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64.務め

次の日、ゆっくりできるのが分かっていたので、涼夏は日が昇って来るまで寝ていた。

だが、習慣とは恐ろしいもので、実は日が差して来た頃には目が覚めて来ていて、それでも抗って寝返りを打ち、日が昇って来るまで待っていたのだ。

ずっと寝ているわけにも行かないので、起き上がって人世と同じ水道で水を流して顔を洗うと、さっぱりとした。

誰に手伝われるでもなく一人で着物を着換えて居間へと出て来ると、まだ迅も涼輝も出て来ていなかった。

…お兄様のお着替えを手伝った方がいいのかしら。

涼夏がそんな風に思っていると、迅が部屋着を着て出て来た。

「涼夏。早いの。」

涼夏は、迅を振り返った。

「いえ、我も今起きたばかりなの。こちらは水道があるから便利ね。いちいち水を運んでもらう必要もないし。あなたは自分で着替えることができるのね。」

迅は、頷いた。

「これぐらいはの。涼輝はできぬのか?」

涼夏は、首を傾げた。

「いえ、お出来になるのですけれど、時間が掛かるのですわ。ですから、お手伝いした方が良いのかと考えておったところで。」

すると、涼輝の声がした。

「涼夏、すまぬが起きておるなら手伝ってくれぬか。」

やっぱり。

涼夏は、急いで兄の部屋へと足を向けた。

「はい、すぐに。」と、迅を見た。「待っておってね。すぐに済ませてお茶を淹れるから。」

迅は頷いて、涼夏を見送った。


無事に兄を着替えさせた涼夏は、共に部屋から出て来た。

迅が、居間のソファに座って振り返った。

「涼輝。主、着替えぐらい己で出来るようにならぬと軍神は務まらぬぞ?緊急に出る時、誰かに手伝ってもらうわけには行かぬのだからの。」

涼輝は、バツが悪そうな顔をした。

「分かっておる。甲冑なら幼い頃からさせられたゆえ、もっと速く着付けられるがどうも着物の帯が面倒でな。徐々に慣れるわ。主はできるのだの。」

迅は、苦笑した。

「我は、最初母の分からぬ子であって、あまり侍女も乳母も近寄りたがらなんだからの。着替えたい時に来ぬ侍女を待つよりは、己でやった方が早いと幼い頃からやる習慣ができた。最近では逆に鬱陶しいぐらい手伝いたがったが、面倒だから遠ざけておった。だからよ。」

やっぱり生い立ちか。

涼夏は、思って聞いていた。

迅は、幼い頃に苦労を重ねているので、今があるのだ。

涼輝は、頷いた。

「我は、これまで主に比べたら安穏としておったのだの。こうして宮を出て皇子でなくなって初めて分かることが多い。誠に…これから、慣れて参るわ。」

迅は、頷く。

「それが覚悟というものよ。我は、こちらで仕えて蒼様の元で生涯を終えたいと思うておるから…臣下として、しっかりしたいと思うておる。」

涼輝は、軍神として立ち働いてはいるが、まだどこか皇子が抜けない所があったのだと、自分を省みた。

迅が、相応の覚悟を持ってこちらへ来たのとは、大変な違いだ、と恥ずかしくなった。

「…甘えておったの。もはや仕える立場で、仕えられる立場ではないのに。」

涼夏は、慌てて言った。

「我は、妹なのですから。お兄様と助け合って参るのですから、良いのですわ。お兄様が婚姻されたら、またお相手のかたがお世話をするのでしょうし、良いかと思いますの。」

涼輝は、涼夏が自分を気遣っているのを感じて、微笑んだ。

「分かっておる。ただ、やはり迅の言うように己で何でもできてからのことよ。もっと励むわ。」

涼夏は、頷いて迅を見た。

「では、そろそろゆっくりと歩いて宮へ向かいまするか?まだお昼まで間がありますけれど、歩いて行ったらそれなりの時間になりますでしょう。」

迅は、頷いた。

「そうであるな。」と、立ち上がった。「着替えて参る。主も、外向きのものに着替えて出て参れ。それから参ろう。」

涼夏は頷いて、そうして部屋へと帰って着物を換えてから、迅と二人でまた、ゆったりと歩いて宮を目指したのだった。


涼夏は裾が長いので、それを持ち上げて紐で縛り、外を歩く侍女モードに変えてサクサク歩いて迅について歩いていると、迅はクックと笑った。

「主は皇女より侍女の方が向いておるな。その形が合っておる。やはりそれでなければ外を駆け回るのは無理であるしな。」

涼夏は、ムッとした顔をした。

「まあ!またそんなことを。今は駆け回ったりしませんわ。でも…足腰が強いのは確かかも。何しろ極最近まで庭を裾が擦れるのも構わず駆け回っておったし…。」

迅は、頷いた。

「だろうの。普通庭以外を移動のために歩こうなどとは言わぬわ。皆楽をすることしか考えぬのに。」

涼夏は、それには少し、バツが悪そうな顔をした。

「…あなたとならば、歩いても退屈せぬと思うて。」

迅は、驚いた顔をする。

涼夏は、ハッとした。

これではまるで、迅の事を好きだと言っているみたいじゃないの!

