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86.監視

十六夜が見ていたお蔭で、迅と涼夏の転生して来た目的は、何となく分かって来た。

自分達は、きっと転生する時、何が起こるのか分かって降りて来ているはずだった。

ただ、それが全く思い出せない。

あの、背の高い碧黎に似た雰囲気の男と、何を話したのだったか。

今では、髪の色さえ思い出せなかった。

迅と涼夏は、今は迅が皇子扱いなので、今では宮へ上がるのも蒼と話をする時ぐらいで、侍女や軍神として仕えているわけではなかった。

なので、日がな一日、紙を前に思い出せる事を書いてみようと、黄泉での断片的な記憶を、二人で覚えているいる限り箇条書きにして書き出そうとするのだが、二人共ハッキリとは出て来ず、ただあの落ち着いた美しい空間で、下を見下ろして話していたこと、それが迅と涼夏の二人だったこと、もう一人の男は浮いていて、二人に優しく厳しい声で、下りたらどうなるのかと話して聞かせてくれたこと。

ただその内容が思い出せず、二人共がそれを聞いて、一瞬どうしようかと迷ったことは覚えていた。

それでも、迅に励まされて、涼夏は決断したような気がする。

だが、本当に詳しくは思い出せなかった。

二人で必死に考えて、それだけなのだ。

「…もう、黄泉での事は諦めるしかないんじゃない?」涼夏は、言った。「どうやっても思い出せないんだもの。こうなったら、私達が覚えてる過去の事を徹底的に書き出して行ったらどうかしら。」

迅は、首を振った。

「ならぬ。そんなものが残ったら、我らの頭の中だけの事に留まらず、それを求めて襲って来る輩が居るやもしれぬではないか。頭の中にあっても面倒なのに、書き留めるなどもっての他ぞ。」

言われて確かにそうなので、涼夏はシュンとした。

「そうね、焦ってしまって。でも前世だし人だったし、記憶が曖昧になってるところがあるのも事実よ。今最初から全部言えとか言われても、次はどうだったかしらって悩むレベル。これこれこんなことがあった時に、こうだった?と聞かれたら思い出せるけど。迅はどう?」

迅は、確かにそうだと顔をしかめた。

「…言われてみたら確かにの。長い年月続いておったから、最初の方はうろ覚えだったかもしれぬ。例えば、外伝とか。様々あったが詳しくどうであったか、大筋では覚えておるが、それがどのタイミングであったかもよく思い出せぬ。」

涼夏は、頷いた。

「あれって、対象年齢不詳だったけど、男女もどっちかって言うと女性かなってだけで、特に誰に読んで欲しいか分からないジャンルだったわ。神世の日常を書いてるだけの。考えたら、そういう商業っぽいところがない小説って、みんな読み人が書いてたやつだったのかしら。」

迅は、言われてみたらと頷いた。

「そうだの。もっと冒険物とか、やりようはあったよな。我も最初何気なく読んで、それからついつい先が気になって読んでおったらあんなに何年もになって意地になってしもうて。終わりがないのだからの。」

涼夏は、ウンウンと頷いた。

「そう。私も同じ。意地になってたのよ。完結を待たずに死ぬとは思わなかったわ。」と、ハッとした。「あれって…読み人の人、完結させて死んだのかしら?それとも途中で?」

迅は、首を振った。

「分からぬ。そもそもペンネームで本名も分からぬから、いつ死んだのかも分からぬだろう。」

涼夏は、どんな人だったのだろうと考えて、あれ?と思った。

「…あれ、男だった?女だった?」

迅は、顔をしかめた。

「…女だと思うておったが、確かにどちらか分からぬな。ネット上では偽れるしな。」

涼夏は、愕然とした。

そこも分からないのだ。

もし、それが未来を知る者だったとしたら…?

