表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

他の御令嬢に恋をしたこと、わかっています。





「ねえリアーナ、大丈夫?また、あの女がヘンリー様に近づいているみたいだけど」



アンナが食堂の奥の方で仲が良さそうに座っている男女を見て言った。



女子生徒の方は、シャルル・プラット様、子爵家の方でわたしたちより3つ学年が上の18歳の方。

男子生徒の方はヘンリー・カニンガム様、公爵家の方でシャルル様と同い年。


2人はただの同級生にしては仲が良すぎるような、恋仲、といえばしっくりくるような距離感で一緒に昼食を取られている。


お互いに微笑みあって、好きな食べ物をお互いに食べさせあったりなんかして。



見ているだけでズキッと胸が痛んで、気が緩んだら泣いてしまいそう。

泣いちゃだめよ、とわたしはわたしに言い聞かせて、心配そうにわたしを見ているアンナに声をかける。



「大丈夫。アンナには最近心配かけてばっかりでごめんね」



本当は、全然大丈夫なんかじゃないけど、でも、どうしようもない。 



「わたしは全然平気よ!でも、ヘンリー様も何を考えているのかしら…リアーナっていう最高の婚約者がいるっていうのに!」


「………そうね」



きっと、ヘンリー様にとって「最高」じゃないのよわたしは。



わたしとヘンリー様は、わたしが12歳のときに親同士が決めて婚約者となった。いわゆる政略結婚で、お互い話したこともなかった。

だから、婚約以降1ヶ月に一度、仲を深めるという名目で、わたしの家で二人でお茶をする時間があった。



多少、仲良くなれたと思う。

趣味の話をしたり、お庭を散歩したり、二人で顔を見合わせて笑いあったことだってある。

お誕生日には毎年素敵なプレゼントをいただいて、お礼に刺繍の練習をしてハンカチをプレゼントしたら、すごく喜んでくださって、、、


ヘンリー様が15歳で学園に入学してからは、月に一度会うことはできなくなったけれど、お手紙のやり取りをして、お互いに近況を報告しあった。

わたしの入学間近には、同じ学園に入学することを心待ちにしている、と手紙に書いてあった。



わたしは今年の4月に入学して、今は7月。

4月の頃はヘンリー様とシャルル様はあんなに親密じゃなかったと思う。

むしろ、ヘンリー様は入学したてのわたしを気にかけてくださって、教室まで声をかけに来てくださったり、一緒に食堂でごはんを食べてくださったりもしていた。


まあ、あんな親しげではなかったと思うけれど、、、

あんな、いかにも「ラブラブ」って言う距離感ではなかったと思う。



ヘンリー様は本当はシャルル様のように、可愛らしくって、甘え上手な感じが好きだったのかしら、、、

わたしはあんなに可愛くもないし、ボディタッチだってできないもの、、、



ヘンリー様はシャルル様のことが好きなのよね、きっと。


奥の席に座っている二人の方を見ると、シャルル様がヘンリー様の頬をハンカチで拭いているところだった。

ヘンリー様は照れたように笑っている。



心臓が、ズキズキと痛む。

泣きそうになったところで、


「こんなところ、早く出ましょ」


と、食べ終わったアンナが声をかけてくれて、食堂を出た。



良かった、泣いちゃうところだったわ。




あれから数週間。

その後も、二人のその親密さは変わることがなく、むしろ増しているようにも見えた。



「ねえ、本当にいくらなんでもひどいんじゃないの?私の方が怒りで爆発しそう」


