか●●、俺の部屋に上がっといてくれ、飲み物用意するから」


 「分かった」


 家に入るとクーラーが効いており、夏の暑さで火照った体を冷やしてくれた。靴を脱ぎ、二階にある彼の部屋に向かう。階段を上がると二つの扉があり左がリョウの部屋、右が彼の姉の部屋である。もちろん左の部屋に入ることにした俺は扉を開けるのに少し緊張した。


 ガチャ、パタン


 「相変わらずこの部屋スゲーな」


 彼の部屋は一言でいえばカラフルだった。目に映るものすべてが自分にとって興奮するものだった。アメコミのフィギュア。最新のゲーム機。ゲームソフトと漫画がずらりと並ぶ棚。普通なら嫉妬するべき最高の一人部屋といえるだろう。けれどそんな感情は沸いてくることもなく、ただただ彼に対するあこがれがあった。


 そんな部屋で彼のことを待つのはなかなか落ち着かなかった。


 ガチャ


 「ジュース持ってきたぞー」


 「あざーす」


 ゴクンッ


 外は死ぬほど暑かったので、冷蔵庫でキンキンに冷やされたジュースはいつもよりおいしかった。


 「んでほんとに漫才するの?」


 「ああやるぜ漫才。でもその前にこのDVDを見る」


 リョウがDVDのパッケージを見せてくる。


 「お笑いベスト300分」


 「ああ、いったんこれ見て漫才の作り方を学ぶ!」


 「え!俺たちで漫才作るの!?」


 「ああ、そうだけど」


 リョウはさらっと答える。てっきり芸人さんがやっている漫才をそのまんまパクッて披露するものだと思っていた俺は驚きが隠せなかった。


 「お楽しみ会まで1週間くらいしかないんだぜ!そんなん無理だろ!」


 「まあまあ、とりあえずこれ見てからプラン考えようぜ」


 リョウはディスク入れにお笑いベスト300分を挿入し、リモコンの再生ボタンを押した。


 (どうもーハナ&ゴリでーーーーーす)


 ハナ&ゴリ。昨年芸人の中で一番面白い奴を決める面白ー1グランプリ、通称O-1で優勝した若手芸人。テレビで見ない日はないコンビで、王道のボケとツッコミが人気の新進気鋭である。


 (イヤー唐突なんですけどもね、美容師ってかっこいいと思いまして)


 (イヤー確かにねモテる3B職業の一つって言われてますからね)


 (ああ、そうですね。ばくち打ち、バーサーカー、美容師の3Bですよね)


 (ああ、他2つ知らん!)


 「「あっはははははははは」」


 俺とリョウは同じタイミングで笑い出した。


 (バーサーカーに関してはゲームの職業ですからね)


 (いやーでも僕お笑い芸人じゃなかったら美容師になりたかったんですよ)


 (あっ!そうなんですか)


 (だからぁ、ここで美容師やってもいいですか?)


 (ああいいですよ)


 (ありがとう、じゃあ俺美容師やるからお前も美容師やって)


 (あ、俺も!?普通俺がお客さんやらない!)


 「あっはははははははははははは」


 さっきよりも大きな声で笑う。


 (まあ見とけって)


 (まぁ、ハイ)


 (カランコロンカランコロン)


 (お客さん入ってきたみたいですね)


 (お客さんいらっしゃいませー、あ、いやここはラーメン屋じゃないですよ)


 (え!ラーメン屋と美容室間違える!?)

 

 (クソー扉に”のれん”付けたのが失敗だったかな)


 (そりゃ間違えるよ!美容室に”のれん”つけねえよ!)

 

 (カランコロンカランコロン)


 (もぉー今度はちゃんとした客来てよー)

 

 (いらっしゃいませお客さまっ、、ちょ、ちょっと困ります!)


 (えっどうしたの?)


 (ぜ、全裸は困ります!)


 (あ、ド変態入ってきたぁーー!え、ちょまてまてまて)


 「アッハッハッハハハハハハハハハ、や、やばい笑いが止まらん」


 「お、俺も、やばいおなか痛いアハッハハ」

 

 おもしろい。小学生の時に感じられるのはそれだけだった。笑うっていう行為は実に気持ちがいい。本当に面白い時は面白いという感情しか湧かない。彼らの漫才はまさにそれだった。


 (どうもーありがとうございましたー)


 「いやー最高だったな」


 「あー面白い」


 5分くらいのネタが終わり、ふと我に返る。


 「おい、リョウ!この人たちからなに学べってんだ!ただ面白いだけだぞ!」


 (どうもーーー)


 俺がすこし落ち着きを取り戻しながらリョウに問うと、間髪入れずに次の芸人が出てきた。


 「まあ、終わってから考えようぜ」


 「まぁ、そうだな」


 その日は一日中リョウの家で笑い転げていた。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 


 パーンパパンパンパンパンパンパンパーン


 時間を忘れて笑っていると、気が付くともう夕方になっており、子どもは帰ろうのチャイムが鳴っていた。


 「あ、やべ帰らなきゃ」

 

 「あーもうこんな時間か」

 

 「んじゃ帰るわ。また明日学校でな」

 

 「おう、ネタ考えてきてなー」


 「OK、わかったわ。いや、は?」

 

 「俺もネタ考えておくから頼んだぜー」

 

 「いや、無理だって!漫才観たら漫才のネタ書けるようになるわけじゃねえって!」

  

 「そうか?俺はできそうだけどな」

 

 リョウは表所を明るくして自信満々に答える。


 「マジかよ、、、、」


 確かにリョウならネタをかける気もしてくる。しかし、俺は全くネタをかける気がしない。俺は頭を抱えながら家に帰ることにした。


 「ただいまー」


 「おかえりー」


 「兄ちゃんおかえりー」


 「リョウくんちで何して遊んだの?」

 

 「普通にゲームしてた」

 

 「あらそう」

 

 嘘をついた。だって面倒くさいじゃないか・・・学校で漫才をするなんて言ったら、興味津々で話を聞いてくるに違いない。俺はこういう面倒くさい質問は隠すことにしている。弟なんて絶対質問攻めしてくるだろう。


 自分の部屋に入り、勉強机の前につく。自由帳を机の上に広げ、再び頭を悩ませる。

 

 「うーん、どうしよー」

 

 「とりあえず、題名書いてみるか」


 ラーメン屋、医者、宇宙飛行士、適当に漫才でよく見る職業をつらつらと書いてみたはいいものの何も思いつかない。

 

 「今日見たハナ&ゴリのネタを思い出してみるか。」

 

 自分で一からネタを作るのは不可能だと思い、彼らのネタを思い出して参考することにした。

 

 (いらっしゃいませお客さまっ、、ちょ、ちょっと困ります)


 (えっどうしたの?)


