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94.発露

迅と涼夏がじっと待っていると、蒼は何かに耳を澄ませるように空を見上げて身動きしなかった。

十六夜の声が、言う。

《…詳しい事は?…そうか。そっち行く。だからオレも話を聞かねぇと!》と、声がこっちを向いたように感じた。《おい、鳥の宮へ行って来る。炎嘉に話に来た皇女が、記憶があるって言ってるんでぇ。ほんとかどうか聞いて来る。まあ、嘘つくような奴じゃねぇだろうから多分ほんとだろうけどよ。》

涼夏は、必死に言った。

「待って!いったい、誰が詠み人なの?!嘘つくような子じゃないって?!」

十六夜の声は、ぶっきらぼうに答えた。

《聡子だよ。》涼夏と迅は、固まった。十六夜は続けた。《とにかく行って来る。じゃあな。》

十六夜の気配は、月から消えた。

鳥の宮に降りて行ったのだろう。

同じ物を見て聞いていたのだろう蒼が、言った。

「十六夜が聞いて来てくれる。聡子だったら塔矢の皇女だし、嘘だとか冗談だとか無いだろう。聡子は、思い出したって塔矢に訴えて、里帰りする恵麻について鳥の宮へ上がって炎嘉様と目通りしたらしい。そこで、炎嘉様に話したみたいなんだよ。」

涼夏は、茫然としながらも言った。

「聡子は…聡子は我と幼い頃からの友で。とても我を気遣ってくれる、優しい賢い子でした。あの子が詠み人なんて…でも、だったらどうしてこちらへ来たのでしょう。我らと同じ時に。」

蒼は、首を振った。

「詳しい事は十六夜が。オレ達はこっちで待つしかない。」

言いながらも、蒼は気遣わし気に空を見上げている。

恐らく、月から見ているのだろうと思われた。

…そんな…聡子が詠み人だったなら、もっと相談しておいたのに。でも記憶を戻したのが今だったなら、知らない時にそんなことを相談していたとしても…。

あれから、文をくれても積極的に返して来なかった自分が悔やまれた。

もっと聡子と、こちらへ来てからも交流しておいたら、こんな時気軽に文を出すこともできたのに、罪人の子が繋がるのもと疎遠にしていたので、今ではそこまで厚かましくもできそうにない…!


十六夜が急いで鳥の宮へと降り立つと、何かを悟ったような気を持つ聡子、そして涙ぐむ塔矢が炎嘉の前に並んで座っていた。

炎嘉は、言った。

「十六夜。この、塔矢の皇女の聡子が記憶を戻したと我に話しに参った。こやつは、詠み人であったそうな。」

十六夜は、聡子をじっと見つめた。

前に見た時は、こんなに大きく感じなかった。

十六夜は、思った。

まだ若く幼い皇女であったように思うのに、今の聡子はまるで別神だ。

父親の塔矢ですら、戸惑っているようだった。

「…オレが陽の月の十六夜だ。お前が、迅や涼夏が読んでた物語とやらを書いてた詠み人か?」

聡子は、まるで母のような視線で十六夜を見て、頷いた。

「はい。我がそれを書きました。あなたの初めから、その先までを我は書き残して死にました。まさかそれが、現実にあるものを見て、詠み取って書き綴っておるなど思いもよらず。死した後にそれを知り、その後それを読んだ事があるという、人々にもあちらで会いました。三人でありましたが。」

十六夜は、その暖かい視線に戸惑いながらも、頷いた。

「その…その三人が、迅と涼夏、定成だな。」

聡子は、頷いた。

「はい。とはいえ我らは人なので、大きな事などできませぬ。数百年は、あちらでおっとり昔語りなどして暮らしておりました。というてあの三人とはそう仲が良いわけでもなく、生前ネット上でしか繋がりはなかったので場所が遠く、そうそう会う事もありませなんだが。あの日…定成と今呼ばれておる命が、何やら良しない企みを持って降りたと聞くまでは。」

十六夜は、じっと聡子を見た。

あくまでも聡子が自分を見る目は優しく、まるで維月のような慈愛まで感じる心地よさだ。

「…お前、何でオレをそんな風に見る?なんだか落ち着かねぇよ。まるで母親か維月だ。」

聡子は驚いた顔をしたが、フフと笑った。

「まあ。申し訳ないわ、何しろあなたは我の子のようなもの。長く己が作ったものであると思うて、物語を書いておったので、実際に会ってとても懐かしく、慕わしく思うのですわ。あなたは誠に困った子で、一度維月にも呆れられてしもうたでしょう。これからの事は…何も申しませぬが、あなたらしさは大変に愛らしいと感じておりました。見た目はこのようですけれど、我は一度人として生きて子を育て死にましたから。あなたを嫁ぎたいように愛しておるのではありませぬから、安心なさって。」