学園の中庭で昼食を食べていると、アンナが怒ったように言う。

食堂はあれ以来行っていない。

泣きそうになっていたわたしに気づいていたアンナが、これからは中庭で食べようと、提案してくれた。



それなのに1日に一回は必ずお二人が一緒にいるところを見てしまうのよね、、



「こんなに綺麗で優しいリアーナをほうっておいて、他の女と仲良くするなんてどうかしてる!」


「ありがとう、アンナ。でも、シャルル様はとても可愛らしい方だし、仲良くしたくなるのもわかるわ」


「何を言っているの!婚約者のいる男性に、あんなに近づくなんて、可愛らしいだけじゃ済まないわよ」



確かに、婚約者のいる異性に近づきすぎたら、評判が悪くなってしまうと思う。

わたしは今は二人の噂話をなるべく聞かないようにしているから、どんな評判が立っているか、詳しくは知らないんだけれど。

だって、絶対にその噂話には、わたしも出てくることになるから。


例えば、憐れな令嬢、なんて言われているとして、自分では聞きたくないもの。


ていうか、


「わたしってやっぱり、憐れな令嬢って感じなのかしら…」


自分で言って、自分で傷ついてしまった。



「何言ってるの。リアーナは健気で美しい令嬢って噂になってるわ。もともと男子生徒からの人気が高かったのが、今回の辛そうに耐え忍んでいる姿で、さらに人気が高まっているみたいよ」


「辛そうに耐え忍んでいる………」



思わずアンナの言葉を繰り返してしまった。

わたしってそんなふうに見えているのね。


気にしていないように振る舞っているつもりだったのだけど、まだまだだわ。



どうしても同じ学園で生活していれば、二人が視界に入ることがある。

いつも近くにいて楽しそうで。



いつも、わたしの心臓はズキリと嫌な音を立てる。



見る度に泣きたくなって。



だけど、わたしは一緒に二人で過ごした時間とか、ヘンリー様がくれた手紙とか、わたしにむけてくれた笑顔とか、、、

それがこんなに簡単になくなるなんて、まだ信じられないの。


きっと、ただ仲が良いだけよ、

ヘンリー様から直接言われたわけじゃないし、

ちょっと今仲が良いだけよ、きっとそうよ、大丈夫。



自分に向けて自分で言い聞かせる。

憐れな令嬢なんて思われないようにしないと。


と、決意を新たにしたところで、


「あ!先生から資料を教室に用意するように頼まれてたんだった!」


とアンナが慌てたようにお弁当を片付けはじめた。


「わたしも手伝うわ」


と言うと、


「まだリア全然食べてないじゃない!わたしが頼まれていたんだから気にしないで!」


また教室でね、そういって、教室に向かってアンナは歩き始めてしまった。



確かに、ものすごく残っているわね。

考えごとをしすぎて、手が止まっていたんだわ。

早く食べて、アンナの手伝いをしに行きましょうっと。



、、、と、思っていたのに、どうしてこんなことになるのかしら、、、。




わたしはいつもより早いペースでお弁当を食べて、アンナのところへ向かっていた。

もう少しで中庭を抜ける、その時。



中庭にたくさん植えられている、整えられた木々の向こうで、抱き合っている男女が視界に入った。

驚きすぎてわたしは立ち止まってしまった。


わ!びっくりした、

静かに立ち去りましょう、



そう思ったところで、男女が密着させていた体を離し、女性がわたしの方を見てしまった。



え、、、、、シャルル様、、、?