 (ぜ、全裸は困ります!)


 (あ、ド変態入ってきたぁーー!え、ちょまてまてまて)

 

 「美容室に全裸の男が入ってくる。普通の場所にありえないことが起きてるから面白いのか」

 

 子供ながらに彼らのネタを分析してみると、そのようなことがわかった。普通の場所でありえないことが起こる。それがおもしろい。俺はまずラーメン屋で起こる”絶対にありえない”を考えてみた。

 

 「うーん、あっ!」


 唐突に何かが思いつく。忘れないうちに自由帳に書こう!


 (あっ新しくラーメン屋できてる ちょうどお昼だしはいってみるか)

 

 カランコロンカランコロン


 (いらっしゃいませー二名さまですか?)


 (いや一人ですけど)

 

 うしろをふりかえってもだれもいない


 (えっこわいこわいこわい!やめてー!)

 

 (えっでもかみ型アフロでめちゃくちゃ踊ってますよ)

 

 (あっだいぶファンキーなユウレイだった!)

 

 「できた」


 自分が書いたものを見返してみる。これは面白いのか?それが最初に出てきた感想だった。実際にやってみないとわからない。言葉だけではおもしろい景色が全く浮かばなかった。親や弟に見せるわけにもいかないし、どうしよう。


 「明日リョウに見てもらうか!」


 面白いかどうかは分からなかったが意外とネタをかけることに気づいた俺は書く前とは違って意気揚々としていた。


 俺は、続けて思いついたことを書き、思いついことを書きを繰り返した。


 「ごはんよー」


 母から晩御飯の知らせを受けるころには、2ページにわたってぎっしりと自分の汚い文字が自由帳に詰まっている。ネタを書き終えたときの満足感は、今までに味わったことのないものだった。何度も消して書いた跡が誇らしい。自由帳を両手に広げて持ち、足を使って床を蹴り回転式の椅子を回しながら、天井に向ける。


 「ふっふーん」


 自分の書いたネタをもう一度見返してみると、口から嬉しそうな声が漏れる。


 「漫才作るのって意外と楽しいかも!」


 「ごはんよー!」


 「わっ今行くー」


 母のさっきよりも強い声にビクッとして、俺は居間に向かった。


 明日が楽しみだな。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 「お前、これ漫才じゃなくてコントだぞ」


 「へっ?」


 「だって最初の部分どう見ても漫才の導入じゃねえじゃん」


 リョウに渡した自由帳を強く自分のもとに引き寄せる。


 「た、確かに」


 何度も見返した自由帳をもう一度見返す。これは漫才じゃなくてコントだった。漫才の会話らしき会話が見当たらない。


 「クソー!ミスったー!」


 「ハハッでもいいかもなコント!設定がラーメン屋だし、頭に巻く手ぬぐい用意するだけでいいだろ」


 「えっこのネタやんの?」


 まあ、確かにネタを書いてきてとはいわれたが、なんとなくリョウが書いてきたネタをやることになると思っていた俺はかなり驚いた。


 「だって、おもしろいだろ」


 リョウはツラっと言う。


 「こ、これおもしろい!?」


 「いや、おもしろいだろ」


 「本当に!?」


 「本当だって!」


 うれしい。嬉しすぎる!自分が書いたネタをリョウが認めてくれた!嬉しい!そんな感情が体中を駆け巡ってしばらく無口になってしまった。


 「なになに?お前ら何してんのー」


 クラスメイトたちが、俺らの話している内容に興味を示し近づいてくる。


 「秘密でーす。なっ●●!」


 「ああ、お前らお楽しみ会たのしみにしとけよ!」


 面白いと言われたのがよほどうれしかったのか、言葉が少々強気になる。


 「ええ?なんだよ、気になるなー」


 「マジかよー何するんだよー!」


 クラスメイト達の疑問の声が沸き起こる。


 「とりあえず、放課後練習するぞ」


 そんな中、リョウは口元を手で隠しひそひそと自分に話してきた。


 「ああ、わかった。」


 とにかくワクワクしていた。学校でお笑いをするという初めての試みに胸を躍らせながらも、まだリョウが面白いと言ってくれたことに俺はにやけていた。


 その日の放課後から、俺たちはコントの練習を開始した。


 「ボケとツッコミどっちやる?」


 「そうかそれきめてなかったか」


 俺はネタを書いただけで、ボケとツッコミの役割を決めてなかった。


 「お前が決めろよ、ネタ書いたのお前なんだから」


 「わかった、じゃあリョウがボケで俺がツッコミでいいか?」


 「はぁ?お前ボケやらなくていいのかよ」


 「は?なんで?」


 「だってボケのほうが目立つだろ。お前が書いたネタなのに俺がボケるのはおかしいだろ」


 「うーん、でもボケはリョウのほうが向いてる気がする」


 「どういうコンキョだよ」


 「なんとなく」


 「なんとなくかよ・・・まあいいや、お楽しみ会まであと7日マジで練習しようぜ!」


 「おう!」


 「じゃあ、まずは読み合わせから・・・・・・・・


 リョウとのコントの練習は楽しかった。ここはもっとこんな感じで言ったほうがいいんじゃないか。ここもっとわかりやすく表現できないか。両者ともに意見を出し合い、彼の要望に応えながらネタをちょっとづつ書き直していく。この時は本当に自分がお笑い芸人になった気がして、他のクラスメイトとは違う別の世界に行ってしまったような錯覚に陥った。そんなこんなで過ごしたリョウとの7日間はあっという間に過ぎ、お楽しみ会は明日というところまで来ていた。


