90.面会
塔矢は、鳥の宮を訪ねた。
だが、炎嘉はそこには居らず、龍の宮へと出て行ったばかりだと筆頭重臣の開から聞いた。
連絡を入れるのでしばらく待って欲しいと言われて、塔矢はしばらく待っていた。
すると、嘉張が戻って来て、これから月の宮へと行かねばならないので、明日また出直して欲しいとのことらしかった。
やはり、炎嘉は忙しいのだ。
塔矢は、無駄足だったかと、その日は仕方なく宮へと帰って来た。
恵麻が、大きな腹を抱えた状態で、出迎えに出てくれていた。
塔矢は、言った。
「恵麻、無理をせずで良いのに。」
恵麻は、微笑んで首を振った。
「少しは動かぬと。それより、炎嘉様は?」
塔矢は、首を振った。
「我が到着した時には、龍の宮へと外出されていて。そこから、まだ月の宮へとお出かけになるから、明日また出直せとのことだった。もう、主の里帰りも来週に迫っておるのだし、来週にするか。我も共に行って、その時にお話しすることにしよう。」
恵麻は、心配そうに頷いた。
「はい、我はよろしいですが…聡子殿は?それで良いのでしょうか。」
塔矢は、頷いた。
「聡子は、主の里帰りの時にでもついて行ってと申しておったのだ。我が急いだだけ。あれにも、主と共に行けば良いと申す。我が炎嘉殿にご挨拶をする時に、一緒に話しても良いしな。そも、独身の皇女が父王の同席なくして他の宮の王と同席するなど、できぬことであるし。聞いておく。」
恵麻は、慎重に頷いた。
「それはよろしいですが…聡子殿は、巻き込みたくないと仰っておったのでは?よろしいのですか。」
塔矢は、首を振った。
「娘が何かに巻き込まれようとしておるかもしれぬのに、我が放置などしておれぬ。どちらにしろ、聞かねばならぬのだ。同席するのが手っ取り早いであろう。主は何も案じる事は無いのだ。安く子を産んでくれたらの。」
恵麻は、頷いたが心配だった。
できたら自分も同席したいところだが、この様子だと自分はそこに居られないだろう。
それにしても、聡子はいったい、何を知っているのだろう。
前世とて、いったいどんな神であったのか。
恵麻は、気になったが腹の子を無事に産むのが何より先であるので、塔矢に気遣われて奥の部屋へと、戻って行ったのだった。
迅と涼夏は、蒼から話を聞いていた。
維心には明かせないという結論になったが、遂に炎嘉には話したのだと言う。
確かに炎嘉は、下位の神にも同情的で、維心のように有無を言わさずということはない神だ。
それは、小説を読んでいるので知っていた。
炎嘉なら、こちらの思いを分かってくれると判断したのだろう。
「それで、炎嘉様はなんと?龍王様にお話なさることはないのでしょうか。ご親友であられるでしょう。」
蒼は、苦笑した。
「親友だからこそ、維心様がこれを知ってどう動くのか、よくご存知なんだよ。維心様には言わないって。でも、志心様には話すって。あの方なら、きっと隠しておけるから。他はいろいろあって、一番良いのは志心様だろうって。」
迅と涼夏は顔を見合わせた。
「その…こんなことを申して良いのかどうか。」涼夏は、言いにくそうに言った。「その…最近では落ち着かれておるようですけれど、志心様は炎嘉様に、その…無理に、ええっと、そんな関係を求めていらした時があったと記憶しておりまして。炎嘉様を案じてしまうのですけれど…。」
そんなことも知ってるのか。
蒼は思ったが、確かにそんなこともあった。
だが、あれから維月が志心を不能にしたりして、いろいろあったのだ。
今は落ち着いているはずだが。
「その、我も知っております。」迅は、言った。「志心様には両刀使いであられるのでしょう。我らの事で、炎嘉様にはまた面倒な事になりませぬか?また維月様が…怒って不能にしたりして、こちらとの関係が微妙になったら、勢い龍王様に明かすようなことには。」
蒼は、もうこれらに知らないことなど無いのだと諦めて、言った。