立ち去ろうと動き出していた足が再び止まった。


ふわふわの髪の毛、くりっとしたブラウンの瞳、小振りな鼻と口。

見間違えようがなかった。


まさか、相手は、、、、

最悪の想像が始まったとき



「リアーナ様!」



シャルル様は驚いた顔でわたしの名前を呼んだ。



わたしの名前、知っているのね。

なんて、場違いな言葉が頭に浮かぶ。



シャルル様の言葉に反応して、男子生徒がバッとわたしの方を向く。



「ヘンリー様…」



さらさらで肩ほどの長さの金色の髪、透き通る黄金色の瞳、すっと通った鼻筋、薄い唇。

間違えようがなかった。



「リアーナ」



大好きなわたしの名前を呼ぶ声。


いつも丸い瞳がもっともっと丸くなってわたしを映す。



「あ、わたし、たまたま通り掛かっただけなので、、、すみません、失礼します」



何も言わずに立ち去ればよかったのに、勝手に口が動いた。

声は震えていたと思う。

顔は泣かなかっただけよかったと褒めたい。



それだけ言って、わたしは走って教室へと向かった。



仲が良いだけ、なんて、そんなはずなかった。

恋仲のように見える距離感は、恋仲だからよ。


学園内でわたしのことを気にかけてくれていたのがなくなって、シャルル様がお隣にいるようになった。

わたしといる時よりも楽しそう。

距離も近い。



政略結婚だからきっと別れを言い出せなかったのね。

それをわたしは自分に都合よく解釈して。



ああ、でも好きだったのよわたし。

政略結婚だとしても、わたしは大好きだった。



教室まで向かっていた足が止まる。

誰もいない廊下で、だらしないとわかっていながら、脚を抱えてしゃがみ込んだ。



ポタポタと床に雫が溢れる。



溢れる涙を拭くことすらできないほど、わたしは泣いた。




好きだった好きだった好きだった。

これから結婚することになんの疑いもなかった。

ヘンリー様も、わたしのことを少しは好きでいてくれていると思ってた。

時間をかけて幸せな家庭を築けると思った。




でも人の気持ちは、わたしが変えられるものじゃないわ。 

シャルル様を好きになってしまったヘンリー様を、わたしがどうこうできるわけじゃないもの。



現実を見るたびに、胸がズキズキと痛んで、涙がより一層溢れた。



いつの間にか授業は始まって終わりを迎えていたらしい。

授業の終わりを告げる鐘が鳴った。



次の授業から参加することも考えたけれど、気持ちはまだまだ落ち着きそうになく、いつ泣いてもおかしくないと思って早退することにした。

それに、泣き腫らした顔でいくのは、あまりにも「憐れな令嬢」すぎる。

何があったか、きっと容易に想像できしまう。



家に帰れば、家族や使用人がわたしの顔を見て驚き、心配してくれた。

だけど、わたしに気を遣ってくれて、深くは聞かないでくれた。



部屋に入って、すぐベットの中でうずくまった。



今の状況ではおそらく婚約解消になるとは思うのだけど、まだそれを伝える気力がないわ、、

少し落ち着いたら、言わなくちゃ、、


「ヘンリー様には、他に好きな方がいるから、婚約を解消することになると思う」、って



わたしとの婚約が政略結婚とは言え、シャルル様とヘンリー様の仲は学園内で噂になるほど親密。

きっと両親はその事実を知れば、無理に結婚させようとはしてこないと思う。



ポロリ、と、涙が流れる。

わたしは失恋した。

ヘンリー様はシャルル様が好き、わたしのことは好きじゃない。

そのことが胸の奥で何度もチクチクと痛む。



ポロポロ涙を流したまま、布団の中で泣き疲れて眠った。





「昨日急に早退したって先生に聞いて、心配したわ!体調はもう大丈夫なの?」



どれだけわたしが傷ついたって、次の日はやってくる。

教室に入れば、アンナがすぐに駆け寄って心配してくれた。



「大丈夫よ、心配かけてしまってごめんなさい」



なるべくもう心配させないようにと、笑顔で返事をする。



「なら良いけど……リアーナ、わたしは何があってもあなたの味方よ」



アンナは真剣な顔でそう言って、わたしの手を握った。


何があったか、アンナには想像がついているのかもしれない。

でも、まだ自分の口でそれを伝える勇気がない。

言葉にしたらきっとまた泣いてしまう。



「ありがとうアンナ。心強いわ」



本当に、ありがとう。

泣きそうなのを堪えて、わたしも握り返した。



お昼の時間、わたしたちは食堂へ来た。

中庭に行くと昨日のことがより鮮明に思い出されて、辛くなると思ったから。

アンナは、今日は中庭には行きたくないと伝えると、何も聞かずに一緒に食堂へ来てくれた。



よかった、食堂にお二人はいないわ、、



食堂を軽く見渡してホッとする。



「今日の音楽のバイオリンの試験、自信ないわ〜」



席についてお昼を食べながらアンナが不安そうな顔をする。

そういえばお昼の後の授業は音楽だったわ。



「アンナは上手だから大丈夫よ。わたしの方が昨日全く練習できてないから心配だわ」


「何言ってるの、リアーナはもう練習が必要ないレベルじゃない!」


「そんなこと、」




「リアーナ!!」



ない、と続くはずだったわたしの言葉は急に遮られた。

昨日、わたしを呼んだ声と全く同じ声に。



「なんでしょう」



とても驚いているのに、なぜか驚いていることを知られたくなくて、いつも通りに返事をした。



「ちょっと話したいんだ、、、一緒に来てくれないか?」



大好きな甘さを含んだ低い声。



「おっしゃりたいことはわかっているつもりです。また改めてお返事をしますから」



昨日、わたしがお二人が抱き合っているのを見てしまったから、それについてのお話でしょう?


