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93.目的

涼夏は、迅と共に治癒の対で炎嘉からの戻っても良いという連絡を待っていた。

もう数日になるが、全く炎嘉から連絡が来る様子はない。

対して、迅の宮の臣下からは、具合はどうかと毎日のように戻って来る日を待ち望んだ書状が届いていた。

まだ完全ではないと言われるので戻れない、と何度も返しているのだが、それでも毎日書状が来るので、もう返信するのも面倒で、帰る時まで連絡はしない、と返したきり、もう送ってはいなかった。

昌士からは、全く文は来ていなかった。

恐らくは、臣下が送っているのを知っているのでこちらへ送るのを遠慮しているのだろうとは思えたが、一度も来ていないのは気になった。

昌士が迅が戻るのを、快く思っていないかもしれない、と感じるからだ。

涼夏は、言った。

「…でも、昌士殿は迅にとても好意的だったじゃない?最初、兄弟だと知らなかった時も、毎日一緒だったしよく話をしていたわ。とても良い友という感じで…兄弟だと分かってからも、こちらでは上手くやっていたでしょ。」

しかし、迅は首を振った。

「今は立場が違うぞ。昌士は、あちらへ帰って王になる事を承諾してくれたのだ。我はこちらで安穏としておるのに、あちらで励んでおる昌士を差し置いて、毎日臣下は我に戻れと文を送って来る。それを見て、よく思わないのはそうだろうと思えるのだ。我は王になるつもりなど無いが…それでも、昌士にとって、我は脅威であろう。戻って来たら、地位を脅かされると感じておるのでは。」

涼夏は、顔をしかめた。

確かに、あちらで陸に教わってこれからという時に、陸が倒れて迅に戻ってもらわねば、宮が立ち行かなくなってしまった。

だが、今迅が戻って宮を回すようになり、陸が復活して来なければ、恐らく迅を王座にと皆が言うだろうし、最上位の王達も、それが一番良いと言うだろう。

そうなると、昌士はもう、はぐれの神ではないにしろ、一体引き揚げられた次期王という座から陥落させられ、ただの一臣下として迅に仕えなければならない。

迅自身が否だと言っても、回りからの圧力は避けられない。

それに、昌士が納得できるかどうかなのだ。

「…父上には、復活してもらわねばならぬ。」迅は、言った。「このままでは、我が宮へ戻っても、昌士の意思次第では面倒なことが起こるだろう。恐らくは、それが流れであって昌士は抗えぬだろう。宮が乱れに乱れるのが、筋であったと思わぬか?」

涼夏は、そう言われて渋々頷いた。

これまでの流れを見ていて、どう考えてもそうとしか思えないからだ。

その流れを利用して、恐らくは定満の宮の第二皇子だという、定成は何かをしようとしているのだろう。

正妃の子である兄に虐げられて育ったという、その皇子の目的はなんだろう。

陸の宮が、筋書きの中で乱れるとして、そうしてそれをどう利用するつもりなのだろうか。

涼夏は、じっと考えながら、ぽつぽつと考えを口にした。

「…第二皇子で、虐められてるわけでしょ…?」と、眉根を寄せる。「…普通なら、宮を出たいと思うわよね。でも、宮を出たらいくら皇子でもはぐれの神になる。居場所がないもの。月の宮も、蒼様はそんなにあちこちから神を受け入れたりなさらないわ。まずははぐれの神だと思っておられるし、宮があるならそちらへ帰れと仰るわよ。迅は特殊で殺されかけたりしたから、受け入れてくれるって事になったけど最初は渋っていたものね、十六夜でさえ。でも…だとしたら、どうなんだろう。宮を出たいけど居場所がないから、自分で居場所を作ろうって考えたの…?でも、陸様の宮が乱れてそれでどうなるの?」

迅は、ハッとした顔をした。

「乱れた後は、もし我と昌士が競い合ったとしたら宮は廃宮に。」涼夏が驚いていると、迅は言った。「恐らくそうだ。宮はの、後を継ぐ者が居らぬようになった時点で、龍王が命じて他の王を据えるか、それとも廃宮になるかどちらかになるのだ。他の王とて、我ら王族の他に、あの宮には際立って気が大きな神は居ない。そもそも我らは下位であってそこまで大きな気を持つ神の集まりでもないのだ。ゆえ、存在してもしなくても問題ない宮なので、龍王は廃宮とするだろう。だが、そうなったら多くのはぐれの神が出てしまうので、大概が傍の大きな宮がそこを領地として面倒を見る事になり、臣下はそのまま受け継いでその王の世話になる。我が宮の側に領地を持つのは、定満殿。つまり、定満殿が世話をすることになるはずなのだ。地形的にもあちらが一番良いから。」

涼夏は、ドキドキとして来る胸を押さえて言った。

「じゃあ、繋がったの?廃宮になっても宮は残るでしょ?そこを棲み処として、定成殿が治めるとか、可能性はある?」

迅は、何度も頷いた。

「ある。そう、あるのだ涼夏。領地が増えて喜ぶのは下位ぐらいで、上位の宮は今でも充分に領地があって潤っているので、増えるとその均衡が崩れるし、更に治めるために軍神や臣下を割かねばならぬし面倒だと考える。なので、龍王だとてやっておったが、跡継ぎの他の、兄弟にそこを治めさせるのだ。覚えておらぬか、維心が前世、獅子の滅びた宮の跡地を、南西の宮として残して、そこに明維と晃維の二人に治めさせた。龍の宮には将維を置いて、亮維を補佐にした。広すぎると目が行き届かないので、皇子達に振り分けて任せるのよ。つまり、定成はそれをもくろんでおるのでは。恐らく兄の定弥がそれを許すことはなかろうが、今は定満殿が王座に居る。その間に、さっさと我が宮が廃宮になれば、定満殿は我が宮を、定成に任せるはずなのだ!そうか、繋がったぞ!蒼様にお話ししないと!」

