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66.母

碧黎は、腕を組んで言った。

「だから我の仕事ではない。とはいえ、主らが言う通りまずいことになっておる。流れには逆らえぬの。迅を王にしたいのか…というて、こやつはそういう責務でこちらへ来ておるようには見えぬのに。」

迅は、そうか、碧黎には個人個人の責務が分かる、と、言った。

「その責務を教えてもらいたい。教えたら眠る事になるのかもしれないが、神世が乱れるよりはマシだろう。我は、その責務のために邁進し始めたら、宮のことなどやっておる場合ではないし、そちらの流れは無くなるだろう。」

碧黎は、ため息をついた。

「そうよな、知っておるよな。誠に、何もかも知っておるからやりづらいわ。だがの、我にだって見える事と見えぬ事があるのよ。そうではないなと感覚で分かる程度で、主の責務まで詳しく見えぬ。なので、この先をさり気なく誘導することもできぬのだ。ゆえ、蒼にどうしたら良いと聞かれても、こうせよとは我には言えぬ。ただ…確かに迅にはここに居させた方が良いのも事実。」と、少し考えて、言った。「…迅の母を探せとだけ言っておく。そうしたら、道は見つかるだろう。」

蒼は、え、と碧黎に訴えるように言った。

「そんな!無理ですよ、はぐれの神でしょ?そもそも生きてるんですか。」

碧黎は、フッと肩で息をついて、腰に手を当てた。

「探しもしないで諦めるでない。迅の母について、陸から聞いて何が分かっておるのよ。」

迅が、困惑したように言った。

「…それは、確かアマゾネスの集落から逃げて来ていた女で、今は恐らく300に届くか届かないかぐらい。我を産んだのが100ぐらいの時だったと父が言うておったから。それに、確か顔が我にそっくりだと。瞳の色を、青色にしたら。」

蒼は、頷いた。

「そう聞いてるよね。でも、たった一人を探すのなんか、砂漠に落とした針ぐらい大変だ。十六夜だって空からでも探すの大変だろ?」

十六夜は、むうっとした顔をして、頷く。

「そんな面倒はご免だ。一人一人顔を確認しながらなんか、日が暮れらあな。」

だが、碧黎は探せと言った。

生きていて、不可能ではないのだろう。

「…探す。」迅は、言った。「王、結界外へ行く許可をください。我は、探して参ります。はぐれの神の集落を、片っ端から探して回れば、きっと何か分かるはず。よろしいでしょうか。」

蒼は、そこまでしてここに残りたいのかと不憫になって、頷いた。

「許可する。行くが良い。その間主は任務から外すように嘉韻に話しておこう。がんばれよ。」

迅は、頷いた。

「は!」と、出て行こうとして、ハッとした。「…忘れておった。そういえば、ゲーム機の…。」

蒼は、苦笑して首を振った。

「いいよ、涼夏も居るし、何とかする。行って来るといい。」

迅は、蒼に感謝して深々と頭を下げると、サッとその場を離れて言ったのだった。


蒼は、長い事客を放って置くわけにも行かないので、応接室の方へと歩いた。

途中、涼夏が歩いてそちらに向かうのに行き合って、言った。

「すまないな、涼夏。迅には他に用ができて出掛けたので、主に頼むことになった。その、ゲーム機の扱いは分かるか?」

涼夏は、驚いて首を傾げた。

「え?!はい…あの、迅に少し、教わりましたから。基本的な構造は昔のゲーム機と同じでしょうし、何とかなるかもしれません。」

蒼は、頷いた。

「オレも知ってるから、不具合が起きたら二人でなんとかしよう。じゃあ、隣りの部屋で待機していてくれないか?あっちにも同じ画像がモニターされるから、動きは見えるはずだし。」と、そこへ今回の当番の、美津と共に夕が蒼を迎えて頭を下げる。蒼は、言った。「あれ?そうか、松を非番にしたから。」