シャルルのことが好きなんだ、

君とは婚約解消したい、

なんて、言われるのかしら。



無理よ、今、そんな話聞けないわ。



少し想像しただけで、目にじわりと涙が浮かぶ。

ヘンリー様はわたしの横に立っているけれど、わたしは顔を上げることができない。



「どういう意味?きっと誤解を、」


ヘンリー様が再度声をかけてくる。


もうやめて、今は無理よ。

涙がこぼれ落ちる、そう思ったとき、



「失礼ですが、私たち今食事中なんです。またにしていただけます?」



アンナが静かに言葉を発した。

驚いてアンナの方を見ると、アンナはしっかりとヘンリー様を見据えていた。



「あ、ああ…。食事中に失礼したね。またゆっくり話そう、リアーナ。」



ヘンリー様はアンナに言い返されるとは思っていなかったらしく、少し驚いたあと、わたさたちの席を後にした。



「リアーナ、大丈夫?」


ヘンリー様がいなくなって、心配そうにアンナがわたしを見る。


「大丈夫、ありがとうアンナ……」


「ちょっと、周りの注目を集めすぎちゃったみたい。早く出ましょ」



アンナに言われて、周りの生徒たちがわたしたちをちらちらと見ていることに気がつく。

ヘンリー様が来てから、変な緊張と、涙をこらえることに必死で周囲のことが全く見えていなかったみたい。



ああ、ダメね本当。

ヘンリー様のこととなると、全然冷静でいられないわ。



もう、振られてしまうのに。



それなのにわたしと話そうとしてくださることが悲しいのに、嬉しい、なんて。

話題は婚約解消についてなのに。



ほんと、バカね。

しっかりするのよ、リアーナ。


 

自分に言い聞かせながら、アンナと一緒に食堂を後にした。





午後のバイオリン試験は、何とか合格はしたけれど、いつもの演奏と違う、と先生には言われてしまった。


自分でも演奏に全く集中できていないことはわかっていた。

心の状態が演奏に表れてしまったらしい。



全くしっかりできてないわ。

これでは本当に憐れな令嬢になってしまう。

次からしっかりしなくては。



「合格できてよかった〜!」


時間を心配していたアンナも無事合格した。


わたしたちは、全ての授業が終わって、もう他の生徒たちいない教室で2人でのんびり話していた。



「アンナの演奏、とっても上手だったわ」


「本当?リアーナに褒められるなんて嬉しいわ」


「本当よ!」


「ありがとう。…リアーナは、あまり演奏に集中できていなかったみたいに見えたわ。…やっぱりヘンリー様と何かあったの?」



アンナが遠慮がちに聞いてくる。


演奏がいつもと違うのに加えて、昼食のヘンリー様のことだってアンナはその場にいた。


そう思うのは当然よね。

そろそろ聞いてもらっても良いのかしら、、



どうしようか少し迷ってふと廊下を見ると、廊下を歩くヘンリー様が見えた。



お一人でいるところを見るのは久しぶりな気がするわ、

いつもはお隣にシャルル様がいるのに、、



というか、なんかどんどん近づいてきてない、、?

もしかしてわたしたちの教室に向かってきてるかしら?



