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6.月

その日の夜、休む支度を咲耶に手伝ってもらい、涼夏は寝室の窓から空を見上げていた。

空には、月が浮かんでいる。

この世界では、重要な位置付けである、月。

神である今、涼夏は確かにそこに何かの気配を感じた。

月に居るのは、陽の月、つまり表側の月の十六夜だ。

蒼がそう名付けて、それから月は十六夜という名になった。

涼夏は、思った。

確か十六夜は、身分関係なく神を助けていた。

その声に耳を傾けて、蒼や維心に直談判できるのは、十六夜だけだった。

はぐれの神でも助けている十六夜なのだから、もしかしたら呼び掛けたら応えてくれる…?

涼夏は、思いきって窓を開いた。

「い、十六夜。」涼夏は、月に向かって言った。「十六夜!」

しかし、月は何も返さない。

それどころか、月の中の何かは全く反応すらしていなかった。

…どういうこと…?無視?!

「十六夜、聞いて!私は昔、人だったの!転生したの、それでいろいろ思い出したのよ!」

それでも、月は無反応だ。

それどころか、涼夏があまりに騒ぐので、夜番の軍神二人が空に浮いて飛んで来た。

「涼夏様?何を叫んでおられるのですか。」

小さな宮の中、確かに大声だったかもしれない。

涼夏は、父や母に告げ口されては、と、思わず言った。

「あ、ごめんなさい、あの、寝ぼけたみたい。」

軍神は、怪訝な顔をしたが、頷いた。

「もうお休みください。それでは。」

二人は、そのまま去って行った。

涼夏は、急いで窓を閉めると、ハアとため息をついた。

そういえば、十六夜は地上からたくさんの人や神が自分に祈るので、全部は聞いてないと小説の中で言っていた。

しかも、十六夜の父で地の化身である碧黎とは違い、あちこちまとめて対応できない。

つまり、一人に対応している時は、他の誰かに対応できないのだ。

十六夜が応えるのは、たまたま耳についた時と、気を付けて見ている場所の誰かに話し掛けられた時ぐらいのもので、本来こんな小さな宮の皇女ごときが呼んだところで、応えるはずもなかったのだ。

だからって、碧黎に呼び掛けるわけにも行かないしなあ。

涼夏は、思った。

あの地の化身は確かに力が尋常でないほど強いが、個別に対応などしない。

見えていても基本、無干渉で、十六夜よりもハードルの高い命だ。

ああ、主要キャラの誰かだったらなあ…!

涼夏は、頭を抱えた。

こうなったらもう、誰でもいい。力のある神達に、話を聞いてもらえるのなら…!

だが、月はやっぱり窓の外に、無言で浮いているだけだった。


次の日の朝、咲耶が強張った顔で涼夏の寝室へ入って来た。

何事かと寝台から起き上がる涼夏に、咲耶は言った。

「あの…王がお呼びです。」

朝から?

涼夏は、兄が何か言ったのかと思ったが、それにしては咲耶の顔色が悪い。

なので、着替えを手伝ってもらいながら言った。

「どうしたの?何かあった?」

咲耶は、そう問われて、目に涙を浮かべた。

ギョッとした涼夏は、慌てて言った。

「何?どうしたの?」

咲耶は、涙を流さないように堪えながら、言った。

「昨夜…こちらを辞した後王妃様に呼ばれ、王の居間に参りました。王もおられて、そちらで、これまでの教育はどうなっておるのかと叱責を受けました。」

咲耶は、何も悪くないのに。

そういえば、あれだけ騒げば真っ先に来るはずの、咲耶が昨日は来なかったのだ。

父の所へ行っていたなら、それも当然だろう。

涼夏は、なだめるように言った。

「咲耶が悪いのではないわ。お父様には、我から申し上げますから。」

咲耶は、首を振った。

「それは良いのです。それで、高峰様の宮へ参るお話になり、日程の事をお話しておる時に…」咲耶は、堪え切れずに涙を流した。「涼夏様が、何やら叫んでおられる声が聴こえて参って。」

涼夏は、しまった、と思った。

自分があんなことをしていたばかりに、父と母に聴こえてしまったのだ。

「あれは…寝ぼけてしまって。」

咲耶は、頷いた。

「我もそのように申しました。ですが王が、それで大変にお怒りになって…。皇女が寝ている時の己すら律しておられぬのかと、今日の午後にはあちらへ送ると申されて。」

そんな…!

