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96.段取り

蒼は、高瑞の北の対へと向かった。

高瑞は、天媛と庭を散策していたようだったが、ちょうど帰って来るところだったようだ。

居間へと入って行くと、天媛と二人で正面の椅子へと座り、笑顔で迎えてくれた。

「蒼。珍しいの、どうしたのだ。天媛が、蒼が参ると申すから、急いで庭から戻って来たのだ。最近退屈での。こちらの庭も落ち着いたし、そろそろ東の方にも手をかけても良いか主に聞こうかと思うておったところよ。」

天媛は、やはり見ているのだな。

蒼は、思った。

燐にも高瑞にも、政務を手伝ってもらっているが、如何せん二人は普通の神なので、今回の事は伏せていた。

なので何も知らないのだが、天媛は言わなくても知っているのだろう。

蒼は、頷いた。

「もう、庭は全部高瑞と燐に任せるから好きにしてくれていいけど、それより頼みたい事があって来たんだ。あの、陸の宮の事なんだけど。」

高瑞は、急に神妙な顔をして、頷いた。

「あれは心の臓が発作を起こしたらしいの。昌士ではまだ無理だろうに。迅は帰らぬのか?」

蒼は、渋い顔で頷いた。

「帰っても良いけど、碧黎様がやめた方が良いって言うから。ほら、やっぱり第一皇子は迅だし、昌士は励んでるのに軋轢が生まれる可能性があるだろう。だから、オレとしても穏便に済ませたいし、今は流行り病が脳に来て脳の病だと言って、こちらに留めおこうと思ってるんだ。」

高瑞は、眉を寄せた。

「…しかしそれでは宮が回らぬだろう。それほどの規模ではないが、元ははぐれの神であって慣れぬ上、学んでおって机上の知識しかない昌士には荷が重い。陸が教えて何とかやって行けるようになるのを見守るのではなかったか。」

蒼は、また頷いた。

「そうなんだ。だから、なんだけど、炎嘉様から頼まれてね。陸が良くなるまで、高瑞に昌士の指南を頼めないかって。」

実際にはまだ炎嘉は何も言って来ていないが、碧黎がああいっていたのでそのうち言って来るだろうから、蒼はそう言った。

高瑞は、驚いた顔をした。

「我が?…まあ良いが、あちらは我が来て気を遣うのではないか?何しろ、我は今はこれでも最上位の王であったからの。気の大きさが全く違うのだ。昌士は大丈夫か?」

言われてみたらそうなのだが、高瑞ならあちらも抗う気にもならないだろうから、一番良いのだ。

なので、頷いた。

「それは、教えてもらうのに高瑞以上の神なんかいないんだから誰も文句は言わないよ。そもそも、あちらの地域に詳しいだろう。高瑞しか居ないんだ。もし長引くようなら、燐にも代わってもらうから。高瑞が一番良いんだよ。」

高瑞は、蒼があまりに前のめりになって言うので、勢いで頷いた。

「良い。というか、我は始めから良いのよ。どうせ暇であったし、別の宮の面倒ぐらい、暇つぶしにもなるしな。だが、天媛も連れて参るぞ?それは良いのか。」

蒼は、まだ確認していなかったが、頷いた。

「それは妃を連れて来るのは当然だから良いと思うよ。じゃあ、行ってくれるんだな?」

高瑞は、頷いた。

「参る。」と、天媛を見た。「良いな?天媛よ。」

天媛は、微笑んで頷いた。

「はい、高瑞様。あちらのお庭を見るのも楽しみですわね。いっそのこと、合間に庭師に指示してあれこれ作り直してはどうでしょうか。あちらの地形は難しいですし、遣り甲斐もありそうですわ。」

