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3:15年後の過去

『もしかしてあんまり歓迎されてない? こうして様子を見に来るのだってなかなか大変なんだけど』

「微妙」


 カナリアは部屋に入ってきた小鳥とナチュラルに会話しているが、当たり前だが小鳥は喋らない。厳密にいうと喋っているわけではない。テレパシーのようなもので、カナリア以外には認知出来ない。


『そんなこと言わないでほしいな。そりゃ多少の手違いはあったけど』

「多少ね……」


 カナリアは自室の椅子に腰かけ、面倒くさそうに机に突っ伏した。彼女の目の前には、宝石のような小鳥がちいちい鳴いている。一見微笑ましく見えるが、目の前にいるのは『神』である。


『神じゃないってば』

「配信者だったっけ? どっちにしろ私にとっては似たようなものだけど」


 この小鳥は自分を神呼ばわりされるのを嫌い、配信者であると言い張る。カナリアからしたら似たようなものなのだが、何故かポリシーがあるらしい。


『君に対してはまあそれなりに申し訳ないとは思ってるよ。だから小鳥になってまで介入しているわけで……君だって今の生活を望んだじゃないか』

「……半分くらいはね」


 カナリアは歯切れ悪く答えた。今のカナリアとしての生活は満足しているが、これは一種の手違いでたまたまこうなっただけである。


『少なくとも、魔王アズライトの最期よりはマシだろう?』

「現在進行形で阻止してる所だけど」


 魔王アズライトという単語に、カナリアは顔をしかめた。そして同時に、忌まわしき過去であり、未来の自分を思い出した。



 ◆ ◆ ◆



「皆の者! これより魔王アズライトに断罪の刃を振るう! 皆が待ち望んだ平和がついに訪れたるのだ!」


 高らかな青年の声が響き、それに呼応するように大音声(だいおんじょう)が響く。ここはラーヴル王国で最も大きな闘技場。その中心部には、鎖でがんじがらめに拘束された、ぼろぼろの黒髪の青年――アズライト王子が横たわっていた。


 魔封じの鎖に拘束衣。ありとあらゆる封印を付けられており、アズライトの首元には、鋭利な剣の切っ先が突き付けられている。


 剣の持ち主は『勇者』と呼ばれる存在だった。年頃はアズライトと同じくらいだが、金髪碧眼に凛々しい顔立ち。生命力に満ち溢れたその姿は、ぼろ雑巾のようになった黒ずくめのアズライトとは対極的に見える。


「皆も知っての通り、この男は我が国の王子でありながら国を放棄し、廃城に拠点を構え、魔獣や魔物の軍勢を作り、国を滅ぼさんとしたのだ! 私は何とか魔王を倒した。だが、私一人の証言では民の皆は安心できない! それゆえに公開処刑とする!」


 力に満ち溢れた宣言に、闘技場を満席にしている観客たちのテンションは最高潮だ。唯一気持ちが沈んでいるのは魔王アズライトである。


 アズライトは暗く淀んだ目で、地面に横たわりながら目だけを動かす。どこを見ても勇者を褒め称え、邪悪の権化である自分を罵倒する熱気に満ち溢れている。


「こいつら相手に我慢は……もう、いいか」

「何?」


 アズライトがぽつりとつぶやき、勇者が怪訝(けげん)な表情をする。その直後、アズライトの全身から光が溢れ出る。それは魔力の奔流(ほんりゅう)。アズライトは普段抑えていた魔力を、この時初めて全力で解き放った。


「…………ふぅ」


 一瞬の出来事だった。全身の拘束具は跡形もなく吹き飛び、それからアズライトがよろよろと立ち上がる。辺りを見回すと、先ほどまでの人間の熱気はすべて消え失せていた。闘技場はおろか、おそらくラーブル王国すべてが瓦礫の山と化しているだろう。


 勇者はもちろん、人間も、他の生物の気配も感じない。アズライトの魔力の質量が高すぎたせいで死体すら残らない。建国から数百年経った大国は、わずか数秒で不毛の大地へと化した。


「ふ、ふふ……なるほど! これは化け物だ! 魔王だ! 皆が恐れて当然だ! あははははははははは!!」


 アズライトは狂ったように笑う。ぼろぼろと涙を零しながら。

 自分は魔王になる気など無かった。皆がそう呼んだのだ。


 自分自身が異常な存在であることは物心ついたころから知っている。それゆえに皆が自分を恐れた。だから、皆が安心して暮らせるように遥か彼方の廃城へ一人籠ったのだ。


 魔獣や魔物たちの軍勢も作ったわけではない。人外魔境の中へ入った時、アズライトを本能的に恐れ、彼の庇護を求めるために近くに住み着いたのだ。巨大なサメにへばりつくコバンザメ程度の存在だった。


 だが、それらの状況からアズライトは人間を裏切ったと認識され、気が付いたら魔王と呼ばれていた。勇者を名乗る青年が一人で攻め込んできた時も、迎撃するのは簡単だった。


 けれど、単身で民のために身を投げ出した彼に敬意を称し、あえて負けたのだ。自分が死ぬことで皆が平穏に暮らせるならそれでいい。そう考えていた。


 けれど、全世界から悪意をむき出しにされたとき、少しだけ怒りの感情が湧いてきた。自分とて好き好んで化け物として生まれてきたわけではない。お前らと同じ人間なのだ。


 なぜ、自分だけが執拗に責められ死ななければならないのだろう。自分は悪として断罪され、何も我慢していない連中は死を望んでいる。それに応えなければならないのか。


 そう考えた瞬間、すべてが馬鹿らしくなった。子供の癇癪(かんしゃく)のように魔力を暴走させた。そして、改めて自分が化け物であると認識してしまった。


 尋常ではないと思っていたし、大量の拘束具を付けているので、せいぜい闘技場くらいは吹き飛ぶかなと思っていたが、まさか王国すべてを滅ぼすとは自分自身でも思わなかった。


