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74.日常

その後迅は、昌士と共に隣りの部屋で待つ涼夏に、最上位の王達との話の報告に来てくれた。

蒼が言っていた通り、やはり昌士が単独で帰るべきだと言ったらしいが、迅が踏ん張った結果、こちらが思っていた通りに進めてくれるということになったらしい。

ただ一人、焔が勝手に涼夏と婚姻した迅に対して憤っているようで、昔ならすぐに離縁させたと言って反対していたということだった。

それを聞いて涼夏は不安になったが、幸い他の王達が庇ってくれたお蔭で、今はとりあえず、こちらの希望通りになったらしい。

だが、迅も昌士も、そして涼夏も分かっていた。

もし、状況が思ったように行かなかったら、恐らく簡単にその口約束は破棄される。

涼夏をこちらへ残してでも迅があちらへ戻って王になるしかないような事態が起これば、この限りではない事は、三人とも分かっていた。

だが、その時は情勢を見守るしかないので、誰もその事には言及しなかった。


それから、正月の三が日を終えて、様子見の期間に入った。

涼夏は迅の屋敷に住んで、迅の世話をしながら過ごす事になった。

侍女の仕事は、週に三回ぐらいだけ割り振られることになり、本来軍神と婚姻したら他に仕事を譲らねばならないのだが、人世のことをよく知っているから、と、蒼は涼夏ができるだけ宮に上がれるようにと計らってくれていた。

確かに、人世から来た機械などは扱える侍女も居ないので、涼夏が婚姻してもまだ宮に上がっていることは、特に誰も文句を言うこともなかった。

何より、まだ多く居る皆の夫候補の競争相手が減った事に皆は安堵しているようだった。

何しろ迅は、美しいがまだ来たばかりで序列もついていなかったし、皆の夫候補に上がる前にそうなったので、何のダメージもなかったようだ。

それに涼夏は元々皇女であって品が良く動けるし、若いしかなり美しい。

白い髪に澄んだ青い瞳で、強敵であると思っていたようだった。

それがさっさと婚姻したので、これよりのことはないのだ。

そんなわけで、これまでよりずっと楽に、涼夏は務めることができていた。


三が日が過ぎたら愛羅が戻らない事を陸に告知するのだとばかり思っていたが、意に反して旭はそのことに関しては、全く言及しなかった。

子は駄目になってしまったが、それを残念だと告示した以外は、陸との正式な離縁のことなど全く何も通達されず、時はどんどんと経って行った。

その間、迅は昌士と図書室に籠り、毎日宮の構造から始まって、臣下の構成など、迅は丁寧に昌士に教えて行った。

涼夏は時々そんな二人に茶を淹れに行ったり、菓子を差し入れたりと世話をしていたが、二人はそれは真剣に学んでいるので、すぐにそこからは離れて屋敷へと帰って来る毎日だった。

たまに、兄の涼輝が休みの日に今は実家となる屋敷へと戻ってみたりしていたのだが、その時いつも、佐織という図書室司書で、頭が良いと有名な女神が来ているので、最近は遠慮していた。

どうやら、兄は涼夏が嫁いだことで、自分の事を自分でしなければならないと、着物の畳み方から始まって、茶の淹れ方などを佐織に教えてもらっていて、今ではそこそこできるようになったのだと得意そうにしていた。

そこそこできるようになっても佐織が訪ねて来ているということは、もしかして良い雰囲気なのかもと涼夏は感じて、それからは邪魔をしないように、文で様子を尋ねるようにしていた。

後で迅にそのことを報告すると、迅は笑って、涼輝も良い話があるのならこれよりの事は無い、と喜んでいた。


そんな毎日を過ごしていると、宮に居ることがある意味仕事のようになっている涼夏が、今日も使うはずのない、応接間のゲーム機をチェックしながら新しいゲームなどが出ていないか、出ていたらダウンロードしておかなければと画面を見つめていると、蒼が入って来た。

さすがにこれじゃあ、仕事とは言えないから、何か役に立つことをしろって言いに来たのかしら。

涼夏は、慌ててコントローラーを置いて立ち上がり、頭を下げた。

だが、蒼は手を振ってそれを制した。

「ああ、良いんだよ、用があってね。」涼夏は、何事だろうと蒼を見上げると、蒼は続けた。「実は、ゲーム機なんだけど。また使う用事が出来てしまってさ。この前のセーブデータはまだ消してないよな?」

涼夏は、頷いた。

「はい。もしかして来年もとかなってはいけないなと思って、しっかり管理して置いてあります。それが何か?」

蒼は、ため息をつきながら頷く。

「良かった。ほら、攻略の小説本があっただろ?あれを送ってくれって事だったから、あの時参加していた宮には全部送ったんだけど、そうしたらあれにトゥルーエンドが書いてるわけだろ?それで、真実を知ってしまったんだよ…涼夏は読んだか?」