 「お客さん、また来てくださいね」


 「二度と来るかぁ!こんなとこ!!」


 「・・・・・・・・・・・・・」


 「・・・・・・・・・・・・・」


 「今のめっちゃいい感じじゃなかった?」


 「うんめっちゃいい」


 「よっしゃ一度も間違えず完璧にできたぞ!」


 「ああ!俺も一度もかまなかった!」


 初日は、カンペを読みながらコントをしていたが、最終日にしてこのコントを完全に記憶する。店員さんとお客さん、ボケとツッコミ。それらを完全に理解し、二人は役に入り込んでいた。


 「明日クラス中笑かすぞ!」


 リョウは俺の目を見て、お楽しみ会への強い気持ちを表明する。


 「おう!」


 それに呼応するように、俺も強い返事をした。


 グータッチをかわし俺たちはそれぞれの帰路に着いた。


 


 明日が楽しみで待ちきれない。早くリョウとのコントをクラスのみんなに披露したかった。そう、リョウといる時は自信満々に思っていた。しかし、いざ布団に入るとネガティブな感情が頭の中に流れてくる。本番セリフ飛んだらどうしよう、噛んだらどうしよう。



 ウケなかったらどうしよう。



 あれだけ自信があったのに、一人になると急激に明日が怖くなる。その日の夜はあまりよく眠れなかった。


 


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「今日は待ちに待ったお楽しみ会!まずは外に出てドッジボールをしましょー」


 「「いええええええええええええええええええええええええええええええ」」


 お楽しみ会当日。日程は午前にドッジボール大会とトランプ大会をやり、午後に生徒一人づつの発表があった。午後まで時間があると思い安心していたが、先生のせいでそれは最悪になった。


 「先生僕たちコントやるんです」


 「あらそうなのじゃあ、最後に発表してもらいましょうか。」


 「「えっ」」


 「リョウ君と●●君でしょ!きっと大うけに違いないわ!」


 「いやあの、そんな期待されても・・・」


 「楽しみねー!」


 俺たちの言葉を意に介さず、先生の目は期待であふれていた。


 「俺たち大トリじゃん!どうすんだよリョウ!」


 「どうすんもなにも、やるしかねえだろ。どっちにしろコントすることは決まってたんだ」


 「ドンと構えてようぜ!」


 「お、おう・・・」


 リョウの緊張を一切感じられない言葉を聞いて、少しだけ不安が減った・・・気がする。


 午前のドッジボール大会はクラス全体に熱気が感じられるほど、盛り上がっていた。


 そんな盛り上がりをよそに俺は気が気じゃなかった。


 (あれ、あそこのセリフなんだっけ?あれ、そうだ、あれだ、大丈夫だ。めっちゃ練習してきたろ!大丈夫だ!落ち着け俺!)


 「おーい●●後ろ後ろ!」


 「はっ!」


 ヒュンっバアァァァァアン!


 クラスメイトが勢い良く投げたボールは、太ももを直撃した。


  (よしアウトはありがたい。外野でセリフをもう一度復習しよう)


 もう一度、最初からネタを頭の中で思い出す。ドッジボールの時間はずっと記憶の定着に時間を費やした。


 トランプ大会も終わり、いよいよ発表が始まろうとしていた。


 「はーいそれでは皆さんが準備してきたみんなが盛り上がれるものを発表してもらおうと思いまーす」


 「じゃあ、まずは先生から!」


 「「ええええええええええええええええ!」」


 「聞いてください、酔いどれの街」


 「「ええええええええええええええええええええええええええええ!」」


 先生はいきなり演歌を歌いだした。いつもは明るく笑顔な先生が演歌を歌うというのはギャップがあったのか生徒たちは今日一番の盛り上がりを見せていた。


 先生に続いて生徒はマジックを披露した。相手が決めたトランプの柄を当てるというものだ。


 これは大いに盛り上がった。


 続いて生徒は縄跳びを披露した。はやぶさ、三重跳び、交差三重跳び、自分たちが絶対できないであろう技を淡々とこなしていった。


 これも大いに盛り上がった。


 続いて生徒はクイズを作ってきた。みんなクイズの出来が良かったのか、全員が手を挙げて積極的に参加していた。


 これも大いに盛り上がった。



 まずい全部盛り上がる。誰一人としてグダッたりしない。教室が盛り上がるたびに不安は加速していく。クラスが盛り上がるたびに、だれか失敗しろ、失敗しろ。そんなひどいことを考えていた。



 そしてとうとう俺たちの順番が回ってきた。


 「いこうぜ」

 

 「うん・・・」


 俺たちは教室の外に出て、最後のネタ合わせをした。


 「ふう、大丈夫そうだな」

 

 「ああ」


 緊張とは裏腹に、最後のネタ合わせはセリフを忘れずに進行することができた。


 「なんか、セリフ固くねえかお前」


 「え、そうか」


 確かにセリフはトチらずにできたが、セリフがいつもより固かったかもしれない。


 「お前緊張してるだろ」


 「イヤ、してねえよ」


 「してるだろ」


 「イヤしてねえって」


 「嘘つくな!」

 

