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87.筋書き

「碧黎様、そんな事を聞いて、どうするのですか。これらが嘘をついておると?」

蒼が、慌てて二人の前に出て庇うように言うと、碧黎は首を振った。

「そうではない。我はこれらが嘘など言うておらぬのは知っておる。それより、我は知らねばならぬ。数百年前の詠み人が、いったいどんな内容を読んだのか。我らはその後、それが恐らく死んだ後もその通りに動き、生きて参ったのだろう。だが、我らは進む。動きが変われば未来は変わったのか。流れは変わっておるのか。それを知りたいのよ。」

迅は、言った。

「碧黎様、我らは人であったので、強い記憶を持っておるわけではありませぬ。印象に残ったことは覚えておりますが、最初から全て語るとなると抜け落ちる可能性がありまする。」

涼夏は、頷いた。

「そうなのです。詠み人本人ならいざ知らず、我らは読者であって当事者ではありませぬ。」と、言ってからハッとした。「迅、そうだったわ、蒼様にお話を。あの、未来を知る者の事を。」

迅は、そうだったと蒼を見た。

蒼は、また何だと不安そうな顔をした。

「未来を知る者を、主らは知っておるのか?」

迅は、首を振った。

「いえ、そうではありませぬ。ただ、我らはあの小説をネットで読んでおりましたが、その相手はいったいどこの誰なのか、名前すら知りませぬ。これまで勝手に女だろうと思うておりましたが、もしかしたら男であったかもしれない。それに、仮に女だったとしても、これを書いた本人ならば、恐らくこの世界で自由に動くには、男が有利なのを知っておるので、恐らく男に転生しておるはずなのです。まさか、と思うておりますが、もしこちらへ来ておるのが詠み人であったら…と。」

蒼は、愕然とした。

だったら最強だ。

全てを把握しているだろうし、これまでの全てを、蒼も、十六夜も、碧黎ですら知り尽くされていて、動きを知っている。

そんな者がその記憶を持って転生して来ていたら、どうしようもないはずだ。

「え…そんなの、天黎様がもう一人どっかに居るようなもんなんじゃ。しかも、悪意というか、自分に有益な状況にするために動かれたら、オレ達はどうしようもない。」

碧黎は、イライラと言った。

「ゆえ!そやつがもしもここへ来ておったとしても、流れを変えることができねば結局同じ。」蒼が、碧黎を見ると、碧黎は続けた。「ゆえ、主らに問いたいのだ。言うたであろうが、主らの記憶を知りたいのよ。我は、これまであった事は全て知っておる。もちろん、意識して見ておらなんだところもあるが、それでも記憶を探れば出て参る。主らの記憶と、我の記憶、それをすり合わせて違う所は無いかと調べたいのだ。主らの記憶は、実際に体験したものではなく、その書物に書いてあったもの。我らは実際に、そこから数百年かけて進んで来た道。それらが、我らの選択によって違った道を歩んだ瞬間があったのか、それとも初めから、何も変わらず選択したつもりでいても、結局同じ流れの中に居るのか、それを知りたいのだ。」

迅と涼夏は、それを考えていなかった、と思った。

そうなのだ。

自分達が読んだ小説は、遥か数百年前に詠み人によって書かれたこの世界の物語だった。

だが、その時点での未来はそれでも、登場人物たちが違う行動をすると、それにより別の流れになっているかもしれない。

だが、流れが変わらないのなら、結局同じ流れの上に居るのかもしれない。

碧黎は、それを言っているのだ。

涼夏がオロオロとしていると、迅が言った。

「…どうすれば良いですか?記憶を、すり合わせるとは。玉を取るのですか?」

碧黎は、頷いた。

「それが一番速い。主らも知っておるであろうが、我は維月以外とは命を繋いだりはせぬし、直接記憶をすり合わせたりもせぬ。ゆえ、主らの記憶の、複製を取る。」と、手を上げた。「そして、確認したらすぐに砕く。そうしないと、面倒な事になるからぞ。」

何かが、スッと頭の中を過ぎったような気がする。

と思ったら、碧黎が手の平を上に向けて、その上にコロコロと、二つのピンポン玉ぐらいの大きさの、透き通った玉が転がった。

…え?!もう取った?!