「……疲れたな」


 喉が枯れるまで泣き笑いをした後、アズライトは瓦礫の上に倒れた。魔力を振り絞ったのは生まれて初めてで、全身が鉛のように重い。


 倒れた後にふと横に目を向けると、そこには勇者が持っていた剣の残骸があった。刃が欠けて短剣のようになっているが、至近距離であれだけの魔力を受けたというのに、まだ形を保っているとは驚きだ。


「さすがは勇者の剣というべきか」


 アズライトは小声でそう言うと、最後の力を振り絞ってその剣の欠片を握った。


「安心しろ。魔王は勇者によって倒されるべきだからな」


 そうして、アズライトは剣を自分の胸へと突き立てた。全身が麻痺しているせいで、痛みはほとんど感じなかった。今まで、死ぬ理由が無いから生きていた。だが、今はこれだけの国を滅ぼした『魔王』になってしまった。


 だから、アズライトは勇者の刃による死を選んだ。ラーブル王国の歴史はこうして幕を閉じた……と思われた。



 ◆ ◆ ◆



『やあ』

「……ん?」


 どれだけの時間が経ったのか分からないが、アズライトは少年のような声を聴き、半身を起こす。ぼろぼろの姿だったはずなのに、気が付くと、よく身に着けている漆黒の外套を身にまとった姿だった。


「ここは……死後の世界か?」

『うんまあ』


 アズライトは地面にへたり込んだまま上を見上げる。すると、全身真っ白の少年が、無邪気そうに彼を覗き込んでいた。


「そうか。で、ここは天国か? それとも地獄か?」

『どっちでもないよ。ここは……強いて言うなら調整ルーム?』

「調整ルーム?」


 なんとも俗っぽい表現だなとアズライトは思った。いずれにせよ、目の前の少年……に見える何か以外に尋ねられる存在はいなかった。


「あなたは神なのか?」

『うーん、君たちからすればそうとも言えるかも知れないけど、そんなに大層な存在じゃないんだ。僕はここの状況をみんなに伝える……そうだな、配信者とでも言うべきかな』

「配信者?」


 よくわからない表現にアズライトは首を傾げる。だが、配信者を名乗る少年は、アズライトの様子など気にもせず口を開く。


『まあ細かいことは後で話すとして、先に要件から伝えておくよ。まず謝らないといけないのは、君の異常な力はバグ……つまり調整ミスで、こっちの落ち度だったんだよね』

「……どういうことだ?」


 アズライトは少し語気を強める。自分の呪われた出自に関連しているのなら、黙ってはいられない。


『あー、うん。怒るのも当然だよね。でも僕だって困ってるんだよ。だからこうして君をここに呼んだんだから』

「俺を呼んでどうする気だ。もうすべては終わったぞ」


 アズライトは立ち上がり、少年の胸倉を掴む。すべてが崩壊した後に謝罪などされても何の意味もない。


『うん。まあ怒るよね。それは悪かった。だから僕たちは君にバグの補填(ほてん)をする必要がある』

「補填だと!? 一体何をどうすれば補填出来るというんだ! 時間を巻き戻すとでも言うのか!」

『そうだよ』

「何だと?」


 あまりにも平然と言い放つので、アズライトは手の力を緩めた。すると、少年はするりと抜け出し、襟元を正す。


『厳密に言うとね、補填っていうのはお詫びの意味も兼ねてるから、前よりいい状態にならないといけないわけ。単純に時間を巻き戻しても、君は結局破滅するんだから』

「だから何だ? 何が言いたい」

『君は、今の失敗した記憶を持ったまま生まれ直すんだ。それを教訓にすれば、多少はマシな人生を歩めるんじゃないかな。強制はしないけど』

「そんな事が……」

『出来るよ。バグっていうのは修正しなきゃならないからね。君は多少魔力の強い王子として生まれ変わり、前世の記憶も持ち越せる。まあ、今の狂った力は無くなっちゃうけど』


 そこまで聞いてアズライトは黙り込む。自分のおかしい魔力に未練は無い。そして、もう一度生まれ変わりなおせるのなら、今度はちゃんと人間として生きていきたい。


 人に嫌われるのが嫌で人から離れた。仮に前と同じ力を持っていたとしても、自分から好意的に接すれば、例えば、あの勇者のような勇敢な人間なら友になれたかもしれない。


「そういえば、あの勇者の名前……何だったかな」


 何回か聞いた気がするが、あの時は完全に人間に興味が無かったので、人の名前すらろくに憶えていない。だが、もしも時間が巻き戻るなら、あれほどの人間ならすぐに分かるだろう。


「分かった。その条件を飲む。俺にもう一度、正しい人間として生きるチャンスをくれ」

『よろしい。じゃあ今度は失敗しないように頼むよ。こっちの責任ではあるけど、調整するの大変だからね』


 その声が聞こえた瞬間、アズライトの視界が真っ白になり、意識が薄らいでいく。まさかもう一度チャンスが巡ってくるとは思わなかった。今度は清く正しい王子として生きよう。そう決意した。


 ――だが、ここで想定外の出来事が起こった。

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