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76.懸念

夕刻になり、まだ楽し気に飲んでいる皆の側を離れて、迅と涼夏は仕事のために宮の応接室へと来ていた。

そこでは、当番の侍女達が、他の王達もやって来るだろうと、隣りの応接間を整えて立ち働いている。

迅と涼夏はそれを横目に、自分達の責務のため、隣りの部屋へと入った。

ゲーム機を見ると、まだ電源が入っていない。

迅は、それを起動させながら、言った。

「…涼夏、涼輝のことが気になるのだろう?」

涼夏は、迅には分かるよね、と頷いた。

「そうなの。佐織お義姉様のこと…お兄様は、認めているのではなくて、どうせ無理だと思っていらっしゃるようでしょう。だからこそ、ああして表向き応援しているような事を仰っていたけれど、内心はそうではないのだと気取ってしまったの。」

迅は、コントローラーで操作しながら、画面を見つめて頷いた。

「我にもそのように。困ったことであるが、神世では女神はそのように出しゃばらぬものと決まっておるから。淑やかで控えめな女神が好まれるのはそのせいよ。というのも、やはり女神は力が無い。力社会のこの世で、あっさりと倒されたり敵に捕らえられて重要な情報を漏らしたりされてはならぬから、王達は非力な女は守るものとして、その他の多くを期待せぬのが一般的なのだ。もちろん、維月のように立ち合いもこなして、無敵な女ならこの限りではないが、そんな女は滅多に居らぬからの。大概が、立ち合いの真似事をしても気の大きさが絶対的に違うので、あっさり下されてしまう。世の中には、適材適所というものがあるのだ。」

涼夏は、むっつりと迅を見た。

「…差別に聴こえるわよ?あなた、人の世の事を覚えているのにそんなことを。」と、それでもため息をついた。「でもそうね、分かってる。物凄く大きな気に捉えられそうになった時、兄に頼るよりなかったわ。軍神達に追われた時の事だけれどね。あの時も、結局帝羽に助けてもらえなかったら、我もお兄様も逃げ切れなかった。それも、気の大きさと技術だった。勝ち目がないのよ、こんな力社会で。だから、あなたが言う事も分かるわ。」

迅は、スタート画面を表示させて、涼夏を見た。

「主の心地は分かるが、住む場所が違うからの。人には人の、神には神の世界があって、その中で生活しておるのだ。人にはこんなに厄介な、大きな気などないしそれを使って攻撃などできぬから、知識が重要で女でも台頭できるのだろうが、こちらは違う。宮の重臣もの、月の宮なら大丈夫かもしれぬが、他の宮では男でないと、狙われることが多くて危なくてしようがないのだ。あれらの頭の中には、宮の最重要情報が収められておるから、それを狙って来る輩が居る。記憶の玉でも取られたらあっさり殺されて終わりぞ。臣下達は、どの宮の者でも皆、懐剣を持っておろう?あれはそんな時に記憶を取られる前に、己で命を絶てるようにと支給されていて、その家系に代々受け継がれるものなのだぞ。」

涼夏は、びっくりして口を押えた。

「え…知らなかった。戦うためなのかって。」

迅は、苦笑して首を振った。

「そうか、知らぬわな。小説にもそんな事は書いておらなんだしの。我は知っておる。皇子であったから、政務にも参加しておったしな。」

そういう事だったのか。

だとしたら、女性にそんなことを強制しないため、というか、できないだろうと思っているため、神世では女神が政務に当たっていないと思われた。

現に、政務などには関係が無い侍女や、治癒の神などには、女神の方が圧倒的に多いのだ。

「…ならば、お義姉様にそのような覚悟がおありなのかしら。でも月の宮は、宮を閉じているし…。」

迅は、頷いた。

「その通りよ。宮を閉じておるし、月の結界がある。特にこれといった政治向きの秘密も、ここには無い。なので、別に女神でも良いのだと我は思うがの。主も、あまり深く考えぬことぞ。蒼様がお決めになることであるし、我らは従うだけ。別に、我らの臣下を決めるわけではないのだ。」