仮に女だったとしても、今生男の方が発言力のある神世に転生するに当たり、必ず男に生まれているはずだった。

「…まさか…まさか読み人が未来を知る者だったら…?!」

迅は、顔色を変えた。

十分にあり得ることだったからだ。

「…まずい。」迅は言った。「そうだったら全てが頭の中にある。それこそ維心の弱点も十六夜の弱点も、碧黎のことすら知り尽くしておるのではないのか。」

それに思い当たって、二人は一気に冷や汗が流れて来た。

読み人だったら、勝てるはずはない。

流れを知り尽くして、そうなるようにどう動けば良いのかその、頭にある。

「…蒼様とお話を。」迅は、言った。「一応そういうこともあり得るのではないかと、お耳に入れておかねばならぬ。」

涼夏は頷いて、震えて来る手を押さえながら、迅に抱き上げられて宮へと共に飛んだのだった。


宮へと向かう途中、庭の方に大きな気がたくさんあるのを気取ってふと見ると、龍の宮に居るはずの維月と、十六夜が空に浮いていた。

そして、碧黎が脇に出現して、何やら話しているのが見える。

どうやら、何かを話しに来たようだったが、漏れ聞こえて来る話を聞いていると、維心に話すのがどうのと言っているので、恐らく例の定満の宮の軍神のことだ。

…維心に知られたの…?!

涼夏は、身を震わせた。

迅が、その肩を抱いて、宮の中へと涼夏を誘導し、言った。

「気取られる。盗み聞きしておったと聞いたら、あちらも気が悪いだろう。涼夏、十六夜が知ってるぐらいなのだから、龍王だって知るだろう。何しろ、あの義心が居るんだぞ?多分、同じ事を見て、報告したんじゃないのか。それで、維月が十六夜と碧黎に、何か知ってるのか聞きに来たんじゃ。」

涼夏は、頷いた。

「だとしたら、蒼様は?蒼様は、きっとお話になるわ。だって、何でも維心に問い合わせて来たのよ。それで助けられて来たんだもの、どうしたら良いのか分からない今、絶対助けて欲しいと思っているはず。そうなったら…私達、全部忘れてしまうわ。こうして助け合ったことすら、全部。」

迅は、ため息をついた。

「分かっている。流れの方へと向かうように流されて行くからな。だが、我らは微力ながら抗うしかないのだ。これが困難だ。それを知ってて来たんだ。やるしかない、諦めるな。」

涼夏は、頷いたが、気持ちが折れそうだった。

そうして、フラフラと迅に支えられながら奥宮の前の、王の専属侍女に声を掛けると、侍女は答えた。

「王にお聞きして参りますわ。でも、今龍王様からのご使者の義心様がいらして、帰られたばかりなのですの。少し待ちを。」

義心が来ていた…?!

ならば、もう話してしまったかもしれない。

涼夏がますます震えていると、迅も硬い表情をした。

維心は、やはり蒼に問い合わせて来たのだ。

しかも、書状で問い合わせるのではなく、義心を直接送って来て、蒼が隠すだろうと考えて、軽く圧力をかけているようにも見える。

蒼が、絶対に言わないと決めているならそんなものに屈しないだろうと思えたのだが、あいにく蒼は今、維心に相談したくて仕方がないはずだ。

という事は、もしかしたら義心に洗いざらいぶちまけて、ホッとしているところなのではないか。

二人が震えながらただ、そこに立って待っていると、さっきの侍女が戻って来て、その場に不似合いな笑顔で言った。

「王はお会いになるそうです。どうぞ、こちらへ。」

その笑顔が、何やら怖い。

だが、侍女は何も知らないはずだった。

二人は、蒼の居間へと案内されて入って行った。


中へ入ると、蒼が正面の椅子に座って待っていた。

何やら、前に見た時より少し落ち着いた様子なので、何かが良い方向に向かっているのだと思いたいが、それが自分達にとっても良い方向とは限らない。

二人が頭を下げると、蒼は言った。

「ああ、座ってくれ。」と、自分の前の椅子を示した。「ちょうど良かった。話したいことがあったんだ。」

迅が、ドキドキとして来る胸を押さえながら言った。

「それは、義心が来たことに関係がありますか。」

蒼は、驚いた顔をした。

「あれ、会ったのか?」

迅は、首を振った。

「いや、今案内してくれた侍女から帰ったばかりだからと言って。龍王様は何か気取られましたか。」

蒼は、フッと肩で息をついた。

「そう。十六夜が気付いたのと同じものを見て、あっちもいろいろ考えた結果、やっぱり過去の見る者と、未来を見る者がいるんじゃないかって結論に達したらしい。それで、オレに何か知らないかって聞いて来たんだ。オレは話した方がいいと思ったんだよ、維心様を信じて。でも、十六夜と碧黎様が駄目だって言って。また、維心様は過去を知る者が迅と涼夏だって知らないし、それを言わずに、小説になってるオレ達の世界の事を、読んで知ってる神が居るって教えたらいいんじゃないかと思った。だって、誰だか分からなかったら、維心様だって記憶の取りようがないだろ?だからなんだ。」

