表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/142

89.思い出した

塔矢が書庫へと入って行くと、聡子は真剣な顔でじっと書を見つめていた。

塔矢が入って来たのにも、気付かないようだ。

塔矢は、何をそんなに学んでおるのだろうと、声を掛けた。

「…聡子。」

聡子は、ハッとしたように顔を上げた。

そして、塔矢を見ると、慌てて立ち上がって頭を下げた。

「お父様。」

塔矢は、聡子に寄って行って、その隣りに立った。

「何を真剣に見ておるのだ。」と、開いた巻物に視線を落とした。「…鳥の宮からもらった歴史書の写しか。急に歴史に興味をもって学んでおったのか?」

聡子は、躊躇うような顔をしておずおずと頷いたが、急に気が変わったように顔を上げると、思い切ったように言った。

「お父様。あの、お話があります。」

塔矢は、いつもはおっとりと淑やかに微笑んでいるだけであった聡子が、何やらしっかりとした目つきで自分を見上げて言うのに、何かの意思を感じて驚いた。

「どうした?何やら落ち着かぬの。」

というか、落ち着き過ぎて怖いというか。

塔矢が思っていると、聡子は答えた。

「お父様には、前世というのものがあるのはご存知でありますね。」

塔矢は、急に何をと思いながら、頷いた。

「もちろん、我らは人とは違うゆえ、黄泉が確かにあって命が循環しておる事は知っておる。それが何か?」

聡子は、頷いた。

「はい。我は、前世というものを思い出したのでございます。」

塔矢は、眉を上げた。

確かに、最上位の王達など、一度死んでまた転生し、そのまま記憶を持って生まれて来たとは聞いていた。

だが、聡子のようにこんな下位の宮の皇女に生まれて、必要もないのにそんなものをもって来たとは、聞いた事がなかった。

「主、前世(まえ)を覚えておると?どこぞの神であったのか?」

だから、歴史書で己を探しておったのだろうか。

塔矢はそう思ったが、聡子は首を振った。

「いいえ。そうではありませぬの。我が知っておる通りであるのか、確かめておりました。そして、それはその通りであった。これは、我の夢ではなく誠の事であり、やはり我は、この世を何とかせねばとこちらへ参った。お父様、何としても最上位の王の誰かに、お会いせねばなりませぬ。我が、知っておる事をお話しして、面倒が起こるのを阻止しなければならないのです。我は知っておった。夏奈様があのような事になるのも、涼夏殿と迅殿が、あんなことになってしまうのも。少し変わってはおるようですが、陸様がお倒れになられたと聞いた時、やはりと落ち着きませぬで。どうか…そうですわ、炎嘉様。炎嘉様にお目通りできませぬか。我が知る事を、お知らせしたいのです。どうか、お父様。お母様なら、炎嘉様にお話ができますでしょう。手遅れにならぬ間に…もうすぐ、お母様は出産のためにお里帰りをされるでしょう。それを少し早めて頂いて、我も共に。そうしたら、お話する機会も取って頂けるかもしれませぬ。我は、どうあってもお話せねばなりませぬの。」

塔矢は、この娘がいったい何を言っているのか分からなかった。

こんな幼い皇女が、最上位の王などに会って、そしてどうするのか。

「…待たぬか聡子、恵麻について参るのは良いが、あれも出産で帰るのだ。それに炎嘉殿と話したいなど、無理な事では無いか。主は、皇女とはいえやっと三番目に上がった宮の女神でしかない。最上位の王と目通りなど、土台無理な話ぞ。」

聡子は、それでも必死だった。

「お父様、陸様はこのまま王として復帰できぬと思います。」塔矢が驚いていると、聡子は続けた。「本来、陸様は愛羅様と無理に離縁して、狂うてしまう未来であった。そうして、迅殿と昌士殿が戻って参って中で争い、宮は崩壊して廃宮となりまする。そういう運命であったのに、迅殿は帰らず、陸様も落ち着いておられたから、我は大丈夫だと…ですが、陸様がお倒れに。迅殿が、宮へと戻されると侍女から聞きました。このままでは…流れは、そちらへ向かいます。」

塔矢は、目を見張った。

そんなことを、知っているというのか。

「なぜ…何を言うておるのだ。主が、なぜにそんなことを?」

聡子は、悲し気な顔をした。

「お父様を、巻き込みたくはありませぬ。我は、全てを申し上げることができませぬ。ですが、これだけは。我は、つい最近まで何も思い出せずに暮らしておりました。こちらへ来たのは、ここが一番に良い位置だと思うたから。お父様が励まれて、炎耀様の皇女である恵麻様を迎えられ、三番目の宮として炎嘉様の覚えもめでたくこうなる事を知っており、ここへ転生しようと考えたからなのです。世を治めて居られる方々に、少しでも近い場所にと考えたからなのです。本来、皇子であればと願ったのですが、皇女でありました。それは、仕方がないのこと。どうかお父様、決してお父様に恥をかかせることはありませぬあから、炎嘉様とお話できるようにして頂けませぬか。どうか、お願い致します。」