 「ああ!してるよ!!心臓のバクバクが止まらねえよ!」


 「タッハッハッハッハハ、そうだよな、そうだよな!」


 「お前なに笑ってんだよ。まったく・・・緊張してないお前がうらやましいよ」


 「何言ってんだよ俺も緊張してるぞ」


 「は?」


 リョウの様子からは緊張を微塵も感じなかった俺は少し驚いた。


 「めちゃくちゃ緊張してる、手を当てなくても心臓がバクバク言ってるのがわかる」


 「最悪だよな、みんな盛り上がってる。誰一人として失敗しない」


 リョウは俺と同じことを考えていた。


 「しかも最後の大トリだ。プレッシャーは半端じゃない。」


 「けどな、その緊張を乗り越えられるほど俺たちは練習してきた」


 「だからいける!」


 「それにお前の考えてきたネタはおもしろい!だから大丈夫だ!」


 リョウは手ぬぐいを頭に巻きながらそう言ってきた。


 「・・・・」


 半ば投げやりのような言葉だったが、それは深く深く俺の心に刺さった。そうか、リョウも俺と同じ気持ちだったんだ。そう思うと、気持ちが少し軽くなる。別に緊張を無理やり抑えなくてもいい。飼いならそうとしなくてもいい。緊張を乗り越えられるほど俺たちは練習してきた。なんとかなる!


 「なんかいける気がしてきた」


 「そうかよかった」



 (それでは最後の発表でーす。どうぞー)


 教室の中から先生の声が聞こえてくる。


 出番だ。


 「よし行くぞ」


 「おう!」


 扉を勢いよくガラガラと開けると、すぐ目の前に体育すわりで座ったクラスメイト達のわくわくした顔と目が合う。彼らとは目をそらし、できるだけリョウのことを見るようにした。黒板の前には椅子と机が二つづつ、これでラーメン屋のカウンターを再現。他にものれんなんかを用意しようとしたが高すぎたのでやめた。そんな小道具決めに思い出をはせつつ覚悟を決める。




 よし、やろう。




 「どうもー●●&リョウでーす。」


 「「よろしくお願いしまーす」」


 「コント。ラーメン屋」


 「あっ新しくラーメン屋できてる ちょうどお昼だしはいってみるか」

 

 「カランコロンカランコロン」


 「いらっしゃいませー二名様ですか?」


 「いや一人ですけど」


 入ってきた扉のほうに首を向ける。


 「えっでも後ろに男の人が・・・」


 「えっこわいこわいこわい!やめてー!」

 

 「髪型アフロでめちゃくちゃ踊ってますよ」

 

 「あっだいぶファンキーな幽霊だった!」


 「「ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ」」


 笑いの波が起こる。上のクラスまで聞こえてきそうな、笑い声が耳の奥の奥まで聞こえてくる。



 あ、ウケてる。



 この瞬間から緊張のようなものはほとんどなくなっていた。いや、なくなっていたというより忘れてしまったという表現が正しいだろう。それほど役に入り込むことができた。


 「じゃあ、まあいいか」


 「あっちょうど汗だくの薄汚いおっさんが出てったんでそこ座ってください」


 「あ、そこ座りたくないなー!それ言う必要ある!?」


 「「ハハハハハハハハハハハハハハハ」」


 「別の席にしてー!」


 「かしこまりました。」


 「よいしょと、何頼もうかなー?」


 「ね!何頼むー?」


 「なんでお前隣に座ってきてんだよ!店員だろ!」


 「「ハハハハハハハハハハハハハハハ」」


 「えっ?」


 「えっじゃねえーよ!店員なんだから仕事しろよ」


 「うるせえな!店長だってなぁ、たまには休みてぇんだよ!」


 「あ、お前店長だったの!その感じで!」


 「「ハハハハハハハハハハハハハハハ」」


 「まあいいや、ついでに注文とってよ」


 「あいよ」


 「うーんなんかおすすめとかありますか?」


 「あーそれだったら厳選素材で作られた醤油ラーメンがおすすめですね」


 「へーどんなところがおすすめなんですか?」


 「あ、一番値段高いんすよ」


 「クソ野郎!お店の利益しか考えないクソ野郎じゃねえか!」


 「もおー普通のしょうゆラーメンでいいです」

 

 「はい!麵の固さ、油マシマシ、野菜マシマシ、鼻くそマシマシありますけど、どうされますか?」


 「一つやばいのあったな!鼻くそマシマシ!?絶対にやばいでしょ!」

 

 「とりあえず、鼻くそはつけないで、それ以外は普通でお願いします」


 「はい!かしこまりましたー!醤油ラーメン One Please!」


 「海外の厨房か!そこは醤油ラーメン一丁でいいだろ!」


 

 「おい!マサル!お客さん注文してんぞ!」


 「マサル!注文間違えてんじゃねえか!」


 「あっ厳しいねー。でもこういう厳しさがおいしいラーメンを作るんですよねー」


 「マサル、床汚ねえぞ!もう一回掃除しろ!」


 「マサル!このチャーハン全然パラパラしてねえぞ!」


 「マサル!てめえラーメンのスープ全然コクねえじゃねえか!」


 「うん、マサルに任せすぎじゃない!マサルが厨房回してない!?店長何してんだよ!」


 「マサル!お前ラーメン全然うまくできてねえじゃねえか」


 「えっ何々スープの中にホイップクリーム入れた?!何やってんだお前!」


 「マサル、ブチ切れてんじゃねえか!職場がブラックすぎて!」


 「大丈夫かなこのラーメン屋・・・」


 「お客さん、濃厚こってり豚骨ラーメンです」


 「あっ頼んでないですけど」


 「こちら、あちらのお客様からです」


 「いやラーメン屋でバーみたいなこと起きないよ!しかも濃厚こってり豚骨ラーメン!クソ迷惑じゃん!」


 「もおーいらないですー」


 「かしこまりました」


 「ほんとに大丈夫かなこの店?」


 「お客さん、醤油ラーメン・・・」


 「お、やっと来たか」


 「鼻くそマシマシです」


 「鼻くそマシマシ!いやそれやめてって言ったよね!この店やばいって!もう出よう!」


 「お客さん・・・ちょっと待ってください!」


 「うん、何!」


 「また来てくださいね」


 「いや、2度と来るかーーーーーーーーーーーーーーー!」


 「「どうもーありがとうございました」」


 パチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチパチ


 教室中にあふれんばかりの拍手が広がった。


 やり切った!やり切ったぞ!


