60.人世のこと
それから、まるで旧知の友のような気持ちになりながら、二人と話していた涼夏だったが、夕日が部屋の中を染め始めて、ハッとした。
そういえば、恒が王達の様子を見て来ないといけないと言っていなかったか。
「…そういえば、恒様は広間の様子を見て来られないといけないと言っておられませんでしたか?申し訳ありませんわ、つい話し込んでしまって。」
恒は、笑って手を振った。
「ああ、あれ?違うよ、ああ言わないとあの二人が帰らないから言っただけだよ。オレ、君と一度記憶の話をしたかったし、居たら面倒でしょ?彩花は問題ないだろうけど、明日香は絶対終わってないと思ったから言ったの。思った通りだった。」
裕馬が、ククと笑った。
「そうだぞ?こいつを信じちゃ駄目だって。知ってるんじゃないのか?結構昔からずる賢い奴なんだって。」
知ってたような気がするが、ずる賢いと言うほどでもなかったような。
涼夏が困っていると、恒が言った。
「あのね、要領が良いって言って欲しいよね。昔っから結構母さんとかにも末っ子バイアス掛かっててそこまでめっちゃ怒られることなかったからさあ。上手い事立ち回るのに慣れてるだけだって。裕馬こそ、昔っからおっちょこちょいなのは変わらないじゃないか。」
裕馬は、あからさまに嫌な顔をした。
「あのなあ。少しはマシになったんだぞ?頼りになる校長だって言われてるのに。」
ああ、そうね、そういう仲なのね。
涼夏は、そのやり取りを聞いていて、なんだか感動した。
この二人は、こうしてここまで生きて来たのだ。人から仙人、最後には神になってまで、黄泉に行かずに蒼を助ける事を選んだのだ。
「…きっと、蒼様は心強いと思っておられるはずですわ。だって、お二人が居てくださるから。そうやって、昔と変わらない様子で接してくれるのは、十六夜とお二人だけでしょう?その十六夜だって一度居なくなっちゃって、転生して来た時泣いて喜んでたんですもの。不死って、思っていたほど良いものではないのですわ。我は、そう思います。小説を読んでる時は、楽しそうでいいなあって思ってたのに、現実として見ていたら、楽しいことばかりじゃなくて。親しい人達が先に亡くなって取り残されて行くなんて、我には想像もできません。我には無理だから、今回普通の神に生まれて良かったです。」
二人は、涼夏の言葉に驚いたようだったが、真顔になると頷いた。
「…そうなんだよね。誰にもわからないけど、不死っていいものじゃない。オレも、涼や有、遙が逝く時悲しかったし、嫁と娘の時もだった。蒼と裕馬が居たから立ち直ったけど、オレも黄泉に行きたいなあと思ったもんな。」
裕馬は、頷いた。
「オレも。ほら、オレ、沙依と上手く行かなくなって蒼の所に逃げて来ただろ?それでも娘達には会いに行ったりしてたんだけど、あいつらはとっくに死んじまった。孫孫と続いてるけど、今じゃ会うこともないし、向こうはオレを知らない。神社の蛇神ですら代替わりして違う神だしな。人のオレはとっくに死んだ事になってるから、行けないんだ。死ねないってのは、ほんとにいいことばかりじゃない。蒼が気の毒になるから、オレもここに居るけどな。」
裕馬なんて、蒼の同級生で友達だっただけだもんね。
涼夏は、頷く。
「そうね。恒様が今誰にも興味がないのも、裕馬様が結婚しないのも、結局失う事を知ってるからなんじゃないかな。つらいだけだものね…それでも、一時幸せにはなって欲しいなあって私は読者の立場から思うんだけどな。」
それを聞いて二人は顔を見合わせたが、恒が笑った。
「何だよ、君って面白いね。人みたいなったり神みたいになったりさ。今の話し方は人だったけど、その前は神だし。ほんとに頭の中に二人居るんだなって思うよ。」
涼夏は、気を抜いた、とバツが悪そうな顔をした。
裕馬も、笑って言った。
「ほんとだな。でも懐かしい。なんだろ、懐かしい気なんだよ。まだ人だった時の遠い記憶が蘇る感じ。」
恒も、それには微笑んだ。
