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84.知らないこと

辰巳が待ち合わせ場所へと到着すると、少し遅れて定成がやって来た。

とはいえ、定成はいつものすました落ち着いた様子ではなく、心なしかイライラしているようだった。

辰巳は、言った。

「…迅が帰ると申したの。帰らなかったぞ。どういうことか。」

これまで礼を尽くして話していたが、見えると大きなことを言っていた定成に、違うだろうと問い質さずにはいられなかった。

定成は、言った。

「うるさいわ。こちらだってわけが分からぬ!必ずそういう流れになるはずなのに…何が起こっておる。我は一介の神でしかないゆえ、詳しいことなど見えておらぬ!」

辰巳は、更に畳み掛けた。

「それに陸様ぞ!あの方は取り乱す事もなくあっさり愛羅を離縁したのだぞ?!月の宮から妃も連れ帰った。今は昌士とその妃と共に落ち着いたご様子。何もかも、主が言うたのとは違うぞ!」

定成は、激しく首を振った。

「そんなはずはない!陸は狂うて政務どころでなくなり、迅が昌士を影から操って宮を動かし、王座につかぬ。なぜなら臣下を一度見捨てておるから、臣下の感情が割れて昌士でないと上手く言うことを聞かぬからぞ。そうなるはずだった。昌士はそのうちに己が王だと迅を排除しようと動き、迅は昌士を始末して宮が乱れる。臣下が反乱を起こして宮が宮の機能を失う。龍王がそれを諌めてこちらは廃宮に…そんな未来であった!」

辰巳は、首を振った。

「違う。このままでは我らは主に力は貸せぬ!」

定成は、言い争いの中で我に返ったのか、背筋を伸ばすと、上に着ていた体を隠すマントのフードを深く被り直した。

そして、言った。

「…そんなはずはないのだ。もしかして、過去を知る者が居るのではないのか…?」

辰巳は、イライラと言った。

「過去を知る者?何の話よ。我はそんなもの知らぬ。主が申した事が話と違うと言うのよ。」

定成は、眉を寄せて手を振った。

「違う!確かに居るのだ、我は聞いておった。そうだ、聞いておったのだ。だがあやつらはそんなものには興味もなくて、そして我がこちらへ秘かに来て…。」

辰巳は、遂に怒鳴った。

「だから何を言うておるのだ!そんなことは知らぬ、主は信用できぬ!ほとんど同じだとしても、違えて来ておるではないか!」

定成は、辰巳をキッと睨んだ。

「主などには思いもよらぬ事がこの世にはあるのだ!ちょっと違ったぐらいで、ほとんどが合致しておるのに!未来など動き次第でなんとでも変わる。我が主らを助けようとしておるようにの!」

言われて、辰巳はぐ、と、黙った。

ほとんどが同じ…その通りだ。

つまり、この先破滅の未来がある可能性はまだ残っている。

それを見た定成が未来を変えようとしているのだから、同じようにどこかで何かが、定成が見た未来とは違う動きをすれば、それは違ったものになるだろう。

辰巳が黙ったので、定成は辰巳に背を向けた。

「もう良い。主らを助けようなどと思うた我が間違いであった。勝手に落ちぶれるが良いわ。」

辰巳は、慌てて言った。

「待て!」

しかし、定成は振り返らない。辰巳は続けた。

「…もし、また主に連絡を取りたくなったらどうしたら良い?!」

定成は、ため息をついた。

「…月が新月の夜。またここに来よう。ではな。」

そうして、定成は憤ったようにさっさと去って行った。

辰巳も、イライラするのをおさめる事もできず、集落へと急いだのだった。


蒼が、とりあえず落ち着いた日々の中で一日を終えてそろそろ奥へと入ろうかと思っていると、十六夜の声が話し掛けて来た。

《蒼。ちょっといいか。》

蒼は、また何か見つけたのかと顔を上げる。

「何?またどっかのはぐれの神でも拾うの?」

十六夜は、珍しく真面目な声で答えた。

《そんなんじゃねぇ。》と、淡々と言った。《…龍の軍神が陸の結界辺りを見張ってるのは知ってるよな。》

蒼は、頷いた。

「知ってるよ。維心様と志心様がどうにも不穏な気を感じるとか言って。維心様もだけど、志心様もそういうのに敏感だからな。」

十六夜は続けた。

《そう。でな、義心がその集落の辰巳っていう男が出掛けて行くのについてっててな。ま、そんなのはしょっちゅうなんでぇ、あいつら結界無いからあっちこっち行くんだが、義心はいつでもそういうのに遠巻きに気付かれないようについてって、誰と会って何を話してるのか調べてるんだが、今日はちょっと毛色が違うみてぇで。なんでかって言うと、義心が真剣に話を聞いてたからだ。オレも、だから気になって、慌てて途中から聞いてたんだけどよ…過去を知る者が居るんじゃないか、って言ってて。》