 心臓の音は緊張の音ではなく、興奮で冷めやまない音になっていた。


 「すげえな、お前らすげえよ」


 「ね!めっちゃ面白かった!」


 「お前ら芸人になれるよ!」


 「おもしれーー!」


 「やっぱ二人に最後を任せて正解だったわね」


 歓声が途切れることを知らない。やばい、なんだこれ、やばい。先生に褒められるのとも違う。両親に褒められるのとも違う。何かとんでもないものに認めらるような感覚があった。


 「おい●●、大成功だな!」


 「ああ、やばいな!リョウ!」


 リョウと見つめあうと不思議と涙がこぼれそうになる。ネタを書いてよかった。夏の暑い中公園で練習してよかった。本当にリョウと・・・


 「●●、お前を相方に誘ってよかった。」


 「こっちこそ、誘ってくれてありがとう」

 

 


 本当に・・・・リョウとお笑いができてよかった。


 


 そっからリョウとはクラス替えで離ればなれなり、彼とお笑いをすることは二度となかった。それでも俺はお笑いがしたいと思い、リョウとは違うクラスの友達とコントをすることにした。もちろんネタは俺が書いた。当然それは大成功。二回目だったということもあり、セリフによどみがなかったと思う。


 

 この頃から俺は自分が面白いということに気づいた。



 人を笑かすたびに、自分が笑いの天才なのではないかと思ってしまう。




 「そんな感じで小学生の思い出を引きづったまま大学生になった俺は、いまだに自分が天才であると思ってる。たったこの瞬間今でもな!」


 「かといってお笑いの道に進むことはなかった。そもそも相方見つからないしな」


 「でも漠然と何か作りたい、自分が作ったものを人に見せたい、それで人を笑顔にしたい。そんな考えが頭ん中にあった」

 

 「俺は、漫画アニメゲームが大好きだ。現実を完全に忘れさせてくれるからな。」


 「でも絵は描けないし、プログラミングなんてものもできない。」


 「だから俺は小説を書くことにした。」


 「小説なら技術なんていらないしな。いや技術なんていらないなんて言うのは失礼だな。小説は意外と書くの大変なんだぜ」


 「それに俺は頭の中で物語を作る癖があった。授業中とか暇なときに頭の中で創作をする。これ意外と楽しいんだ。」


 「大学生になった今作品数は20本。バトル、スポーツ、ギャグ、恋愛、なんでもござれだ」


 「しかも全部面白い。もし俺が絵を描けていたら、某少年誌で連載を勝ち取っていただろうな」


 加えて敬愛している漫画家が、俺と同じことをやっていたのも自分が天才だと思った理由である。


 「そう天才だと思ったまま俺は編集者に小説を持ち込んだ」


 「最初は確か、転生ものだった気がする。」


 小説を書こうと決めて、最初に書き始めたのは転生ものの作品だった。本当は頭の中で描いた作品を文字に起こそうとと思っていたんだが、俺が頭の中で描いていたのは漫画であって小説ではない。それにバトルやスポーツなどの動きが多い作品がほとんどだったため小説には向いてないと判断した。


 転生もの。本来なら現実でうまくいっていない人間が異世界で俺つええええええええ、ハーレムハーレムする話だが俺はそれがあまり好きではない。努力して成功を勝ち取るから面白いのではないか。俺は”ソコ”を突いた

 

 人生どん底だった主人公が何の力も得ないで、厳しい異世界に転生する。その世界は貴族階級の社会で、平民が家畜のように扱われている。ひょんなことから主人公は奴隷となり牢屋に入ることになる。そこから脱出し、主人公は「この世界を変えてやる・・・!」そう決意する。


 面白いじゃないか。俺は読者の視点に立ってそう思った。主人公は現実でもつらい目に遭っており、異世界でもひどい目に遭う。そんな主人公を読者は応援したくなるはずだ。彼が世界を変えるために、いろんな人と出会い強くなってゆく。良い!良い!王道かつ転生ものとしては邪道。最高に面白い小説だ。この作品を書いているとき俺は希望しか感じられなかった。100万部突破して、アニメ化!この時の俺は完全に脳内お花畑状態だった。


 

 作品を書き終えた俺は出版社にルンルンで持ち込みに行った。


  出迎えてくれた編集さんは髪が金髪で肩につきそうなロン毛の人だった。第一印象は「チャラそうだな」それくらいだった。編集者さんも仕事があるため、その場では読んでくれなかった。そのため、連絡先を交換しその人からの連絡を待つことにした。


 連絡を待っている期間は幸せだったと思う。自分の書いた作品が面白いものを作っている編集さんに見てもらえてると考えるだけで興奮が収まらなかった。


 「まだかなー」


 プルルルルルルルル プルルルルルル


 連絡は唐突に来た。慌てて受話器を取り、深呼吸する。


 (もしもしー、◇◇◇社の原田と申しますー。●● ●●さんであってますか?)

 

 「は、は、はい!」


 いつもより緊張して声が高くなってしまう。


 (●●さんが書いた作品読ませてもらったんですけどー)


 「あ、ありがとうございます!」


 やった。とうとう小説家としてのバラ色の人生が始まるー!



 (結果から言うと面白くなかったですねー)



 「・・・え?・・・はい」


 (まず見てて面白くないんですよねー。読者が見たいのは、現実離れしたチート能力、かわいい女の子それがこの作品一切ないんですよ。)


 「・・・・はい」


 (うーん、それくらいしかアドバイスできないかなぁー)


 (あ、あと君物語書いたの初めてでしょ?読んでて情景が全く浮かんでこない。もう少し勉強してから書き直してみな)


 「は、はい・・・」


 (じゃあそれだけだから、●●さんの次回作楽しみにしてるよー)


 プツン


 え・・・え?これだけ?面白くない?は?



