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71.記憶

涼夏は、夕と共に屋敷が立ち並ぶ集落まで帰って来て、一人屋敷に居た。

兄の涼輝はまだ帰って来ていない。

どんなゲームをしているのか知らないが、恐らくかなり時間を取っているのだろう。

涼夏は、考えれば考えるほど、迅を一人で宮へ帰してしまってはいけない、という気持ちが湧いて来てならなかった。

ならば涼夏が共に行けば良いのだが、それができるはずはない。

何しろ、自分は罪人の子であるから、ここに身を寄せているからだった。

涼夏自身は何も悪くないと言ったらそれまでなのだが、神世は連帯責任なのでこうなってしまうと、臣下の妻にはなれても、王族の迅の妻にはなれない。

王座に、罪人の血が混じるのは大変に嫌がられるからだった。

迅を、愛しているわけではなかった。

抱きしめられても嫌ではなかったし、逆に安心したほどだったが、それでもお互いに、そんな色っぽい雰囲気など全くなかった。

だが、迅が心配で仕方がない。

とにかく、一人で行かせてしまってはと、それを考えると涙が溢れて止まらなかった。

…どうしてこんなことに。

涼夏は、寝台に突っ伏して泣いた。

せめて自分が皇女のままで、母があんなことをしでかさなければ何とかできたのかもしれない。

月の宮で、美しい神達を眺めて浮かれていた己が口惜しかった。

それどころではなかったのに。

涼夏は、ひたすらに泣くよりほか、どうしようもなかった。


夜中になっても、まだ兄は帰らなかった。

月の結界の中だし、何もないのは分かっている。

何かあったら月に叫べば十六夜がすぐに来てくれるのも分かっていた。

なので怖くはなかったが、それでも一人きりは寂しかった。

こんな夜中でも、十六夜は話してくれるかしらと月を見上げて考えていると、目の前に十六夜と、迅が並んで浮かんだ。

「!!」涼夏は、急いで窓を開いて外のウッドデッキへと飛び出した。「迅!十六夜!」

迅が、言った。

「涼輝は?」

涼夏は、首を振った。

「まだなの。多分ゲームだから徹夜になるのかも知れない。」

十六夜が、頷いてウッドデッキに降り立った。

「話があるんでぇ。迅にはもう話してある。お前、迅に嫁ぐ気はないか。」

涼夏は、口を押さえた。

嫁ぐって、結婚?!

「え…我など、罪人の子なのに。宮へ帰る皇子の迅が、そんなこと許されないでしょう?」

十六夜は、言った。

「これまではな。」と、涼夏を見つめた。「あのな、親父と話したら、親父はなんかお前らのわけを知ったみたいだった。でも例の如く言えねぇんだ。唯一教えてくれたのは、迅もお前もここに居た方が良いって事、他の最上位の王達にはなるべくお前らの記憶のことは言わねぇ方が良いこと、どうしても迅がここを出るなら、お前も一緒に行った方が良いことなんだ。つまり、迅が帰らざるを得ない状況の今、最善手はお前が一緒に行くことだ。」

迅は、言った。

「我だって主だって、婚姻なんていう心地ではないが、それしか連れて帰る理由がない。お互いに離れるのがならぬ心地であるのは確かであろう?何かあるのだ。恐らくだから我らはこんなにも不安を感じるのだ。」

涼夏は、理由は分かったが、それでも言った。

「我だって、行けるものなら行きたいわ!でも、臣下達が絶対に反対するわよ。我の宮の侍女侍従達が、お母様の事があってからどんなに我らを疎んじていたのか知らないでしょう。誰も側に寄り付かなかったのよ?それなのに、皇子の妃になんて、絶対無理よ。」