涼夏は、また後悔した。

どうせ応えない月に、何を叫んでしまったんだろう。

少し考えたら分かることだったのに。

つまりは、もう今日あちらの宮へと、行儀見習いに送られてしまうのだ。

「そんな…咲耶、ごめんなさい。あなたまで、つらい思いをさせることになってしまって。でも、あちらで一緒に励みましょう。我も、今度は頑張るから。」

咲耶に、これ以上迷惑はかけられない。

だが、咲耶は涙を流したまま首を振った。

「我は、お供できませぬ。」

涼夏は、え、と目を丸くした。

遂に、咲耶に見捨てられてしまったのだろうか。

「そんなこと言わないで。確かにこれまでは全然言う事を聞いて来なかったけど、今は違うの。本当に、励むつもりだから。」

咲耶は、何度も首を振った。

「我は、お小さい時からお傍におりました涼夏様の、お傍を離れるなど考えたこともありませなんだ。ですが、王が…」と、嗚咽を漏らした。「王が、我が居っては涼夏様が甘えるだろうと。我が甘やかせて来たせいで、こうなったのだからと、解任されてしまいました。本日の午後から、王妃様付きの侍女になるように、おおせられたのでございます。」

涼夏は、あまりの事に開いた口が塞がらなかった。

つまりは、全部咲耶のせいで、涼夏をこれ以上任せられないと言われてしまったのだ。

「…お父様とお話して来るわ。」涼夏は、しっかりとした顔になって、まだ泣いている咲耶の手を握った。「きっと、一緒に行けるから。お父様を説得して参るわ。だから、泣かないで。」

咲耶は頷いたが、そう期待していない様子だ。

それでも、涼夏は咲耶を取り戻すために、ズンズンと廊下を歩いて父の居間へと向かった。

今生で、物心ついた時からずっと傍について世話をしてくれていた咲耶を、こんな形で解任などさせたくはなかった。


父の居間の前へと到着すると、涼夏はハッとした。

…そうだ、礼儀だ…。

涼夏は、扉のこちら側から、落ち着いて声を掛けた。

「お父様。涼夏でございます。」

中から父の声が答えた。

「入るが良い。」

涼夏は、父の侍女達が内側から開いた扉を通って、中へと入った。

そして、慎重に頭を下げる。

すると、父が言った。

「表を上げよ。」涼夏は、緊張しながら頭を上げた。父は、厳しい顔でこちらを見ていて、その横には母が座っていた。「こちらへ来て、座るが良い。」

涼夏は、父に言われた通りに目の前の椅子へと座った。

すると、父が言った。

「本日、午後に高峰殿の宮から迎えが来る事になった。主は、あちらへ行儀見習いに参るのだ。昨日母から聞いておるな?」

涼夏は、頷いた。

「はい。それは、我も一生懸命精進して参ろうと思うておりますが、咲耶は。共に行けぬと只今聞いて来ました。」

父は、ため息をついた。

「あの侍女が、まだ130の時によう出来た娘だと感心したので、その父の重臣である朱理に申して、その時生まれた主の侍女としてここへ召したのだ。だが、主はあれが申しても聞かなんだであろう。もう主は160、咲耶は290ぞ。このままでは、主は碌な所へ縁付くことができそうにない。そんな様では、宮の評判にも関わるしな。なので、解任したのだ。主にはあちらで侍女をつけてくださると高峰殿が申してくれておる。あちらは侍女も多いし問題ない。行って参るが良い。」

涼夏は、たった一人で行くなんてと、慌てて言った。

「でも、咲耶は一緒に行きたいと言ってくれておって…我も、ずっと世話をしてくれておったのです。こんな形で解任なんて…。」

すると、隣りに座っていた、母が言った。

「涼夏、これは咲耶のためでもあるのですよ。」

涼夏は、え、と母を見た。

咲耶は、あれだけ泣いていたのに?