涼夏は、頷いた。

何しろ暇なので、ここで全部三日ぐらい掛けて読んだのだ。

「はい。結構あちこちサブイベントを回収しないといけないから、あのエンドにたどり着くにはまる三日ぐらいゲーム機から離れられませんよね。」

蒼は、何度も頷いた。

「そうなんだよ。人だったら一週間は頑張らないと無理っぽい中身だったろ?それを、寝覚めが悪いからって、もう一度ここへ来てやるって言って来た。」

「ええ?!」

涼夏は、びっくりして口を押えた。

というか、神様が寝覚めが悪いって。

「…作り話なんですけど。」

涼夏が言うと、蒼はそれにも頷く。

「オレだってそう思ったしそう言ったよ。でも、維心様なんか、分かっておるがどういうわけかあやつらもまた、別の世界で生きているように感じて放って置けないのだと。裏を知らなかったらあのエンドで良かったみたいだけど、キャラ達の裏を知ってしまったから、納得いかないんだろうけどね。」

涼夏は、それを聞いてハッとした。

…そうだ、私もこの世界は、小説の中だけで作り話だと思ってた。

涼夏は、蒼をまじまじと見つめた。

この蒼も、想像していたよりずっと男っぽくて凛々しい顔だったが、優しさは書いてあった通りで、とても親しみやすい王だ。

こうして実際に生きて動いているのを見てしまったら、あれは作り話だとか、小説という物の中のキャラの一人でしかないとか、そんな風には思えない。

自分達だって、同じように思って、人の頃読んでいた世界だった。

それは、現実にここにあったのだ。

もしかして、あのゲームのシナリオを描いた人が、あの小説を書いた人のように何も知らずに何かを読み取って書いていたとしたら、維心が言うように、その世界はどこかに存在しているのかもしれない。

涼夏は、そう思い至って、言った。

「…蒼様。」蒼は、涼夏を見た。涼夏は続けた。「我は、維心様のそのお考えが、間違いではないかもしれない、と思いまする。」

蒼は、驚いた顔をした。

「え…ゲームなのに?」

涼夏は、首を振った。

「たかがゲームではありますが、もしこのゲームのシナリオを書いた人が、私が読んだ小説を書いた人のように、他の世界を読み取る人だったとしたらどうでしょうか。我らが知らぬだけで、もしかしたらそういう世界も存在するのかもしれません。確かに、無いのかもしれない。でも、それを判断できるのは、その世界で実際に生きている人だけではないでしょうか。維心様や他の王達がどこか引っ掛かる気がするのも、きっとそういった事を感じ取られているからでは。我にはよく分かりませぬけれど、我らが現に記憶を持っておって、そういった事があるのだと知っておるので。そう思われてなりませぬ。」

蒼は、言われて確かにそうだ、と思った。

このゲームの世界だって無いとは思えない。

何しろ、涼夏と迅にとっては自分達が生きている、この世界だって作り物だと思って読んでいた、小説の中の世界だったのだ。

「…確かにそうだ。」蒼は、言った。「王達は勘が鋭いし、何か思うところがあるのかもしれない。もちろん、タダの気のせいかもしれないしな。ま、どっちにしろここに集まるって決めたみたいだから、卯月の三日から七日まで四日間、こちらに滞在することになったよ。花見もあるから、それを終えてから始めようってことで。あ、卯月は分かるか?四月。」

涼夏は、苦笑した。

「はい、大丈夫ですわ。生まれて最近までは、神世の常識で生きて参りましたので。」

蒼は、頷いて、踵を返した。

「データが無事でよかった。じゃあ、そういう事だからコントローラーをチェックしておいてくれ。駄目になっていたら恒に言って新しいのを入手させておかないと。三つほど維心様方の闘気を受けてヒビが入ってたのがあっただろ?あれどうした?」

涼夏は答えた。

「恒様にお話しして修理に出しましたわ。明後日戻って来る予定で。迅が人世の郵便局に受け取りに行ってくれるはずですけど。時間が掛かりましたの…なんか、どうしてこんな所にって場所にたくさん細かい亀裂が入ってしまっていて、修理できなくて交換になったそうです。」

だろうな。

蒼は苦笑して、頷いた。

「だったらいい。じゃあ、頼んだよ。準備はできてるって返事をしておくから。」

涼夏は、頭を下げた。

「はい、蒼様。」

蒼は、頷いて出て行った。

それにしても、ゲーム内のキャラの事すら放って置けない気持ちになるなんて、神って律儀だなあと涼夏は思った。

いろいろ愚かな人に対して寛大なのも、分かるような気がした。

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