「あ!ヘンリー様!」



アンナもわたしと同じようにヘンリー様を見つけたらしい。



「こっちに向かってきてない?」


「やっぱりそう思う?」


「ええ、どんどん近づいてきてるもの。リアーナに会いたいんじゃないかしら」



確かに、昼食の時も話があるって言ってたけれど、、、

だけど話なんてわたし、まだする勇気がないわ、、



「わたしは、どうしたらいいのかしら…」



思わず本音を呟くとアンナが、あのね、リアーナ、とわたしをまっすぐに見つめて言う。



「私、お昼の時は周りにたくさん人がいたから、ヘンリー様を追い返す形になってしまったけど、本当は、リアーナとヘンリー様には話し合って欲しいと思ってるわ。」



予想外の発言に少し驚いてアンナを見つめ返す。



「ヘンリー様があの女と浮気をしているとして、もうそれから1ヶ月以上経つわ。そろそろ、リアーナもケリをつけても良い時期なんじゃないかと思うのよ。自分の思っていること、伝えたほうがいいんじゃないか、って」


アンナは一息ついて、


「もしかしたら、すごく辛い結末になるかもしれないけれど、でももう、あの2人の影に怯えるリアーナを見るのは私も耐えられないわ。前のような心から笑うリアーナに戻って欲しい…そのためにはヘンリー様とケリをつけるしかないんじゃないか、って…」



そう思うのよ、と、わたしをじっと見つめて言った。



アンナ、、



「ありがとう。わたし…ヘンリー様と話してみるわ」


「…ええ、頑張って。何があっても私はリアーナの味方よ!じゃあ、ヘンリー様と鉢合わせる前に、私は帰るわね」



アンナはそう言って教室を出ていき、わたしは1人になった。

その間にもヘンリー様はどんどん近づいてきていて、あと一分もしないうちに教室に着きそう。



アンナの言う通りだわ。

いつまでもこの現実から目を逸らしているわけにはいかない。

それに、そんなわたしを見ているアンナにも辛い思いをさせてしまっているなんて、考えたらわかることなのに。



大丈夫。

この現実をきちんと受け止めるわ。


シャルル様とお二人でお幸せに、と言うのよ。

泣かずに言うのよ。

頑張るのよ、リアーナ。




自分で自分に言い聞かせた時、


ガチャッ


教室の扉をヘンリー様が開けた。




「リアーナ…」


ヘンリー様がわたしの名前を呼ぶ。

いつもは甘さを含んでいるのに、今日は少し焦ったような声に聞こえた。



「…食堂では失礼致しました、ヘンリー様。お話、お伺いします。」



いつも通り、とはいかないけれど、わたしの顔は微笑んでいるはず。

ただ、ヘンリー様と目を合わせることなんてできなくて、視線はヘンリー様の胸元あたりに漂わせた。



「リアーナ、昨日のことだが、」



きた。やっぱりその話よね。



「ええ、わたし、理解しているつもりです。ヘンリー様は、シャルル様と恋仲、なんですよね?」



お伺いします、なんて言ったくせに、本人から詳しく聞くことが怖くて、話しているのを遮った。



「いや、ちが…」



ヘンリー様が何かを言おうとしたけれど、話すのを止めたら泣いてしまいそうで、捲し立てるように口が動く。



「いいえ、いいんです、わたしに遠慮なさらなくて。気づいていながら、配慮できず申し訳ありません。婚約解消のことなら両親に伝えておきますし、ヘンリー様もそうしていただけると嬉しいです。婚約解消後も両家の関係がなるべく悪くならないように働きかけますので」



「いやだから違うんだ!!!!!」



ヘンリー様は突然ガッとわたしの両肩を掴んだ。



「婚約解消なんて、そんなものは望んでいない!!」



え、、、?



「シャルル嬢とだって恋仲ではない!」





「僕は、君が好きなんだリアーナ!!」




???????