 この時は全く意味が分からなかった。会話が一分もたたずに終わり、虚無感だけが残る。だんだんと現実が見えてくると怒りがあふれてくる。どんだけ時間を費やして書いたと思ってんだ。ふざけるな!転生の王道、その裏をついてるから面白いんじゃないか!


 (あ、あと君物語書いたの初めてでしょ?読んでて情景が全く浮かんでこない。)


 編集に言われたことを思い出す。ヤツの言ってることは間違っていると思う。しかし、これだけは正しい。それだけは分かる。自分の無力さが悔しい。


 「クッソ!」


 ドンッ


 どこにもやることができない苛立ちを、壁に拳をぶつけて少し冷静になる。息を吸い込み自分の現状を客観的に見てみる。確かに文章は青臭い。自分でも読んでてそれは少々感じていた。どうしたら、改善できる?そうだ、アクション性の高い小説を読んでみよう。そこで小説での人間の動き方を学ぶんだ。かわいい女の子か・・・確かに女性は出てくるが、かわいくもないし美しくもない。女性キャラが魅力的であればあるほどそれは作品の人気に直結する。それは間違いない。そもそもかわいいってなんだ。とりあえず・・・・・・・・・


 


 「書いて考えよう」


 


 この時は諦めなかった。諦めがつかなかった。悔しい。物語の主人公は一回挫折してそこからもう一度立ち上がる。そのシーンを何度も見てきた俺は今まさにその状況にあることに気づく。絶対に物語を作って売れてやるんだという強い気持ちが芽生え、情熱を燃やした。


 その日からバイトの時間以外を執筆や物語を読むことに費やした。


 そうして、完成したのが二作目。


 今回は転生ものではない。そもそも転生もの書いたら売れるなんて思い込みが間違っていたのだ。書いててあまり面白くなかった。


 これは、高校生が本気で芸人を目指す話。俺は自分の得意を小説に書くことにした。


 この作品主人公は一人じゃない。まず一人目は小学生のころお笑いをやっていたけど高校生になってボッチになった男主人公、ハネダ。こいつは俺自身をまんま物語に投影したヤツで、そこに大きな妄想を加えた。だから書きやすかった。高校生活を部活もせず友達とも遊ばずただ無常に日々を過ごしているところに、偶然転校生が現れる。その転校生は、小学生のころ一緒にお笑いをやっていた友達リョータだった。それから主人公はその友達と再びお笑いをすることになり、その世界にのめりこんでいく。これが一人目。


 二人目は女子高生のコンビ。人生を満喫しているギャルの女の子クレシマは、クラスでポツンと一人で黙々と勉強をしている子、タチバナが目に入ってしまう。一人でいるのをほっとけないタチの彼女はその子に話しかけてみることにする。しかし、タチバナは勉強をしていたのではなく漫才のネタを書いていたのだ!女子なのに本気で芸人を目指している彼女の魅力惹かれていったクレシマは「あーしを相方にしてみない?」とお願いするのだが・・・


 今考えても非常によくできた話だと思う。小学生の頃の友達と再会し、人生に面白さを見つけていく男主人公。ギャルとマジメのデコボココンビ。どちらもキャラクターとして魅力があり、書いてて楽しかった。また、この小説のために漫才とコント合わせて16本のネタを書き下ろした。一つのネタだけのために一日を使ったこともある。そのため、すべてのネタを面白いものに仕上げられたという確固たる自信があった。


 この小説は面白い。


 これならいける。


 再び同じ出版社に持ち込むと、前のチャラい若手とは違う、髪の色がほとんど白に代わりそうな初老のおじさんが出てきた。


 なんとそのおじさんはその場で俺が書いた小説を読んでくれた!


 その編集さんの好感度が上がる同時に、60代近そうなおじさんがイキり若手小説家の作品を理解してくれるだろうか・・そんな疑問があがった。読むスピードも速く、本当に読んでくれているのかという不安も出てくる。また面白くないと言われたらどうしよう。3時間ぐらい原稿用紙をめくる音だけが流れるだけで、クスっともその人から笑い声がこぼれることはなかった。まだかまだかと待っていると、やっと編集さんから言葉が漏れる。




 「うん、おもしろいね」


 「え?」


 「いいよ、文字が生き生きとしている。これ書いてて楽しかったでしょ」


 「は、はい!」


 褒められたよな?褒められた!褒められた!


 (よっしゃあぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!)


 声に出したくなるくらいの喜びを抑えて、編集さんの言葉に耳を傾ける。


 「このネタひとつひとつがすごいね。キャラクターの特徴をしっかりと捉えつつおもしろい」


 「君学生のころお笑いでもやってたの?」


 「小学生のころちょっとだけ・・・」


 「へえそうなんだ」


 「あと、女子高生同士の青春は見てておもしろいねー。二人が公園で漫才を練習する場面、クレシマさんは人前で漫才の練習をするのを恥ずかしがってるのに、タチバナさんはいたって冷静。このデコボコ感がたまらないよー」


 「あ、ありがとうございます!」


 (めっちゃしっかり読んでくれてる。てか、オタクみたいな感想言ってくるじゃん!)


 「あとハネダとリョータが文化祭をめちゃくちゃに沸かすシーン、ここ鳥肌立っちゃうよー」


 「ごめんね、編集という仕事をしてるせいで物事を客観的にとらえることが染みついちゃってるんだ。本当なら大笑いしたいところなんだけどねこのシーン」


 「あ、ありがとうございます!」


 やばい、にやけが止まらない。


 やっぱり俺は天才だったんだ。


 しかし、作家としてはたまらない感想を言われた後、しっかりとダメ出しもされた。それは、もっとキャラクターたちの心理描写が欲しいというところ。作者には彼らの感情を理解できても読者には理解できない部分があるらしい。そこを補填していけば読者はもっと主人公たちに感情移入ができると的確にアドバイスされた。


 「特にこことか、文化祭の舞台に上がる前ハネダの緊張をリョータがほぐそうとするシーン。ハネダの緊張はひしひしと伝わってくるけど、リョータの心情がいまいちわからない。緊張してるのかしてないのか、それがわかるとこのシーンもっと良くなるよ」


 「はい!」


 俺はスマホのメモ機能で編集さんが言ってくれた具体的な助言を聞き移す。


 (やばい、めっちゃいい編集さんじゃん!前のやつとは大違いだ!)


