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92.意味

蒼は、すっかり気持ちが楽になっていた。

何しろ、炎嘉に話したことで十六夜も碧黎も、炎嘉と話すのでこちらへ決断を促されるわけでもない。

だからといって、全てを炎嘉に丸投げするのもと思うのだが、蒼に出来ることが無いので仕方が無かった。

そんな中で、維月と十六夜はよく一緒に居た。

それどころでは無いのだが、こちらへ連れて帰ってしまっているので、維月にはすることが無い。

なので、退屈で十六夜が話し相手になっているのだ。

前までの十六夜なら、月から気が向かないと降りて来ないし、碧黎や将維が相手をしてしのいでいたのだが、今の十六夜は、維月が呼ばなくてもさっさと降りて来て、たわいもない話にでも相手になっていた。

どんな心境の変化なのか分からないが、確かにここのところの十六夜と維月の関係性は、変わっているように見えた。

それに、庭で散歩しているのを見掛けた時には、普通にキスしていた。

維月も、特にそれにおかしいとは思っていないようだった。

あの二人は、とっくに兄妹になっていて、そういうふれあいは全くなくなっていたので、蒼は最初に見た時には仰天したものだったが、お互いに気持ちは変わらないし、体の関係はないから変わってないと主張するので、それ以上は何も言わなかった。


維月は、十六夜から事情を聞いてから、迅と涼夏が少し、怖くなった。

何しろ、これまでの自分の愚行の数々も、あちこちの男性遍歴も知っているということだからだ。

陰の月であるがゆえに、いろんなことがこれまであった。

今は陰の地になったのですっかり落ち着いたのだが、それでも過去は酷いものだった。

そんなことを全部知っていると思うと、どんな顔をして話したら良いかと思うからだった。

十六夜は気にしていたらきりがないと言うが、父の碧黎ですら迅と涼夏と話すのは抵抗があるというぐらいでなので、維月には無理だ。

今日は、十六夜があちこち見張るためにと月へと戻っているので、維月は碧黎と共に居たのだが、その話になっていた。

碧黎は、言った。

「…まあ、主の心地は分かるわ。」碧黎は、顔をしかめて言った。「我とてあれらの目に見据えられると、何もかも知りおってからにと面倒に感じて顔を合わせるのに抵抗がある。だが、立場上いろいろ顔を合わせねばならぬ機会があって、避けられぬのよ。それが厄介に思う。」

維月は、確かになあと思いながら、碧黎の隣りで椅子へと座りながら、頷いた。

「はい。何もかもでありましょう?ということは、お父様と私の事もだし、維心様のことも十六夜の事も、皆知っておるということですもの。これまで、個人的な事まで知る者は少ないので安心しておりましたのに、あれらは皆知っておるとか。蒼が申すには、志心様と炎嘉様の昔のご事情なども、あっさりと話しておったと聞きました。その折、私が怒って志心様を不能にしておったのも言い当てておったそうですわ。」

碧黎は、疲れたように言った。

「…我はの、あれらの記憶を玉にして読んだので知っておるが、まあ誠に詳細に知っておったわ。天黎であったら親であるからしようがないと思うが、縁もゆかりもない輩がそんなに詳しく知っておるのかと思うと面倒ぞ。涼夏という方は、我の顔を見る度に、維心に似ておって、ええっとイケメン?とか何とか思うて好ましいと感じておるようぞ。姿が何ぞ。あれほどに短絡的に考える者達に、我らの事を詳細に知られて居ると思うと誠に落ち着かぬわ。」

碧黎も、嫌なのだ。

維月は、共感して頷いた。

「誠にそのように。ですがお父様、イケメンというのは、美形という事でありまして。それは許してあげてくださいませ。美意識は変えられませぬし、確かにお父様は美しい造形でいらっしゃいますわ。私も、お姿をお見上げするのが楽しいので、それを禁じられたら悲しいですわ。」

