トップアイドルに宣戦布告!①
言い合いをしながらも、3人で賑やかに会社の廊下を歩いていると、何処からかクスクスと小さな笑い声が聞こえてきた。
どうやら、笑い声の主は、私たちのやり取りに笑っているようだった。
「あははっ⋯⋯君が新しく入った子だね? 俺は花房紫月、よろしくね」
シヅキと名乗る男は、ボサボサの黒髪に今時珍しい牛乳瓶の底のような分厚いメガネをかけて、かっちりと濃紺のスーツを着込んでいた。
そんな彼の格好を見て、几帳面なのか、そうでないのかよく分からないと首を傾げる。
しかし、一見地味な見た目だが、それに反して物腰は柔らかく気さくな人のようであった。
「こっちは俺が担当するアイドル、 “ The Beast”の2人、伏見憂麻と玉城彩人」
そう言ってシヅキは後ろでいがみあっている2人を指差す。
しかし、この2人はシヅキに紹介されるまでも無く、シオン様以外のアイドルに疎い私でも知っていた。
なぜなら、現在活動しているアイドルの中でもトップレベルの人気を誇っているためである。
私が偶然目にしたネットの情報によると、確かこの2人は仕事でもプライベートでも、超がつくほどの仲良しだという事だったが⋯⋯。
「ちっ! アヤト、お前俺様の足を踏みやがったな!? こっちに寄るんじゃねーよ!」
「はあ? 先に近づいて来たのはそっちでしょ、僕は元からここに居ましたぁ。ほんっとユーマと居るとバカが移りそうでヤダヤダ!」
インターネットの情報とは当てにならないもので、私が見る限り、“超”がつくほど仲が悪いようだ。
「ほらほら、2人とも。後輩の前でそんな見っともない姿見せていいの?」
シヅキが今にも殴り合いを始めてしまいそうなユーマとアヤトを軽く嗜めると、2人は毛を逆立ててびくりと反応し、渋々ながらもお互いの胸ぐらから手を離した。
——て、手懐けてる⋯⋯!! もしかして、花房さんって怖い人、なのかも⋯⋯?
シヅキに注意され、今は大人しくお互いを睨み合うだけにとどめている2人は、さすがトップアイドルなだけあって、立っているだけでもオーラがある。
ユーマは金茶色のライオンの立髪のような髪型に真っ赤な瞳が特徴で、自信たっぷりの俺様系アイドル。
対してアヤトは、銀色の猫っ毛で長めに伸ばした襟足に、青と金のオッドアイという人間離れした外見の中性的なアイドルであった。
2人ともタイプは違うが、息を飲むほどの美形である。
そんな先輩3人を前にして、緊張しつつも挨拶をするために口を開く。
「今年入社した叶ゆめです。こちらは私が担当する事になったアイドルの、碓氷千雪と花房華月です」
——あれ? 花房⋯⋯?
言いながら、カヅキとシヅキが同じ苗字である事を不思議に思い、カヅキの方をちらりと見ると、彼はシヅキを有らん限りの力で睨み付けている最中であった。
しかし、当の本人であるシヅキはと言うと、カヅキの視線に気付いているはずなのに知らん振りで、その話題に触れることはなかった。
「よろしく⋯⋯お願い、します」
「⋯⋯⋯⋯」
礼儀正しく挨拶するチユキに対して、むっつりと不機嫌そうに黙り込むカヅキ。
そんなカヅキを見て、今まで大人しくしていたユーマとアヤトが口を開いた。
「⋯⋯もしかしてこのちっこい奴、シヅキさんの弟? ははっ! 全然似てねーんだな」
「うん。あのシヅキさんの弟なのに、想像してたよりもオーラがないよね。ついでに身長も!」
「シヅキさんの弟が入るっつーから楽しみにしてたのにコレとはな⋯⋯。期待外れもいいとこだ。お前、アイドル向いてねーんじゃねーの?」
言いたい放題の彼らに、喧嘩っ早いカヅキなら2人に掴みかかるかと身構えるが、私の予想に反して、カヅキが言い返すことはなかった。
その代わり、俯いた彼はギリリと血が滲みそうな程強く唇を噛み締めており、必死に耐えているようであった。
——私でさえこの2人の酷い言葉は聞くに堪えないっていうのに、当の本人であるカヅキくんが傷付かない筈がない! それに、たった今会ったばかりの人に、カヅキくんの何が分かるっていうの!?
普段の強気なカヅキからは考えられない、辛そうに歯を食いしばる姿を見た私は、気付いた時には無謀にもユーマとアヤトに向かって行っていた。