79.不気味な動き
とある集落では、身なりの良い男が、着ている物は粗末だがそこそこに礼儀を弁えているような様の、男と会っていた。
その男は、身なりの良い男の足元に膝をついて、言った。
「…どうやら皇子が見つかった由。定成様のおっしゃる通りでございます。まさかと思うておりましたが、月の宮から陸そっくりの顔の男が見つかったと連絡が。」
定成と呼ばれた男は、頷いた。
「だろうな。そろそろだと思うておった。その皇子の名は昌士という。陸が相手にしておった女、ユリナは夕という名で月の宮に居る。昌士はマラートという名を与えられていたが、集落で育つ時にその名を捨てて昌士という名を陸の軍神からもらったのだ。」
男は、驚いた顔をした。
「昌士なら我も知っております。我が集落でつい最近までおりましたので。月の宮に取り立てられて、皆で祝って送り出したところなのです。」
定成は、頷いた。
「さもあろう。惜しいの…そやつがこちらに居る間に我が間に合っておったら、手間もかからなんだものを。だがまあ、まだ機はあるわ。」と、男を見た。「して?辰巳よ、主らはどうする?我につくか、それとも陸か。己の王だと言うておったの。今もそうか。」
辰巳と呼ばれた男は、険しい顔で首を振った。
「あなた様がおっしゃる事が、偽りではないと分かった今、我らは陸などについて自滅したくない。これからあの王は退位させられるのでしょう?」
定成は、苦笑した。
「これより迅と昌士が戻って参る。なぜなら愛羅が戻らぬからだ。我が言うたように子は生まれなかったであろう?あの二人しか、もう居ないと臣下が呼び戻す事にする。龍王もそれを支援する。陸が反対しようともな。その後昌士が王座に就き、迅は補佐に回る。なぜなら迅は王座に興味はなく、昌士を立てて影から動かす方が良いと考えるからだ。昌士は口出しされて面倒だが、迅が居らねば宮が回らぬから飲むしかないのよ。見ておるが良い。我が言うた通りに進む。主らはこちらで我の命に従って動くのだ。さすれば主らは宮に入り、安定した生活ができるようになろう。」
辰巳は、戸惑った顔をした。
「ですが…昌士が王となるなら、我らを取り立てようとするのでは。何もせずとも生活は安定するのではありませぬか。我らは陸が自滅するのを傍観するだけなのでは?」
定成は、首を振った。
「ポッと出た元はぐれの神の王が、言う通りに臣下は動かぬ。主らは結界に入ろうと扱いは変わらぬ事になる。迅も、一度は臣下を捨てて宮を出たので前ほど影響力はない。何も変わらぬぞ。むしろ、これまでは何もせずとも生活物資はもらえたが、これよりは臣下と同じで労働の報酬としてしかもらえぬようになる。主らに回って来る仕事などたかが知れておるわ。今より必ず悪い事になる。信じられぬのなら見ておれ。我の言うことには間違いはない。なぜなら我は、知っておるからだ。」
辰巳は、身震いした。
定成は、クックと不敵に笑っている。
初めて会った時から、先々を見通して話して聞かせ、実際に起こるのを見て来た。
この男を信用するには、ただ待てば良かった。
言った通りの事が起こるのを、ただ待っていれば自ずと答えは出る。
辰巳は、頭を下げた。
「は。では、命があるまで、我は待ちまする。」
定成は頷いて、そこを去って行った。
その後ろ姿に、不気味な想いしかなかったが、しかし自分達が命を落とさぬためには、ついて行くしかないのだ。
王達が無事にゲームをクリアしたので、迅と涼夏は、侍女達が回収して来たコントローラーを片付けて、ゲームの電源を切って役目を終えた。
長い戦いだったが、涼夏はこの物語を見ることができて良かったと思った。
前のようにただ真っ直ぐに邪魔者を排除しながら突き進み、最後に剣を手にして真相は何も分からず終わり、というのではなく、キャラ一人一人の背後がしっかりと見えたので、涼夏もやはり、これがトゥルーエンドなんだと納得した。
蒼から、帰って良いと言われないと帰れない涼夏と迅は、とにかくあちらから何か言って来るのを待って、二人で茶を飲みながら今見終わった物語の感想などを言い合っていると、ノックと共に蒼が扉を開いて覗いて来た。
「迅?涼夏?片付けは終わったか?」
二人は、慌てて立ち上がって頭を下げた。
「はい。蒼様からの指示が参るかと、待機しておりました。」
