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72.婚姻

その夜、涼夏は迅の屋敷へ行って、そこで眠った。

と言っても部屋は別だし何も色好いことなど無かったが、神世では夜を共に過ごしたらそれで婚姻が成ったと言われる。

本来は同じ部屋で休まないとそういうことにはならないのだが、そこは同じ部屋で過ごしたということにしようと口裏は合わせた。

とはいえ、何もしていないのは、涼夏に迅の気が残っていないので王達には筒抜けだ。

実際は、一晩中時を忘れて話していて、気が付いたら朝だった、で通そうと思っていた。

だが、いつまでもそれでは通らない。

恐らく今夜にでも、さっさと婚姻しろと言われるはずだった。

迅は、言った。

「別に我は男だから、良いのだがの。問題は主ぞ。仮に他に想う男などができた時、後悔するのではないのか。それに、子ができたらどうする。その子の立場が微妙にならぬか。」

涼夏は、確かにそうだと顔をしかめた。

「…別に、私も前世の記憶があるので、今さら婚姻の行為がどうのないのよ。久しぶり過ぎて構えるぐらい。でも、確かに子供ができたら…我の子だから、王座につけないし。あなたは別の妃を娶ってということになるだろうし、同じ王族なのにかわいそうなことになってしまいそう。」

迅は、ため息をついた。

「面倒な。我とて今生は独身で通そうと思うておったぐらいなのに、二人も要らぬわ。昌士が居るゆえ、あれを王座に据えて我が補佐をするしかない。そうしたら、あれが子を生もうが。その子が継げば良いのよ。ほとぼり覚めて昌士が問題なくなったら、我らはこちらへ子を連れて戻ろう。子も共に蒼様にお仕えしたら良いのだ。」

それしかない。

涼夏は、頷いた。

「じゃあそれで。その…そうしたら、今夜、ってこと?」

迅は、顔をしかめた。

「まあそうなるの。主にしたら不本意やもしれぬが、とにかく我らは偽りの夫婦であってはならぬから。」

涼夏は、首を振った。

「我は迅なら良いわ。不思議とそう思って見ても、嫌な気はしないから。ただ、あなたこそ我で申し訳ないわ。」

迅は、苦笑しながら首を振った。

「何を申す。主は美しいからの。我だって、身内のような気がするゆえ恋愛感情ではないやもしれぬが、それでも慕わしいとは思うておると思うぞ。考えたら、ここへ来て話すようになって、主が心の支えであったような気がする。ゆえ、主が良いなら我も良いのだ。」

涼夏は、そう言われてポッと頬を赤くした。

自分も、よく考えたら迅以外は心も許せていないし、心の支えになっていたように思う。

「それは…我も。」

涼夏が言うと、迅は笑った。

「何ぞ、そのように。今さら我相手に恥ずかしい事もあるまいが。」

涼夏は、え、と目を見開いて、怒ったように言った。

「ちょっと!いい話だったのに!」

そうして、二人は笑い合った。

そして、涼輝に話すために屋敷へと向かったが、まだ涼輝は戻っていなかったので、先に王だと、蒼に目通りしてもらうために、宮へと向かったのだった。


宮の中へと回廊を歩いていると、背後から声を掛けられた。

「涼夏!迅!」

二人が、知っている声に振り返ると、涼輝が寝ていないのか心持ち赤い目でこちらへ歩いて来た。

「お兄様!」

涼夏は、立ち止まって言う。

涼輝は、急いで目の前に来ると、言った。

「主、どこへ行っていたのだ。なかなかにゲームが終わらず気になって途中、抜けて屋敷へ帰ったら主は居らぬし…そうしたら、十六夜が迅の所に居るとか言うし。いくらなんでも主らは他神同士なのに、それはおかしいと言うたのだが、一人で居るよりマシだろうとか申して話にならぬし…。だが、友が呼びに参ってまた戻ったゆえ、今まで主の行方を気にしておった。」