………ああ、きっと、政略結婚だから、恋仲なのを認めて、婚約を解消したらまずいと思っているんだわ。

浮気による婚約解消となると、色々と不利になってしまうものね。



「いいんですよ、無理をなさらなくて。婚約解消は、お互いに不利にならないようにしようって、わたし本当に思っていますから。だから、」



だから、本当はシャルル様を好きなのに、その気持ちを誤魔化してわたしに好きなんて言わなくて、いいんですよ。



そこまで言おうとして、言葉の代わりに涙がこぼれた。



「なっ、リアーナ違うんだ……!」



ガバッ

両肩が解放されたかと思ったら、次は顔がヘンリー様の胸元に押しつけられた。



「僕は、本当に君が好きなんだ!」



ヘンリー様がわたしを抱きしめて言う。




嘘よ。




「離してください」



ヘンリー様の胸元を両手で押し返して下を向く。

思ったよりも冷たい声が出た。




「わたしを好きだなんて嘘、やめてください。ヘンリー様が好きな方は、シャルル様でしょう」




こんなこと、言わせないで。




「…では、今までありがとうございました。ヘンリー様の今後のご活躍、お祈り申し上げます」



早くこの場を立ち去りたかった。

ヘンリー様を押し返していた手を離し、荷物を取ろうと後ろを向いた。

その時、



「いや待って…!」



パシッと手を掴まれた。



「お願い、お願いだから僕の話を聞いて…」



弱々しい、そんな表現がぴったりた声。

そんな声は聞いたことがなくて、思わず振り返ってしまった。



「ようやく、目が合った…」



ヘンリー様がつぶやく。



相変わらず綺麗な瞳、、、

久しぶりに近くで見る黄金色の瞳は以前と変わらない。

ただ普段よりも、とても弱々しく、泣きそうにさえ見える。




「リアーナ、僕は君が好きだ。シャルル嬢とは恋仲ではないし、好きでもない。本当なんだ」



「…でも、最近シャルル様と、とても近い距離でいるところを何度も見ました」



「あれは、その…」



「それに、昨日は、お二人が……抱き合っている…ところも」



言葉にしたらまたあの情景が思い出されて、一度止まった涙が、またポロリと流れた。



焦った顔をして、おそるおそるヘンリー様がわたしの涙を手で拭う。



「……長くなるんだけど、いい?」



ヘンリー様はそう言ってシャルル様との関係について、話し始めた。




一、入学してきたわたしが、男子生徒に人気で心配になった


二、それなら私と仲良くしているところを見せてヤキモチを妬かせ、もっと夢中にさせるのはどうか、と、シャルル様が提案してきた


三、その話に乗ったら、思ったよりもシャルル様が自分に対して距離が近く、シャルル様と恋仲なのでは、と噂になってしまった


四、どんどん不安になり。やめることを切り出しても話を逸らされ続け、昨日急に告白+抱きつかれると言うことが起こり、わたしに見られた




…そして、今に至るそう。




「本当に、本当に申し訳ない…!とても浅はかだったって反省してる」



話し終えると、ヘンリー様は身長の高い体を半分に折り曲げて、私に何度も謝罪をした。



「…正直、まだ信じられないです……」



あんなに楽しそうに微笑み合って、一緒にいる様子を約1ヶ月半、見せられ続けた。


それに、



「やきもちを妬かせるために、他の方とベタベタしたこと、まだ許せません…」



わたしのことが好きだった上での行動だと、理解はできても納得はできない。



わたしだったら、絶対にやらない。



「本当にごめん。とても傷付けてしまったこと、すごく反省してる…許してもらえるためなら何でもする」



ヘンリー様は謝る姿勢のまま、そう言ってもう一度謝った。



何をしてくださったら、わたしは許して信じられるのかしら、、



シャルル様とのお二人の様子を思い出せば、まだまだ涙が出る。

それくらいには傷ついているし、正直まだわたしを好きということを信じられない。



きっとそれくらい、わたしの心は傷ついていた。



「婚約解消は、一旦やめます。だけどわたし、ヘンリー様がわたしのことを好きだということ、全然信じられません……」



だけど、



「どうしたら、ヘンリー様のことを許して信じられるのか、わたしにもわからないんです。だから、また時間をかけて、ヘンリー様のことを知っていけたら、と思っているんですが、どうでしょう…?」



