波乱の同居生活の幕開け!①
気が付くと、私は季節の花々が咲き誇る花畑に立っていた。
目を凝らすと、私の他にも誰かがいるようだった。その人は、此方に背を向けて立っており、柔らかそうな蜂蜜色の髪がふわふわと風で揺れている。
——!! シオン様だ!
あんなにも、あんなにもライブや彼の出演する番組、雑誌を欠かさずチェックして目にその姿が焼き付くくらい何度も見ていたのだ。私が、シオン様の後ろ姿を間違う筈がない。
すると、彼が不意にこちらを振り返る。
「ユメ⋯⋯俺を追いかけてこんなところまで来てくれたんだね。ありがとう、君は俺の一番の————」
シオン様が優しく微笑み、こちらに歩み寄りながら言った。そして、私の肩に手を添えたと思えば、顔を近づけてきて——
——えっ!? こ、ここここのままじゃ、シオン様と⋯⋯キ、キスしちゃう⋯⋯!!
「そっ、それはダメーーーー!!」
私はがばりと勢いよくベッドから飛び起きた。いや⋯⋯飛び起きようとした、が何かが上に乗っていて身動きが取れなかった。
「っ! ちょっと! いきなり動かないでよ!」
「⋯⋯⋯⋯え?」
私の上に馬乗りになっていたのは、成り行きで昨日から私が担当する事になったアイドルの1人、花房華月だった。
——そういえば、担当アイドルと同居して絆を深めなさいって社長の指示で、会社近くのマンションに3人で住むことになったんだった。
状況がうまく飲み込めずに、寝起きの掠れた声で彼に今の状況を尋ねる。
「か、カヅキくん? なんで私の部屋に⋯⋯しかもベッドにいるの!?」
慌てふためく私を見た彼は、キョトンとした顔になって言った。
「何って、朝ごはんだよ。⋯⋯いいから、動かないで⋯⋯」
カヅキは不意に真剣な顔付きになり、男の子にしては華奢な身体の彼から、およそ出るとは思えない強い力で私をベッドに押さえ付けた。
必死に抵抗しようとするも、彼の真っ赤な瞳に見つめられると頭がぼーっとして、力が入らない。
カヅキは、身動きが取れない私の首に唇を寄せ、ぺろりと舐める。ざらざらとした舌の感触に、ぞくりと鳥肌が立った。
「っひ! か、カヅキ⋯⋯くん」
「なに? これもマネージャーの仕事でしょ?⋯⋯大人しくしてれば痛くしないから⋯⋯」
——ど、どういうこと!? 何で私は年下の⋯⋯しかもアイドルに首を舐められてるの!?
ぴちゃぴちゃと、尚も私の首筋を舐め続けるカヅキに抵抗しようと必死にジタバタともがくも、彼はびくともしない。
混乱する私をよそに、カヅキの八重歯にしては鋭い歯が、私の首にプツリと刺さり、皮膚を破った。
「!?」
「っん⋯⋯⋯⋯はぁ、」
ジュルジュルと、私の首から流れ出る血液を、カヅキは悩ましげな吐息を吐きながら、美味しそうに飲んでいた。
不思議と痛みは感じなかったが、無理矢理血液を吸われる感覚に頭がクラクラし、指先が徐々に冷たくなっていく。
「はあ⋯⋯。久しぶりの血、おいし⋯⋯」
どれくらいそうしていただろうか、漸く私の首筋から離れたカヅキが、ぺろりと唇を舐め、恍惚の表情で言った。そんな彼の口元には真っ赤な血が滴っていた。
その頃には、貧血で頭がクラクラするものの、金縛りのような感覚は消えていた。今なら、身体はずしりと重たいがなんとか身動きがとれそうだ。
しかし、その事にカヅキは気付いていないようで、
「マネージャー⋯⋯おかわり、いいよね?」
と、再び首筋に唇を寄せる。
「っ! 良くないっ!!」
「うわ!?」
私は渾身の力を振り絞って、迫り来る彼を突き飛ばした。
そして、突然の反撃に目を丸くしてひっくり返るカヅキを残し、部屋から飛び出す。
ただでさえ血が足りてないのに、いきなり飛び起きて走ったものだから視界がグルグルと回って倒れそうになる。
しかし、それが些細な事だと思うくらいに私は、カヅキの行動に困惑していた。
——さっきのは一体何? カヅキくん、私の血を吸ってたよね!? もしかして、私⋯⋯殺されちゃうの!?
「と、とにかく逃げなきゃ!」
この際、パジャマ姿なのは気にせずに玄関へと向かおうとすると、チユキの部屋の扉が開いているのが目に入った。
——逃げるにしても、チユキくんを置いていくわけにはいかないよね! このまま置いていったら、彼もカヅキくんに襲われてしまうかもしれない⋯⋯!
私は急いで踵を返し、チユキの部屋へと入った。