蒼は、目を見開いた。

過去を知る者…過去を知る者って…。

「…普通に聞いてたらそれ、なんかバレてるヤツが居るんじゃないかって聴こえるけど、そうじゃなさそうか?」

十六夜は、頷いたようだった。

《あんなタイムリーな場所でか?迅と涼夏の事を知らなきゃオレだってこんな風に思ってたさ。でもな、その男はこんなことも言ってたんでぇ。『確かに居るのだ、我は聞いておった。そうだ、聞いておったのだ。だがあやつらはそんなものには興味もなくて、そして我がこちらへ秘かに来て…。』これをどう思う?》

蒼は、何やら焦るような気持ちが沸き上がって来て戸惑った。

「…迅と涼夏の話を聞いてたってことか…?どこで?興味はないってのがおかしい。何しろあの二人は小説に興味があったから読んでたんだろうし。そいつが秘かにここに来てって、ここってどこ?」

十六夜は、ため息をついた。

《分からねぇ。それが黄泉なのか宮なのかとにかく分からねぇ。辰巳が会ってたのは、定満の宮の誰かだったが、顔まで見えなかった。恐らく維心は義心から報告を受けてるだろうから知ってるだろう。だが、軍神っぽかったな。甲冑を着てた。》

蒼は、にわかに不安になった。

迅と涼夏のことは、言うなと言われているので維心達も知らない。

何かあるならこっちで何とかしなければならないのだろうが、何があるのかわからないのだ。

「…どうしよう。定満は会合でも見るけど、そんなにおかしな気は感じないしおっとりした王だよ。定満が命じたんじゃないと思う。その男単独で…それこそ、迅みたいにいきなり何か思い出したとかで何かしようとしてるんじゃ。」

十六夜は、言った。

《だろうな。あいつが誰なのかまで追えてないが、とにかく宮ぐるみじゃねぇとしたら騒いだら定満が大変な事になるじゃねぇか。何しろ、その男は物を知ってそうだった。未来の…そう、何か未来など動き次第でどうとでも変わる、って言ってたな。辰巳達を助けようとしているとか。辰巳は、違ったって責めてたんだが、もしかしたらあの男、未来を知ってて辰巳に話したんじゃ?それが変わったとかじゃねぇのか。…そうだ、多分そうだぞ!》

蒼は、顔色を失くした。

迅は言っていた…自分達は去年の正月までしか読めなかったが、その後生きていて読んだ人が居たら、知っているかも、と。

知っていたら何かしようとしてくるはずだから居ないだろうと笑って話した。

だが、もしかしたら、居たのでは。

「…その男、先を読んでるんじゃないのか?辰巳が違うと言っていたってことは、筋が変わってる。だから未来など動き次第でどうとでも変わるって言ってたんじゃ。…そうだよ、迅が帰らなかったから。流れは迅の帰還一択みたいな感じだったけど、それが覆ったんだ、迅がここに残りたいと努力したから。そして、碧黎様が言ったから…。」

そうだ、碧黎が帰さない方が良い、と言ったのだ。

帰るなら、涼夏も共に、と。

それは、涼夏が共に帰る未来はなかったからで、それによって少しでも未来を変えようと考えたからなんじゃ。

《…ヤバ。親父の言動と繋がったじゃねぇか。多分その通りなんじゃねぇのか。ってことはヤバかねぇか。未来だぞ?過去も大概だが、未来なんか知っててやられちゃこっちは対応が遅れるじゃねぇか。それに、小説読んでたってことは最初から最後までってことなんじゃ。そいつは過去ばかりか未来まで知ってるってことだろう?》

蒼は、寝ようとしていたのに袿を羽織ってうろうろと歩き回った。

「どうしよう。維心様に言えないから相談もできないし。でも…過去を知る者とか改めて言うからには、そいつは過去は知らない可能性があるよな。未来に特化してるんじゃないのか?でないとここの弱点とかも知ってるんだし、それこそいろんな上位の宮の内情とか知りまくりだから、はぐれの神にどうのよりもこっちに先に何かして来そうだろ?でも何もない。」

十六夜は、厳しい声で言った。

《分からねぇぞ。神世はいくら知ってても簡単には動かせねぇ。まず力を持たないとな。軍とか、拠点になる宮とか。はぐれの神が一番使いやすいのは、これまでの事で知ってるじゃねぇか。帝羽が拾われてたはぐれの神達だって、どっかの宮の悪巧みに使われてただろ?》

確かにそうだ。

蒼は、とにかく迅に話してみよう、と、宮を出て迅の屋敷へと飛んだのだった。

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