そういうと、綺麗な金色の頭が動いて、黄金色の瞳がわたしを見た。



「わかった。チャンスをくれてありがとうリアーナ。信じてもらえるように、これからは誠意を見せていく。」



そう言うと、ヘンリー様はまた謝った。



その後、思ったよりも時間が遅くなっていて、すぐに家に帰った。

心配していた家族や使用人には、勉強をしていたと、誤魔化してしまった。



部屋のベットで横になり、今日ことを思い返す。



ヘンリー様はわたしのことが好きなんだって

シャルル様と恋仲じゃないんだって

わたしと婚約していたいんだって



頭の中でこの三つを繰り返すと、勝手にポロポロと涙がこぼれてきた。



わたしもヘンリー様が好き

シャルル様と恋仲じゃなくてよかった

婚約を継続できてよかった



本当によかった、、


だけど、これくらい好きな分、わたしはとても傷ついてしまった。

好きだけれど、だからこそ、こんなに傷つくことがこの先も何度も起こったら耐えられない。



ヘンリー様の誠意を見せると言う言葉。期待して良いのかしら、、


そんなことを思いながら眠りについた。





次の日から、ヘンリー様はすごかった。



シャルル様とは全く一緒にいなくなった。

通学はヘンリー様の家の馬車で一緒に。

ランチもアンナが嫌がらない程度に一緒に。

学園が休みの日も必ずお出かけやお茶など、一緒に過ごす。

事あるごとに好きだとか、一緒にいたいとか甘い言葉を囁く。



そんな日々が3ヶ月以上続き、ヘンリー様の誠意を見せる、と言う言葉に嘘はない、とわたしは実感していた。



ヘンリー様はあの日わたしが言った、

許すこと、信じることはできない、

と言う言葉を覚えているようで、いつもわたしのことを、必要以上に気にかけてくれている。




今日は学園はお休み。

わたしの家でお茶をすることになっている。



そして実は、ヘンリー様の誕生日でもある。



ヘンリー様には秘密にしているけれど、お祝いする予定なのよね

そして今日、打ち明けるの、わたしの気持ちを。



お菓子やケーキを準備していたら、ヘンリー様が到着したことを使用人が教えてくれた。



「ヘンリー様!今日はこちらにいらしてください」



玄関まで迎えに行き、庭まで一緒に行く。


ヘンリー様は、今日はお庭でお茶かな?なんて、笑顔で言っている。



喜んでくれるかしら、

お祝いを計画したりお料理を作ったりするの、初めてなのよね、、



内心ドキドキしているうちに庭に着いた。



すぐ目に入る、花で作ったhappy birthdayの文字。



どうかしら、、


チラリと横目でヘンリー様を見ると、



「え!!ヘンリー様?!」



ポロリと一滴涙が流れていた。



「ああごめんごめん…まさかあんなことをした自分を祝ってもらえるなんて思ってなくて…」



ヘンリー様はさっと涙を拭いて、わたしの両手やさしく包み込み、



「あんな馬鹿なことをした僕を切り捨てないでくれてありがとう。大好きだ」




そう、微笑んだ。



「ヘンリー様…」



「ごめんごめん、感極まって変なこと言っちゃった」



はは、と照れ笑いを浮かべてわたしの手を離そうとした。

その手を次はわたしが握った。



「ヘンリー様、わたし、ヘンリー様が大好きです」



真っ直ぐ目を見て言うと、丸い瞳がもっと丸くなった。



「この数ヶ月間、ヘンリー様は十分、わたしに誠意を見せてくださいました。誤解が解けた後も、シャルル様とのこと、本当に悲しくて、思い出すたび涙が出ました。」



だけど、



「もう、思い出すこともほとんどありませんし、思い出したとしても、悲しみでいっぱいになることはもうなくなりました。あんなこともあったなあ程度になって……」



ヘンリー様はわたしの言葉に何度も頷く。



「もう、ヘンリー様がわたしのことを好きだということ、疑っていません。信じています。わたしもヘンリー様が大好きです」



「……リアーナ、ありがとう」



微笑むわたしとは対照的にヘンリー様はぼろぼろと泣いていた。


その後、用意した料理やお菓子をおいしいおいしいと、時々泣きながらヘンリー様は喜んでくださった。





シャルル様のことはわたしは責める気にはなれない。

今回の件はわたしという婚約者がいながら、シャルル様の提案にのってしまったヘンリー様に、責任があると思うから。



それに、もう憐れな令嬢と思われているかも、なんて心配がないから。

それくらいヘンリー様がわたしに対して、どこでも愛情を伝えてくださるの。

学園では、理想の婚約者同士なんて呼ばれちゃって、、



恥ずかしいけどとっても幸せです。








初めての短編でした。

読んでくださってありがとうございます。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