それはそうだが、兄嫁となると気になる。

涼夏は思ったが、迅の言う通りなので、なるようにしかならないだろう、と、急に動き始めた画面を見つめた。

どうやら、蒼が戻って来てあちらでコントローラーを使って、前回のセーブデータを探し始めたようだった。

「…来た。蒼様がお戻りになられたのだ。さあ、見守ろう。どうする?夜に備えて主が先にその辺で仮眠をしておるか。夜中に起きて代わってくれたら良いわ。そこから我が寝て、また夜半に起きて主と代わる。恐らく長丁場になるぞ。」

涼夏は、確かにそうだ、と側の長いソファの方へと歩いた。

「では、起こしてね。こちらで寝ておるから。」

迅は、頷いた。

「分かった。任せておくが良い。」

涼夏は、すぐには眠れないなあと思いながらソファの上で目を閉じて、そうして思っていたよりホッと体の力が抜けて、結構疲れていたのだと気が付いて、そのまま一瞬で眠りに落ちて行ったのだった。


「涼夏。」

涼夏は、ハッと目を開いた。

結構眠っていた気がする。

「え…ごめん!もう夜中?」

時計は、0時を回っている。

だが、こちらのモニターには、まだゲーム画面が動いていて、王達がゲームを続けているのが分かった。

「良い。別に我も眠くはないのだが、寝ておかねばならぬかと思うて。主は夕刻五時から眠っておったから、もう七時間だし、起こしただけよ。」

涼夏は、頷いた。

「だったら迅は眠って。我が見ておくわ。何も問題なかった?」

迅は、頷いてこちらへ歩いて来た。

「何も。今回は慎重にあちこちしっかり立ち寄って、クエストをこなして順調にイベントを回収して行っておる。なのでまた、一つ目の大きな街を出たばかりよ。」

七時間でそれか。

確か大きな街は、五つほどある。

そのそれぞれにクエストがあり、小さな村に立ち寄って探索して依頼があった物を持ち帰る際に、いろいろ分かることも多くて回収することは、まだまだ多い。

それを、あと三日でやり切ろうと言うのだから根性があった。

とはいえ、こうやって徹夜でやるならきっと早めに終わるだろう。

迅は、涼夏の寝ていたソファに横になりながら、言った。

「セーブデータを使わずに二周目にしてレベルと持ち物を引き継いでるから、戦いはすぐ終わるし移動は速い。なので、恐らくここからは速いだろう。それに、前回はサブイベントをまるっきり無視していたので、最後の方で敵国の反政府勢力の長にやっと移動用の魔物を借りたが、今回は先にサベージと会って話して、仲良くなって魔物を借りられるようになったので、移動が速いのだ。村の焼き討ちもお蔭で回避できている。牧師から穏便に剣を手にする方法を聞き出せたしな。今、サベージが仲間になっているから、人数も多いぞ。」

マジか。

涼夏は、思って画面を見た。

きちんと攻略したら、そんなに違うのだ。

「分かった。小説読んでおいたら良かったな。どの辺りなのか分かったのに。我はまだ読んでいないのよね。」

迅は、驚いた顔をした。

「え、王がくれたと持って帰ってやっただろう。暇だったのではないのか。我は読んだぞ。」

涼夏は、むっつりと言った。

「スマホで読むのは抵抗なかったのに、本だと眠くなるんだもの。とにかく、あなたはもう寝てて。後は任せて。」

迅は頷いたが、案じるように涼夏を見た。

「何かあって無理だったら我を起こすのだぞ?大丈夫だと思うが。」

涼夏は、苦笑して座りながら言った。

「大丈夫よ。言われなくても無理だったら起こすから。しっかり寝て。明日はまた、朝に代わってもらって仮眠するわ。今はばっちり目が冴えてるから、大丈夫。」と、傍の水差しから、水を入れて、迅を見た。「寝る前に飲んでおく?」

迅は、首を振った。

「さっきから水ばかりよ。もう良い、寝るゆえ。人であったらトイレばかり行って大変であったろうな。」

涼夏は、フフを笑った。

確かに、水ばっかり飲んでいたらトイレに行きたくなって困っただろう。

そもそもここには、トイレが無い。

神は体に入れた物を全て気に変換してしまうので、無駄が無くそんな必要に迫られないのだ。

「じゃあゆっくり寝てね。おやすみなさい。」

迅は、目を閉じた。

「ああ、おやすみ。」

こういう時は、人のようだ。

迅との生活は人のようで神のようで、涼夏にはとても楽で、迅と結婚して良かった、とそんな時に思うのだった。

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