すると、十六夜の声が言った。

《聞いてた。》迅と涼夏が驚いて空を見上げると、十六夜は続けた。《蒼もオレが知らせたから見てた。オレ達は結界内の事は難なく見えるしな。今、そっちへ向かってる。蒼と話せ。》

迅と涼夏は、顔をしかめた。

思えば、ここに居る限り何を話していても十六夜の目からは逃れられない。

反抗する気持ちはこれっぽっちもないのだが、何もかも見ているのかもと思うと、何やら落ち着かない気持ちになった。

それでも、月の結界に守られているのは確か。

迅と涼夏は、蒼の到着を待った。


蒼は、急いで治癒の対へと駆け込んで来た。

礼儀がどうのあったものではなかったが、そもそもが月の宮ではそこまで厳しくは言われることが無い。

王の蒼がそうなのだから、皆緩くなっても仕方が無かった。

蒼は、ゼエゼエと息を上げながら、言った。

「聞いてたよ。十六夜がもしかしたら重要かもしれないとか言うから。盗み聞ぎして悪かったが、でも話が速い。主ら言う通り、オレもそれが正解なんじゃないかって思う。」

迅は、頷いた。

「はい、蒼様。あの、昌士の事が気になって。あやつは我とは友でありましたが、あちらへ戻ってからは文の一つも来ない上、此度病だと言うのに機嫌伺いの言葉さえないのです。臣下が我に戻ってもらいたいと毎日ほど書状を送って来るのに、もしや我を疎んじ始めておるのではと思う次第です。」

蒼は、頷いた。

「かもしれない。というか、今の話を聞いてたら流れはそっちのような気がする。何しろ確かに定成の生い立ちは気の毒な事が多かったので、宮を出たいと思う気持ちは分かるし、あの兄だったら恐らくは、仮に陸の宮が無くなったとしてそこを治めたいと定成が言おうものなら、それが良いのを分かっていながら、望んでいるならと許す事はあるまい。それほどに、陰湿ないじめをしておるようなのだ、定弥という皇子は。ま、正妃が悪いんだけどな。」

迅は、言った。

「ということは、定満殿が王であるうちに、我が宮にどうにかなって欲しいと思うておるでしょうな。」

蒼は、頷いて顔をしかめた。

「それが…定満はそこそこ歳なので、そろそろ譲位もと言いながらもう、数年来ているので。もしかしたら、それもあって早く陸の宮には廃宮になって欲しいんじゃないかって思うんだよね。定満は今550で、定弥は300、定成は250。普通なら定満は、まだ50年は頑張りそうなものだけど。」

とはいえ、蒼はもう900歳ぐらいだ。

何しろ不死なので、蒼に至っては歳はもうあまり関係なかった。

迅は、顔をしかめた。

「つまり、焦っておるということですか。」迅は、訴えるように言った。「未来を知っておるので、そのままに急いで壊滅させようと思うて、促そうとしておるのでは。」

蒼は、ハアとため息をついた。

「オレもそのように。改変しようとしておるのではなく、そのままだが早めようとしておるのでは、とオレも思った。そうなって来ると、こっちはその流れを変えたい、あちらは早めたいだから、間違いなくあちらの方が有利だ。陸が倒れて、流れは動いているけど…それが、早まっているかどうかは、オレにも分からない。ただ、定満が譲位の事を口にし始めているのは確かだ。」

十六夜の声が、割り込んだ。

《あれからあっちをよく見てるんだがな、どうやら定満は、正妃がめんどくさいから譲位してさっさと離宮に妃の成子(せいこ)を連れて引っ込もうと思っているようなんだよ。正妃は里に返して二人でのんびりしたいみたいだが、それを定弥が渋っている。だが、定満が絶対だと言えばあれは王だから従うしかないし、そんなわけで譲位が先延ばしになってる感じみたいだ。定満自身は、今にも譲位して厄介払いしたいみたいだな。》

またややこしいことに。

迅も蒼も思っていたが、涼夏が言った。

「でも、離縁しようと思ったらさっさとできるんじゃない?だって、我の父だって上位からの輿入れだったのにお母様を戻せたし。まして、支援などされているわけでもないのでしょう。」

蒼が、言った。

「そうだけど、定満は事なかれ主義だから。加栄の宮は今回の再編成で傘下を抱えて大きくなるし、面倒な事になってはと思うておるのではないかな。譲位に従って妃を返すことは多いから、恐らくそれで穏便に返そうと考えているのかもしれないな。でも、加栄は今さら叔母がどうの、言わないと思うけど。」

十六夜は、頷いた。

《加栄はこの動きを知ってる。叔母の栄子が何か言ってくれないかって加栄に文を送ったみたいだが、無視してるみたいだし。つまり加栄は、別に離縁されたからって別に気にしないと思うぞ。加栄も最上位との付き合いが始まって、それどころじゃないしな。》

どうしたものかと思っていると、蒼がハッとしたような顔をした。

十六夜が、息を飲んだのが聴こえる。

《なんだって、詠み人?!》

え…?

涼夏と迅も、動きを止める。

十六夜は、しばらく口をつぐんでいた。

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