蒼なりに考えたのだ。

涼夏は、悲壮な顔をしながら蒼に縋るように言った。

「それで?義心にお話になったのですか?」

蒼は、ため息をついて首を振った。

「いいや。十六夜と碧黎様が、安易に明かすなって言い出して。しばらく言い合いになってたんだが、だったら維心様が、絶対に強硬手段に出ないって約束したら明かせばいいって。だから、義心にそう言った。知ってる事があるけど、維心様が何かしたら悪い方向に行くから、絶対にしないって約束してくれたら言うって。義心は、それを伝えてに今、龍の宮へと帰って行ったんだよ。」

迅と涼夏は、顔を見合わせた。

「…という事は、維心様がそれを飲んだら、蒼様は全てお話になると?」

蒼は、頷いた。

「維心様は絶対に約したことは違えないからね。でも、迅と涼夏の事は、どうするかまだ考えてない。最初に思っていた通り、過去を知る者が確かに居るって事と、それが過去の小説で知っているってことを話すだけにするか、それともそれが迅と涼夏だって事まで言うかは、まだ。」

迅は、すぐに言った。

「ならば我らの事は申さぬで居てください。」蒼が驚いていると、迅は続けた。「いくら龍王が約しても、我は知っております。それが、神世に甚大な影響を与えるとか、危険分子だとか判断したら、あっさり覆す。蒼様もご存知でしょう。龍王は神世の王なのですよ。何をしても誰も咎めることなど出来ませぬ。我らの知識は、間違いなく脅威でしょう。我らがそれを、悪用しないという事を我ら自身は知っておりますが、龍王は知りません。蒼様が止めても、我らの記憶はあっさりと取られてしまうでしょう。そうして砕かれてしもうたら、何もかも終わりです。未来を知る者に抗う術が完全に絶たれてしまう。蒼様、龍王を信じる蒼様のお気持ちは我らには分かっておりますが、龍王は月の宮のために存在しておるのではなく、神世の全てを治めるために存在しております。己の使命のためには、あっさり蒼様との約定など破棄してしまいまする。どうか、我らのことは伏せてくださいませ。」

蒼は、言われて確かに、と思った。

維心は、己がこうだと思ったら必ずやり遂げる。

こちらがそうではないと止めても、それが神世のためだと完遂してからその理由を蒼に示して説得しようとする。

そもそも蒼は地上の平穏になど責任を持ってはおらず、維心は責任を一手に背負っているのだ。

その違いは、埋めようがなかった。

「…分かった。」蒼は、しばらく考えて、頷いた。「二人が過去を知る者だということは、絶対に漏らさないよ。他に居る、迅と涼夏はただ、当事者だからそれに巻き込まれているだけだって。碧黎様が二人を帰すなというから、事情を話してここに留めているから、主らは事情を知ってることは言っておく。それでどうだ?」

迅は、こんな下っ端の自分達が事情を知っている事も龍王は許さないのではと思ったが、それでも頷いた。

「ありがとうございます。では、それで。どうか、お願い致します。我らに出来る事があれば、何でも仰ってください。」

蒼が頷いて答えようと口を開いた時、パッと碧黎が目の前に現れた。

「出来る事がある。」迅も涼夏も、蒼もびっくりして見上げていると、碧黎は続けた。「主らに問う。主らが知る、全ての筋をの。」

涼夏は、口を押えた。

そんなの…全部は覚えてないよねと話し合ったばかりだったのに!

だが、碧黎は険しい顔でこちらを見ている。

答えない選択肢はなかった。

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