69.家族
三人は、蒼に許された待機の間で揃った。
他に神は居ない。
何しろ、月の宮では王族以外の侍女は呼ばないと来ないのだ。
昌士が、言った。
「母上、ようご無事で。あの頃より健やかそうなお顔であるので安堵いたしました。あの男は、では今は独りで結界外に居るのですな。」
夕は、頷いた。
「ええ。浬が言うには、一度軍神達の見回りに見習いとして連れて参ってもらった時に、見掛けたのだと言うておりました。どうやら結界内に入れろとわめいて時々参るのだと軍神達が話してくれたのだとか。あまりしつこいと、処分対象になるので警告はしているのだそうよ。」
昌士は、ため息をついて頷いた。
「我も時に見掛けましたが、あちらは我に気付かず。ただ、月の宮の甲冑を着ているので結界内に入れろとわめいていましたが、無視しました。」と、迅を見た。「迅。いや、兄上か。知らずで重いものを一人で背負わせてしもうて申し訳なく思っています。」
迅は、首を振った。
「良い、そのように畏まらずで。我は主を友だと思うておった。主こそ一人ではぐれの神の中でよう生き残ったの。父上も、間違ったことはしておらなんだようよ。」
昌士は、頷いた。
「陸様には皆が感謝しておった。結界内ではないものの、あちらでは陸様に仕えているつもりで皆、生きておるのだ。不穏な輩が居たら、すぐに軍神に報告したり、あの辺りの治安は皆で守った。何しろ、豊かであるから他の集落の神から狙われることが多かったのだ。そんなことまで世話を掛けてはと、男は皆軍神達に剣技を学び、己のことは己で守っていた。あの辺りは、経済的なこと以外ではそれなりに自立しようと励んでいたのだ。人のように作物を育てて陸様に献上したりもしておったからな。」
迅は、頷いた。
それが僅かでも陸の宮に貢献していたのは確かだ。
作物など神世では珍しいので、それを手土産にして他の宮に行く事もできたからだ。
「知っておる。それが少なからず宮を豊かにするのに貢献しておったのは確かよ。此度、神世が再編成しようとしておるのは知っておるよな。」
昌士は、頷く。
「知っておる。陸様は下位から三位に上がられるとか。」
迅は、首を振った。
「まだ分からぬ。主が知っての通りあの妃の影響でいろいろあったゆえな。だが、再編成で領地が増えたら、あの辺り一帯も父上の領地になるので、結界内に入るのだ。はぐれの神でもあれだけ貢献したのだから、追い出す予定はなかった。ゆえ、このまま父上がやり遂げれば、あの集落の皆の努力が報われるはずなのだ。我は、まさか主らがそんなことになっておるなど知りもせぬで、呆けておった父上の代わりに統治の仕方を整えて、後は何とでもしろと宮を捨てて出て来てしもうた。だが…主の話を聞いて、主のためにもあの集落の皆のためにも、何としてもやり遂げねばという、心地になったのだ。父上でもできるようにと整えて来たつもりだったが、不測の事態が起きたら父上では対応できぬ。我が、行くしかない。」
昌士は、迅がそんな風に思ってくれたのかと、胸が詰まった。
確かに、自分を育ててくれたあの集落の皆には、幸せになってもらいたい。
自分が月の宮に受け入れてもらえると聞いた時、我が事のように皆、喜んでくれたのだ。
もう、家族のような心地だった。
「…迅。ならば我は主を助けよう。」迅は、驚いた顔をする。昌士は続けた。「いきなり我に王座は無理だ。主のようにきちんと教育されたわけでもない。だが、主を助けることはできる。主がそう思うてくれるのなら、我とてあれらを助けたい。共に宮へ帰ろう。それしか、ない。」
頷き合う二人を見つめて、夕が涙ぐんでいると、昌士が言った。
「母上。こうなったからには、母上には父上に証言してもらわねばなりませぬ。恐らく気の色で気取られましょうが、母上がいらっしゃればより確実です。気が重いでしょうが…父上と、対面なさって頂けますか。」
夕は、少し困った顔をしたが、決心したのか涙を拭いて、頷いた。
「はい。陸様にはもう、お顔を見るのもと思うておりましたが、あなたのために証言しましょう。きっと、覚えていてくださると思うから。」
迅は、頷く。
「覚えておりますよ。拐われたと知った時、探そうとなさったのに父王に軍神を使う事を許されなかったと言っておりました。それから、此度最上位から一方的に縁付けされた妃を迎えるまで、あまり妃というものに執着のないかたでしたから。とはいえ…今すぐでは時が悪い。」
昌士は、察して頷いた。
「まだ妃の問題が残っておるな。旭様がどうされるのか、気になるところであるの。」
夕には状況が飲み込めなかった。
何しろ、侍女として働いているだけで、今の情勢など何も聞いてはいないだろうし、陸がどうの、涼弥がどうのなど、無縁でいるだろうからだ。
まして、月の宮は宮を閉じているので、本来他の宮とあまり接することがない。
最上位は別のようだったが、なので臣下も末端になると誰が結界内に受け入れられたのかも知らずに生きているのだ。
なので、夕は迅の事もまだ知らなかったし、昌士の事も知らなかったのだ。
「決まったの。」迅は、言った。「では、蒼様にご報告を。蒼様はこちらを気遣ってあのように申してくださったが、あちらへ戻って矢のような質問を受けておるはずなのだ。我らを庇ってくださる蒼様のためにも、早うハッキリさせた方が良い。」
二人は頷いて、そうして最上位の王達が集う、応接間へと足を踏み出したのだった。
二人が応接間の近くに到着した時、中からゲーム音がして、迅は王達がゲームをしている事に気付いた。
…そうだった、もしかしたら、隣りで涼夏が一人困っているのではないか?
