4:カナリア爆誕
気が付けば、暖かな羽毛に包まれているような、心地よい感触の中に居た。もう少し眠っていたいと思いつつも、徐々に意識が目覚めていく。
(ああ、そうか……生まれ直しをしたんだったな)
かつてアズライトであった者の魂がそう認識した途端、急速に世界が形を帯びていく。そこは明るい日差しの差し込む清らかな部屋で、産着越しに暖かな体温を感じる。
(恐らく、母上に抱かれているのだろうな……俺を生んですぐ母上は亡くなったらしいが)
アズライトは母の事をほとんど知らない。父王は亡くなった妻に興味が無いようだったが、アズライト自身はこれが母の温もりか……と感動すら覚えていた。
「がおー! パパでちゅよー!」
(なんだこのおっさん!?)
目を開くと、人間のコスプレをした熊みたいな大男のどアップが見えた。アズライトが感じた母の温もりは、ひげ面の巨漢のぶっとい腕だった。だまし討ちである。
「あらあら、あなたったらご機嫌ね。でも、生まれたばかりだから優しくしないと駄目よ」
「優しくしてるさ。本当によく頑張ってくれたな。医者の話では、もしかしたらお腹の子は死んでいるかもと言われていたが……いやあ、玉のように可愛い女の子だ!」
(玉のように可愛い女の子!?)
アズライトは巨漢に優しく抱きかかえられながら、訳の分からない状況に目を白黒させる。多分、ベッドで半身を起こしている女性が母なのだろうが、肖像画で見た母の顔と明らかに違う。
というか、この女性は銀髪だ。アズライトは父も母も黒髪である。そもそも、玉のように可愛い『女の子』とは一体何なのだ。どこから突っ込んでいいか分からない。
(おかしい!? この者たちはいったい何なのだ!? 王族には見えんぞ!? いや、それ以前に女の子とは誰だ!? もしかして幻覚魔法でも見せられているのか!?)
辺りの様子を探りたいのだが、いかんせん赤ん坊なのでほとんど動くことができない。どうしたものかと思っていると、上機嫌だったはずのひげ男が心配そうな表情になる。
「しかし、この子は全然泣かないな……俺の顔をじっと見て固まったままだ」
「そうねえ……お腹の中でも全然動かなかったし、大丈夫かしら」
母親らしき女性がいるベッドの方へ連れて行かれ、横に寝かされる。そして、指でベビーアズライトの頬をぷにぷにつついたりするが、アズライトは相変わらず困惑したままだ。
(少なくとも悪人では無さそうだが、悲しくも無いのに泣けと言われましても)
意識して泣くのはなかなか難しい。心配そうに眺められているので、赤ん坊らしく一泣きしてやりたいのだが、意識が大人なので気恥ずかしさもある。
その時、コンコンという小さな音が三人の耳に入った。そちらを見ると、ベッドの脇の窓のところに、一羽の美しい青い小鳥が止まっていた。窓をつつき、入れてくれと合図をしているように見えた。
「あら、可愛らしい小鳥ね。この子のお祝いに来てくれたの?」
「幸せの青い鳥という話があったなぁ。よし、お前も我が娘、カナリアの誕生を祝ってくれ」
(カナリア……? 誰?)
見知らぬ女の名前に困惑するアズライトとは裏腹に、両親は上機嫌で窓を開ける。ぴょんと飛び跳ねて青い鳥が中に入ると、アズライトの方をじっと見る。
『やあ、とりあえず転生は上手くいったみたいだね。ここはさっきまで君が居た世界の十五年前だよ』
(その声は……あの時の神もどき!?)
『配信者って言ってるでしょ。あ、無理して喋らなくていいよ。そもそも喋れないだろうし』
小鳥はカナリアにさえずっているようにしか見えないらしく、両親は微笑ましそうに様子を窺っている。アズライト……いや、カナリアからしたら、一から十まで説明してほしいので心中穏やかではないのだが。
(何だこれは? 今どうなっている!? 過去に戻ってやり直しをする話だったじゃないか!)
『あー……それなんだけどねぇ。君を転生させる際にアンケートを取ったんだよね』
(あ、アンケート? 他の神々が居るのか!?)
『うん。で、ちゃんとした状態でやり直そうって提案したんだけど、面白いからそのままやれっていう意見が大多数を占めた。だからまあ……申し訳ないけど、王子の異常な魔力はそのままって事になった』
(なんだそれ!?)
『いや、申し訳ないとは思ってるよ。でも約束しちゃったし、代替案として本来なら死産だったはずの女の子に君を入れ込んだってワケ』
(ちょ、ちょっと待ってくれ! 話が違うぞ!)
『文句を言いたいのは分かるけど、君の目的は温かで平穏な生活だろう? だったら、君の今のご両親は娘を生きて授かり、君はささやかながらも小さな幸せを手に入れる。うん、我ながらいいと思う!』
(こっちはいいと言ってないのだが!)
『そういうわけだから、後は自由に生きてね。さすがにこのまま放置だとかわいそうだし、時々またこの姿で様子を見に来るから。じゃ、バイバーイ!』
(ちょっと待てぇぇぇぇええぇぇえ!!)
一方的にそう言い残すと、配信者は窓から飛び立ってしまった。
「おお! ついに泣き出したぞ! うんうん! 元気があっていい子だ!」
「本当。あの鳥は幸せを運んできてくれたのかもしれないわね」
カナリアは号泣した。ここまで泣いたのは死ぬ直前くらいだろう。確かに配信者の言ってることは間違っていないが、やり直しと言われるとかなり微妙な感じである。
「よしよし、抱っこしてあげるからもう泣かないの」
「うー!」
泣きつかれたカナリアは、母に優しく抱かれた。どうせならこっちを先に感じたかったのだが、ヒゲ親父の後なのがなんか嫌だ。
(仕方ない……やるだけやってみるか)
何となく釈然としないが、文句を言っても仕方がない。こうしてアズライトは、アークイラ家の一人娘カナリアとしての生を甘んじて受け入れた。
この日、後にラーヴル王国の王子すら霞ませる問題児、カナリア=アークイラが爆誕した。