99.変化
涼夏と迅は、普通に治癒の対で生活している状態になった。
高瑞が昌士をそれは上手く育ててくれているようで、あちらは落ち着いていて、最初はあまりに高瑞が大きな気の神なので怖がっていた最初とは違って、数週間経った長月(9月)の今、高瑞に来てもらって良かったと宮は穏やかな雰囲気になっているようだ。
迅も、何やら拍子抜けしたような顔をしていた。
最初は自分でなければと少し、帰らない事を罪に感じていたようだったが、あちらが自分が帰るより余程上手く回っている事実を蒼から聞いて、複雑な気持ちだった。
そもそもが、記憶がなく迅として存在だけする自分なら、自分など役立たずで居ても同じだと拗ねたかもしれない。
だが、あいにく迅は過去の記憶を持っていて、王座にも何も興味はなく、ここへこうするために降りて来たのだと思っているので、そこまで卑屈にもなっていなかった。
だが、何もするなと言われるのはつらい。
涼夏も同じのようで、毎日退屈に鬱々と過ごしていた。
そんな二人の所に、珍しく十六夜が訪ねて来た。
「よお。」
十六夜が言った。
涼夏は、パッと明るい顔をした。
「十六夜!珍しいわね、最近は全く来なかったのに。あの時文月だったけど、もう長月よ?」
十六夜は、頷いた。
「放置していてすまないな。維月がまだここに居るし、ほっとくわけにも行かねぇしよ。お前達は、蒼からいろいろ聞いてるだろ?もう陸の宮は心配ないぞ。だいたい高瑞にとって、あれぐらいの規模の宮なんか朝飯前だからな。」
三番目に上がるとはいえ、元は下位の宮なのだ。
確かにそうだろう。
「じゃあ、我はもうここから出ても良いか?蒼様にも何もお返しできておらぬし、できたら我はしっかりとお仕えしたいのよ。こんなところでただ生きておるなど、まるで自分が無用の長物になった心地になる。もうあちらの宮は我を必要としておらぬのだから、良いのではないか?」
十六夜は、頷いた。
「ああ。それはもう良いかとは思うけどな。蒼に聞いてくれ。オレには決められねぇ。」と、椅子にどっかりと座った。「それで、話しとこうと思ってな。定満の宮だ。栄子が正妃を下ろされたのを知ってるか。」
迅と涼夏は、驚いた顔をした。
「え、正妃を?だって…栄子様は確か、二番目の宮の加栄様のところから来られたのよね。もう数百年前だけれど。」
十六夜は、頷いた。
「もうあれから二月ほどになるか。志心が定成の様子を見に行ったんでぇ。そうしたら、やっぱり第一皇子の定弥は礼儀も何もなってねぇし、定成は臣下の着物の生地みたいなので仕立てた着物を着てて、定弥は父親と同じような着物を着てたそうだ。しかも、父親の定満はそれに気付いてないようだった。そんなわけで、ちょっと定弥の礼儀知らずを突いて、このままじゃ譲位しても王とは認められねぇみたいなことを言ったらしい。王座に就くなら、龍の宮にでも礼儀見習いに行かせろってさ。」
迅も涼夏も身震いした。
龍の宮に行儀見習いなど、敷居が高過ぎる。
十六夜は、二人の様子を見て意地悪くニタッと笑った。
「だろ?嫌だよなあ、無礼な事をしたらいくら皇子でも投獄されるし、運が悪けりゃ殺される。教育も満足されてない定弥からしたら、死刑宣告と同じだからな。だから、定満は譲位は諦めたみてぇで、今は必死に定弥を宮で育ててるらしい。驚いたことに定成もな。あいつは母親が違うから、そっちに躾けられててある程度はできる。だから、二人で寄って集って定弥を育ててるってことだ。」
迅は、目を丸くした。
「え…でも、定成は未来を知る者なのでは。神世を変えようとしておるのだろう。」
十六夜は、顔をしかめた。
「そうなんだよ。でもな、定成はあれからはぐれの神の辰巳にも会いに行かねぇ。新月の夜には待ち合わせ場所に行くって聞いてたのに、全く。とにかく定弥を育てるために必死で、外には出てねぇ。どういうことなのか、オレにも分からねぇんだ。ただ、あの辺りは驚くほど落ち着いてる感じだな。」
涼夏は、眉を寄せた。
「…思った通りに未来が変わったのかしら。でも、陸様の宮が廃宮になるのを利用しようとしていたのよね?」
迅は、それに頷いた。
「今は全くそんな様子はないし、高瑞様がいらしてくださったから、むしろ前より良くなっておるらしい。庭もそれは美しい様で、まるで上位の宮のようだと回りから言われておるそうな。」
