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81.対面2

「迅…我は主に、謝らねばならぬのだ。」

陸が言うが、迅は、ニコリともせずに、答えた。

「…我はもう、皇子ではありませぬ。蒼様の臣として終生仕えて参る所存。こちらで妻も迎え、もう戻ることはありません。」

陸は、驚いた顔をした。

妃を迎えたというのか。

「それは…こちらの侍女か何かか?」

迅は、頷く。

「はい。涼夏でありまする。」

それを聞いて、鴇が目を丸くした。

そして、慌てて言った。

「王…迅様はお諦めを。確かにこちらで蒼様の臣として仕えておられるのなら、更に同じく臣として迎え入れられている涼夏殿と婚姻となってもこちらでは問題がありませぬが、しかしながら我が宮へと戻られては…。」

想定していた反応だった。

陸は、ため息をついた。

「…分かった。帰って来いとは言わぬし、いずれにしろ今すぐどうにか出来る事ではない。だが、話がしたい。時をくれぬか。」

迅は、頷いて階段を降りて来た。

陸はそれを迎えて、また覚悟を決めた顔をした。

そして、迅に頭を下げた。

「すまぬ。」さすがに迅が驚いていると、陸は続けた。「我が悪かった。恐らく狂うておったのだ。本日百合奈に会って、更に目が覚めた心地ぞ。我はの、長年百合奈を探しておった。父上が亡くなって、王座に就いてやっと探してやれると思うたが、それでもはぐれの神達の中に、百合奈の姿は無かった。もう、死んでしまったのだと諦めておったのよ。我が遅かったとな。主が居ったし、我としてはもう妃など良いかと思うておったが、清が困っておるようだったので佳織を引き受けたりもした。最後の愛羅は、我にしたら夢のようでな。我を忘れてしもうたのだろうの。だが…我に返った。あれは、我の事など無関心ぞ。父王に命じられたから妃であっただけ。同じように命じられたらあっさりと帰る。そんな妃に価値などない。心など後からついて来るものだと思うておったが、そうではない。そんな虚しい物に、主という実子を無くして良いはずがない。やっとそれに気付いた…百合奈は、昔から我に忠実で、共に居たら癒されておった。いつも己のことより我の事を考えてくれて、寂しい思いをさせておったのに、我のことを気遣ってくれた優しい妃だ。愛情というもの、与えたら返されるのだと、百合奈を初めであったからそう思っておったが、そうではないのだ。本当に愛されるとはどういうことか、我にはやっと理解できた。我にとり、その地位よりも何よりも、我を想うてくれる百合奈が大事ぞ。主だって、皇子であるのに命を狙った愚かな父の我の事を庇ってくれた…我は、誠に愚かであった。許して欲しい。」

迅は、陸がやっと悟ったのだと知った。

愛羅が、自分を愛していないということ、我が子を差し出しても傍に置く価値などない人形のような女神であることを。

…ということは、父上はもうあれが戻らぬでも狂うたりしない。

迅は、思った。

そして、言った。

「…分かってくださったのなら良いのです。我になど、頭を下げる必要などない。我は特に気にしておりませぬから。蒼様が良くしてくださるので、こちらで幸福に仕えさせていただいておるのですよ。」

陸は、顔を上げた。

「気にしておらぬ?あのような事があったのにか?」

迅は、苦笑した。

「父上、あの折から我は分かっておりました。あの妃に狂うて正常な判断ができておらぬなと。これまでは少々考えが浅いなと思うても、そこまでおかしな動きはなさらなかったし、そもそも友が多いのもよう世話をするでありました。気の良い王であったのは確か。それを思い出されたのなら、我はもうよろしいです。」

陸は、迅を見つめた。

「主は分かっておってそんな我の代わりをしてくれておったのに。最後には我が元へ戻るのを信じて、宮を出て争いを避けてくれたのだ。主には、感謝しかない。涼夏の事は、我は認めよう。臣下は否と言うだろうが、王にできぬだけで主には宮へ戻る権利があるゆえ。いつなり、涼夏を連れて戻るが良いぞ。我が許すゆえ。」

臣下は、渋い顔をしているが、陸は蒼の目の前でそう言った。

迅は、頭を下げた。

「必要となれば、そのように。今はとりあえず、昌士と共にこちらで励んでおりまする。」

うんうんと涙ぐんで頷く陸に、迅は父としてだけなら恐らく許せなかっただろうが、今は人の頃の記憶があって、俯瞰して見る事ができた。

なので、本当に怒ってなどいなかった。

それに、涼夏を娶った事で自分は王座に就くつもりもない事が分かったし、またこんなことがあったとしても、もう陸が自分を殺そうなどと考えないだろうと知っていたのだ。

そしてその時、ふと思った。

…もし自分が記憶を戻さずここに居たら、どうしたのだろう。

あの後、小説は続いたはずだ。

恐らく自分達のことが書かれていて、それを他の誰かが淡々と読んでいたのかもしれない。

だが、その時の詠みで、自分達は記憶などなかったはずだ。

中身が自分でなかったのかもしれないからだ。

もしかして小説の迅は、陸を許さなかったのか?