「ほんとにね。懐かしいよ。ずっと話してたい気持ちになるな。オレ達、人が羨ましいのかもしれないなあ。」
人が、羨ましい。
涼夏は、言われてハッとした。
そうだ、羨ましい。
人は、一生懸命自分の人生を神に守られて生きている。
真面目に信心深く生きていたら、神が見ていて大概の事からは守ってくれるので寿命まで、そこまで大変な事にならずに生きられる。
でも、それを知っている人は、どれぐらい居るのだろう。
「…私、人の頃は神社にだってお正月ぐらいにしか行かなかったし。神様の存在すら信じていなかったわ。今は人に戻りたくないかな…また神様を知らずに生きるのは、嫌なんだもの。恒様も裕馬様も、人だった時から月と接して神様が居る事実を知っていたでしょ?信じるとかじゃなくて。私は一般的な人だったし、何も見えないし感じないから信じられてなかった。そんな生活はしたくないかな。」
恒は、頷いた。
「うん。それはオレも分かるよ。みんな何も知らずに生きてるからね。知ってる人もいるけど。生かされてる事実に気付くって、なかなかないから仕方ない。それが人が人たる所以だからね。」と、そろそろ暗くなって来た窓の外を見た。「日が沈むよ?涼輝が心配するんじゃない?帰らなくていいの?」
涼夏は、首を振った。
「書き置きして来ましたし、それに兄は宿舎で友達と飲み会なんで、きっと今夜は帰って来たとしても遅いですわ。でも、そろそろ帰りますか。」
三人は、立ち上がった。
恒は、歩き出しながら涼夏に言った。
「じゃあ、宮に来る?多分まだ王達が広間に居るから、迅は応接間に缶詰め状態だと思うよ。退屈してるんじゃないかな。話し相手になってあげたら?」
涼夏は、確かに、と思った。
多分、一人でボーッと出番を待っているのだろうと思うと、恒と裕馬と話せた事を、迅とも話しておきたかった。
「…そうですわね。参りますわ。」
途端に女神の顔になるのに、裕馬は笑った。
「お、女神の涼夏になった。やっぱり皇女だったから品が違うよなあ。」
涼夏は、頬を膨らませた。
「これでもとても努力しましたの。ほんとに、叱られてばかりで大変だったのですわ。でも、ここへ来てやっておいて無駄ではなかったと思うておりまする。」
恒が、クックと笑った。
「ほんと、全然話し方まで変わるよなあ。面白い。」
裕馬は、笑って一緒に廊下へと出た。
「じゃあ、オレはこの建物に私室があるからこれで。またな。今度は迅も一緒に飲もうや。誘うよ。」
涼夏は、微笑んだ。
「ええ。でも、我はまだ成人していないから飲めないのだけれど。」
言われてみたらそうだった。
二人は思ったらしく、言った。
「そうか、そうだよな。160だっけ?忘れてた。よく見たらまだ幼いところがある顔だもんなあ。」
恒が言う。
涼夏は、もう、と恒を軽く睨んだ。
「まあ。恒様ったらそれだけ我に興味がないということですわよ?これでも父譲りで美しいと言われますのに。父には…見た目をくれたことには、感謝しておるのですわ。」
恒と裕馬は、視線を交わした。
そして、恒が言った。
「確かに愛らしい容姿だよ。いいんじゃない?みんないろいろあるからここへ来てるし、それぐらい前向きな方が。」
裕馬が、ウンウンと頷いた。
「そうだぞ?何ならオレが嫁にもらってやろうか?君なら話してて面白そうだし最後まで見取り確実だぞ?」
冗談めかして言う裕馬に、それが思いやりなのだと涼夏には分かっていた。
なので、言った。
「あら。今はそんな気になれないとか言ってらしたのに、そんなこと言っていいんですの?でも、子供とおじさんになってしまうけど、蒼様が許してくれるのかしら。」
裕馬が顔をしかめる。
恒が、ハッハと声を立てて笑った。
「ほんとだ!たぶらかしたんじゃないかって蒼がまた頭を抱えるぞ?やめとけって。」
裕馬も笑い出し、そうしてそこで裕馬とは別れて、恒と二人で暗くなった通路を宮の中へと歩いて行った。
涼夏は、なんだかとてもこの二人と親しくなれたような気がして、来た時よりもずっと心が軽くなっていたのだった。