庭は高瑞の趣味だけどな。
十六夜は思ったが、頷いた。
「そうなんだよな。どういうことか分からねぇが、定成本神に聞くしかねぇ。というか、あいつだって生きなきゃならねぇし、宮が無くなるのは大変だろう。だからじゃねぇかな。こうなるならなるで、だったら宮を存続させる方向で頑張ってるんだと言えばそう見えて来るけど。」
言われて、迅と涼夏は確かにそうかも、と思った。
そもそもが滅んでしまう宮に入ってしまって、生きようと定成も必死だったのかもしれない。
だから、どうせ滅ぶ宮が隣りにあるんだから、そっちをさっさと言う事を聞いてくれる父王が居る間に、滅んでもらって自分が、と思ったとしたら合点が行く。
何しろあの宮には、神世を大きく変えるような力はない。
未来を知っているとしても、何か起こすには難しい位置だった。
「…思ったほど、面倒なことはないのか…?」迅は言った。「もしかしたら、定成は別に生きたかっただけで、神世をどうにか考えておらぬのか?」
十六夜は、ため息をついた。
「分からねぇよ。だがな、あいつの頭にどこまでだか知らねぇが、神世の未来があるのは確かだ。このまま放置して良いのかはまだ分からねぇ。そもそも、本来なら死んでたはずの定成が、定弥と仲直りしてるって事は、政務に口出しし始めるってことだ。其れができる位置に来たって事だからな。これからの動き次第じゃ、あいつは厄介なのは確か。流れ通りに行ってれば、そのうち定弥が定成を殺しただろうが、今はそれはねぇ。もしかしたらこっちの方が、厄介だったんじゃねぇかと思ってもいる。迅には気の毒だが、逆らわねぇ方が後々面倒がなかったって思い始めてるぐらいだ。」
迅は、息を飲む。
涼夏が、庇うように言った。
「でも!そうなったら迅と我は何のために降りて来たの?元の流れじゃまずいからなんでしょ?それとも私達が、乱すために降りたというの?」
十六夜は、また首を振った。
「だから分からねぇっての。これからの事を見てるしかねぇだろ。幸い聡子が居る。あいつが流れを知ってるから、これでおかしな事になりそうならきっと教えてくれるさ。だからお前達は今は陸の宮が無くならなかったのが良かったんだって思っとけ。後はオレ達が考える。」
そうは言っても気になった。
聡子からは、あれから何度も文を出してみたが、返事はない。
聡子が何を知っていて、何のためにここへ来たのか詳しい事は分からず終いだ。
そもそも聡子は、自分達にどんな感情を持っているのだろうか。
それすらも、わからないのだ。
「…聡子には、会えない?我は、文を書いているけど全く返事が来ないの。十六夜なら、話してもらえるでしょ?会って話したいって知らせてもらえないかな。」
十六夜は、それには首を振った。
「ダメだ。今は炎嘉の宮で隔離状態だよ。上位の王以外が接するのを禁じられてるんだ。上位の王だって、炎嘉の立ち合い無しでは会えねぇ。あいつの頭には、書ききれなかったが見えていた情報も全て詰まってるんだってさ。だから、お前達以上の事を知ってるんだよ。オレは気軽に話し掛けられるけど、それでも遠慮してるぐらいなんだ。もう、お前らが知ってる聡子じゃねぇ。今は話すのは諦めろ。」
それでも聡子は、自分達がほしい答えを持ってるかもしれないのに!
涼夏は思ったが、確かに龍王ですらまだその存在を知らされていないのだ。
事態が落ち着くまでは、炎嘉が伏せているからだった。
迅と涼夏は、神世から孤立している。
同じ境遇である聡子に、どうしても答えをもらいたかった。
「…それでも、一度放してみてくれないな、十六夜。」迅が言った。「我らには大きな事なのだ。何のためにここへ来たのか、黄泉ではどうだったのか、聡子の口から聞きたいのよ。我らはこれから、どうしたら良いのだ。これで間違っていないのか、それすら分からぬのだぞ?もしかしたら、我が宮は滅ぶべきだったのかやもしれぬのに。」
言われてみたらそうだ。
十六夜は、渋々ながら頷いた。
「一度話してはみるが、あんまり期待すんな。恐らくあいつは、駄礼とも話すつもりはねぇ。そのつもりだったら、とっくに返事を書いてるさ。」
分かっていたが、希望は欲しかった。
答えが欲しい。
これで良いのだという、確信が欲しい…。
二人は、黙って十六夜の背中を見送ったのだった。