迅は、言った。

「十六夜が言うのだ。ならば我は帰らぬと申すのだ。」涼夏が、目を丸くする。迅は続けた。「それで諦めるならよし、我はここに主と残ることになる。だが、承諾すればあちらへ共に参れる。昌士一人で何とかできることではないのは臣下も分かっておるはずゆえ、究極の選択ではあるが考えるだろう。あちらへ行ってから、昌士が一人で回せるようになったら我らは戻れば良いではないか。それが何年後になるか分からぬが、当面それで何とかなる。今は一人では、さすがに昌士にあの宮を回すのは無理よ。何とかなる。なので婚姻するしかないのだ。」

涼夏は、どちらにしろ茨の道だな、と思った。

例え臣下が飲むといっても宮へ行けば涼夏は疎んじられるだろう。

ここで残れば昌士が一人で行くには荷が重いので彼もここに残り、宮が立ち行かなくなる。

宮の消滅を見ることになり、迅はやはり苦しむだろう。

涼夏も自分のせいだと思わずにはいられないだろう。

そんな未来しかないように思うのに、涼夏はそれでも迅から離れてはならない、という気持ちが胸に溢れて止まらなかった。

いったい何を考えて転生してきたのかわからないが、これは恐らく黄泉での封印されている記憶のせいなのだ。

涼夏は、言った。

「…迅。」迅は、こちらを見た。涼夏は続けた。「覚えている?うっすら浮かんで来ると話したわね。あれは誰だったんだろう、私達がどこかに立って見下ろしている時に、その誰かは言ったのよ。『どちらにしろ過酷な生が待っておるのに、それでも行くのか?』って。私達はそれに頷いたからここへ来た。言われた通り、命を狙われたりって過酷な生だわ。でも、何か意味があって来たはずよ。どうして私達なのかわからない。でも私達は二人だったわ。二人で来たの、覚悟を持って。一緒に生きよう。どう生きても千年もない命なのよ。黄泉は良い所だって、小説で読んだわ。だったら現世の千年弱くらい我慢する。二人で、生きよう。」

迅は、涼夏の手を握りしめた。そして、頷いた。

「我も覚えている。うっすらとだが、主の言う通り。何かあるなら二人で何とかできるのだろう。共に生きよう。主が言うように、千年もないのだ。」

十六夜が、ホッとしたように二人を見て、頷いた。

「良かったな。お互い覚悟ができて。オレも維月と維心とあっちで約束して、こっちへ戻って来た。案外三人居たら何とかなった。まあ、回りがいろいろ助けてくれるんだしよ。」

涼夏は、フフと笑った。

「知ってる。十六夜ったらあっちで月の女達にモテモテで、維月をほったらかしで維心様に預けてたから、夫でなくなるところだったんだよね。あなたに邪な気持ちが無かったから戻ったけど、ちょいちょい浮気っぽいことするんだよね、あなたって。」

十六夜は、慌てて言った。

「そんなことまで知ってるのかよ!待て、別にオレはな、他の女とどうこうないんだ。それを…ま、今言っても仕方がねぇけどな。知ってるだろうが、今は維月とは兄妹でしかないしよ。」

涼夏は、うーんと首を傾げた。

「そう?でも、維月からはなんだか愛情を感じるわよ?十六夜に。あれは兄妹だからなのかなあ。あの後のストーリーがわからないから、私にもどうなってるかわからないんだけどね。」

迅が、頷いた。

「それはそうだ。我もそう感じた。信頼関係っていうのとはまた、違うような。」

十六夜は、え、と意外な顔をした。

「え、お前ら分かるのか?」

迅と涼夏は顔を見合わせたが、頷いた。

「分かるわよ。っていうか、神にはみんな分かるもんじゃないの?」

十六夜は、首を傾げた。

「いや、そりゃ大まかな色は見えてるが、親父とかでない限り詳しいところまで見えねぇよ。親父でも、感情自体が良く分かってないから、細かい種類までは見分けられねぇみてぇだし。お前らの能力なのかも知れねぇな。」