涼夏が仰天していると、迅もびっくりしたように碧黎を見る。

「もう?…維心様達より、ずっと速いのですな。」

碧黎は、その玉をじっと見つめて、頷いた。

「我にはそんな時は要らぬわ。」と、蒼を見た。「ここで確認する。すぐに済むゆえ、待っておれ。」

蒼は、うんうんと頷いたが、碧黎はそれを待たずに傍のソファへと座ると、玉を目の前に浮かせて目を閉じた。

涼夏と迅は、あれが自分達の、前世の小説の内容の塊かと、珍し気にそれを見つめた。

記憶の玉とは、本当に水晶玉のようで、それでいて一人一人の記憶の色が薄っすらと違っていて、物語の中に描写のあった様で、想像していたのと同じ感じだった。

好奇心に負けて珍しく見てしまったが、今は大変な時なのだ。

何しろ、碧黎があれを読んでみて、もし現実が小説と違っていたら、未来は変更可能という事になるし、もし同じならばどう頑張っても決められた未来しか、大筋では変わらないのだという事になる。

ハラハラしながらそれを見つめていると、蒼がハッと窓の方を見た。

「…十六夜?維月…?」

え、と迅と涼夏が振り返ると、二人が人型で窓の外に浮いて、こちらを見ていた。

蒼が急いで窓を開くと、十六夜に抱き抱えられた維月が、渋い顔をしながら言った。

「十六夜が強引に。維心様と喧嘩になったの。維心様は、蒼が話した事を義心から聞いて、それが神世の大事に関わらないなら手出しをしないと仰ったわ。いずれにしろそれが何なのか、分からない内は絶対にとは約せないと申されて。私もその通りだと思ったけど…十六夜は、怒っちゃって。維心様もお悪いの、こちらが甘いとか、結局それで尻拭いをしてきたとか仰るから。でも、話し合えたと思うのに。月は月で勝手にやるから神世とは関わらないとか言って、私を連れて戻って来ちゃったのよ。」

「「「ええ?!」」」

蒼、迅、涼夏は叫んだ。

つまり、月と龍が仲違いしたのだ。

維月が残っていたらまだ希望はあったが、維月まで連れて来ているのに十六夜の本気を感じた。

十六夜は、言った。

「話し合う余地があったか。結局あいつはこっちの話しなんか聞く気はなくて、自分の意見を押し通すつもりじゃねぇか。これまでどんだけ助けてやったんだよ。携帯電話の代わりにされても伝言してやってたり、セコムかよと思いながら24時間見張ってやったりしたろうが。」

涼夏には分かったが、みんなはどうなんだろう。

だが、蒼が言った。

「数百年前の警備会社なんか誰も知らないよ。歳が分かるぞ、十六夜。」

迅が言った。

「我には分かり申したが。」

涼夏も頷いた。

「はい、我も。」

十六夜は、頷いた。

「きちんとその場に居る奴らのこと考えて言葉選んでらあ。」

維月は、十六夜の腕から降りながら言った。

「そりゃ私も分かるけど。どうしてこの子達にまで分かるの?」

まだ話してないのか。

涼夏は、思わず口を押さえた。

迅も、同じ思いなのか思わず黙り込む。

十六夜は、維月を見た。

「お前にも話す。もう帰って来たし維心に言うんじゃねぇぞ。まあ、仮に会っても言う前に親父に引っ張ってもらうけどな。」と、横で記憶の玉を前に目を閉じる、碧黎を見た。「…誰の記憶でぇ。」

迅と涼夏が、手を上げた。

「「我の。」」

十六夜は、顔をしかめた。

「過去なんか見ても仕方ねぇのに?」

蒼は、仕方なくため息をついた。

「とにかく、座って。」と、二人をソファに促した。「つまりはね、この二人が読んでた内容と、実際に起こったことに齟齬がないか見てるんだ。仮に誰かが未来を変えようとしても、大筋じゃ変わらないのか、それとも全く変わってるのか調べるために。もし変わらないのなら、どう頑張っても結局流れに流されてくだけで、結果は変わらないだろ?だから、おかしな方向に動かそうとしている、未来を知る者が居たとしても問題ないんだ。迅達が悲劇に見舞われるとしたら、それも結局変わらない事になるんだけどさ。」

維月が、眉を寄せた。

「なに?読んでた内容って。」

十六夜は、言った。

「説明するよ。お前にはな。」

十六夜が続けようとしていると、そこに恒が駆け込んで来た。

「蒼!大変だよ、陸様が!」

「え?!」

蒼は、慌てて振り返る。

恒は、書状を蒼へと押し付けながら、迅を見た。

「迅も居たのか、ちょうど良かった!陸様が、宮で倒れられたんだ!治癒の神達が治療しようとしてるけど、どうやら心の臓が悪いみたいで意識が戻らないって!昌士が月の宮から治癒の神を派遣して欲しいって!迅にも万が一のことがあるから、一度戻ってくれって!」

流れに流される。

蒼は、今恒が言った内容が、間違いなくそこに書かれてあるのを見ながら、愕然とした。

どう足掻いてもそちらへ流されて行くのか。

蒼は迅と目を合わせながら、無力感に苛まれていた。

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