それに気付いて、慌てて付け足した。

「違うの!あの、ただ思った事を言うただけで。いえ、えっと、何と言えばいいのかしら。」

迅は、笑って答えた。

「分かっておるわ。主が我になど、あり得ぬわな。」

涼夏は、分かってくれて嬉しいのだが、何やら残念なような気もして、戸惑いながら赤くなった顔を押さえた。

…変に意識してしまうのに、何を言っているのかしら私ったら。

迅は、そんな涼夏を苦笑しながら横目に見て、ふと、何かに気付いたように足を止めて空を見上げた。

いきなりだったので何事かと慌てて涼夏も止まると、誰かがこちらへ向かって飛んで来るのが見えた。

「…迅?!」と、目の前に若い軍神が降りて来た。「今、主の屋敷に行こうとしておったところよ。」

迅は、途端に仕事モードの顔付きになって、言った。

「どうした?昌士(まさし)。何かあったか。」

昌士は、口を開こうとしたが涼夏が居るので、困った顔になった。

「その…主の実家の事で。情報があったので、知りたいかと思うて。」

ではこれが、迅の宮の軍神と仲が良いという、元ははぐれの神の軍神なのだわ。

涼夏は思って、迅を見た。

「ならば、我は先に参っておりますわ。」

迅は、頷いて、答えた。

「すまぬな。」と、足を森の方の遊歩道へと向けた。「昌士、こちらへ。話を聞こう。」

二人は、そちらの小道の方へと足を進めて行く。

涼夏は、それを見送って、いったい何があったのだろうと気にしながらも、自分は元の道を、一人で歩いて行ったのだった。


迅は、しばらく歩いてメイン通りから離れてから、昌士を振り返った。

「…ここまで来れば良いだろう。どうした?父が愛羅殿が帰らぬのを気取ったか。」

昌士は、首を振った。

「この正月にこんな話題もなんだが、それがの。恐らくこちらにもそのうちに連絡は入るだろうが、恐らく三が日は控えるだろう。愛羅殿が、流産したらしい。」

迅は、え、と目を丸くした。

「…え…どういう事だ?安定期に入ったとか聞いた気がするのに。」

昌士は、頷いた。

「それが、昨日の夜半のことであったらしい。急に産気付いて宮が大騒ぎになり、まだ月が足りぬのでまずいことになるかもしれぬと皆、必死であったらしい。が…どうあっても、腹に留めることができず。最後には気を失った愛羅様を助けるために、旭様が子を引きずり出したので、愛羅様は無事であったが子は既に亡くなっていたそうな。そもそも産気付いた時点で、もう何の気も感じられなかったらしいので、恐らく腹で死んでああなっていたのだろう、と皆が思うた次第ぞ。」

生まれるはずの、弟が死んだ。

迅は、眉を寄せて昌士を見た。

「…父上はそれを知っているのか。」

昌士は、頷く。

「今朝、知らせが来たので。すぐに行くとおっしゃったのだが、あちらはまだ旭様も夜通し愛羅様を救おうと奮闘されておったし、愛羅様も心身共に衰弱しているので来るなと旭様が直々に断りの文を出されたとかで。悶々とされておった。だが、臣下達は皆、もう愛羅様がこちらに戻る事はないと知っておるし、これで更に遠退いたと、主を戻す話になっておるそうよ。陸様はまだ、妃が戻ると思っているのでこの限りではないのだが、臣下は違うからの。主、戻らねばならぬやも知れぬぞ。」

迅は、顔を険しくした。

何と言われようと自分を殺そうとした父の所へ戻る気などない。だが、最上位の王達はそう考えないだろう。恐らく、父を殺してでも迅に戻れと言うはずだ。

何しろ龍王は、あの時確かに陸を殺してやる、と言った。

あの王なら自ら行かぬでも、軍神に命じてさっさとやるだろう。

そしてあの宮の臣下達も、恐らくそれを止めないのだ。

「…困ったことになった。」迅は、額を押さえた。「どうしたら良いのだ。我は帰るつもりはない。もっと父があんな妃などに肩入れせずに、最初から真面目に努めておったらこんなことには。王座になどこれっぽっちも興味はないのに。」

昌士は、同情するような顔をした。

「これが我でもそんな厄介なこと勘弁してくれと思うであろうな。誠に…蒼様に、お話するか?」

迅は、ため息をついた。

「正月が終わったらの。今は最上位の王達が揃っておるから、言うたら皆で我を戻そうと命じて来るだろう。そんなことは無理ぞ。とにかく、主もこの事は正式に知らせて来るまで他言せぬようにの。どこから客の耳に入るか分からぬし。」

昌士は、頷いたが渋い顔をした。

「我は言わぬが…十六夜がな。」迅は、ハッとした。昌士は続けた。「何しろどこでも見ようと思うたら見えるのだろう?もしかしたら、もう見えておって蒼様に伝えておるやも知れぬのだ。昨夜は蝦夷は、大騒ぎであったらしいからの。」

十六夜が見ているかもしれないのか。

迅は、ならば、先に話して来た方が良いのかと、悩みながら宮へ向かうことになったのだった。

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