それとも、月の宮へ迅速に渡る事があったのだろうか…。

そこまで考えた時、蒼の声が言った。

「…では、オレはこれで。」迅は、ハッと顔を上げた。蒼は続けた。「もしかしたら陸は百合奈と話したい事があるかもしれないな。しばらく庭に滞在するのをゆるすゆえ、そちらで話して来るが良い。気が済んだら戻れば良い。オレに挨拶は良いから。」

陸は、蒼に感謝の視線を向けた。

「感謝し申す、蒼殿。」

そして、百合奈と共にあたまを下げて、臣下を引き連れてそこを出て行った。

昌士と迅は、その背中を見送って、ホッと胸を撫で下ろしていた。


迅は、昌士を先に帰して蒼の後を追った。

蒼は、最上位の王達と仕切り布の所で話していたが、振り返った。

「迅?どうした。」

迅は、他の王達には知らせられない、と言った。

「あの…蒼様にお話が。」

炎嘉が、立ち上がって言った。

「ま、我は用が済んだし帰るわ。主らは?」

維心が、頷いた。

「我も戻る。一度我の対に戻って維月を連れて来る。帰ったら良い感じだし、旭にいつなり告示しろと返事を返しておく。また皆には連絡する。」

皆が、腰を上げて頷いた。

「頼んだ。次は会合の席だの。」

そうして、わらわらと歩き出す。

蒼は、その後を追いながら迅を振り返って言った。

「居間で待っていてくれないか。お見送りしてから戻る。」

迅は頷いて、そうして謁見の間を出て、蒼の居間へと向かったのだった。


居間で待っていると、蒼が急いで帰って来て、正面の椅子へと座った。

迅は、蒼が入って来てすぐに立ち上がって頭を下げたが、蒼は手を振って座れと指示した。

「それで?何とか上手く行ったようだな。陸が思ったより落ち着いていて驚いたよ。なんだか肩透かしを食らわされた心地だと、炎嘉様も仰っていたよ。」

迅は、頷いた。

「蒼様、その、我らの記憶のことなのですが。」

蒼は、え、と目を丸くした。

「この辺りはまだ更新されてなかったんじゃなかったのか?」

迅は、頷いた。

「その通りです。我らは去年の正月辺りを読み終えて死にましたので。ですが、考えてみてください。きっとそれからも小説は続いています。この辺りも、生きていた読者は読んでおったでしょう。でも、それは数百年前の時点で、まだ我らがここに転生していない頃、見た未来であったはず。」

蒼は、頷く。

「だろうな。主らは160年前に生まれておるからの。あれは、千年近く前になるから。」

実際は800年か900年ぐらいだと思うが、蒼からしたらそんな感覚だろう。

迅は、何度も頷いた。

「はい。でも、その時の我は、きっとまだ中身がこの我ではなかったはずです。ハッキリとは分かりませぬが、少なくとも人の記憶を持った我ではなかったはず。涼夏もそうです。」

言われてみたらそうだ。

蒼はなんとなく迅が言いたい事が分かって来た気がして、言った。

「…つまり、流れは変わっているかもと?」

迅は、何度も頷いた。

「はい。大筋では同じかもしれませぬ。我は月の宮に来たのでしょう。ですが、今の我のように考えて渡って来たとは思えない。我は少なくとも、小説の中の記憶を使って行動しておりました。なので龍王にも物怖じしませんし、父にもそこまで腹が立たない。宮を出る時も、ここへ来られるのがラッキーだと思ったぐらいでした。むしろここへ来たいので、さっさと見限って出て来た感じです。でも、それは十六夜や蒼様など、主要キャラと会いたい気持ちがあったから。しかし中身が違う迅は、そうではなかったでしょう。父を許す事もなく、ここで虚しい心地でいたような気がします。戻れるとなれば、嬉々として父を追い落として戻ろうとしたでしょう。もちろん涼夏は王座に邪魔になるので娶らなかった。単独で、昌士と共に戻るのが、もしかしたら先に決められていた流れであったのでは。分かりませぬが…そんな気がします。」

蒼は、何度も頷いた。

なぜか流れが迅を元の宮へと戻そうとするのは、もしかしたら最初の流れがそうだったからなのか。

それに逆らえずに、迅はせめてもと涼夏を娶る事にした。

それによって王座に遠くなるのにだ。

今の中身が、記憶のある迅だからなのだ。

「…ということは、主らは何かが起こるのを、阻止しようと戻った事に?」蒼は、必死に考えて言った。「その流れに乗ると、あまり良くない方向に行くので、そうならぬようにと同じ記憶を持つ涼夏と共に来たのか。だが、なぜに?何が起こるというのだ。」

迅は、首を振った。

「分かりませぬ。その後の話が読めていないので。ですが、間違いなく我らは、流れを変えようとここへ来た。記憶を持って。」

蒼は、それが正解なのだと、直感的に思った。

だが、元の筋がわからないので、いったい何を変えようとしているのか、そもそも変える事に成功しているのかもわからない。

胸騒ぎがしたが、今の時点でわかる事など何もなかった。

ただ、維心や志心が気取っているという、不穏な気というのがあの辺りから漏れているのも気に掛かる。

蒼は、いっそ維心に話してしまいたい、と、頭を抱えたのだった。

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