「まあ、確かにそうなんだけど。でも、あれから主らが言うたように落ち着いたしね。志心様もそんなことは言わなくなって、炎嘉様とも普通にしてるから大丈夫だと思うよ。もう数百年だから。」
そんなに経っているのか。
二人は驚いた顔をした。
小説では簡単に百年くらい飛ぶので、実感が湧かないのだ。
「…ならば杞憂でありました。申し訳ありませぬ。」迅は言って、話題を変えた。「それで、炎嘉様には我にはどうせよと。宮へ戻っても良いのでしょうか。」
蒼は、首を振った。
「炎嘉様が良いと言うまで、とりあえずこのままここで。病だとか言って、先延ばしにせよと。オレが書くよ、今厄介な病に罹っていて治療しているから待ってくれと。迅は帰るつもりだが、今は帰せないから待ってくれっていう。移る病だからって言えば、あっちも困るから治してから帰ってくれと思うだろうし。」
迅は、神世の移る病とはなんだろうと思ったが、頷いた。
「はい。では一応、治癒の対に籠っておった方がよろしいでしょうな。」と、涼夏を見た。「主も。移ったことにして共に籠ろう。」
涼夏は、流行り病だと皆に遠巻きにされるのかとあまり良い気はしなかったが、仕方がない。
今はそんなことは言っていられないのだ。
「はい。蒼様、何もかも申し訳ありませぬ。それにしても、我らは何を阻止しに参ったことか。未来を知る者は、一体何を企んでおるのでしょうか。」
蒼は、顔をしかめて首を振った。
「わからない。それが分かるのは、十六夜がその、定満の宮の軍神を拐って来てからだけど、秘かにやらなきゃならないしね。夜にしろって炎嘉様は言うし、今夜にでもやるつもりだ。また知らせるよ。」
月に狙われたらきっとあっさり終わるだろう。
だが、何やらそんなに上手く行くのかとどこかに懸念も孕んでいて、落ち着かなかった。
一方、陸の宮では昌士が陸の様子を見に王の奥の間に来ていた。
迅からの返事はまだない。
すぐにどうにかなることはなさそうだったが、それでも昌士は不安だった。
何しろ、自分の臣下とはいえまだ対面して時も経っておらず、まだ名をやっと覚えて来たぐらいの時に、陸が倒れてしまったのだ。
母の百合奈も、陸をそれは案じて側に参じて、手を握って声を掛け続けているが、陸が意識を取り戻す様子はない。
治癒の神の話によれば、容態は安定しているが依然として予断を許さない状態のようだった。
鴇が入って来て、膝をついた。
「昌士様。月の宮から使者が着きました。」
使者?
すぐにでも帰って来ると思っていた昌士は、イライラと眉を寄せた。
「使者とは何事ぞ。兄上は何故に戻られなかったのだ。」
鴇は、書状を差し出した。
「は。蒼様御自ら書を。迅様は今、流行り病に罹られていらして、涼夏様にも移り、お二人で治癒の対に籠めて治療しておる最中なのだそうです。」
こんな時に。
昌士は、書状を手にして確かに蒼の字で、季節外れの流行り病に罹り、質が悪いので籠めている、迅はすぐにでも帰ると言うが、そちらにこの病が癒えない間に帰して大騒ぎになるのも困るので、完治するまでは宮を出せない、と書かれてあった。
「確かに今は流行り病がこちらでも流行り出しましたら、王の御身のこともございますし、大惨事になりまする。どちらにしろ、迅様にはお戻りくださるご様子。安堵致しました。あの方なら、宮を難なく回されますので。」
昌士はホッとするのと同時に、鴇の言い様には少し、引っ掛かった。
つまりは、自分では役不足ということだからだ。
迅が優秀なのは知っている。
何よりこちらで赤子から育ち、教育を受けて育ったし、実際に長く父王と共に政務を行なって来たので臣下の信頼も厚い。
だが、自分はまだ来たばかりで、知識ばかりが先に立ち、臣下にも煙たがられる時があった。
まだ、迅ほど臣下から信頼されていないのだ。
…だが、次の王は、我。
昌士は、フツフツと心の奥から湧いてくる感じたことの無い嫌な気持ちに戸惑いながら、面白くなく書状を鴇へと返し、自分の対へと戻って行ったのだった。