夕は、頷いた。

「はい、(かいり)の事ならお気遣いありませんわ。保育園で預かってもらえましたので。松殿だって比呂が居るのに、当番になっておりましたのですから。」

蒼は、頷いた。

だが、夕が浬を一人にするのはと言って、正月に皆が働きたいなら側に居てやりたいと、他の侍女に仕事を譲っていたのだ。

「すまないな、急に呼び出して。じゃあとにかく…」

と、じっと夕の顔を見て、ハッとした顔をした。

夕が、その青い瞳で蒼を見上げた。

「…王?どうかなさいましたか。」

夕は、澄んだ青い瞳で黒い髪だ。

色白で、顔立ちはとても美しい。

東洋人というよりも、西洋人のような顔立ちなのだが、こちらにもそういった顔立ちは多いので、気にして見たことがなかった。

しかも、この顔は、言われてみたら迅に似ているような気がする。

というか、そう思って見ると、そっくりな気がしてきた。

「…夕。ちょっと聞きたい事があるのだが、良いか?」

夕は、何事だろうと目を丸くしながら頷いた。

「ええっと、はい、我でお役に立つのでしたら。」

蒼は、頷いて今、涼夏が入って行こうとしていた、王達が居る応接室の隣りの応接室に、足を向けた。

「こちらへ。美津、しばらく侍従と対応しててくれないか。すぐ戻る。」

美津は、なんだかわからないけど王が深刻そうだと、頷いた。

「はい。お任せを。」

そうして、蒼は夕を連れて、その部屋に入って言った。


涼夏が驚いていると、蒼は言った。

「涼夏ならいいだろう。主の幼馴染のあやつのことは、知っておるな?」

涼夏は、迅のことだな、と頷いた。

「はい、それは昔からですので、嫌なところまで全て。」

夕は驚いていたが、蒼は真剣な顔で頷いた。

そして、夕に向き合った。

「夕。主、もしかして浬の他に子は居なかったか。」

夕は、驚いて口を押さえる。

涼夏は、それがいったい迅に何の関係があるのだろう、と眉を寄せた。

迅の、昔の恋人なのかしら。

歳が歳なのであり得ないのだが、涼夏はそんなことを咄嗟に思った。

夕は、顔を強張らせたまま、答えた。

「…我が、親であると知られては吾子が面倒なことになりまする。ですので、王にお話することができぬのです。」

他に子供が居るの?!

涼夏は、驚いてまじまじと夕を見た。

夕は、まだ300歳にもならない若さで、子供は浬、まだ100年にもならない子だ。

蒼は、身を乗り出した。

「良いから話してくれないか。もしかして、主はまだ100ほどの頃に皇子を一人生んでおるな?アマゾネスの集落から逃げたのだろう?違うか。」

夕は、それを聞いてショックを受けたような顔をした。

だが、涼夏にもショックだった。

アマゾネスで、100歳ぐらいに皇子を生んでいるなら、それは…。

「…はい。」夕は、そこまで知られているのならと、項垂れて言った。「皇子の陸様に見初められて、皇子を生みました。ですが、父王がお許しくださらず。外の屋敷に住んでいて、幹に拐われましたの。迅という名を頂き、皇子として母は公表しないという条件で、認めていただけました。なので子は安く暮らしておりまする。」

やっぱり迅のお母様だ…!!

涼夏は、目の前の夕を見て、やっぱりそうかと頷いた。

「そうだったのか。夕、いやユリアか。主の息子は今、いろいろあって宮を出てここに居るのだ。」

夕は、え、と顔を上げた。

「まさか我がアマゾネスであったから?」

蒼は、首を振った。

「違う。今いろいろ神世が動いていて、複雑でな。嫌気がさしてこちらへ来た。主には罪はないと最上位の王達の間では話しがついているので、気にする事はない。ただ…では、何故に主を探せと…。」

蒼は、首を傾げた。

碧黎が言った通り、ユリアは生きていた。

夕となってここで浬を育てている。

だが、浬は幹の子だろう。

何しろ、あれから見ていないと陸は言っていたし、浬はまだ100にもならないのだ。

「…他に、子が居る?」

夕は、びくと肩を震わせる。

蒼は、何かある、と夕を見た。

「…夕。言いづらいかもしれないが、オレに話してくれないか。主の子の迅の将来にも関わって来るのだ。というのも、迅はここに居てオレに仕えてくれると言っているのだが、どうやら無理やりまた、宮へと戻されそうになっていて。なぜなら、後を継ぐのが迅しか居ないから。」

夕は、潤んだ目で蒼を見た。

「…迅は、あの宮が嫌なのですか。」

蒼は、ため息をついた。

「それは、本神から聞いてくれたらいい。それより、もしかして他にも子が居たのか?あんな状況であるし、攫われたとか。」

夕は、ため息をついた。

「いえ…あの子は、自分から出て行ったのですわ。」と、観念したのか、蒼を見上げた。「実は、迅の後にもう一人、息子を産んでおります。その子の名は、マラート。我が付けました。何しろ、こちらの名の事は何も知らぬので、名付けることができません。迅と同じ、陸様のお子で。攫われた時、もう腹に宿っておりました。幹は舌打ちしてあの子を殺そうと思うたようですが、あの子の気の方が幹より大きかったので、それができませんでした。我は陸様と己の持って生まれた気の大きさに安堵して、何とか月満ちてその子を産みました。でも…陸様にご連絡することもできなくて。そんな伝手もありませぬし、何より幹が我を見張っておって逃げ出すこともできませんでした。何とかマラートの事を育てたのですが、幹はしょっちゅうあの子を殴っては、逆に気で吹き飛ばされるというのを繰り返して、険悪な様子になりましたの。マラートは、一緒に我も殴られるので、このままでは自分は死ななくても我が死ぬと、たった50程の大きさで、家を出て行きました。その時、一緒に逃げようと言われましたけれど、そうしたら幹が追って来るでしょう。なので、一人で行かせました。そのまま、浬を産んでこちらへ連れて来られるまで、我はあの子に会っておりませぬ。どうなったのか…生きているのかも、定かではなくて。」

夕は、思い出して涙を流した。

では、そのマラートという皇子は、同じ陸の子でありながら、身分を知らずに生きているのだ。

「…姿は?主に似ておるのか。」

夕は、首を振った。

「迅は我に似ておりましたけれど、マラートは陸様によく似ておりました。でも、色合いは我に似ておって、髪は黒で、瞳は青。今会っても、きっと分からないかと思いますわ。何しろ、まだ幼い頃に出て参りましたから…。」

生きていたら。

蒼は、思った。

生きていたら、その子が後を継げる可能性がある。

迅にも選択肢ができるのだ。碧黎はそれを知っていた。知っていたからこそ、迅の母を探せと言ったのだ。

蒼は、その子を何としても探し出さねば、と決意していた。

涼夏は、ただただ驚いてそれを聞いていた。

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