二人は、それがいったい何の役に立つんだろうと顔をしかめて視線を合わせた。

「…少なくとも、だから得をしたとか役に立ったとかないがの。そも、そんなものが見えて何の役に立つのよ。」

「命は守れる。」十六夜が言うのに、迅は目を丸くする。十六夜は続けた。「相手の気持ちが詳しく読めるから、迷いがない。お前、陸から殺意を簡単に疑い無く読み取ったんだろ?だから助かった。臣下に言われる前から、予想していたから、やっぱりなってすぐに信じられたんじゃねぇのか?だから逃げられた。」

言われてみたらそうだ。

普通の皇子なら、殺害計画があると言われても少し考えて調べてから動くだろう。

だが、迅はすぐに動いた。

迷いなどなかった。

涼夏が、言った。

「…考えてみると、我も結構見えてたかもしれない。義心が降りて来て助かった時も、ああ、助けにわざわざ降りてくれたってすぐに分かった。お父様もお兄様も、偶然だと思ってらしたけど。小説を読んでいたからかしら?この世界の流れが、読み取り易いのよ。」

こうなればこうなる、という事が、思えば頭にすぐに現れる。

小説が頭にあるからではなく、もしかしたら何かの能力なのかもしれない。

だが、それが何のためなのか、どこまで分かる能力なのかは全く分からなかった。

十六夜は、言った。

「とにかく、お前達は結婚するんだな?蒼にはそういう風に伝えておいていいか。陸の宮であろうとこっちであろうと、一緒に居るって決めたんだろ?」

迅と涼夏は、もう一度目を合わせて頷き合うと、十六夜を見た。

「ああ。我らは婚姻する。というて、別に急がぬでも良いか。」と、涼夏を見た。「とりあえず、我の屋敷へ来て朝まで寝ておったらそれで婚姻だと言われるのではないか?」

涼夏は、頷いた。

「そうね。迅はそういうガッツいてない所がいいわね。私もこんなに急だとさすがに構えてしまうけど、あなたなら同じ寝台で寝ていても私を放って置いてくれそう。」

迅は、顔をしかめて涼夏を見た。

「まあ、そんな目で見た事がないゆえ。だが、婚姻となったらそれは我だってそうそう放置はせぬがの。まだ160であるし、お互い別に焦ってもおらぬから、成人してからで良いかと思うだけ。」

十六夜が、腰に手を当てて呆れたように言った。

「陸の宮へ帰るんならそんなことじゃ恐らく騙されてくれねぇぞ?臣下が気の色を見るんだろうが。涼夏から迅の気がしなかったら婚姻が成ってないとかなんとかいちゃもん付けて、成人してから呼んだら良いとか言われるぞ。で、結局なあなあにして他の妃を娶らせようとか。臣下は狡猾だから、気を付けろよ。」

言われて、確かにそうだ、と二人はまた顔を見合わせた。

確かに婚姻とはあの行為なのだが…それでも、お互いに今さらな気がして何やら照れ臭いというか、違う気がしてしまう。

迅は、とにかく頷いた。

「それはまた考えるわ。今は、とりあえず父上に昌士の存在を認めさせねばならぬ。それから、臣下に我に帰って欲しかったら涼夏を連れて帰ると言う。もう娶っているからと。それからのあちらの対応次第であろう。まだ、父上は愛羅殿が帰らないのを知らぬしな。いろいろ発覚してからになる。」

十六夜は、頷いた。

「その通りだ。ま、それでも決まってたらこっちも対応しやすいじゃねぇか。お前らはとっとと婚姻関係になりな。あ、涼輝が卒倒するかもしれねぇから、明日の朝にでも報告しておけよ。あいつだけ涼夏の兄なのに蚊帳の外だからな。」

言われて、涼夏はそういえば兄は何を知らない、と気になった。

いきなり、迅と結婚しましたと言って、あの兄が何と言うだろうか。

だが、一歩一歩進んで行くよりない。

涼夏は、迅と二人でとても愛し合って幸福な結婚とは言えないものだったが、それでも嫌だという気持ちもなく、これが一番良かったという安堵の気持ちがして、今夜はぐっすり眠れそうな気がしていた。

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