迅は、昨日やってくれていたら良かったのに、と、顔をしかめる。
だが、とりあえず王だ。
なので、待機している美津に、お目通りできるかどうか、聞いて来てもらった。
戻って来た美津は、ため息をついて首を振った。
「ただいま時が悪いようで。明日ではどうかと仰っておりますわ。」
確かにゲーム中に中断させて機嫌が悪くなったら大変だ。
迅は、昌士と顔を見合わせてから、美津に頷いた。
「では、また明日の朝にお伺いしますとお伝えを。お邪魔して申し訳なかったと。」
美津は、頷いた。
「はい。お伝えしておきますわ。それでなくとも本日は、蒼様にはあちらこちらお忙しくなさっておいでですので。」
何も知らない美津は、王を煩わせる迅に少し、怒っているようだ。
迅は、言った。
「ならばとにかく、当初のお役目を果たそう。隣りでゲームの管理をしているのは?」
美津は、頷く。
「涼夏殿ですわ。我らには全くわからないので、お助けもできないし、任せっきりですの。」
迅は、頷いた。
「そうか。ならば我が。」と、昌士を見た。「昌士、主も来い。本日も見たであろう、幼馴染みの涼夏よ。事情は知っておるか?」
昌士は、顔をしかめた。
「知っておる。父王に殺されかけたのは主と同じであるな。だから仲が良いのだと思うておった。」
迅は、苦笑した。
「ま、腐れ縁というものよ。参れ。紹介しよう。」
そうして二人は、応接間の隣りの、ゲーム機を管理している方の部屋へと二人で入って行ったのだった。
そちらへ入って行くと、涼夏が迅の顔を見てホッとした顔をした。
「ああ、迅。良かった、何かあったら我で対処できるかしらって不安だったの。」
目の前のモニターには、あちらの大画面に映っているだろう同じ画面が流れていた。
どうやら、今はRPGをやっているらしい。
「RPGなら勝手に進んでくれるから、大丈夫だろう。」
涼夏は、訴えるように言った。
「さっきまで対戦型の生き残りチーム戦をやってて、みんな激しくて大変だっのよ。画面は十二分割されてるし、不具合が出たらどうしようってそればかり。とりあえず何とかなったけど、最終戦は隣りから物凄い闘気が湧いて来て死ぬかと思った。物が吹き飛ぶ音が隣りからしていたわ。だから、多分蒼様はRPGに変えられたんだと思うわ。」
たかがゲームにか。
昌士と迅が顔を見合せると、涼夏が昌士に気付いて、言った。
「あら、今朝出会ったお友達かしら?」
迅は、頷いた。
「昌士ぞ。」と、ソファに座った。「主に言わねばならぬことがたくさんできた。まず、母上が見付かっての。」
涼夏は、仰天して口を押さえた。
「え?!お母様がご無事でいらしたの?!」
迅は、頷く。
「主は知っておろう。夕という侍女が、我の母だったのだ。よう見てみよ、我は母に似ておるだろうが。」
夕は、優しく教えてくれる先輩侍女の一人だ。
黒髪で青い瞳だったが、言われてから見たら、迅は夕にそっくりなのだ。
「まあ!」
どうして気付かなかったんだろう。
涼夏は、まさかと思っていたので、そんな風に思いながら夕を見た事がなかったのだ。
迅は、続けた。
「それから、こちらの昌士は我が父の結界外の集落の出であったが、母上から聞くと、我の弟であることが分かった。」
涼夏は、情報過多で混乱しながらも、言った。
「まあ…では、お父様違いの?」
そう思うだろうな。
迅は苦笑して、首を振った。
「違う。昌士の父も陸ぞ。」ますます眉を寄せる涼夏に、迅はため息をついた。「…良い。順を追って話そうぞ。」
迅は、この僅かの間に発覚した事の数々を、涼夏に話して聞かせた。
涼夏は、ただただ頷きながら、その話を聞いていたのだった。