「そのような…咲耶は、泣いて共にと申してくれておりましたのに。」

母は、ため息をついてゆっくりと首を振った。

「涼夏、今お父様も申されておったように、咲耶はもう290歳なの。まだ子供の時に宮へ上がって、それからずっとあなたに仕えていたわ。もう、解放してやらねば、あの子も婚期を逸してしまうのよ。」

涼夏は、ハッとした。

そうだ…咲耶はもう、290歳。

もし、このまま自分について祖父の宮へと行ったなら、きっともっと縁遠くなる。

祖父の宮にも縁はあるだろうが、それでも格下の宮の侍女を娶ってくれる、軍神や臣下が居るだろうか。

そもそもが、同じ宮の中にも余るほど侍女が居る祖父の宮では、皆が皆軍神に嫁ぎたいと狙っているのだと聞く。

そんなところで、外から来た咲耶に、良い縁があるとは思えなかった。

涼夏が絶句していると、父王が言った。

「…涼夏、咲耶には朱理が、良縁を持って来ておってな。」涼夏が驚いた顔をすると、父は続けた。「実は、(れい)よ。あれも300を過ぎておるのにまだ縁がないと思うておったのだが、どうやら我の側近くに居るあれは、主についておった咲耶をずっと見ておったようでな。あれが成人前からということであるから、もう百年は見守り続けたおったということなのだ。」

(れい)というのは、この宮の筆頭軍神だ。

軍神にも序列があり、その中で殊に優秀で、強いと王が認めた者を筆頭軍神として重用する。

つまり、嶺はこの宮で一番の軍神で、侍女達からも人気のある神だった。

…ということは、咲耶にとっては良いお話だわ。

涼夏は、黙ってそれを聞いていた。

咲耶と離れるのは、寂しい。

だが、咲耶には誰よりも幸せになってほしい。

嶺とは、確かにたまに見かけることもあったし、庭などで行き会った時には散歩する涼夏を見守って、二人で話している時もあった。

嶺は、もう長い時間、そうやって咲耶を見守って、婚姻もせずに居たのだ。

母が、言った。

「なので、表向きはしばらく我の侍女ですけれど、直に朱理の屋敷へと帰って嶺に嫁ぐことになるでしょう。あの子は気立ても良いし、何よりとても賢い子だからとまだ子供の頃からあなたの世話係になったのですから。嶺に嫁いで、そろそろゆっくりと己の幸福を選んでも良いと思うの。あなたも、なのでそのように無理を申さずに、お祖父様の宮へ参って精進なさい。そうすれば、成人までには龍の宮にも上がれるような、貴婦人にもなれるやもしれぬのですから。」

涼夏は、咲耶にそんな話があるのなら、一緒に連れては行けない、と思った。

「…はい。お母様、咲耶はそのお話を知っておるのでしょうか。」

それには、父が答えた。

「まだ知らぬ。だが、本日にもあれの父の朱理が申すはずぞ。ゆえ、主は何も考えずに祖父の宮へ参るが良い。己のことすら満足に面倒見れぬ主が、咲耶の事まで気に掛ける余裕はないぞ。分かったの。」

涼夏は、もう決定事項なのだと、諦めて頭を下げた。

もう、自分は自分で頑張るしかない。

祖父の宮で、何としても礼儀を身に付けて、咲耶に褒めてもらえるように。

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