碧黎は、フフと笑って維月の肩を抱いた。

「主は。形ばかりか?もっと内面を愛して欲しいと思うもの。我らは命を繋いでおるのだからの。今からどうか?」

維月は、また何かツボをついてしまったのかしら、と思いながら首を振った。

「お父様、今はなりませぬ。戻っておるので維黎のお世話にも行かねばなりませぬし、将維と葉月の様子も見ておきたいのですわ。命を繋ぐのは、また今度で。」

碧黎は、仕方なく頷いた。

「分かった。いろいろ落ち着かぬ世であるしな。我も、しばし十六夜と地上を見張るのに集中して参る。主は維黎の所へ参るが良い。」

維月は頷いて、天黎との間にそんな関係もなく生まれた我が子の維黎の所へと、向かったのだった。


維黎の所、すなわち天黎に貸し与えられている対だ。

そちらへ入って行くと、維黎は天黎が見守る中、難しい顔をして書と向かい合っていたのだが、不意に顔を上げた。

そして、維月が居るのを見ると、顔をあかるくした。

「母上!」と、こちらへ駆けて来た。「お話は終わりましたか?」

維月は、恐らく天黎が今は碧黎と話しているから待てとでも言っていたのだろうと、頷いた。

「ええ。よい子にしておりましたか?維黎。」

維黎は頷いた。

「はい!父上がこの書を見て思う事はあるかと仰って。我は考えておりました。」

維黎は、もう体はそこそこ大きくなっていて、人でいう高校生ぐらいだ。

それでも純粋培養されているので、未だにどこか幼い所もあった。

滅多に維月に会う事がないので、母が来るとまだ甘えたいところもあるようだった。

「学ぶのは良いことですわ。父上は大変に物を知った方なので、しっかり学ぶのですよ。」

維黎は、神妙な顔をした。

「はい、母上。」

とはいえ、普段は訓練場に居て立ち合いを楽しむ事が多い子なのに。

維月が思っていると、天黎は言った。

「…そろそろあの遊びの終いにせねばならぬ。確かに同じ年頃の皇子達と立ち合う様は楽しげで、我とて禁じるのは心に重いが、これはそういった命ではない。あれらに勝って当然であって、今ではやはり他は既にこれに勝てぬようになっておる。最近は、己の使命を考えさせる事に時を使うようにさせておるのだ。」

維月は、維黎を見た。

維黎は残念そうだったが、天黎の言う事も分かる。

天黎も一度、皆に勧められて立ち合いに参加したことがあったが、他は足元にも及ばなかった。

そもそもが、勝てるはずなどないのだ。

なので、それから天黎は、どんなに勧められても刀を握る事はなかった。

それは、天黎の生きる意味ではないからだった。

「…父上の仰る通りに学んで考えておりますが、我にはまだ難しくて。皆を見守るだけと言うのが大変に難しいのです。我は、友が困っていたらつい、手を差し伸べたくなりますが、それではならぬのです。我は父上と同じく、全てを平等に平穏に成長するのを見守るのが役目であり、学びの場を取り上げる事はしてはならないと。ですが、苦しむ様をただ黙って見ているだけなのは、とても辛くて。」

確かにそうだろう。

維月は、維黎の頭を撫でた。

維月だって、今回の事にしてもできたら悩む維心のためにも、全て話してしまいたい。

だが、それが出来ないのだ。

「…維黎。分かりますよ、それは大変に難しいわね。我も同じであるから分かるのです。誰とも接しずに生きて来たならいざ知らず、あなたは友を持ってそれらと仲良くしておったのですもの。助けたいと思うのは、自然な反応ですわ。」

天黎は、ため息をついた。

「地上で生まれたので、我が知らぬ生き方をしても良いかと思うて見ておったが、逆にそれがこれを苦しめるのかと思うてな。我は、これの心持ちがよく分からぬが、碧黎などは分かっておるようよ。あれも前までならわからなんだと申しておったが、今は多くの命と話して接して生きておるから。言いたい事も多いのだと聞く。此度の事も…、我とて話してやりたいと感じるが、それも試練であって、黄泉にある時に己らで何とかしようと決めて立ち向かおうとわざわざ降りて来たもの達なのだ。ゆえ、我は口出しはせぬ。我らは我らで学びがあって、手を出さぬのも試練ではないかと思うておる。主もそのつもりで、己の立場を弁えて見守るが良いぞ、維月。」

天黎には、こちらの気持ちが簡単に伝わるのだ。

維月は、頷いて天黎を見た。

「はい、天黎様。では、私も維黎と共に学ぼうかしら。維黎、あなたが見ていた書を一緒に見ても良いかしら。」

維黎は、嬉しそうに頷いた。

「はい、母上!」

そうして、二人は天黎に見守られながら、書を見て思う事を話し合い、自分達の生きる意味を探って過ごしたのだった。

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