蒼は、フッと肩で息をついて、部屋へと入って来て扉を閉じた。
「それなら待たせたな。帰って良いと侍女に伝えさせようかと思ったんだが、用ができそうでここに居てもらったんだ。」と、目の前の椅子へと座った。「座れ。迅、実は陸と昌士の面会の件なんだが、王達が明日の朝にしろと言って。今まで、陸とやり取りをしてたんだが、その事で話があって来たんだ。」
迅と涼夏は、並んで座った。
「はい、何でしょうか。」
蒼は、結構疲れていそうだ。
涼夏は、気を遣って急いで立ち上がると、蒼に茶を淹れ始めた。
蒼は、迅に言った。
「実は、王達はもう、軍神達は帰してて、自分達はここに居ないと言えと言われてるんだ。密かに陸と昌士の対面の様子を見ようと思っている。なので、オレは指示通りに陸に書状を送って、明後日の予定だった対面を、王達が帰るので明日にしろと連絡した。そうしたら、あちらからは何分急な事なので、昼頃になるかもしれないと返して来たので、昼ではこちらが政務があると返した。」
迅は、頷いた。
蒼からしたら、居残っている王達に、明日の朝にこちらへ来させろと言われているのに、昼など困るからだ。
蒼は、続けた。
「そうしたら、あちらは迅とも対面させて欲しいと言って来た。陸が迅とどうしても話がしたいのだそうだ。オレは、殺そうとした皇子の事なのにと一度は突っ撥ねたんだが、あちらとしてはどうしても迅と話をさせてもらえると思ったからこちらへ来ようと思った、そうでなければ無理をして明日には伺えない、と言って来てね。つまり、明日の朝来て欲しかったら迅と会わせろってことだな。どうも、臣下が強くそれを望んでいるらしくて。」
迅は、ため息をついて頭を下げた。
「申し訳ありませぬ。蒼様に多大なご迷惑を。我の事は御心おきなく、どうぞ対面させると申してください。この月の宮で狼藉などできぬだろうし、我は強い態度で向かいます。別に、あの父が我を殺そうとするだろうことは予測しておったので、特にショックでもなかったのですよ。なので、対面しても心に何某か特にありません。蒼様が良いようにしてください。」
涼夏が、茶わんを蒼の前に置く。
蒼は、頷いてホッとした顔をした。
「すまないな。そう言ってもらうと助かるよ。」と、涼夏を見た。「ありがとう。」
涼夏は、頭を下げた。
当たり前のように蒼は礼を言うが、普通の王は侍女に礼など言わない。
そんなところが、とても好ましかった。
迅は、言った。
「蒼様、我にそんなに気を遣ってくださることなどないのです。我は、できたら蒼様の臣としてここへ残りたかった。去ると決まった今でも、いつかは戻りたいと強く思っています。我も、涼夏も。」と、涼夏を見た。涼夏は、涙ぐんだ。「…涼夏は、己で決めた事だと言うのに、ここから離れる事を考えると、自然に涙が浮かんで来るようで。我も、涼夏の気持ちが分かるだけにつらいのですよ。」
蒼は、驚いたように涼夏を見た。
「主は、そんなに嫌なのか?」
だったら、早めに戻してもらえるように維心様に訴えようか。
蒼がそう思って言うと、涼夏は頷きも首を振りもせずに、言った。
「…蒼様、我には分かっておるのです。これが、必要な事だと言うことを。自分で決めたことなのですから。それなのに、月の宮から出るのが無性に不安に感じる時があって…それを考えると、自然涙が浮かんで来てしまうのですわ。でも、何があっても迅と共にと決めましたから。しっかり励んで参ります。」
蒼は、案じるように涼夏を見た。
この二人は、愛し合っているわけではないのだという。
だが、恐らく忘れているが、前世、黄泉と何か繋がりがあって、その記憶の断片が、こうして二人を離れ難い気持ちにさせ、その事に恐怖を感じていても、共にと固く決めているのだろう。
「…大丈夫、前にも言ったように、いつでも月に話しかけたら十六夜が聞いてる。状況が許したらこちらへ帰って来ても良いから。己が決めたことを、頑張ってこなして来たらいい。」
涼夏は、また涙ぐんで、蒼に頭を下げた。
だが、言葉は出ないようで、そのままじっとしていた。
迅が、立ち上がってその肩を抱いた。
蒼は、もっと話を聞いてやりたかったが、しかし自分には自分の責務があって、まだ終わっていなかった。
なので、二人をそのままそこへと残して、そうして陸へとまた書状を遣わせるために、急いだのだった。




