無茶振り社長に直談判!②
「そもそも、あやかしが何故アイドルを⋯⋯?」
私にした仕打ちをもっと責めてやる筈だったのに、落ち込むチユキを目の当たりにすると、口をついて出たのは何故かその言葉だった。
「オレだってやりたくてやる訳じゃねーよ。⋯⋯こっちの世界にも色々あんだよ」
私の質問に、カヅキは面白くなさそうに答えた。
「そんなにやりたく無いならやらなきゃいいのに⋯⋯」
そんな彼の反応に、思わずぼそりと呟く。それにチユキが反応を示した。
「⋯⋯⋯⋯アイドル、やらないと⋯⋯一人前って認められないし⋯⋯人間に危害を加える可能性があるからって、行動が制限される⋯⋯⋯⋯」
「だから、3年間の辛抱だって仕方なくやってやるんだよ」
「俺は、ちょっと楽しみだった⋯⋯」
「えっ! マジかよ、チユキ変わってんな〜」
「俺は変じゃない⋯⋯東京に来るの、楽しみだった⋯⋯」
「お前の実家、ド田舎だもんな」
「ちょっと、2人とも? 話が脱線してるわよ」
「「あ⋯⋯」」
社長の言葉に、2人が揃ってしまった、という顔をする。そんな姿は、年相応の普通の男の子という感じで、とてもあやかしだとは思えなかった。
「と、とにかく! 私には無理です! この件は降りさせていただきます!」
「そうね、貴女がそこまで言うなら強制は出来ないけど⋯⋯いいのかしら?」
「⋯⋯え?」
私の言葉に、社長が大袈裟にふるふると首を振った。
「彼らの担当マネージャーを降りるって事は、寮からも出て行ってもらわないといけないわ」
「え!? で、でも、もともと私は別の単身者用の寮になるって入社前に説明が⋯⋯」
「そうだったかしら? でも残念だけど、今の社員寮に空きはないの。つまり、あのマンションを出て行くなら、自分で住むところを探すしかないわね。⋯⋯ああ〜残念だわ。この辺って貴女が思ってるよりも家賃相場も物価も高いから、心配だわ〜⋯⋯」
そう言って、社長がわざとらしくこちらをちらりと見た。
——うそでしょ!? お母さんはこの仕事に反対してるし、逃げるように家を出て来たから今更戻れない。それに、今から自分で部屋を探すなんて、無謀過ぎる!
「ちょ、ちょっと待ってくださいっ!」
そう思ったら、思わず声を上げていた。
そして、焦る私を見て、社長は真っ赤な唇でニンマリと笑った。
「⋯⋯やる気に、なったかしら?」
「うっ⋯⋯は、い⋯⋯⋯⋯」
今更、社員寮を出て1人暮らしなんて出来る筈ないし、もちろん、ここを辞めるなんて選択肢も無い。
よって、私には一つの道しか残っていなかった。
✳︎
社長室からの帰り道、私はとぼとぼと肩を落として歩いていた。
「はあ⋯⋯結局、社長の思惑通りになっちゃったなあ⋯⋯」
「決まった事に今更文句言うんじゃねーよ」
「オレ⋯⋯マネージャーに迷惑かけないように、がんばる」
——チユキくんはいい子だなあ。殺されかけたけど⋯⋯。それに比べてカヅキくんは⋯⋯
正直、私に対して妙に反抗的なカヅキとはやっていける自信が無いと、ちらりと彼を見やる。
「あ? なんだよ」
——こ、怖い! そんなに睨まないでっ⋯⋯!
可愛らしい外見に反して、カヅキの物言いは強く、常に好戦的である。
そんな彼を見て、これがいわゆるギャップ萌えというやつなのだろうかなんて、呑気な事を考えてしまう。
ここまで勢いで来てしまったが、話を整理すると、彼らは高校生の3年間、人間の学校に通いながら、アイドルとして活動しなければならないらしい。
何故、アイドルなのかというと、あやかしとは本来、非常に獰猛な性格で人の感情の機微には疎いらしい。それでは人間社会で生きて行くには致命的なものである。
殊更、愛という感情には理解が及ばないそうで、それを理解するためには、ファンを愛し自身も愛される、アイドルという存在が一番手っ取り早いからだと、座敷わらしだというおかっぱ頭の秘書から説明があった。
ちなみにBNW所属のアイドルは殆どがあやかしらしく、その殆どが3年間の活動を終えた後は、故郷に戻るか事務所で裏方として働くようで、卒業後もアイドルを続けるあやかしは非常に稀なようだ。
って事は、シオン様も!? と思ったが、怖くて私には聞けなかった。
「社長め⋯⋯! いつかぎゃふんと言わせてやる!」
拳を強く握り、社長への宣戦布告をする私を見て、可笑しそうにカヅキが笑う。
「ぷっ⋯⋯お前、よく社長に食ってかかれたよな」
「え⋯⋯? だってあの時は頭に血が上ってて⋯⋯」
「社長は怒らせるとめちゃくちゃ怖いんだからな。なにせ、日本のあやかし界を取り仕切る、こわ〜い鬼、だからな」
「ひっ!!」
食われなくて良かったなと、ニヤリと笑うカヅキに、あの社長に頭からバリバリと食われる光景を想像してぞわりと鳥肌が立つ。
「カヅキ⋯⋯マネージャー脅かしちゃ、ダメだよ」
「だってコイツの反応一々おもしれーんだよ」
「それでも⋯⋯ダメ⋯⋯」
「あー! あー! チユキうるせー!!」
戯れ合う今の彼らは普通の高校生のようで、あやかしだなんて、やはり私にはとても信じられなかった。
——これから、私がこのあやかし2人の担当マネージャー⋯⋯⋯⋯やっていけるのかな⋯⋯。
私は2人に気付かれないように、小さくため息を吐いた。