聡子は、深々と頭を下げた。

だが、炎嘉に聡子の話をしたところで、炎嘉も忙しい身なのだ。

こんな皇女にかまけている暇は、神世の現状を見てもあり得ないと考えられた。

「…少し待て。」塔矢は、言った。「主が何を言うておるのか、我には分からぬ。だが、一度炎嘉殿には話してみよう。だが、あちらも忙しい御身。すぐには無理ぞ。良いな?」

聡子は、ホッとしたような顔をした。

「はい、お父様。ありがとうございます。」

聡子は言ったが、塔矢は混乱していた。

転生して来た…?いったい、何を思い出して、陸の未来の事などを知っておるのだ。

塔矢は、恵麻に話してみよう、と、急いで居間へと帰って行ったのだった。


「確かに、前世の我が曾祖父である炎嘉様は、お気の広いお方でありますが…」恵麻は、困惑した顔をした。「皇子ならばいざ知らず、皇女の話を今、この混乱の最中に聞こうとしてくださいますでしょうか。まだ、幼い姫なのですわ。我は、確かに聡子殿がそのようにおっしゃるのなら、頼んでみましょうけれど、大変にお忙しいかたであるので…。」

塔矢は、同じように困った顔で頷いた。

「我もそのように。だが、聡子があまりにも真剣な顔で申すから。何かあるのだと思うのだ。我に言えぬのも、あれが巻き込みたくないと申すのは恐らくその通りだろう。あれは、気立ての良い皇女であって、いつも我の手を煩わせてはと考えるような子供であった。あれの母は体弱かったので、あれを産んで死んだので、我が赤子から育てたのだが、幼い頃からあまり泣く事も無く、世話のしやすい子であったのだ。臣下も代わる代わる手伝ってくれたが、良い子であって世話がしやすいと、皆の手を煩わせない子だった。育ってからも、本来女神とはひ弱であちこち走り回ったり嫌がったりするのだが、あれは平気だった。我と共に、狩りに出たりとあれで結構巷では撥ねっ返りと言われるような事は、やって育ったのよ。何しろ、ここではそれぐらい出来ぬと、我の留守など守っておれなんだからの。淑やかなのは、表に出た時だけなのだ。」

恵麻は、驚いた顔をした。

「え、今では落ち着いた皇女ですのに?」

塔矢は、頷いた。

「そう。あれは弁えておって、我や臣下の前ではそのように動く事もあったが、今ではほとんど必要な時以外は、普通の女神のように動き、振る舞っておる。主が立ち合いをすると我に申した時も、それぐらいでなければ無理だと申したであろう?ならば聡子はどうよ?」

言われてみたらそうだ。

聡子は、そんな中で、こんな大きな宮など無い場所で育ったのに、ああして無事だ。

塔矢が居ない事もあっただろうし、臣下達の目が届かない事もあっただろうに、ああして元気にやっている。

つまりは、聡子はあれほど模範的な皇女であるのに、いろいろできるのを、隠していたのだ。

「…そんな風に思いませんでした。何しろあの子は、本当に我が見ておった他の皇女と変わらぬ様で。いえ、それより優れておるやもと思うほど、礼儀に通じておって塔矢様にはようお育てだと思うておったほどですの。でも、立ち合いもこなすという事なのですね。」

塔矢は、頷いた。

「その通りよ。我が宮では、主も知っておる通りに、臣下皆が戦い、そして財を生み出すことで生きておった。それは、女神であって同じであったのだ。聡子も、そんな中で育ち、それでも我が女神として他に侮られてしもうてはならぬと、礼儀を教えた。あれは、それを理解しておって、あのようなのだ。名の通り、聡い子なのだ。そんなあれが、我にあのように無理を申すのだから、誠に何かあるのではと思うのよ。ゆえ、無理を承知で炎嘉殿に、一度お話に参ろうかと思う。」

恵麻は、頷いた。

「はい。何やら急いておるようですし、我が戻るのを待っておったら時も掛かろうほどに。炎嘉様はお忙しいので、先に予定を入れて置いた方が、確実かと。」

塔矢は、頷いて立ち上がった。

「ならば早い方が良い。少し、お話に行って参る。恵麻、待っておってくれ。」

恵麻は、頷いた。

「はい。早う何事も良いようになればと思うておりまする。」

塔矢は頷いて、サッとそこを出て行った。

恵麻は、何かが起ころうしているのではないかと、不安にその背を見送ったのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