 抽象的なアドバイスしかくれなかった前の編集との落差に驚きが隠せない。


 具体的なアドバイスを何個かもらい、どうしたらもっとキャラクターの心情を表に出せるか時間も忘れて考えていると辺りは暗くなりはじめ、日が落ちかけていた。



 「よし今日はこんなところかな」


 「は、はい。僕の作品を読んでくれてありがとうございます!」


 「いや、お礼を言うのはこっちだよ。面白い作品を読むと1日がハッピーな気持ちで終われるよね」


 「ありがとうございま!す」


 編集さんの言うことには共感できた。学校でどんな辛いことがあっても、帰りに新しい漫画を買って読む。そうすると1日を幸せな気持ちで終えられる。ただただおもしろいと思うのと素晴らしい作品に出合えたことの高揚感。それがとてつもなくたまらないのだ。


 (俺この人好きだわ!)


 まだ初対面なのにもかかわらずそんな気持ちがわいた。


 「私の名前は国島 五朗。よろしくね」 


 国島さんは胸ポケットから名刺を出して、俺の手元にやさしく手渡してきた。


 「名刺に連絡先書いてあるから、修正終わったら連絡してきて」


 「は、はい!」


 その日の帰り、俺は駅前に売っている高い弁当を買って家に帰った。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 それから、花島さんに言われたことを思い出してキャラクターの心理描写を増やす。


 「リョータは緊張してるのか?いや緊張してるんだよな?緊張していることをハネダに吐き出したら面白いかもしれないな。リョータも緊張していることを分かったハネダは少し不安が軽くなる・・・よしこれでいこう」


 国島さんに見てもらう。


 「いいね、前とは違ってリョータのことがより好きになったよ。文句なしだ」


 「あと前は言いそびれてたんだけどね、このライバルのキャラもっと強くできないかな。ライバルだけの過去編も書いてみていいいと思う」


 「はい」


 言われたところを直す。


 「ライバルのキャラかー。考えもしなかったなー。一応完全完璧のお笑い人間っていう設定だし、うーん。悲しい過去でもつけとくか?いや、ありあわせのの話じゃ面白くないな。実は主人公に憧れていたとか?いやそれも違うな・・・あ、父親が落語家っていうのはどうだろう!子供のころから落語に対して嫌気のさしていたライバルは最高のお笑い芸人に遭う。その人からお笑いの楽しさを教えてもらうライバル。そっから父親を認めさせるため芸人としてのトップを目指すことになる。おお!いいいじゃんいいじゃん!


 また見てもらう。

 

 「うん、いいよただのお笑い怪物だけど最初はお笑いが嫌いだった。すごくいい設定だね」


 「ありがとうございます!」


 「あとは・・・そうだな、この二人の主人公が高校生漫才大会決勝で出会うシーンなんだけど」


 「はい」


 「ここ申し訳ないんだけど会話全部カットでいいと思う。会話せずとも漫才を見せるだけで主人公たちの気持ちは伝わりあうと思うんだ。だから、裏で相対さずにお互いの感想を言い合う程度でいいと思う」


 「はい」


 直す。

 

 「くっそー全カットかよ!まぁでも仕方ねえ。お笑い芸人なんだから裏で語るんじゃなくて舞台で語れって話だよな。よし!決勝で負けたクレシマとタチバナは何を思う?「あいつら凄かったよな」いや違うな。「私たちのほうが面白かったよな」いやこれは彼女たちのキャラじゃない。やっぱり「来年は勝つぞ」これだな、変にカッコつけずベタにいこう」



 そんな日々を繰り返していると、どこか自分が売れっ子小説家なのではないかと勘違いしてしまう。


 でもそれが楽しい。


 国島さんに、褒めてもらえるのがうれしい。


 俺は、久しぶりに自分はなんて幸福なんだと思った。



 いつものように国島さんに連絡を入れると、その日はなぜかつながらなかった。


 普段なら、30秒くらいでつながるのだがいっこうに国島さんの声は聞こえることがない。ずっとトゥルルルル トゥルルルルとうるさい音が鳴るばかりだった。


 国島さんは出版社で働いているのだから、忙しいのだろう。今まではたまたま連絡がついて運が良かっただけだ。今日は諦めまた明日かけることにしよう。


 しかし、その次の日もつながらない。


 そのまた次の日も。

 

 次の日も。


 国島さんに連絡がつかなくなって1週間がたとうとしていたころだった。さすがに不信感を持った俺は出版社に直接連絡をかけることにした。


 「あのーもしもし、わたくし国島さんという編集者さんに書いた作品のアドバイスをもらっていたものなんですけども・・・国島さん今どうされてますか?」


 (あー国島さんね・・・)


 電話の向こうから、現場の慌ただしさと少し苦しそうなそうな感じの声が耳に伝わってくる。まさか事故にでもあったのだろうか、病気だろうか、考えたくないことばかりが頭の中にあふれてくる。


 (頼む、ただの偶然であってくれ・・・!)


 そう願うばかりだった。




 (先週亡くなってしまったんだよ・・・)

 

 

 

 「・・・・・・・・・・・・え」


 

 (仕事場でバタンと倒れてしまってね、病院によると唐突な心不全だったらしい)



 「え、いやシンフゼン?」



 (すまない理解が追い付かないよね)



 国島さんが亡くなった・・・もう会えないのか?


