62.演奏
そうやって過ごしていると、いきなりに大きな気がたくさん感じられたかと思うと、しばらくして演奏が始まった。
どうやら、碧黎達が来ているようだった。
涼夏は、興奮気味に言った。
「迅、凄いわ!天黎よ!ここに居ても多分、滅多に目にできない創造主が隣りに居るのよ!」
迅は、苦笑した。
「分かっておる。それにしても、想像していたよりも格段に良い音よ…眠気が来るが。」
迅は、伸びをしながら大きなあくびをした。
涼夏は、もう!と迅を小突いた。
「ちょっと、女神が目の前に居るのよ?ほんとに、遠慮ないんだから。」
かくいう涼夏もリラックスして来て眠気が襲っていたが、あくびは我慢していた。
迅は、ニッと笑った。
「今さらだぞ。主にまで気を遣っておったら疲れてならぬわ。」
それにしてもゆったりした気分になる。
前に居るのが迅なので、少しぐらい寝てもいいかと思ってしまう。
「…遠慮がないならあっちの長椅子で寝て来ていい?もう、めっちゃ眠いんだけど。」
迅は、顔をしかめた。
「別に我は良いが誰か入って来たら主は何をしに来たとならぬか?寝るなら帰ったらどうだ。」
今寝たいのよ。
涼夏は思った。
ここから帰ったら、その道筋で眠気が覚める気がする。
そんなこんなで我慢していると、曲は穏やかに終わった。
どうやら、これは癒しの曲であるらしい。
眠気が来ていたのは、迅と涼夏だけではないようで、会話の様子から焔は幸せに眠っているようだった。
「癒しか。」迅は、頷いた。「確かにな。心の中が何やら軽い。いろいろ聞いて、落ち着かぬ心地であったが眠れる程度には落ち着いた様子よ。」
涼夏は、気遣わしげに迅を見た。
「何かあったの?実家のこと?」
迅は、頷く。
そして何かを思い出すように遠い目をして、言った。
「…どうやら、父はまだ知らぬが、旭様は愛羅殿を返すつもりはないようなのだ。知っての通り二人は政略婚であって、想い合ってのことではないが、父からしたら想われておると思うておったようで。男の浅はかなところよ。娶ってそれで心まで己のものになるはずなどないのだ。愛羅殿は、帰りたくないようでな。」
涼夏は、口を押さえた。
確かに政略で嫁いだだけなのだから、里へ帰ったら里心がついて戻りたくなくなるだろう。
「でも…一年後と申されていたのでは?」
旭が許したのだろうか。
迅は、頷く。
「そのつもりで父は励んでおるのだろうが、旭様はそれは娘を大切に思うておる王であるから。不幸な婚姻は続けさせたくないようぞ。詳しいことは分からぬのだが、そうなると腹の子はどうするのかとの。子も返さぬとなれば、我はあちらへ戻らねばならなくなるやも知れぬ。今さら父に新しい妃など…下位からならあるだろうが、そうして皇子が生まれて育つまで時が掛かろう。我はこちらで根を張るつもりであるのに、それが叶わぬようになるやも知れぬと案じておるのだ。何にしろ、あちらの動き次第であるがな。」
そんなことになっていたのか。
涼夏は、とにかく今の世の流れなど全く知らないので、知らなかったのだ。
「…でも」と言いかけて、ふと隣りから漏れて来る小さな声に耳を澄ませた。何か、麗羅殿どうの聴こえた。「…待って。娶るのがなんだと聴こえた。」
迅も、耳を澄ませた。
普通なら聴こえない声も、神になってからは頑張れば聴こえるようになった。
…どうやら、樹伊が妃の事で悩んでいるようだった。
玉貴のことは知っている。
最新の巻で正月に連れて来ていた樹伊の正妃だ。
確か甲斐の娘だったように思うので、今は公明傘下の宮の皇女で、それほど力のある宮の出ではない。
なので、礼儀などにも確かに問題はあるのだろうが、樹伊が見初めて娶ったはずだった。
小説がそこのところを説明していたからだ。
その玉貴が、樹伊が余所見をしたので怒っているらしい。
というか、人としての感覚では、嫁が子供を生んだばかりで何をやってるんだとなるのだが、神世は違う。
娶ったとしたらそれは何をやってるんだと言われるが、見に行ったぐらいで、しかも気に入ったとしても恐らく時を置いてからになるので、責められることはなかった。
しかも、聞いていると玉貴の子育てに問題があり、皇子が跡を継ぐ事を臣下が難色を示しているらしい。
…また、礼儀がどうのという問題ね。
涼夏は、その話をじっと聞きながらそう思った。
どうしても、下位の宮から嫁いでいると、教わっていないのでそういう事には疎くなる。
自分の宮より上位の王に嫁ぐと、余程努力してさらに上を目指して行かないと、こういう事になってしまう。
自分は下位の宮の皇女だったが、三番目の宮の祖母に教わってある程度はできるようになった。
そして、更に二番目の皇女の愛羅にまで教わり、今ではそこそこできるのだ。
ちなみに松は、二番目の宮の皇女であった過去があった。
「…松殿の兄君の関様の宮の話であるな。」
迅が言う。
どうやら、困った最上位の王達が、今回から参加している二番目の王に誰か居ないかと聞いているようだ。
聞かれた王が、関の妹、つまり松の兄の妹なので、松にとっても妹になる皇女の話を出しているようだ。
その皇女の名は、楢というらしい。
松は顔を見ないといっているので、恐らく小説にあった通り、松がここに居る事実は隠されているようだっった。
楢は、松にそっくりなのだという。
もちろん、今は知らないようだったが、幼い頃には見ていたようだった。
それを聞いて、樹伊は楢ならと思っているようだった。
なぜなら、神世には隠されているが、松がここに居る事実は、去年の正月に炎嘉に気取られて最上位の王達は知っていた。
つまり、松が美しい事実を、樹伊は知っている。
その松にそっくりなのだから、美しいだろうと予想がつくということだ。
涼夏は、顔をしかめた。
「…結局、地位と見た目なの?維月が怒るはずだわ。」
涼夏がこぼすのに、迅は首を振った。
「いや、役に立つかどうかよ。」涼夏が迅を見ると、迅は続けた。「王はの、我は王座に近かったから分かるのだが、己の感情だけでは相手を決められぬのだ。宮のために娶らねばならぬのなら、どうせなら美しい方が良い、というだけのことよ。宮が大きければ臣下も多いし補佐する者が多いゆえ、少々まずくてもなんとかなるが、小さければ小さいほど、役に立つ妃でなければならぬ。樹伊様の宮は小さいわけではないが、臣下が言うということは、補佐もできぬレベルで問題があるということぞ。王としては、ならば宮のためにと考える。こんなことで宮が割れたら、その方が支障が出るのだ。新しい妃が優秀で、皇子を教育できたらその皇子は王座につける。だが、それがなければ皇子は厳しい事になる。樹伊様なりの、玉貴殿への思いやりだと思うがの。それが分からぬで駄々をこねるようであったら、また面倒になるがな。」
涼夏は、言い返そうとしたが、口を閉じた。
役に立たない妃だと、母が宮を追われる時に臣下は誰も庇わなかった。
そのせいであんなことになってしまったのだから、涼夏に言い返せるはずがなかったのだ。
自分が必死に愛羅について励んでいたのも、結局そんなことにならないためだったからだ。
隣りでは、もうそんな話は終わったとばかりにまた、楽の音が聴こえて来る。
涼夏は、暗い気持ちになりながら、対照的に楽しげな楽の音を聴いていたのだった。