涼夏は、困ったように言った。

「申し訳ありませぬ。一人では心細いので、迅の所に行って話しておったら…夜が明けてしもうて。」

涼輝は、え、と目を丸くした。

迅は、神妙な顔で頷いた。

「我が悪いのだ、夜明けに気付かずで。なので、蒼様に婚姻のご報告をしようとこちらへ参ったのだ。一度主に話そうと屋敷へ戻ったが、主はまだ帰っておらなんだゆえ。」

涼輝は、居なかったのは自分のせいなので文句も言えず、同じように神妙な顔をした。

「それは…誠にしようがないことではあるが、主らはそれで良いのか?誰も知らぬのなら、そのままでも良いのでは。」

迅は、首を振った。

「我はそのように無責任にはなれぬよ。そも、家を出るところを周囲の神には見られておるからの。我らが共に過ごしておったのは知れておる。」

涼夏は、頷いた。

「迅は我を守ろうとこのように。男神の家に夜通し押し掛けておったなど、婚姻以外ではとてもはしたない行為でありますから。あの、我も迅にお世話になろうと思うております。とても気安いかたですし、我は幸福だと思うております。」

涼輝は、悩んでいるようだ。

父と離れた今、涼夏はたった一人の妹で、守るべき相手であった。

それを放置したのは自分のせいなので、こうなったからと某か言えることではないが、それでも安易に決めて大丈夫なのかと思ったのだ。

迅が、言った。

「こうなったからには、我とて涼夏を大切にするつもりよ。屋敷が近いのだし毎日顔を見に参ったら良いではないか。それとも、我はそれほどに信用ならぬか?」

言われて、涼輝は慌てて首を振った。

「主は我が一番に信頼しておる神ぞ。そうよな…」と、涼輝は頷いた。「よう考えたら良い縁ぞ。迅なら我とて気安いし、確かにこちらの事情も理解してくれておるから涼夏も安心だろう。ただ、まだ成人もしておらぬから…少し、案じただけよ。」

涼夏は、兄が自分を本当に心配してくれているのをそれで知った。

何も知らない兄に、騙しているようで胸が痛んだが、今は仕方がない。

なので、言った。

「大丈夫ですわ。迅は我を大切にしてくれるので。ご案じなさいますな。」

迅は、頷いた。

「主に要らぬ心配を掛けぬように努力しようぞ。」

涼輝は、頷いた。

そして、頭を下げた。

「迅、妹のこと、よろしく頼む。我にとりたった一人の親族なのだ。」

迅は、慌てて言った。

「そのように。分かっておる、頭など下げぬでも、我は涼夏を不幸にはせぬから。必ず守る。どんな状況になろうともの。」

これから、恐らくもっと兄に心配を掛ける事態になって行くだろう。

それがわかっているだけに、涼夏は自分のために頭を下げてくれる兄を、せめて幸せにと心の底から願ったのだった。


涼輝と別れて蒼の居る応接間近くまで来ると、美津が気取って飛んで来て言った。

「まあ涼夏殿?!あの、迅殿と、その、婚姻だとか噂が立っておりましたけど、誠に?!」

もうそんな噂が回っているのか。

思えばあの辺りは臣下でも侍女や侍従の物が点在していて、今朝から出勤するもの達に、二人が揃って屋敷から出て来るのを見咎められたのだ。

だが、一瞬でそんな話になるのだ。

「あの…その、はい。」

涼夏が口ごもっていると、迅が言った。

「その事で王にご報告しなければと参ったのよ。王にお目通りはできそうか?」

美津は、やはり、と他神事なのに顔を明るくして、頷いた。

「はい、大丈夫ですわ!ただいま香を鑑賞されたばかりで。落ち着いて話しておられるので、お出になれるか聞いて参りますわね。」

何が嬉しいのか知らないが、美津はウキウキと言った。

そして、涼夏に軽く微笑み掛けてから、応接間の中へと入って行った。

…明るい話題だから、あんなに喜んでくれるのね。それに、相手が恒じゃないし。

涼夏は、そう思って迅を見上げた。

迅は、ため息をついた。

「…言うたであろう?恐らくすぐに知れると。」

涼夏は、本当に噂が早いと頷いた。

「ええ。これじゃあ浮気なんかできないわね。本当に良いの?我で。」

迅は、言った。

「今さらであるわ。我は婚姻する気はなかったし、どうしてもと言われたら主なら良いかと思う。気を遣わぬで良いしな。」

少しは気を遣ってよ。

涼夏は思ったが、迅が自分に気を遣ってくれているのは分かっていた。

そこで待っていると、蒼が応接間から出て来た。

二人が急いで頭を下げると、蒼は言った。

「…行こう。隣りの部屋に。」

二人は頷いて、蒼についてゲーム機のある隣りの応接間へと向かったのだった。


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