59.友
そのうちに、兄も軍でできた友に誘われて宿舎の方へと飲み会に出掛けてしまい、涼夏は一人になった。
ボーッと一人で過ごすのも悪くはないのだが、何しろ神世にはテレビもゲームもないので、一人でできることは限られている。
ゲームといえば、人世との架け橋なのでこの月の宮にはある。
最新式のゲーム機はさすがに臣下が遊ぶことはできなかったが、図書館に行けば、その隣に併設されたコンピュータールームに、確か臣下が自由に使っても良い、ゲーム機が設置されていたはずだった。
それは、昔の物で涼夏にも分かるアナログな形だったはずだ。
涼夏は、行ってみよう、と、図書館に行って来ますと念のため書き置きをして、屋敷を出て図書館へと飛んだ。
図書館は、コロシアムの建物の中にある。
学校もそこにあるので、行き慣れた場所だった。
そこから脇へと入ると、扉があってそこがコンピュータールームだった。
月の宮には書籍もあるが、電子データとして過去の映像などをコンピューター管理しており、ホログラムで表示させられるのだと確か小説で書いてあったのだ。
そっと引き扉を開くと、中では二人の女神と裕馬、それに恒が居て昔で言うところの36インチ画面の方を見て、騒いでいた。
「あー!ダメでしたわ。」女神が、残念そうに言う。「恒様はとても巧みでいらっしゃること。」
恒は、笑ってコントローラーをその女神に渡した。
「まあ、オレは昔やってたしね。裕馬もだけど。」
裕馬は、悔しそうにした。
「蒼にもなかなか勝てなかったんだよなあ、昔から。右に流れるクセがあってさあ。」
恒が、あ、と涼夏に気付いてこちらを見た。
「あれ。涼夏じゃないか。」
裕馬が、振り返る。
「ほんとだ。どうした?退屈だから来たのか。」
涼夏は、頷いた。
「誰か居るとは思わなくて。でも、その、迅から聞いてゲーム機があるって。」
迅の話していたのは広間の最新式の方だけど。
涼夏が言うと、恒は頷いた。
「いいよ、一緒にやろうよ。」と、隣りの女神達を見た。「ええっと、初対面かな?」
女神達は、頷いた。
「あの、涼夏殿。縫製の彩花ですわ。こちらは、同じく明日香。」
明日香は、会釈した。
「はじめまして。あの、縫製や作業場のもの達は皆、正月休みなので。こちらへ参りましたの。」
涼夏は、会釈を返した。
「我は、侍女としてお仕えさせて頂いておる涼夏でありまする。どうぞよろしくお願いいたします。」
自己紹介というとこう教わっているのでそうしたが、二人は驚いた顔をした。
裕馬が、苦笑した。
「そんな、堅苦しくしなくていいんだって。王族同士じゃないんだから。」
そうなのか。
涼夏は、臣下に挨拶などしたことがなかったし、宮でも教わっているのは、元皇女と聞いている松になので、最初からこうだった。
だが、臣下同士は本来もっとフランクらしい。
でも、失礼のない程度のフランクさの線引きがわからない。
そんな所に、自分がやっぱり皇女なのだと身につまされた。
涼夏の驚いた顔に、恒が察したのか、言った。
「裕馬、あれがデフォルトなんだしそれを堅苦しいと言われたら涼夏だって困るじゃないか。宮の侍女なんだから、厳しく躾けられていて当然だ。」と、恒は手招きした。「こっち。休みなんだから力を抜けってことなんだよ。気にしないでいい。ほら、教えてあげるよ。」
恒は、優しい。
涼夏は、思って見ていた。
やはり蒼の弟なだけあって、感じが似ているのだ。
小説では蒼よりやんちゃな感じで要領もよく、何でもポンポン口にするキャラだったが、いい感じに歳を取っていて今は30代ぐらいの見た目だ。
蒼の目は維月に似ていて鋭いが、恒は夫の方に似たのか丸い目で若い頃には可愛らしい顔立ちだっただろうと思えた。
恒もいいよなあ…。
涼夏は、ポ、と頬を赤くした。
恒が、驚いた顔をする。
裕馬が、そんな涼夏と恒を見比べて、呆れたように言った。
「なんだよ、恒が若いからか?あのなあ、見た目はこれだが恒だってオレよりちょっと年下なだけなんだぞ?月関連の命のせいか、こいつは仙人でも人の頃でも若いままだったし、だから神になってもこのままなんだって。オレはおじさんだけど。」
涼夏は、慌てて首を振った。
「そんな!我はそこまで身の程知らずではありませぬ。あの、そんなつもりでは。」
推しキャラにしてもいいかなあと思ってただけなのよ。
涼夏が焦れば焦るほど、場の空気がそっち関係に傾いて行く。
恒が、ため息をついた。
「ほら、だから涼夏が困ってるってば。」と、恒は苦笑した。「身の程って何?別に気にしないから、ほら、こっちに。ゲームを教えてあげるよ。」
何だか彩花と明日香の視線が痛い。
恐らくこの二人は、恒がお目当てなのかもしれない。
涼夏は、恒に頭を下げて、そうしてその、ゲームのやり方を教わったのだった。
昔やったことを、指が覚えていたようだ。
こういう大乱闘系は友達の家で散々やった記憶がある。
あっさり裕馬を下してしまった涼夏は、自分でも驚いた。
彩花と明日香は、恒の事も忘れて興奮気味に言った。
「まあ!涼夏殿ったら大した腕でありますわね!我らでは相手にならぬ裕馬様すら下されるなんて。」
涼夏は、困った顔をして笑った。
「いえ。きっと手を抜いてくださったのですわ。」