時を経ている女のような言い方だな。

炎嘉は、思いながら言った。

「十六夜、それどころではない。今聞いたところ、陸の宮の未来は本来、陸が狂うて迅と昌士の争いの中で廃宮となるらしい。だが、陸は狂わずで、なので急な病に倒れたのだと思われる。迅は抗っておるが、やはり戻れば昌士と争いになろう。それを阻止せねばならぬのよ。とはいえ、聡子は我らに全て任せると申しておる。これは元の筋にこだわっておらず、我らに良いようにせよと申す。ちなみに陸の宮は廃宮になる運命だった。今もまだその危機にある。その後定満の宮に吸収されて、定成はそこに入って面倒を見ると言うが定弥がそれを許さぬのだ。後にその性質が仇となり筆頭軍神の佐々に殺されるらしいが、その頃には定弥に定成は殺されておって王族が途絶え、廃宮となる未来であるらしい。どうしたものかと考えておる。」

十六夜は、え、と顔を上げた。

「…迅は宮を滅ぼすために戻る事になるのか。」

炎嘉は、頷いた。

「そう。迅と昌士が王座争いで宮を荒らしてしまうのよ。というて今の迅は王座などに興味はないが、臣下が力を持つ下位の宮では勝手にそうなるだろうて。どうしたら良いと思う?志心にも、相談はしてみようと思うてはおるが。」

十六夜は、聡子を見た。

この幼い皇女の頭の中に、膨大な知識が蓄えられてある。

この落ち着いた様子も、全てそれゆえなのだろう。

母親から継いでいるだろう儚げな美しさが、その薄命さを現しているようで、何やら物悲しく見えた。

「…一度親父にも話して来るが、恐らくお前らに任せる事になるだろう。オレとしては迅には月の宮で平穏に暮らして欲しいし、苦労した昌士には上手く宮で立ち回って欲しい。それにしてもその定成は、なんだってそんなとこに転生したんだ?筋知ってるならわかっただろう。そこじゃまずいって。」

炎嘉は、答えた。

「それは我も疑問に思うたが、どうやら元は人であるのに高い場所、公明の皇子に生まれようとしたらしい。そうしたら、強い力の命に弾かれたのだそうだ。そうして落ちた先が定成だったようだの。だが、未来を知っておるから焦って這い上がろうとしておるのだと思われる。聡子も言うが、いくら不遇な生い立ちでも、そのような中身のヤツに力を持たせるのはまずい。ゆえ、定弥がそんな性質だからと後を定成に決める事もできぬ。何をしでかすか分からぬからな。」

「記憶を取っちまうわけにも行かねぇしな。何しろ未来の記憶は玉にできねぇ。」と、聡子を見た。「それとも、方法はあるか?」

聡子は、静かに首を振った。

「玉を取れないのは、それが他に悪用されるのを避けるためでありましたが、同時にそれを消す事も封じる事になりました。未来は我らが語る事でしか知らせぬ代わりに、それを消したい時には、この体ごと現し世から消えるより他ありませぬ。元より、我は未来を持って来た時に、目的を達したら黄泉へ帰ろうと思うておりました。炎嘉様が仰る通り、我らは脅威でしかないからです。迅と涼夏は、恐らく己が読んでいた所の後に記憶を戻したのではありませぬか?そのように願って降りたので。」

十六夜は、頷いた。

「その通りでぇ。あいつらは去年の正月までしか知らねぇと言ってた。その後、記憶が戻ったって。」

聡子は、頷いた。

「それはリスクを避けるためでした。元より決められた事なのです。定成の思惑がどうなるのか分からぬので、なるべく定成が居る近くにと願って転生したのであの場所に。とはいえ我らは、あの辺りだとは知っていても、事実誰がそれなのかは知りませんでした。流れを変えようとしている動きが出ておるので、定成だろうと我には推測できましたが。できたら…定成には、一度黄泉に戻ってもらいたいとは思います。今度こそ、黄泉の浄化の力であの記憶を消し去り、そうして人にでも転生した方があれにも良いのではないかと。」

その言い方に、恐らく聡子はあちらを出る時に、定成と心中覚悟で来たのではないかと十六夜は思った。

黄泉の記憶があるのだなら、あちらが悪い所でないのも知っている。

己の危険性を知っているので、その責務の後にすぐに戻って、また転生を待つつもりなのでは。

「…主、我がどこぞに嫁げと言うてもあっさり了承したのは、事が終われば去ろうと思うておるからではないか?」炎嘉が、眉を寄せて言った。「今の生に執着はないか。」

聡子は、ショックを受けている塔矢を気にしながら、言った。

「炎嘉様、今も申したように記憶はどうにもなりませぬ。我はいつまでも現世に留まるわけには行きませぬ。何に利用されるか分からぬのです。」

塔矢が居る前で、と少し聡子は炎嘉を咎めるような言い方をした。

炎嘉は、フッと笑った。

「…主は我の母親か。言い方が堂にいっておるわ。」聡子が戸惑うと、炎嘉は続けた。「まあ良い、それは後のこと。十六夜、碧黎と相談して参れ。後で報告を聞こう。我は志心に話して参る。」

十六夜は頷いて、立ち上がった。

そうして、相変わらず母親のような聡子に見守られながら、月へとうち上がって行ったのだった。

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