 え、え?


 確かに事実はあるのだけれど、俺はそれを直視することができなかった。


 いや、したくなかった。


 もう二度と会えないとわかると急に涙がこぼれる。国島さんとの付き合いは決して長いものではなかった。でもそれ以上に濃かった。1か月から2か月ほどたくさんのアドバイスをしてくれた。それはどれもためになるもので国島さんと会った日は気持ちが軽やかだった。時には、国島さんのおすすめの本を紹介してくれたこともあり、なぜか友達のように感じられたときもあった。。



 とにかく大好きだったんだ。



 そんな国島さんが亡くなった。


 

 (辛いよね、私もあの人が大好きだったんだ)



 「は、はい゛」


 (あの人褒めるのうまいでしょ?作家を乗り気にさせるのがうまい人なんだよ)


 (だからあの人が担当した作品はどれもおもしろいんだ。文字が生き生きとしてるというかさ)


 (作者が楽しんで書いてるっていうのがすごい伝わってくるんだよ。)


 「はい゛」

 


 俺はここで国島さんから言われたことを思い出す。



 「いいよ、文字が生き生きとしている。これ書いてて楽しかったでしょ」



 確かにそうだ。あの人は褒めるのがうまかった。国島さんに褒めてもらおうと、作品をより良いものに仕上げることができた。それに国島さんの無邪気な感想が好きだった。俺が頑張って書いたところを的確に読み取り、言葉にしてくれる。



 ああ、本当にもう二度と会えないのか・・・



 (国島さんが担当してくれた君の作品・・・私が引き継いでもいいかな)


 「え゛?」


 涙も少し収まり、向こうの声が鮮明に聞こえるようになってきた。


 (もしかして高校生が芸人を本気で目指す話じゃなかったかな)


 「は、はい、そうです。何で知ってるんですか・・」


 (君の作品あまりにも国島さんがおすすめしてくれるから読んだんだよ。君の作品は賞をとれる作品だ。ぜひ私に担当させてほしい)


 「は、はい。ありがとうございます!」


 (でも私は国島さんみたいに褒めるのはうまくない。むしろ怒って伸ばすタイプだ。それでも大丈夫かな?)


 「はい!大丈夫です!国島さんに褒めてもらった作品絶対に完成させて見せます!」


 ここで悲しんで立ち止まってる暇はない。


 天国にいる国島さんに届くくらいビッグな小説家になってやる!


 心の中にまだ悲しさは残っていたが、それよりもこの作品を完全なものにしてやるという気持ちのほうが強かった。

 

 (そうか、じゃあ明日にでもここに来てくれ。待ってるよ)


 「はい!」

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「んでそのあとは田畑さんっていうそれはまたきっびしい担当さんでさぁ」


 「本当にほめてくれないの!とにかくダメ出しだけ!」


 「本当に国島さん戻ってきて・・・とも思っちゃたよ」


 「でもめちゃくちゃいいのができた。すごいのができたよ。本当に俺が書いたのか疑うくらいにはね」


 「それを賞レースに出したんだけど、」


 「結果は何と・・・・大成功!!」


 「賞の名前は言えないけど100万円もらえたんだよ!」


 「やばくない!100万だよ100万!」


 「さすがに親に報告したよねー」


 「そしたら両親は大はしゃぎ!俺もチョーうれしかったわけ!」


 「やっと親孝行できたと思うとうれしくてたまらなかったよ!」


 「でもその後に・・・・・・」


 「いや、やっぱやめよ」




 思い出すだけでも吐き気がする。


 最悪の記憶。


 今でもあの光景とニオイを昨日のように覚えている。


 それから振り切るように俺は話を続けた。




 「ごめんやっぱこのことを話すのはやめるわ」


 「それから最悪なことが起きて俺は小説を書かなくなった」


 「その日から人生がクソみたいなものだと思えてきた。」


 「以上じゃあこの話は終わり」


 「いやー俺のクソ長い思い出話を聞いてくれてありがとねー」


 「ほかにも死にたくなるようなことはいっぱいあるんだけど、これ以上は長くなりそうだからやめるわー」


 「最後になぜ俺がこんな動画を撮ったかというと、それは・・・」


 「自分が生きた証みたいなのを形に残したかったから」


 「どうか頭の片隅にでもいいから、こんな奴がこの世界にいたんだということを覚えていてほしい」


 「それと、これから死ぬ俺からの動画を見ているみんなへのお願い!」


 「もし周りに一人ぼっちの人がいるなら声をかけてあげてくれ」


 「ボッチてのは一人でいるのが好きなわけじゃない。いつだって誰かから喋りかけられるのを待っている。」


 「だからちょっとでもいい。声をかけてあげてくれ」


 「お願いだぞ!みんな!」

 

 「あっやべ名前言うの忘れてた。」


 「俺の名前は前田 俊郎 (まえだとしろう)。覚えやすいだろ」


 「マエダ トシローだぞ!覚えといてくれよ!」


 「それじゃ、さよなら」


 停止ボタンを押すと、動画時間が1時間を超えてしまったのがわかる。


 「あちゃーしゃべりすぎてしまったか」


 「まあいいや動画アップしよー」


 一切の編集を加えていない長ったらしい動画をネット上にアップする。


 果たしてどんな反響が出るだろうか。


 俺にはそれを知るすべはない。


 スマホを橋の歩道において、覚悟を決める。





 「よし!逝こう」





 自分の身長くらいはある柵を俺は何とかよじ登って乗り越えようとした・・・瞬間だった。






 「あなたも自殺するんですか?」







 そこには赤い髪が綺麗な制服姿の女の子が凛とした表情で立っていた。






 






次回更新 8月初旬




頼む信じてくれ!こっからラブコメが始まるんだよ!


PS おもしろくてもつまらなくても感想くれるとうれしいです。

感想がないと書く意欲がなくなっちゃうかも・・・頼む!罵倒でもいいから感想ください!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