裕馬は、渋い顔をした。
「最初は侮ってたけど、最後は本気だったよ。そうか~蒼から聞いてるよ。人世に詳しいんだってな。」
恒も、頷く。
「迅と君の二人が人世に詳しいのを知ってるよ。」
それは、記憶の事も全部なのだろうか。
涼夏は、躊躇った。
とはいえこの二人は重臣で、蒼は誰より信頼しているはずだった。
恐らく、話しているはずなのだ。
「はい。とても詳しいかと思いますわ。なのでこのような事も、得意なのは道理なのですわ。」
それでも、彩花は言った。
「知っているだけではここまで無理ですわ。涼夏殿は優秀なかたなのですね。」
そう言われても。
涼夏が困っていると、恒が言った。
「さあ、じゃあもう日も傾いて来たし、そろそろお開きにしよう。オレも、客達の様子を見て来ないといけないし。ほら、君達も。いくら作業場が休みでも、正月休み明けには新作を蒼に見せなきゃいけないんだろ?準備はできてるの?」
それには明日香が、下を向いた。
彩花は、頷いた。
「かなり形になって来ておりますの。後は襟の調整ぐらい。」と、明日香の様子に、顔をしかめた。「あら。もしかしてまだ?」
明日香は、頷いた。
「あの…デザインに悩んで。やっと型を取った辺りで。」
彩花は、ええ?!と袖で口を押さえた。
「え、まだそのような?裁縫の速度はあなたが一番遅いのでは。間に合わぬのではないの?」
明日香は、頷く。
だとしたら、こんな所で油を売っている場合ではない。
彩花の方が慌てて立ち上がった。
「申し訳ありまそぬわ。我は知らぬで。失礼します。」と、明日香をせっついた。「ほら!急がないと、我の監督不行き届きだと王に叱られてしまうのに!手伝うので、何が何でも仕上げねば!」
叱責されて、明日香は項垂れながらまるで囚人のように引っ立てられて行く。
それを見送りながら、そういえば明日香ははぐれの神の出身で、ちょっと性格が適当な所があるので侍女になれずに、縫製の彩花に預けられたとか書いてあったのを読んだ気がする、と涼夏は思っていた。
恒が、言った。
「彩花は縫製の長だからね。」と、涼夏を見た。「…君は知ってるか。」
涼夏は、それを聞いてハッとした。
やっぱり、蒼は全部話しているのだ。
「…はい。今思い出しましたわ。裕馬様が、明日香殿は悪い子ではないが、侍女だと誘惑が多いので無理だろうと…彩花殿に預ける事にされたということは。」
裕馬は、ため息をついた。
「…その通りだ。蒼が言う通り、オレ達は小説になってるのか?なんか沙依のこととか全部知ってるとか蒼が言ってたけど。」
涼夏は、頷く。
「そうなのですわ。もう数百年前の事で。今はもうないのだと思います。」
恒が、頷いた。
「ないよ。」と、その部屋にある多くのパソコンを指した。「こいつらに聞いた。人世の小説を遡って、月の名前が十六夜となってる小説はないか検索しろと。そうしたら、数百年前に一つ、ヒットするシリーズがあったみたいだけど、今は管理者不在のアカウントの小説は全て削除されてるので、データはない。だから、君達が話していることは間違ってないけど、内容は今では閲覧できないんだ。」
涼夏は、やっぱりあったんだ、と身を乗り出した。
「そのシリーズは何作目までありましたか?!我が読んだ時点での最新話は、続編シリーズの15でしたわ。」
恒は、頭を振った。
「わからない。断片的で。20、36、とかチラホラあったけど、つまりその辺りは君が死んでから更新されてったってことで、今から未来の事が書かれてたって事だよね。」
涼夏は、頷いた。
「はい。きっと、私たちの事も…いえ我らの事も書かれてあったと思うのに。もう読めないなんて、残念ですわ。」
それがあれば人生イージーだったのに。
裕馬が、笑った。
「わからないからこその人生だ。知らなかったけどオレらは何とかやって来たしな。君には全部知られてると思うと落ち着かないが、恒のファンだったのか?顔見て赤くなってただろ。」
涼夏は、慌てて言った。
「いえ、ほんとに私は、イケメン達を実際に見て楽しんでいるだけなんで!恒様の描写はそこまで多くはなくて、最初の頃は頻繁に出ておられたけど、神世に来てからは少なかったんですよ。最近になって、経理担当から重臣筆頭になったでしょう?そこから増えてた感じです。その…でも、私より今の二人の方が。多分、狙ってるんじゃないかなって。」
恒は、顔をしかめた。
「まあなあ、オレも結婚して一時は家庭を持ったけど、嫁も娘も先に死んでしまってね。今はそんな気持ちにならないんだよなあ。あ、知ってるか。」
涼夏は、頷いた。
「ええ、まあ。でも詳しくは知りませんけど。」
裕馬は、笑った。
「こいつ狙いの女神なんか山ほど居るぞ?いちいち構ってたらきりがないんだよ。蒼の弟だし筆頭だし。オレにはそういうのないけどな。」
恒が、裕馬を睨んだ。
「こら。知ってるぞ?無視してるだけじゃないか。おじさんでもお前はモテるくせに。」
裕馬も明るくて優しいキャラだもんなあ。
涼夏は、思って聞いていた。
裕馬の月の宮に来てからの女性関係などは全く書かれていなかったので知らないが、裏ではそんなことがあるんだと、涼夏はきちんと皆生きて、存在して生活している事実に何やら感動していたのだった。