高瑞は、微笑み返して頷いた。

「おお、確かにの。どうせあの宮ぐらいならそう時も取らぬから、合間に庭を造るか。面白そうだの。」

高瑞から見たらそうなるだろう。

最上位の宮を治めていた神なのだから、ちょっと遊びに出るぐらいの気持ちなのだろう。

蒼は、ホッと肩の力を抜いた。

「良かった。じゃあ、あっちは今正に困ってるから、高瑞が良い時を教えてくれたらその時行くって言う。どうする?」

高瑞は、言った。

「今からでも良いぐらいぞ。それより主、宮の政務は大丈夫か。我が担っておったところを、燐に丸投げになるのではないか?そこのところ、燐にも了承を得て参れよ。」

確かにそうだった。

蒼は思って、立ち上がった。

「分かった。確かにね。じゃあ、日程はこっちで決める。助かるよ、高瑞。」

高瑞は、笑って手を振った。

「良い。我も久方振りに何かの役に立つような気がして、良い暇潰しになるわ。」

ほんと、優秀なんだもんなあ。

蒼は、思いながらそこを後にした。

高瑞は、今も最上位の宮で王座に座っていてもおかしくはないほど出来る神なのだ。

月の宮で、蒼の手伝いだけに使っているのはもったいないので、こんな機会に役に立ってもらおうと、蒼は思って燐の部屋へと急いだのだった。


一方、陸の宮では昌士が臣下に囲まれて蒼からの書状を読んだ。

迅の病状は、思ったより悪いらしい。

こんな季節外れの流行り病と聞いて、おかしいとは思っていたが、どうやら質の悪いものだったようで、脳に回って後遺症が出てしまっているようだ。

そうなってしまうと、こちらへ返しても役には立たないので帰せない、と蒼は言う。

だが、それではこちらの宮が回らないだろうから、あちらで政務の手伝いをしている、高瑞を昌士の指南に送る、と言って来たのだ。

しかも、明日にでもこちらへ来る勢いの書き方で、臣下も昌士も困惑した。

鴇が、言った。

「…高瑞様は、王座にあられた時に遠くお見掛けしたことがありますが、それは大きな気の持ち主であられて。さすがは最上位の宮の王だと、我も恐れてお側近くに参じることはできませなんだ。いくら今は隠居されておるとはいえ…この宮に来られるには、我らも敷居の高いことでありまする。」

昌士も、頷く。

何しろ、昌士は月の宮で居た頃に、高瑞が庭を妃と散策しているのを遠くに見たことがあったのだ。

その気は、同じように大きな気の蒼とは比べ物にならないほど強く、圧力を感じるものだった。

蒼は闘神ではないが、高瑞は闘神だからだ。

あれでも、最上位の中では穏やかな気であるらしいが、はぐれの神の中で育った昌士には、充分に恐れるだけの気であったのは確かだった。

もちろん、龍王や鳥王の気は比較にならないほどのプレッシャーを与えて来たが、高瑞もそれに引けを取らないと昌士は思う。

そんな神が側近くで自分に政務を教えるなど、考えただけでも気を遣う事態だった。

「…高瑞様には、確かに我はお見掛けした事があるが、大変に大きな気をお持ちの神だった。そんなかたが、我の指南など…もったいなさ過ぎて、誠に良いのかと思う。」

だが、蒼が決定事項のように通達して来ているので、断る選択肢はない。

それに、迅が病の今、このままでは宮が回らないのは確かだった。

ここへ来て、昌士は初めて迅の存在が有難かったのだと思った。

兄だと思うので、せっかく励んでいる王座に近い位置なのに、迅が返って来ることで自分の全てが否定されてその座を追い落とされるような気がして、煩わしく思っていたが、こうなって来るとそんな事は関係ない。

そもそも、迅は王座には興味はないと言っていた。

それなのに、勝手にこちらが対抗心を持って、勝手に疎ましく思っていたのだ。

迅は、この宮に必要だったのに。

昌士は、見舞いの文すら送らなかった自分に後悔した。

病は気の持ちようだと言うし、自分が労わる文を出していたら、脳の病などに罹らなかったのではないのか。

そう後悔したが、今更どうしようもない。

臣下も、せっかく蒼が言って来ている事だし、高瑞も来ると言っているらしいので、仕方なく蒼と高瑞に丁寧に慎重にお礼の書状を書いて、送った。

そして、宮の中を高瑞が来ても大丈夫なように、必死で飾り付けて整えたのだった。

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